Facebook や Twitter などの SNS でいろんな人たちとやりとりをしていると、ときどき面白い発見をすることがあります。
誰かのあるひとつのつぶやき(tweet:さえずり)を偶然みて、そのなかに書かれていた内容がタグとなって、自分のアタマのなかの「引き出し」を刺激し、連鎖反応的にイモヅル式にさまざまな知識や情報を引き出してくることがあるのですね。「ユーレカ!」体験というのか、「ピン!」体験というのでしょうか?
■タートルネックはイタリアでは 「甘い生活」(dolce vita)?
今回はそんな話の一つとして、先週 56歳で亡くなったスティーブ・ジョブズから始まる話です。
イタリアの首都ローマ在住の平島幹さん(@Harishuma)のツイートに目がとまりました。実名公開されているツイートですので、そのまま引用させていただきましょう。なお太字ゴチック部分はわたしによるものです。
タートルネックのことをイタリアではdolcevita、ドルチェヴィータっていうんですけど、ジョブスがdolcevitaを三宅一生に注文、というようなタイトルで一瞬何が何だか分かりませんでした。世界的に巡ったんですね。このニュース。ちなみにやっぱりフェリーニからの命名ですって。
このツイートをみてすぐにピンときたわたしは、このつぶやきをすぐにリツイートして、平島さんにはこう返事を書いて送信しました。
『甘い生活』ですね。ローマの!
この返事にいただいた返事はこういうものです。
そうです、そうです。マルチェッロが映画で着ていたタートルネックが人気を博し、「ドルチェヴィータ」と呼ばれるようになったんだそうです。
というわけで、スティーブ・ジョブズ ⇒ ジョブズといえば黒のタートルネックにジーパンがトレードマーク ⇒ ジョブズが三宅一生に500着を特注 ⇒ イタリア語ではタートルネックのことを docevita という ⇒ フェリーニの dolcevita ⇒ 日本語では『甘い生活』として公開 ⇒ 主人公のマルチェッロ・マストロヤンニ ⇒ かの有名なトレヴィの泉のシーン.... と連想が拡がっていくわけです。
まさか、スティーブ・ジョブズからフェデリーコ・フェリーニの傑作『甘い生活』に連想がいくとは、思いもつかないことでしょう。
これは、たまたまわたしが Twitter やっていて、たまたまタイムラインにあるツイートに反応し、ジョブズの映像をなんども見てその印象が焼き付いており、しかもむかし『甘い生活』という映画を見たことがあり、イタリア語も多少はわかる、といったさまざまな前提条件がその一点においてスパークしたということなわけです。
三宅一生の件は正確にいうと、すでに生産停止された商品であったにもかかわらず、ジョブズが気に入っていた一着をサンプリングさせてまで「特注」したということのようです。500着あれば一生分困らないだろうということで。
手持ちのイタリア語の辞書を引いてみました。『小学館 伊和中辞典』(小学館、1983)の項目 dolce には、dolce vita として以下のように説明されています。
dolce vita 甘い生活。(◆本能のまま自由に遊び暮らす生活を指す。Fellini 監督の映画 "La Dolce Vita"(1959)から一般化)。
説明はこれだけで、タートルネックの説明は書いてありません。ファッション用語辞典で見たらいいかと思いましたが、前回の引っ越しの歳に古本屋に売り払ってしまったことを思い出して残念。
試みに doce vita と turtleneck でキーワード検索すると、じっさいにファッション関係のサイトがたくさんでてきます。Dolce-Vita Turtlenck でひとつづきの表現のようです。たとえば男性ファッション誌 GQ のサイトには Top ten Italian style on screen と題した記事があって、In Italian a turtleneck jumper is called a "Dolce Vita" jumper after the looks sported by Marcello Mastroianni in this film. と書かれています。
そもそもタートルネックは英語の turtle neck で、日本語に直訳したら「カメの首」。そのものずばりで面白い表現ですが、イタリア語の dolce vita のほうがシャレてますよね。
マルチェッロ・マストロヤンニが『甘い生活』のなかで着ていたというタートルネック、どんなものか見てみたくてひさびさに DVD で視聴してみました。
ほとんど20年ぶりくらいに見る『甘い生活』は有名なトレヴィの泉のシーン(・・上掲のDVD画像)以外はほとんど何も覚えていないことに驚かされましたが、もしかしたら偽りの記憶として、見たつもりになっていたのかもしれません。
それは冗談として、今回じっくりと見てみて、これはまったくもって傑作だと再認識した次第です。
舞台設定は 1960年のローマのセレブの世界と上流社会ですが、戦争から15年たったローマでは古代ローマさながらの『虚栄の市』(Vanity Fair)ともいうべきか、乱痴気騒ぎと終わったあとの虚しさの繰り返し。フェリーニはもともと『バビロン紀元二千年』というタイトルを考えていたというのも頷ける話でです。
セレブたちに群がるパパラッツィ。そうか、主人公の友人でカメラマンのパパラッツォが転じてパパラッツィ(paparazzi)というコトバが生まれたのだったか。流行語を生み出したのは、タートルネックだけではなかったわけですね。
現代人の倦怠と孤独を描いたこの映画をいま見て楽しめるのはは、わたし自身の年齢によるのかもしれません。「バブル時代」を経験してるものの、20年近くたったいまなら客観的に突き放して見ることもできるわけです。
ところでマストロヤンニ自身はその『マストロヤンニ自伝-わが映画人生を語る-』(押場靖志訳、小学館、2002)のなかで、『甘い生活』を機会に米国人からつけられた「ラテン・ラヴァー」(Mr. Latin Lover)というニックネームにずっとつきまとわれていたのには、心底ウンザリしていたことを述懐しています。
『自伝』には、タートルネックについてのマストロヤンニ自身による言及はありませんが。
■三宅一生に特注したスティーブ・ジョブズの黒のタートルネック
若い頃に ZEN に傾倒し、カリフォルニアで日本人の禅僧から親しく教えを受けていたスティーブ・ジョブズの黒いタートルネック姿には、なんだか枯れた禅僧のような雰囲気を感じるのですが、そのジョブズと「甘い生活」が結びつくとは、さすがにイタリア人でもどう思うのだろうかと考えてしまいます。
あるいは、dolce vita は、たんなる普通名詞として、何も考えないでクチにしているのかもしれません。日本語でも、元の意味はとうの昔にわからなくなったまま使われているコトバはいっぱいありますからね。
偶然ツイートを見ることから始まった「アタマの引き出し」の旅。これこそセレンディピティというべきかもしれません。
セレンディップというスリランカの王子に由来するセレンディピティ(serendipity)とは、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力のことを意味しています。
偶然のキッカケから別の価値あるものを見つけるためには、アタマのなかに「引き出し」が不可欠という事例になっているかもしれませんね。
わたしにとっては、じつに面白く楽しい旅でした。
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(2014年9月1日 情報追加)
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