2021年5月5日水曜日

書評『アジア血風録』(吉村剛史、MdN新書、2021)-いまどき珍しいくらいに熱いこの一冊で知るアジアの現在と濃密にからみあった過去

 
『アジア血風録』(吉村剛史、MdN新書、2021)が面白かった。 関西を中心に活動し、数々のスクープを飛ばしてきた元産経新聞記者でフリージャーナリストの手になる、日本とアジア各国の濃厚にからみあった過去と現在。 

カバーには「拘束・拷問体験記」とあるが、それは著者自身の体験談ではなく、体験談をスクープした記事の内容である。ただ、それが在日二世で親中華僑の体験談であるだけにショッキングなものかもしれない。中国共産党はどうやら「親中派」こそ裏切る可能性のある危険な存在とみているようなのだ。

興味深いのは、拷問のなかで日本駐在時代の外交官時代の王毅外相にかんして執拗に尋問されていることである。「知日派」の王毅外相がことさら日本に対して居丈高な態度をとるのは、日本在任時代の秘密を握られているからだという可能性が示唆されている。

この本の 1/3 は台湾がらみの話だが、日本人は台湾を知らなすぎると著者は言い切る。北京大学と台湾大学に留学し、産経新聞の台湾支局長を4年間務めた人だけに説得力がある。 

その原因の一端は、いわゆる「保守層」が強調してきた「親日的な台湾」イメージが一人歩きしているために、表面には現れてきにくい台湾と台湾の「機微」がわからないためだとする。元産経新聞記者があえてそう言い切るのである。正論というべきであろう。 

なによりも台湾人の「対日意識」の変化に注意を促している。新型コロナウイルス感染症(COVID-19の対応をめぐって、意識が急速に変化しているのだ。台湾人の卓球選手と結婚していた福山愛の不倫&離婚問題への冷たい視線もその流れのなかにあるといっていいだろう。

日本人は、もっと台湾(=中華民国)のことを「複眼的」に見なくてはならない民進党であろうと国民党であろうと、「中華民国憲法」のもとにある政党であることに違いはないのだ。LGBTも含めて価値観の多様性が許容される台湾社会であるだけに、台湾人がみな「親日」であるはずがないではないか。

このほか、大東亜戦争後にベトナムに残留し、ベトミン(のちのベトコン)を指導しながら、9年間にわたってともに戦った中野学校卒業の日本人元少尉(故人)の秘話や、バブル時代の最大の経済事件のイトマン事件の当事者であった許永中氏への単独インタビューなどなど、思白い話が満載であった。 

大陸中国、台湾、ベトナム、韓国(朝鮮)。いずれも「戦前」の大日本帝国が濃厚にかかわってきたアジアの国々である。人的関係が深かったがゆえにバイアスがかかっていたが濃厚だった関係も、関係が薄れていくとあうんの意思疎通が難しくなっていくアジアの国々。 

どうしても日本人の目は米国や中国の動向に向かいがちだが、もっともっとアジアの小国に目を向けるべきなのだ。そのためにも、いまどき珍しいくらいに熱いこの一冊を読むべきであろう。 




目 次
はじめに 
序章 国家安全維持法施行に震撼した香港と世界
第1章 中国-『拘束・拷問体験記』
第2章 台湾-親台から知台への脱皮
第3章 ベトナム-残留日本兵の手記
第4章 朝鮮半島-許永中独白録
第5章 WHOと中国、台湾
おわりに-アジアで懸念される軍事衝突
 
著者プロフィール
吉村剛史(よしむら・たけし) 
ジャーナリスト。日本記者クラブ会員。1965年、兵庫県明石市出身。日本大学法学部在学中の1988~89年に北京大学留学。日大卒後、1990年、産経新聞社に入社。阪神支局を初任地に、大阪、東京両本社社会部で司法、行政、皇室報道などを担当。夕刊フジ関西総局担当時の2006~07年、台湾大学に社費留学。2011年、東京本社外信部を経て同年6月から、2014年5月まで台北支局長。帰任後、日本大学大学院総合社会情報研究科博士前期課程修了。修士(国際情報)。岡山支局長、広島総局長などを経て2019年末に退職。以後フリーに転身。主に在日外国人社会や中国、台湾問題などをテーマに取材。共著に『命の重さ取材して―神戸・児童連続殺傷事件』(産経新聞ニュースサービス)『教育再興』(同)、『ブランドはなぜ墜ちたか―雪印、そごう、三菱自動車事件の深層』(角川書店)、学術論文に『新聞報道から読み解く馬英九政権の対日、両岸政策-日台民間漁協取り決めを中心に』などがある。Hyper J Channel・文化人放送局YouTube番組でMCを担当。東海大学海洋学部講師。韓国通のライター、吉村剛史(トム・ハングル)とは別人。


(台湾はいまや「地球上でもっとも危険な場所」だとする The Economist 2021年4月30日号のカバーストーリー) 


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