今週日曜日のことだが、『2030 半導体の地政学-戦略物資を支配するのは誰か』(太田泰彦、日本経済新聞出版、2021)をたいへん興味深く読んだ。
いまや国家の命運を制する「戦略物資」となった半導体について考えることは、世界の現状と日本の近未来について考えるために必要不可欠といっていい。
昨年2021年後半になって、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に終息の方向が見え始めてからモノ不足が顕在化してきたが、それ以前から不足が問題となっているのが半導体だ。すでに5Gの時代となっている情報通信機器だけでなく、自動車のEV化によるエッジ・コンピューティングが膨大な需要を生み出している。
1980年代後半の「日米半導体戦争」のまっただなか、半導体は「産業のコメ」といわれていたが、もはやそんな比喩はまったく意味をなさない。2020年代の「米中経済戦争」の中心テーマもまた、最先端の半導体をめぐるものだ。
そしてまた、「地政学」の適用範囲は、陸・海・空さらには宇宙空間といったリアル世界だけでなく、仮想空間であるサイバースペースにまで拡張する必要が生じている。半導体が絶対不可欠の戦略物資となっただけでなく、地政学そのものも、その意味と内容にかんして再考を迫られているのである。
本書は、米中経済戦争というホットイシューと、そのカギを握り米中の争奪戦のターゲットとなっている TMSC を擁する台湾、そして Samsung の韓国、さらには半導体をめぐる競争で大幅に遅れをとってしまった日本の現状と今後の可能性について、広範囲から取材し、考察を行っている。
そんな本書において薬味となっているのがシンガポールにかんする考察だろう。シンガポール駐在体験がありその関連書を著書としてもつ著者は、旧来の地政学においてもチョークポイントであるマラッカ海峡に近接するシンガポールだが、サイバースペースにおける地政学においても無視できない存在となっている。また、カフカースの知られざる IT立国アルメニアなどにも目を向けており興味深い。
理系出身の記者の書いた、国家の命運を左右する戦略物資としての半導体をめぐる政治経済状況をビジネス書。1961年生まれで、わたしとほぼ同世代のこの記者は、1985年から長年にわたって半導体を担当して、その盛衰を見てきた人だ。 見てきた風景の一部は重なっている。
現役のビジネスパーソンなら、世界の現在を知り、近未来を考えるために、いま絶対に読むべき本だと強調しておきたい。
目 次序章 司令塔になったホワイトハウスⅠ バイデンのシリコン地図Ⅱ デカップリングは起きるかⅢ さまよう台風の目-台湾争奪戦Ⅳ 習近平の百年戦争Ⅴ デジタル三国志が始まるⅥ 日本再起動Ⅶ 隠れた主役Ⅷ 見えない防衛線終章 2030年への日本の戦略あとがき
著者プロフィール太田泰彦(おおた・やすひこ)日本経済新聞論説委員兼編集委員。1961年生まれ。北海道大学理学部卒業(物理化学専攻)、1985年に入社。米マサチューセッツ工科大学(MIT)留学後、ワシントン、フランクフルトに駐在。2004年より編集委員兼論説委員。一面コラム「春秋」の執筆を10年間担当した。2015年に東京からシンガポールに取材拠点を移し、地政学、通商、外交、イノベーション、国際金融などをテーマにアジア全域で取材。2017年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。著書に『プラナカン-東南アジアを動かす謎の民-』(日本経済新聞出版社、2018)がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに情報追加)。
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