2022年7月31日日曜日

映画『グリーン・ゾーン』(2009年、米国)を視聴(2022年7月30日)- イラク戦争開戦の引き金となった WMD(大量破壊兵器)をめぐる陰謀を描いたエンタメ作品

 
映画『グリーン・ゾーン』(2009年、米国)を amazon prime video で視聴。 翌日7月31日に「無料視聴期間」が切れると急かしてくるので急遽視聴。おせっかいだとは思いながらも、面白そうな映画だったので見ることに。  

「イラク戦争」(2003年)の発端となったWMD(Weapon of Mass Destruction:大量破壊兵器)をめぐる陰謀を暴いた映画。主演はマット・デイモン。イラク駐留の米陸軍准尉で、WMD捜索を任務としたMET(Mobile Exploitation Team:移動捜索班)の隊長を演じている。114分。 

暑いに日には、暑い国を舞台にした、暑苦しい映画を視聴する。エアコンなしの部屋なら、言うことはない。



WMDをめぐるCIAと国務省の暗闘。あくまでも米国に都合の良い人物をイラク指導者として据えようと画策する国務省。WMDなど存在しないとして動いているCIA。国務省の命令で動く陸軍特殊部隊。 

いくら捜索しても WMDなど見つからないことに、偽情報に基づいた命令ではないか、そんな疑問をもつにいたった主人公はCIAに接近することに。そして繰り広げられる陰謀まみれの事件とアクション。 

どこまで真相に近いのか、それとも限りなくフィクションなのかがわからないが、アクション映画でポリティカル・スリラーとして楽しめるエンタメ作品であった。 

(米国版ポスター Wikipediaより)

いまとなっては、開戦の口実となった WMD など最初から存在しなかったことは、誰もが知っている事実である。関係者すべてがダマされていたのだ。戦争の結果、グチャグチャになってしまったイラク。米国がイラク再建に手を焼いたのは当然の報いである。 

いったい「イラク戦争」とは何だったのか、すでに20年も前のことになるが、複雑な思いを感ぜざるをえない。 


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2022年7月29日金曜日

書評『ヒルビリー・エレジー  アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(J.D. ヴァンス、関根光宏/山田文訳、光文社、2017) ー なぜ「貧困の無限ループ」からの脱出は困難をきわめるのか?

 
トランプ大統領が誕生した2016年(就任は2017年)に大きな話題になった『ヒルビリー・エレジー ーアメリカの繁栄から取り残された白人たち』(J.D. ヴァンス、関根光宏/山田文訳、光文社、2017)を読んだ。  

出版当時は無名の弁護士が書いた半生記だが、なぜトランプ大統領は「ラストベルト」と呼ばれる製造業が衰退した地帯に生きる白人たちから支持されたのかという、アメリカの「上級国民」たちにはまったく理解できない理由がわかる本だとして、話題になっていたのである。日本でも翻訳が出たのはそのためだ。 

「ヒルビリー」(hillbilly)とは、北はニューヨーク州から南はケンタッキー州あたりまである「アパラチア山脈」に居住する住民たちのことだ。 

スコッツ=アイリッシュという、スコットランドからアイルランド北部に移住した白人たちが、貧困のためさらにアメリカまで移住してきた。その末裔たちである。 

肉体労働者のため「レッドネック」(redneck)と呼ばれたり、白人のクズを意味する「ホワイト・トラッシュ」(white trash)と呼ばれて見下されてきた。 

人間関係において伝統的な価値観をもちつづける社会でありながら、アルコール中毒、薬物中毒が蔓延、家族関係も破綻している。政府から無料で支給されるフードスタンプに依存して、勤労意欲もなくして自堕落な生活を送っている人もけっして少なくない。そもそも勉強することに価値をおかない社会でもある。 

世代を越えて「貧困の無限ループ」が繰り返されているのである。そんなヒルビリー社会に生まれ育った著者の半生記が本書の内容だ。 



著者もまた、母親が配偶者をとっかえひっかえするような想像を絶する状況のなか、なんとか高校卒業までサバイブしてきた人だ。


米海兵隊に志願して4年間を勤め上げたことで規律を内面化して人生を立て直し、社会性を身につけたうえで無償で学べるGIビルによって大学教育を受け、最終的には東部の名門ロースクールを卒業(・・所得が低いから無償の奨学金の対象になる!)して、ヒルビリー社会から脱出することに成功した。 

とはいえ、著者のケースは、きわめて希有なものだと言わねばなるまい。成功するための社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)、つまり人的ネットワークをもたない貧困層の苦労が、いかに大きなものであることか。 

