2011年4月14日木曜日

大飢饉はなぜ発生するのか?-「人間の安全保障」論を展開するアマルティヤ・セン博士はその理由を・・・


 「水・食料・燃料の買いだめはやめましょう。最優先で被災地に回してください!」。

 「3-11」からしばらくは、日本政府の官房長官みずからが、こういう呼びかけを日本国民に対して行わねばならなかったこと。国民として、実に情けない話ですね。これは長く記憶に残るものがあるでしょう。

 1973年の「石油ショック時のトイレットペーパー買い占め」では、何も「学習」してなかったのですか?

 1993年の「平成のコメ騒動」では、何も「学習」してなかったのですか?

 たしかに、1973年といえば、いまから 38年前、1993年もいまから 18年前ですから、そうでなくても「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という、いい意味でも悪い意味でも特性をもっている日本人のことですから、アタマの片隅にも浮かばなかったのかもしれません。

 実際に、当事者として物資や食糧の調達に走り回った経験をもたない人には、それを求めてもムリなのかもしれません。


いわゆる「食糧問題」の本質は飢饉や凶作にあるのではない

 しかし、これから書くことを理解して、記憶の片隅にでも置いておいていただければと思います。

 今年のはじめ、チュニジアとエジプトで発生した「民主化革命」も、フェイスブックなどの SNS は拡散する役割を演じましたが、直接のキッカケは若年層の失業問題と、物価高と食糧不足が広く一般庶民のあいだでは大問題になっていたからです。

 エジプトで起こった食糧デモは、主食の小麦やコメが手に入らなくなったから引き起こされたものでありました。日本では発生しなかったコメ騒動は、遠くエジプトでは発生していたのです。

 ここで、時代はだいぶ過去に遡りますが、「ベンガル大飢饉」(1943年)の話に触れておきたいと思います。 

 ノーベル経済学賞を受賞したアマルティヤ・セン博士の「人間の安全保障」(Human Security)に関心があれば、「ベンガル大飢饉」で大量の飢餓者が発生した理由をご存じだと思います。

 当時は大英帝国の植民地であったインドのベンガル生まれのセン博士は、9歳の時に、200万人を超える餓死者を出した1943年のベンガル大飢饉を体験しています。その強烈な体験が、厚生経済学を専門分野として研究するキッカケの一つとなったのでした。

 厚生経済学(welfare economics)とは、英語にあるとおり、人々の福祉(welfare)について、分配と公正の観点から分析する経済学の一部門で、経済学の祖であるアダム・スミスがそうであったように、きわめて倫理学との接点の大きな学問です。

 セン博士によれば、深刻な飢饉が生じるのは、以下の理由によると明らかにしています。

・凶作の後には「社会不安」が高まる
・正しい「情報不足」が理由で、「買い占め」が引き起こされる
・その結果、市場において「価格高騰」を招き、「分配メカニズム」が混乱して貧困層に食糧が行き渡らなくなるする

 つまり一言でいって、「人災」の側面が強いのです。

 ウワサやデマとしての「風評」が、群衆心理のなかで拡散、増幅した結果、多くの人が買い占めや買いだめに走り、その結果、個々の市場に供給される量が減少して品薄になり価格がつりあがって、一般庶民やとくに貧困層には生きるために必要な主食まで手に入らなくなってしまう。

 もちろん、「自然災害」である凶作になると、総供給量が減少することになるわけですが、正しい情報が伝わらないことと、物流網が機能しなくなることによる「人災」のウェイトもまた大きなものがあるのです。

 ベンガル大飢饉の際も、インド全体から食料がなくなったのではりません。物流と流通がうまく機能しないために、末端まで食料が行き渡らなかったのです。


1943年のインドの話だけだと思う事なかれ!

 これは 1943年で、しかもインドの話だ、そう切り捨ててしまってはいけません。

 つい 3年前の 2009年にも、穀物の国際価格が高騰した際に、フィリピンでは大変な混乱が生じました。日本ではパンの値段が少しあがってコメの消費が増えたくらいの影響しかなかったですが、冒頭でも述べたようにエジプトでもコメ騒動が発生しています。

 この国際コメ騒動が発生したとき、タイに住んでいた私は、いざとなったら、コメにかんしては世界の穀倉であるタイから、コメを担いで帰国したら喜ばれるだろうなどと考えてみたりもしたものです。

 タイは国際的なコメ市場の価格リーダーとなっています。もちろん、タイの主流はインディカ米なので、日本人はあまり好みませんが。
 食糧が豊富なそのタイですら、マレーシアからのパーム油の供給が減少して、食用油不足が問題になったこともありました。それだけ食糧問題は、グローバルなサプライチェーンのなかに組み込まれているので難しいものがあります。

 同じ頃、サウジアラビアなどの中東産油国が、コメの確保のため、タイの水田を買っているという話も聞きました。いわゆる「ランドラッシュ・・・・」(land rush)ですね。農地争奪。「ランドラッシュ 世界農地争奪戦」(NHKスペシャル)という番組をご覧になった方も多いでしょう。

 ただ重要なのは、いくら農地を確保しても、それだけでは食糧の安全保障にはならないということなのです。

 今回もそうです。日本で生じる食料危機とは、財布にお金があっても、物流が途絶して食料が手に入らないという事態なのです。いくら農地を確保しても、物流網が寸断されたのでは、食料は必要とする人に行き渡りません

 大地震と大津波の被災地では、道路が寸断されて、水・食料・燃料が届いていません。現時点ではようやく道路も復旧してきましたが、まだまだ海上から物資を運び込むという物流手段の役目も終わっていません。陸続きでありながら、まるで離島のような状況になってしまっています。

 広い意味のディストリビューション(流通・物流)の重要性をあらためて知らされた出来事でありました。

 
緊急時に冷静になるために必要なものとは

 緊急時に冷静になるためには、自分のなかに「アタマの引き出し」がなければなりません。

 正しい情報の収集、情報を取捨選択できる情報リテラシー、そして冷静な対応。これらが緊急時に不可欠なことが、今回の激甚災害でも、また過去の事例からもご理解いただけたものと思います。

 その際に、マインドセットとしたいのは、"try to know something about everything, something about something" と "coold head but warm heart" という、奇しくも19世紀英国の学者のコトバ。前者は J.S.ミル、後者はアルフレッド・マーシャル。思想家と経済学者。アマチュアリズムの支えのある専門性。

 「自分の専門については深く知っていて当然だが、それ以外のことも浅くてもいいから幅広く知っておくこと」。これは「アタマの引き出し」そのものです。

 「アタマはクールだが、ココロは暖かい」。これは、他者への配慮と冷静な判断力を示しています。

 そして重要なのが「勇気」。一歩前へ踏み出す勇気。不確かですぐに裏切られやすい「希望」よりも「勇気」

 希望には裏切られがちですが、勇気は意思のチカラそのものです。希望は他律的で、勇気は自律的

 「希望」より「勇気」が重要だといっているのは、米国の哲学者エリック・ホッファーです。「沖仲仕の哲学者」といわれていたホッファーについては、筆者による「アタマの引き出し」は生きるチカラだ!でも、自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)に書きました。あわせて参照していただけると幸いです。

 つまり、「アタマの引き出し」と「一歩前に出る勇気」。この2つがあれば、どんな災難に遭遇しても、生き抜くことができるハズだと、「3-11」を体験してあらてめて強く感じている次第です。







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自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「希望」より「勇気」が重要だといっているのは、米国の哲学者エリック・ホッファーです。「沖仲仕の哲学者」といわれていたホッファーについて




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(2012年7月3日発売の拙著です)






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