「ラストベルト」ということばがある。「ラスト」(rust)とは錆のことだ。かつて製造業が栄えたが、いまでは衰退して錆付いてしまった工業地帯のことだ。
アメリカ東部から中部の五大湖周辺のペンシルヴァニア州やオハイオ州、ミシガン州などにまたがっている。
「ラストベルト」の住民は、かつては強力な民主党支持だったが、2016年の大統領選では民主党のヒラリーではなく、共和党から出馬したトランプに投票した。これがトランプ大統領誕生の大きな要因になったとされる。
トランプ氏の支持増は、もともとの共和党支持層だけでなく、キリスト教福音派、銃規制反対派、白人至上主義者などさまざまな層で構成されているが、大きな番狂わせがあったのだ。それがラストベルトの住民たちであったのだ。
「ラストベルト」の住民の中心は、労働者階級である。とくに第2次大戦後の製造業ブームのなかで、アパラチア山脈などから移住してきた人たちが多い。
ところが、日本企業を筆頭とした海外企業との競争に敗退し、製造業が衰退したことで職を失い、労働者階級のミドルクラスは崩壊、貧困の無限ループにはまり込んでしまっている。
そんな状況を打開するキッカケになるのではないかと期待して、かれらの多くがトランプに投票したのだ。
「忘れられたアメリカ人たちの声」(the voice of forgotten Americans)を体現するとトランプは言う。サイレントマジョリティの声なき声を拾い上げるという姿勢は、民主主義そのものである。ポピュリズムとして一刀両断するのは間違っている。
統計データの背後にある実態を知りたいという思いから、地べたを這うような取材を行って、草の根のアメリカ人たちのナマの声を拾い上げたジャーナリストがいる。朝日新聞の金成隆一(かなり・りゅういち)という記者だ。
マスコミがこぞってトランプ批判を繰り広げるなか、なぜトランプを支持するひとたちがいるのか、誰もが疑問に思うことを、実際にナマの声に耳を澄ませてみたいという思いから生まれた企画記事を中心に書籍化されたものだ。
草の根のナマの声を拾い上げることは、じつはトランプ氏が選挙活動をつうじて行ったことであり、その意味を考えなくては「アメリカのいま」を知ることはできない。当然といえば当然だろう。
政治の中心ワシントンへの不信感、あまりにもリベラル派に傾きすぎ、労働者階級の実態を知ろうともしない民主党への失望、こういったさまざまな要素がからまって、民主党から共和党へのシフトが発生したのである。この意味は大きい。
■トランプ現象のその後を「定点観測」する
トランプ大統領は2期目の継続には失敗、潔く敗戦を認めず、大統領選の投票の無効を訴えていたなかで起こった、2021年1月6日のワシントンの「議会議事堂襲撃事件」を止めなかった疑惑が高まっている。
事実上のクーデター未遂ともいうべき事件であるが、それにもかかわらず、トランプ氏の存在感はいまだに無視できないものがある。過去の人になったわけではない。
たとえトランプ復活がないとしても、トランプに投票した人たちの実態を知る必要はあると思い、『ルポ トランプ王国ーもう一つのアメリカを行く』(岩波新書、2017)の続編も読んでみることにした。先月のことだ。
トランプ大統領になって、実際にどうだったのか、不満は解消されたのか、それとも失望したのか、前回と同様に、草の根のナマの声を拾い上げている。日本人としては、なかなか勇気のある行動であり賞賛に値する。
続編では、「ラストベルト」だけでなく、そもそも共和党の強力な支持層である南部の「バイブルベルト」の取材も行っている。アラバマ州北部、ルイジアナ州からテキサス州にかけてである。
その主張の賛否は別にして、なんといってもナマの声を知ることは意味があるだけでなく、たいへん興味深いものがある。
■人類学者のフィールドワークのような実践を行ったジャーナリスト
ニューヨーク駐在のため、出張ベースでしか取材のできないので不自由さを感じていた著者は、
ラストベルトのオハイオ州に安いアパートを借りて住むことにする。3ヶ月間とはいえ、
人類学者のようなフィールドワークの実践である。 ある種の
「参与観察」の実践である。
もちろん、内容的にはバランスのとれた公平・公正なものであり、ひじょうに面白かったことは言うまでもない。あくまでも予断を廃し、あくまでも直接聞き取った話と、自分が観察した事実にもとづいた記述である。
新聞記者でここまでやる人は、なかなかいないだろう。また、そういう提案があっても、実行させる上司もそういるものではないだろう。著者が40歳前後で気力・体力ともに充実していることも大きいだろう。
朝日新聞には、かつて『アラビア遊牧民』などすぐれたルポをものした、本多勝一氏のような人もいたことを想起する。実力と熱意があれば、企画提案は通せるものである。 (*ただし、ホンカツこと本多勝一の中国ルポは、内容が反日で最低最悪。あくまでも是々非々で)。
■アメリカ社会の「分断」の実相は多面的だ
2016年から2019年にいたる「ラストベルト」にかんする取材記録として、金成隆一氏による三部作が歴史に残るものといえよう。ある時代の、ある断面を描くことで、アメリカ社会を「分断」している様相が具体的にわかるからだ。
この三部作を読むと理解できるのは、「分断」といっても社会全体がクロシロで二分化されているわけではない、ということだ。さまざまなシングルイシューごとに意見が「分断」されているのである。
そのイシューとは、人種、不法移民、宗教、自由貿易、銃規制、中絶、など多岐にわたっている。 それぞれのイシューごとに「分断」が発生しているが、同一人物であってもすべてのイシューについて、賛成と反対がきれいに分かれるわけではない。現実は多様で複雑なのだ。
そんなことに気がつかせてくれるのは、金成氏のルポが机上の議論ではなく、あくまでも顔の見える個人を対象に行ったインタビューや雑談をベースにしているからだろう。だからこそ、考察の内容にも納得がいくのである。
なかなか実行は難しいだろうが、ぜひ「その後のラストベルト」についてのルポを期待したい。どう変化したのか、あるいはなにが変化していないのか、知りたいからだ。
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