読んでいて、これは日本でいえばマンガ家のサイバラ(=西原理恵子)の貧乏脱出記のマンガのようなものだなと思った。貧困の無限ループから脱出するのは、抜け出すのだという強い意志と、偶然のチャンスをものにすることができなくてはならない。 

著者の場合は、強烈な個性の持ち主であった祖母による理解と保護があったからこそ、そんな状況から脱出できたのだが、読んでいて漱石の『坊ちゃん』を思い出した主人公と女中の清(きよ)との関係に似ていなくはないからだ。


 

出版から5年もたっていて、トランプ氏も前大統領となっている現在、すでに旬の話題ではないが、いまでも読む価値は大いにあると思った。この問題はアメリカ社会特有のものでありながら、アメリカだけの問題ではないからだ。文庫化されたのも、そのためだろう。   

子ども時代に安全、安心な環境を確保すること。これなくしては、貧困の無限ループから脱出できない。著者自身、脱出に成功したあとも、子ども時代のトラウマに苦しめられる日々を過ごしている。 

人生を根本的に変えるのは、きわめて困難な課題である。本人の強い意志が必要だが、それだけでは十分ではないのだ。 


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PS 『ヒルビリー』著者のJ.D. ヴァンス氏がトランプ氏の副大統領候補に


現在は上院議員のヴァンス氏は39歳。現在78歳のトランプ氏の半分の年齢である。もしトランプ氏が大統領に返り咲いたら、ヴァンス氏はその次の大統領になる可能性もある。

これぞまさに21世紀の「アメリカドリーム」である。貧困層にも希望を与えることになるだろう。やればできるのだ、という生きた見本となる。

2016年の段階では反トランプだったヴァンス氏だが、2024年の段階でトランプ大統領のランニングメイトになるとは! 

だが、これは変節というべきでないだろう。それは『ヒルビリー』に書かれた内容を読めば理解できるのではないか? 

国が強くなることが、貧困層にも上層チャンスを意味出すことになる。国が弱ければ、貧困層はますます貧困化する。カギは分配ではなく、自立を促すための投資である。

(2024年7月16日 記す)


Who Is J.D. Vance? Why Trump Nominated Him for VP | WSJ 20240715


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(2024年7月17日 項目新設)


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2022年7月28日木曜日

ジャーナリスト金成隆一氏のアメリカ三部作:『トランプ王国1・2』(岩波新書、2017・2019)と『記者、ラストベルトに住む』(朝日新聞出版、2018)を読む 一 製造業が衰退した工業地帯に生きる草の根のアメリカ人の声を拾い上げた労作

 

「ラストベルト」ということばがある。「ラスト」(rust)とは錆のことだ。かつて製造業が栄えたが、いまでは衰退して錆付いてしまった工業地帯のことだ。 

アメリカ東部から中部の五大湖周辺のペンシルヴァニア州やオハイオ州、ミシガン州などにまたがっている。 

「ラストベルト」の住民は、かつては強力な民主党支持だったが、2016年の大統領選では民主党のヒラリーではなく、共和党から出馬したトランプに投票した。これがトランプ大統領誕生の大きな要因になったとされる。

トランプ氏の支持増は、もともとの共和党支持層だけでなく、キリスト教福音派、銃規制反対派、白人至上主義者などさまざまな層で構成されているが、大きな番狂わせがあったのだ。それがラストベルトの住民たちであったのだ。 

「ラストベルト」の住民の中心は、労働者階級である。とくに第2次大戦後の製造業ブームのなかで、アパラチア山脈などから移住してきた人たちが多い。 

ところが、日本企業を筆頭とした海外企業との競争に敗退し、製造業が衰退したことで職を失い、労働者階級のミドルクラスは崩壊、貧困の無限ループにはまり込んでしまっている。

そんな状況を打開するキッカケになるのではないかと期待して、かれらの多くがトランプに投票したのだ。

「忘れられたアメリカ人たちの声」(the voice of forgotten Americans)を体現するとトランプは言う。サイレントマジョリティの声なき声を拾い上げるという姿勢は、民主主義そのものである。ポピュリズムとして一刀両断するのは間違っている。

統計データの背後にある実態を知りたいという思いから、地べたを這うような取材を行って、草の根のアメリカ人たちのナマの声を拾い上げたジャーナリストがいる。朝日新聞の金成隆一(かなり・りゅういち)という記者だ。 

