2011年5月10日火曜日

書評『三陸海岸大津波』 (吉村 昭、文春文庫、2004、 単行本初版 1970年)ー「3-11」の大地震にともなう大津波の映像をみた現在、記述内容のリアルさに驚く


「3-11」の大地震にともなう大津波の映像をみた現在、記述内容のリアルさに驚く

 「3-11」の大地震にともなう大津波。被災者として直接体験していない多くの人もまた、すでに膨大な数の映像を見て津波という自然現象のすさまじさを、アタマとココロに刻みつけられた。

 この映像視聴体験を踏まえたうえで本書を読むと、すでに明治29年(1896年)と昭和8年(1933年)におこった三陸海岸大津波において、今回2011年の大津波とほぼ同じことが起こっていたことを知ることができる。

 とくに「明治29年の津波」。当時は、文字通り「陸の孤島」であった三陸地方の受けた津波の被害があまりにもナマナマしい。文字で追って読む内容と、今回の津波を映像で見た記憶が完全にオーバラップしてくる。

 津波の犠牲者のほとんどは溺死か打撲死したいるわけだが、溺死寸前で生還した体験者の語った証言内容を読むと、あまりものリアリティに、読んでいる自分自身が、水のなかでもがき苦しんでいる状態を想像してしまうくらいだ。これは、高台から撮影した映像からは、けっしてうかがい知ることのできない貴重な証言である。

 文明がいくら進もうと、地震と津波は避けることができない。防潮堤すら越えてあっという間に押し寄せてくる津波。地震予知が進歩したと思ったのも幻想に過ぎなかったことがわかってしまった。いや、すでに1934年に寺田寅彦が書いているように、文明が進めば進むほど被害はかえって大きくなるということが、残念なことに今回もまた実証されてしまったのだ。

 今回の大津波の生存者の証言も時間がたてば集められ、整理されることになると思うが、おそらく明治29年のときのものと大きな違いはないのかもしれない。

 本書じたい、いまから40年も前の出版だが、まったく古さを感じないのは、自然の猛威を前にしたら、たとえ文明が進もうが、人間などほんとうにちっぽけな存在に過ぎないことを再確認したことにある。

 まだまだ、これからも読み続けられていくべき名著であることは間違いない。はじめて読んでみて強くそう感じた。


<初出情報>

■bk1書評「「3-11」の大地震にともなう大津波の映像をみた現在、記述内容のリアルさに驚く」投稿掲載(2011年5月1日)
■amazon 書評「「3-11」の大地震にともなう大津波の映像をみた現在、記述内容のリアルさに驚く」投稿掲載(2011年5月1日)


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目 次

まえがき
1. 明治二十九年の津波
 前兆
 被害
 挿話
 余波
 津波の歴史
2. 昭和八年の津波
 津波・海嘯・よだ
 波高
 前兆
 来襲
 田老と津波
 住民
 子供の眼
 救援
3. チリ地震津波
 のっこ、のっことやって来た
 予知
 津波との戦い

参考文献
あとがき-文庫化にあたって
ふたたび文庫にあたって
解説 記録する力 髙山文彦


著者プロフィール

吉村 昭(よしむら・あきら)

1927年、東京生まれ。2006年没。学習院大学中退。1966年『星への旅』で太宰治賞を受賞。同年『戦艦武蔵』で脚光を浴び、以降『零式戦闘機』『陸奥爆沈』『総員起シ』等を次々に発表。1973年これら一連のドキュメンタリー作品の業績により第21回菊池寛賞を受賞する。他に『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞(1979年)、『破獄』により読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞(1984年)、『冷い夏、熱い夏』で毎日芸術賞(1985年)、さらに1987年日本芸術院賞、1994年には『天狗争乱』で大仏次郎賞をそれぞれ受賞。1997年より芸術院会員。



<書評への付記>

 いま比較的大きな書店にいくと、吉村昭の文庫本が二冊、平積みになっているのを目にすることができるだろう。二冊の文庫本とは、『三陸海岸大津波』『関東大震災』である。

 後者の『関東大震災』(単行本初版 1973年)は、1995年の阪神大震災のあとによく読まれた本である。わたしもそのとき初めて手に取って熟読したことを覚えている。

 『関東大震災』を読めば、秩序ただしい日本人が神話に過ぎないことがよく理解できる。流言飛語というデマによる朝鮮人虐殺というとんでもない事件を引き起こしただけでなく、華僑も被害にあっているし、どさくさにまぎれてアナキスト(無政府主義者)の大杉栄が家族とともに殺されている。国文学者で民俗学者の折口信夫は、朝鮮人と間違われて殺されそうになったという体験もしている。

 1923年の関東大震災の当時にくらべれば、日本人も反省を経て人間的に成長したといっていいのかどうかはわからない。ただ一つ言えることは、時代環境によって日本人がとった行動(behavior)は同じではないということだ。

 そして今回の東北関東大震災(東日本大震災)では、大地震に大津波が加わった。

 ふたたび吉村昭の登場である。『三陸海岸大津波』は今回はじめて読んだ。名前は知っていたが、読書のプライオリティは高くなかったのだ、大津波の大被害をリアルタイムの映像で見るまでは・・・

 何かことが起こったときに、すぐれた関連本を読むことは、時局便乗でもなんでもない。

 この読書体験は、確実に、知識としてだけでなく、体験や疑似体験を「構造化」する役にたつはずである。あのとき、あんなことがあって、こんな本を読んだという記憶は、すぐれてエピソード記憶として刻み込まれ、確実に「アタマの引き出し」となる。

 ただし、読むべきものはすぐれた本であることが重要。粗製濫造の便乗本は読む価値はない。週刊誌のほうが直接取材を行っているからだ。

 みなさんもぜひこの機会に『三陸海岸大津波』を読んで、津波がなぜ tsunami という英語になったのか考えてみる機会にしてほしいと思う。

 本書には、英語化の経緯については書かれていないが、「津波」というコトバが、日本ではいつ頃から使われるようになったかの考察もある。その歴史が意外とあたらしいことを知って驚くのではないだろか?



<関連サイト>

なぜこれほどの尊い命が失われてしまったか-検死医が目の当たりにした“津波遺体”のメッセージ 
高木徹也・杏林大学准教授のケース-(ダイヤモンドオンライン)

・・2011年3月11日の大津波の検死を行った報告 (2011年8月23日 追加)


<ブログ内関連記事>

「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む

大震災のあと余震がつづくいま 『方丈記』 を読むことの意味


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