『アメリカは自己啓発本でできている ー ベストセラーからひもとく』(尾崎俊介、平凡社、2024)を読んだ。ことし2月の新刊である。
著者は、「自己啓発書」という分野に目覚め、その分野を主たる研究テーマにして10年というアメリカ文学の研究者。きわめて奇特な人である。
わたしも著者が執筆した学術論文(!)には、『超訳アンドリュー・カーネギー 大富豪の知恵』と『フランクリン 人生を切り拓く言葉』を製作した際には、お世話になっている。
本書は、そんな著者が一般読者向けに書いた、軽いエッセイ風の読み物である。
自己啓発書好きな人よりも、自己啓発書なんてと思っている人向けの内容だ。とはいえ、著者自身のテイストが全面的に反映している内容なので、違和感を感じる箇所もないわけではない。
■自己啓発書はアメリカの大衆文化であり、日本の大衆文化でもある
自己啓発書は、まさにアメリカのポピュラー・カルチャー(=大衆文化)そのものだ。そして、日本の大衆文化でもある。
自己啓発書が盛んに出版され読まれているのは、アメリカと日本くらいだと著者はいうが、その意味でも日米はよく似た面をもっているといってよい。
著者は、自己啓発書を大きく分けて2つに分類している。「自助努力系」と「引き寄せ系」である。
前者の「自助努力系」は、フランクリンの『自伝』以来の正統派の自己啓発書で、アンドリュー・カーネギーの『自伝』もまたそのカテゴリーに分類される。そして、この分野での現時点での集大成とも言うべき存在がコヴィー博士の『7つの習慣』である。
こちらのカテゴリーは、わたしとしても大いに読むことを薦めたい。人事管理の世界でいう「自己啓発」は、この意味に近い。
ところが、20世紀になってからの主流は「引き寄せ系」である。これは「スピリチュアル系」とかなりの程度かぶるのだが、「はあ?」という感じのものやトンデモ本も含めてじつに多種多様だ。
「引き寄せ」現象そのものまで否定するつもりはない。というのも、自分自身が経験しているからだ。とはいえ、この手の内容は、まあ話半分で聞き流しておく分には無害というべきかもしもしれない。
先にもみたように、狭義の自己啓発書はアメリカ生まれの大衆文化というべきだが、日本で受け入れられたのは、もともと日本文化にその素地があるからだろう。
『学問のすすめ』や『自助論』といった形で、明治時代という激動期からその歴史が始まる。 本書でもスポーツ系の自己啓発書として元テニスプレイヤー松岡修造の「日めくり」が取り上げられているが、前近代からの修行や修養の歴史をもつ日本ならではといえるかもしれない。
著者はまったく言及していないが、わたしは「修養書」とされてきた『言志四録』もまた、広義の自己啓発書ととらえて問題ないと考えている。自己修養とスピリチュアルが交差する地点に成立したものだ。
■夢を実現するために「引き寄せ」てしまう力
著者は「あとがきに代えて」で玉川学園の創始者である小原國芳のことを取り上げ、教育者として理想の学園建設という大きな夢を実現させた人物であり、小中学校を玉川学園で過ごした著者はその感化を受けていると述べている。
なるほど、そういうことか、と。夢を実現するためにさまざまな人を引き寄せてしまう力、それは情熱のもつ力といってもいい。そんな人と直接身近で全人的に接したことがあればこそ、なのだろう。
一般向け読み物としての性格のためか、「~であろう」という推論にもとづく記述が多いのが気になるものがある。また、スウェーデンボルグがフランクリンに影響を与えている、そんな誤解を与えかねない記述が気にはなる。フランクリンは、むしろフリーメーソン系の自己修養型である。
とはいえ、自己啓発書というカテゴリーが好きな人も、批判的な人も読むとなにかしら得るものがあるのではないだろうか。
少なくとも「教義の自己啓発書」について研究してきた著者の貢献は、少なからぬものがあるといっていいだろう。
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目 次はじめに1 自己啓発思想の誕生 ― ベンジャミン・フランクリン『自伝』2 引き寄せ系自己啓発本の誕生3 ポジティブであること4 「お金持ちになろう!」アメリカの成功哲学5 年長者が人生を説く父から息子への手紙6 日めくり式自己啓発本7 スポーツ界の自己啓発本8 自己啓発本界のトホホな面々小原國芳先生のこと ー あとがきに代えて年表アメリカ・日本の自己啓発本参考/引用文献
著者プロフィール尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)1963年、神奈川県生まれ。愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に『ハーレクイン・ロマンス ― 恋愛小説から読むアメリカ』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)
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・・玉川学園とその創始者・小原國芳のこと
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