わたしは昔から朝日新聞を読まない人だが(・・というよりも、そもそも紙の新聞じたいやめて、すでに10数年になる)、書籍として出版されたものを通じて知った。 トランプ大統領誕生の年に出版された『ルポ トランプ王国ーもう一つのアメリカを行く』(岩波新書、2017)を読んで、たいへん面白い内容だと思って読んだ。2017年のことだ。  

マスコミがこぞってトランプ批判を繰り広げるなか、なぜトランプを支持するひとたちがいるのか、誰もが疑問に思うことを、実際にナマの声に耳を澄ませてみたいという思いから生まれた企画記事を中心に書籍化されたものだ。 

草の根のナマの声を拾い上げることは、じつはトランプ氏が選挙活動をつうじて行ったことであり、その意味を考えなくては「アメリカのいま」を知ることはできない。当然といえば当然だろう。 

政治の中心ワシントンへの不信感、あまりにもリベラル派に傾きすぎ、労働者階級の実態を知ろうともしない民主党への失望、こういったさまざまな要素がからまって、民主党から共和党へのシフトが発生したのである。この意味は大きい。 


■トランプ現象のその後を「定点観測」する

トランプ大統領は2期目の継続には失敗、潔く敗戦を認めず、大統領選の投票の無効を訴えていたなかで起こった、2021年1月6日のワシントンの「議会議事堂襲撃事件」を止めなかった疑惑が高まっている。 

事実上のクーデター未遂ともいうべき事件であるが、それにもかかわらず、トランプ氏の存在感はいまだに無視できないものがある。過去の人になったわけではない。 

たとえトランプ復活がないとしても、トランプに投票した人たちの実態を知る必要はあると思い、『ルポ トランプ王国ーもう一つのアメリカを行く』(岩波新書、2017)の続編も読んでみることにした。先月のことだ。 

『ルポ トランプ王国2ーラストベルト再訪』(岩波新書、2019)は、トランプ大統領誕生から2年目の状況を扱っている。2年後の「定点観測」ともいうべき内容だ。

トランプ大統領になって、実際にどうだったのか、不満は解消されたのか、それとも失望したのか、前回と同様に、草の根のナマの声を拾い上げている。日本人としては、なかなか勇気のある行動であり賞賛に値する。 

続編では、「ラストベルト」だけでなく、そもそも共和党の強力な支持層である南部の「バイブルベルト」の取材も行っている。アラバマ州北部、ルイジアナ州からテキサス州にかけてである。

その主張の賛否は別にして、なんといってもナマの声を知ることは意味があるだけでなく、たいへん興味深いものがある。


■人類学者のフィールドワークのような実践を行ったジャーナリスト

2冊の『ルポ トランプ王国』のあいだに、もう1冊出していることを知り、ぜひ読んでみたいと思った。それは『記者、ラストベルトに住むートランプ王国、冷めぬ熱狂』(朝日新聞出版、2018)というタイトルの本だ。  



ニューヨーク駐在のため、出張ベースでしか取材のできないので不自由さを感じていた著者は、ラストベルトのオハイオ州に安いアパートを借りて住むことにする。3ヶ月間とはいえ、人類学者のようなフィールドワークの実践である。 ある種の「参与観察」の実践である。

もちろん、内容的にはバランスのとれた公平・公正なものであり、ひじょうに面白かったことは言うまでもない。あくまでも予断を廃し、あくまでも直接聞き取った話と、自分が観察した事実にもとづいた記述である。 

新聞記者でここまでやる人は、なかなかいないだろう。また、そういう提案があっても、実行させる上司もそういるものではないだろう。著者が40歳前後で気力・体力ともに充実していることも大きいだろう。 

朝日新聞には、かつて『アラビア遊牧民』などすぐれたルポをものした、本多勝一氏のような人もいたことを想起する。実力と熱意があれば、企画提案は通せるものである。 (*ただし、ホンカツこと本多勝一の中国ルポは、内容が反日で最低最悪。あくまでも是々非々で)。


■アメリカ社会の「分断」の実相は多面的だ

2016年から2019年にいたる「ラストベルト」にかんする取材記録として、金成隆一氏による三部作が歴史に残るものといえよう。ある時代の、ある断面を描くことで、アメリカ社会を「分断」している様相が具体的にわかるからだ。 

この三部作を読むと理解できるのは、「分断」といっても社会全体がクロシロで二分化されているわけではない、ということだ。さまざまなシングルイシューごとに意見が「分断」されているのである。

