2023年1月24日火曜日

書評『三島由紀夫と司馬遼太郎 ー「美しい日本」をめぐる激突 』(松本健一、新潮選書、2010)ー 陽明学の評価をめぐって対極にあった「戦後日本」を代表する2人の作家

 

先月のことだが、松本健一氏の遺著である『「孟子」の革命思想と日本 ー 天皇家にはなぜ姓がないのか』(昌平黌出版会、2014)を読んでいて、はじめて知った。2000年以降はあまり松本健一氏の著作を読んでいなかったので、うかつなことに見落としていたようだ。 

「戦後」を代表する2人の文学者は、2歳違いで司馬遼太郎が年上である。つまり同時代人であるが、これほど対極的な作家もいないだろう。 

純文学と大衆文学というジャンルの違いだけではない。誤診によって徴兵免除となり戦争体験をもたなかった(いや、もてなかったというべきか)三島由紀夫に対し、戦車兵として戦争体験をもつ司馬遼太郎

だが、なによりも対極にあるのは、「陽明学」の評価であった。思想をめぐるロマン主義とリアリズムの違いでもある。 

「知行合一」を説く陽明学にロマン主義的要素を見ていた三島由紀夫。思想は実行に移さなくてはならないとする陽明学に危険な側面があることを見ていた司馬遼太郎。三島由紀夫の1970年の自決に際して、司馬遼太郎は激烈に批判する文章を残しているという。 

ある意味では、陽明学の評価をめぐって対極にあった2人の作家は、鏡合わせのような関係にあったといえるかもしれない。 

本書は、そんな三島由紀夫と司馬遼太郎の対比を描きながら、著者自身の私的な回想的文章をはさんだエッセイ的評論である。 

読み終えて思うのは、三島由紀夫と司馬遼太郎、この2人を対比させて論じることのできる評論家は、この人くらいしかいないだろう、ということだ。 

抑制した筆遣いでありながら、三島由紀夫と司馬遼太郎の双方に対する著者自身の心情やエピソードが吐露されており、かつて松本健一氏の熱心な(?)読者であったわたしには、たいへん興味深く感じられた。 

戦後日本を呪詛して自決した三島由紀夫。その死からすでに半世紀を過ぎている。戦後日本を肯定しながらも、激しい批判のことば残して死んだ司馬遼太郎。その死からすでに四半世紀を過ぎている。 

衰退過程にある現在の日本は、もはや三島由紀夫が予見したような「からっぽな経済大国」でもなく、司馬遼太郎が激烈に批判した「土地本位制資本主義社会」でもない。 

そして三島由紀夫と司馬遼太郎をおなじ俎上で論じた松本健一氏が2014年に亡くなってからすでに8年。

 廃墟となったような現在の日本が、はたしてすでに底を打っているのかどうかわからない。「日本再建」をどう行うか、われわれに残された課題は大きい。 

そのためには、「戦後日本」というスパンだけではなく、18世紀末以降から日本を考え直してみる必要があるのではないか「明治維新」も「戦後日本」も含んだ約2世紀半の歴史である。最近のわたしはそう考えている。 




目 次
序章 二つの「日本」 
第1章 二人にとって「戦後」とは何か
第2章 一瞬の交叉
第3章 ロマン主義とリアリズム
第4章 三島の「私」と司馬の「彼」
第5章 西郷隆盛と大久保利通
第6章 『坂の上の雲』の仮構
第7章 陽明学 ― 松陰と乃木希典
第8章 反思想と反イデオロギー
第9章 戦後的なるもの
第10章 人間の生き死
あとがき


著者プロフィール
松本健一(まつもと・けんいち)
日本の評論家、思想家、作家、歴史家、思想史家。麗澤大学経済学部教授。 中国日本語研修センター教授、麗澤大学経済学部教授、麗澤大学比較文明文化研究センター所長、一般財団法人アジア総合研究機構評議員議長、東日本国際大学客員教授、内閣官房参与(東アジア外交問題担当)などを歴任した。主な著書に『近代アジア精神史の試み』(岩波現代文庫、アジア・太平洋賞受賞)、『日本の近代1 開国・維新』(中公文庫、吉田茂賞)、『評伝北一輝 全五巻』(中公文庫、毎日出版文化賞・司馬遼太郎賞)など多数。2014年没。(本データは『「孟子」の革命思想と日本』2014年が刊行された当時に掲載されていたものに wikipedia 情報で加筆)


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