そのイシューとは、人種、不法移民、宗教、自由貿易、銃規制、中絶、など多岐にわたっている。 それぞれのイシューごとに「分断」が発生しているが、同一人物であってもすべてのイシューについて、賛成と反対がきれいに分かれるわけではない。現実は多様で複雑なのだ。 

そんなことに気がつかせてくれるのは、金成氏のルポが机上の議論ではなく、あくまでも顔の見える個人を対象に行ったインタビューや雑談をベースにしているからだろう。だからこそ、考察の内容にも納得がいくのである。 

なかなか実行は難しいだろうが、ぜひ「その後のラストベルト」についてのルポを期待したい。どう変化したのか、あるいはなにが変化していないのか、知りたいからだ。 


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2022年7月26日火曜日

書評『性と暴力のアメリカ』(鈴木透、中公新書、2006)ー 「理念先行」の「実験国家アメリカ」を「性と暴力」という観点から見る

 
 先日のことだが、米国の最高裁は中絶の権利を認めた1973年の最高裁判決 Roe v. Wade をくつがえす決定を行った。 

ごく一般的な日本人の観点からいえば、女性がみずからの意志で中絶を選択する権利をもつことがなぜ問題なのか、理解しがたい。 

だが、中絶問題が Pro-life(生命尊重=中絶反対) と Pro-choise(選択尊重=中絶容認)として、長年にわたって米国社会を「分断」してきた争点(イシュー)であることは、紛れもない事実である。

 中絶は性にかんする問題であり、しかも暴力にかかわる問題でもある。

中絶反対派の立場に立てば、中絶は胎児の殺害であり、暴力以外のなにものでもない。受精の瞬間から生命とみなすからだ。どの時点で胎児を生命とみなすかは、医学的というよりも法律学イシューでもあり、社会通念といして大きな焦点となっている。中絶反対派には、キリスト教のバックグラウンドがある。

ところが、その中絶反対派は、中絶を行うクリニックを暴力的に脅迫し、医院を放火したり、医師を殺害したりする事件も起こしている。常軌を逸しているとしかいいようがないが、これがアメリカの現実なのである。中絶は、本来なら個人の問題であるべきなのに、それが社会全体の問題となり、社会の「分断」を生み出してしまう。 

このように「性と暴力」という切り口からアメリカ社会を見ると、アメリカという国家そのものの特性がよく見えてくる。 

『性と暴力のアメリカ ー 理念先行国家の矛盾と苦悶』(鈴木透、中公新書、2006)は、この切り口から、アメリカという存在を全体的に捉えようとした試みだ。  

理念先行国家と実際のズレ、これが鮮明に浮かび上がってくるのが「性と暴力」にかんする問題なのだ。 

「性をめぐる問題は、他者との関係をどう築くか」にかんするものであり、「暴力の問題は、紛争をどう解決するかという」という問題にかかわっている。人権の保障と公共の利益にかんする問題でもある。 

そもそも、身体と精神にかかわる「性」を規定する「宗教」がきわめて大きな要素をもち、しかも「暴力的な革命」によって独立を勝ち取って建国されたアメリカには、建国の時点から「性と暴力」の問題はビルトインされているのである。 これが著者の見解であり。、大いに納得させられる。

アメリカ社会は、近代以前の問題をそのまま引きずっているという見方も可能だろう。銃規制反対など武装権の問題は、ヨーロッパ中世そのものといっていいくらいだ。とくに南部にはその要素が濃厚だ。

「目次」を紹介しておこう。具体的にどのような問題が争点となってきたかが理解できるだろう。 

序論「処女地」の陵辱
第Ⅰ部  「性と暴力の特異国」の成立 — 植民地時代〜1960年代
 第1章 「性の特異国」の軌跡 
  Ⅰ 「完全なる性関係」を求める社会
  Ⅱ 性道徳の法制化
  Ⅲ 性への恐怖 ー 異人種間結婚・産児制限・優生学
  Ⅳ 「性革命」と女性解放
 第2章 「暴力の特異国」への道 
  Ⅰ 「小さな政府」とフロンティア神話
  Ⅱ リンチの系譜 ー 自警団・人種隔離・死刑制度
  Ⅲ マフィアとFBI ー 組織化される暴力
  Ⅳ 米軍の海外展開「軍事社会」の出現
第Ⅱ部 現代アメリカの苦悩 ー 1970年代 ~
 第3章 「性革命」が生んだ波紋
  Ⅰ 同性愛者の人権
  Ⅱ 妊娠中絶論争
  Ⅲ 異人種間の性関係
 第4章 悪循環に陥ったアメリカ社会
  Ⅰ 銃社会の迷宮 ー 2億丁を超えた銃
  Ⅱ 子どもへの性的虐待死刑執行
  Ⅲ 巧妙につくられる「環境差別」
 第5章 「暴力の特異国」と国際社会
  Ⅰ リンチ型戦争の時代
  Ⅱ 原爆論争とテロの記憶
  Ⅲ アメリカと世界の責任 


具体的な問題が、アメリカ社会の根本にかかわる根の深い問題であるとともに、人工的につくられた「理念先行国家」と現実の大きなズレを感じさせるものとなっていることがわかるはずだ。 

「理念」を実現するための不断の努力の軌跡がアメリカ史であるといっていいが、多様な現実をいかに統合していくか、きわめて困難な課題の解決をめざして努力しつづけている国であるという言い方も可能だ。 

これがダイナミズムを生みだしているというのが著者の見解であり、わたしも大いに同意するものを感じる。とはいえ、予定調和志向のつよい日本社会とは違って、生きていくのがしんどい社会ではあることは否定できないが・・。 

本書の出版は2006年なので、すでに16年前のものである。その後も、「性と暴力」にかんする争点をめぐって「分断」状況はつづいている。読み応えのある内容の本なので、ぜひ増補改訂版を出してほしいと思う。 


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PS 大学学部の講義録も面白い 

著者は長年にわたって慶應義塾大学で教鞭をとっているらしい。 ほかに本がないかと思って探してみたら、『実験国家アメリカの履歴書ー社会・文化・歴史にみる統合と多元化の軌跡(第2版)』(慶應義塾大学出版会、2016 初版は2003年)という本があることを知った。

慶應義塾大学での人気授業の講義録をまとめたテキストのようだ。  アメリカの全体像をざっくりと捉えることの良書である。これはおすすめだ。こういう本を早く読んでおくべきだったな、と。


著者プロフィール
鈴木透(すずき・とおる)
日本の文化人類学者。慶應義塾大学法学部教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化研究。 東京都出身。1987年慶應義塾大学文学部卒業。1992年同大学院文学研究科英米文学専攻博士課程単位取得退学。 1993年慶大法学部専任講師、1996年助教授、2001年教授。著書多数。(Wikipedia情報を編集)


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・・「しかし狂信的にみえる彼らの言動も、彼ら自身のアタマのなかでは、自らの行動を正当化する、彼らなりの理由や動機があるはずに違いない。自分たちが信じる大義のためには法律も無視、そして暴力も辞さないという極端な過激思想。宗教的熱情に支えられた狂信的思想は、西洋の哲学、法学、宗教が生み出した思想であり、またアメリカ建国以来のリベラリズムにその起源をもつ思想だけに、きわめて根が深い。」

⇒ トランプ主義者の行動原理を知るにも応用可能な議論であろう





(2023年8月21日 情報追加)


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2022年7月25日月曜日

ジェームズ・M・バーダマン氏の「ディープサウスもの」を読む ー 南部出身のアメリカ人の視点で書かれたアメリカ南部


「アメリカ南部」関連の本をまとめて読んだ。あらためて南部テネシー州出身のエルヴィス・プレスリーについて、幅広いコンテクストで考えてみたいと思ったからだ。 

ジェームズ・M・バーダマンという人がいる。早稲田大学で教鞭をとられていたようだが、南部のなかでも「深南部」とよばれる「ディープサウス」のテネシー州に生まれ育った人だ。

名字のつづりは Vadaman だから、ほんとうはヴァーダマンとすべきなのだろう。だが、本人がバーダマンで通しているので、この表記に従うことにする。



その人の本を5冊まとめて読んだ。 読んだ順番では以下のようになる。 

『ふたつのアメリカ史ー南部から見た真実のアメリカ 改訂版』(ジェームズ・M・バーダマン、東京書籍、2003) 
『アメリカ南部ー大国の内なる異境』(ジェームズ・M・バーダマン、森本豊富訳、講談社現代新書、1995) 
『ロックを生んだアメリカ南部ールーツ・ミュージックの文化的背景』(ジェームズ・M・バーダマン/村田薫、NHKブックス、2006) 
『ミシシッピ=アメリカを生んだ大河』(ジェームズ・M・バーダマン、井出野浩貴訳、講談社選書メチエ、2005) 
『わが心のディープサウス』(ジェームズ・M・バーダマン=文、スティーブ・ガードナー=写真、森本豊富訳、河出書房新社、2004) 

出版された際に購入したものの読んでなかった本や、あらたに取り寄せて読んだ本もある。どうやら、現在ではいずれも品切れのようだ。 すばらしい内容の本ばかりなので(・・ただし、似たテーマなのでそれぞれ重複はある)、残念なことだ。


■南部の視点に立ったオルタナティブ・ヒストリー

このななかから、これはとくにすばらしいという本を2冊ピックアップしておこう。 



どうしても西海岸も東海岸も含めて「北部」の視点でみがちだが、19世紀半ばの「南北戦争」(The Civil War:内戦)で「敗者」となった「南部」の視点で見ると、異なるアメリカが浮かび上がってくるのを知ることになる。 

日本人は、ヤンキー(yankee)とは、北部人のことであることを、しっかりとアタマに刻み込んでおかねばならない。 

アメリカで「負け組」となったのは、先住民だけでなく南部もまたそうだったのである。その南部において、さらに苦難の道を強いられたのが黒人であることは言うまでもない。 

長きにわたって発展から取り残されてきた南部だが、1929年の「大恐慌」後の「ニューディール政策」がキッカケになって、発展の道を進んでいくことになる。現在では、南部への人口移動も起こっており、ずいぶん状況は変化しつつある。 

大東亜戦争によって「敗者」となった日本と、なんだか似ているような気がしないでもない。そんな「敗者」の視点から南部を見る必要もあると思う。


目 次
序 
1 <植民地アメリカ>への道 
2 ふたつの国家
3 南北戦争
4 新しい南部
5 アメリカの「平等」
6 現在の南部・北部
7 南部人と北部人
註 参考文献  あとがき


■アメリカ音楽の大半は南部から生まれた



ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれのジャズ
、おなじくミシシッピ川流域のデルタ地帯から生まれた黒人音楽のR&B(=リズム&ブルース)教会音楽のゴスペル(・・黒人教会のものだけでなく、白人教会のゴスペルもある)、そしてアパラチア山脈から生まれた白人音楽のカントリー。 

R&Bとゴスペルに起源をもつのがロックンロールだ。エルヴィス・プレスリーは、まさに豊穣な黒人音楽の土壌との接点から生まれてきたのである。 

シカゴを舞台にしたコメディ映画で音楽映画でもある『ブルーズ・ブラザーズ』(1980年)は、まさにそのコンピレーションといってもいい。シカゴが黒人音楽の一つの中心であることの意味も、わかってくる。

シカゴは、ミシシッピ川の上流域に近い大都市だ。この点にかんしては『ミシシッピ=アメリカを生んだ大河』を読むとよくわかる。20世紀前半の黒人の南部から北部への大移動(=グレート・マイグレーション)は、ミシシッピ川を北上するのルートであった。

このように、アメリカ音楽のルーツが、ほぼディープサウスやアパラチア山脈に集中していることが説得力をもって記述されている。


目 次 
プロローグ すべてはふたりのキングから生まれた
第1章 黒人音楽はエルヴィスの中に焦点を結んだ
第2章 ブルースマンの悲痛な叫び ー ミシシッピー・デルタの混淆から
第3章 都市をゆりかごに生まれたジャズ ー ニューオリンズの坩堝から
第4章 ゴスペル 魂の高揚 ー 信仰と教会、そしてアフリカの匂い
第5章 カントリーの故郷はどこか ー オールドアメリカへの郷愁
エピローグ 都市という荒野で歌うディラン
参考文献一覧   参考CD、DVD選   
あとがき


今回とりあげた2冊は、とくにすばらしい内容なので、ぜひ文庫版などの形で復刊すべきだろう。日本人のアメリカ認識を大いに拡大してくれることになるはずだ。 

わたし自身は、西海岸のカリフォルニア州北部と東海岸のニューヨーク州で暮らしたことはあるが、南部とくにディープサウスは、ニューオーリンズやアトランタなど、旅行や出張などの機会に訪れたに過ぎない。

ちなみに映画『JFK』は、舞台がニューオーリンズであることは先日はじめて知った。 ニューオーリンズは、ハリケーン・カトリーナ(2005年)で壊滅的打撃を受けたことは記憶にあたらしい。どこまで復興したのだろうか・・・。 

***

PS 2022年のミシシッピ川は、洪水どころか干上がってしまっているらしい。水位が大幅に下がって、沈没船が姿を見せたりしていると報道されている。世界中で水不足が懸念されている事態だが、こんなことは想像もされなかったことだ。(2022年11月13日 記す)



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