2024年7月15日月曜日

書評『アメリカは内戦に向かうのか』(バーバラ・F・ウォルター、井坂康志訳、東洋経済新報社、2023)ー 「民主主義」が休息に弱体化しつつあるアメリカは内戦の瀬戸際にある

 
昨日(2024年7月14日 現地は13日午後6時過ぎ)、大統領選挙遊説中で選挙集会で演説していたトランプ元大統領が狙撃され、右耳の上部を負傷し流血するという事件が発生した。暗殺未遂事件である。  

あと1~2センチずれていたら、弾丸はアタマを貫通し即死していただろう。プロンプトの原稿を見るために少し首を傾けたから軽傷で済んだのだ。トランプ氏は、じつに強運の人物である。 奇跡的としかいいようがない。

ここで仮定(What-if)について考えなくてはならない。もし仮に、トランプ氏が狙撃によって即死し、しかも狙撃犯が「有色人種」だったら・・・

内戦の引き金になっていた可能性は高い。歴史が変わった瞬間となった可能性は否定できない。その意味においても、胸をなでおろすしかない。 


(8月5日付けのTIME誌の表紙に決定した「決定的写真」)


いまこそ、この本を読むタイミングがやってきたと思い、『アメリカは内戦に向かうのか』(バーバラ・F・ウォルター、井坂康志訳、東洋経済新報社、2023)を読むことにした。 

原題は、How Civil War Start : And How To Stop Them である。「内戦」(Civil war)はいかにして起こるのか、そしていかにして回避するのかをテーマに研究している国際安全保障の専門家による警鐘本である。  

「アメリカの内戦」を想起させるような日本語タイトルだが、全体で8章のうち、アメリカに焦点を絞って論じているのは、第6章から最後の8章までである。前半は、第二次大戦後に世界各地で発生してきた「内戦」について記述している。 


■民主主義の弱体化、あるいは専制体制のほころびが問題である

本書のキーコンセプトは「アノクラシー」(anocracy)である。アノクラシーとは聞き慣れないコトバだが、民主主義と専制体制の中間領域のことを指している政治学用語だ*。中文では「無支配体制」と訳されている。

*  「アノクラシー」(Anocracy)については、英語は当然のことだが、wikipedia項目に日本語版がないには日本人の問題意識が低いことを意味しているのだろうか。「無支配體制」と題して中文繁体字があるのは、台湾では関心が高いことを意味しているのだろう。


内戦にかんするデータ分析の結果、わかってきたことは、意外なことに一般常識に反するものかもしれない。 

民主主義が健全に機能しているときだけでなく、専制体制が確立している状態でも内戦は発生しないのである。

民主主義が弱体化し、あるいは専制体制にほころびが見えてくると、内戦の可能性が高まってくるのだ。それがアノクラシーである。

ティトー死後のユーゴスラヴィアも、サッダーム・フセイン体制崩壊後のイラクも、国軍によるクーデター後のミャンマーも、いずれもアノクラシーに陥った結果、激しい内戦状態となっている。先進国の人間にとっても、けっして他人事と考えないほうがいい。 


(米国で2024年4月に公開された映画『Civil War』(シビル・ウォー=内戦))





■内戦の引き金になるのは「分断」よりも「派閥」

また、著者は「分断」そのものが問題だとはしていない。むしろ問題なのは「派閥」(faction)の存在だ。 ただし、こここでいう「派閥」は、日本の自民党の派閥を連想してはいけない。

選挙によって多数派が支配する民主主義体制のもとでは、少数派とくに土着の存在だが少数派に転落してしまった人たちの希望が打ち砕かれたとき、暴力的に問題を解決する方向に向かいやすい。 

転落した少数派が民兵(ミリシア)を組織し、過激化して暴力的にテロやゲリラ戦に打って出るとき、内乱や内戦に発展していく。 外国勢力を呼び込んだとき、その可能性が高まることは言うまでもない。

日本語のタイトルに「南北戦争」がでてくるので誤解しやすいが、「南北戦争」はアメリカでは The Civil War という。大文字で始まる「内戦」のことだ。 

「南北戦争」すなわち「1860年代前半の内戦」(The Civil War)では地理的に南北が分断されたが、現在の分断は地理的な分断ではない

現在の「分断」は、「1960年代の公民権運動」(Civil Rights Movement)以来の分断状況だと著者は認識しているが、先にも見たように分断そのものが内戦に発展するわけではないとしている。 

現在アメリカで希望を打ち砕かれた少数派とは、白人貧困層である。白人至上主義者たちが組織する民兵が暴力的なテロやゲリラ戦に打って出たとき、内戦の危険性が一気に高まることになる。 

著者は、その兆候は1990年代から顕在化してきたという。そして、2013年以降アメリカは「アノクラシー」化しているのだ、と。 民主主義が急速に弱体化しつつあるのだ。

アメリカでは、JFKやリンカーンなど過去4人の大統領が暗殺されている。今回のトランプ氏の暗殺未遂の前にも、レーガン大統領が狙撃され負傷している。 ところが驚くべきことに、日本では憲政史上7人も首相が暗殺されているのだ。

戦後は、1970年代の極左テロがあったものの、内戦もクーデターもなかった日本だが、1995年にはオウム真理教による政府転覆計画が未遂に終わっている。

つい2年前には、安倍元首相が暗殺されている。 けっしてアメリカの状況を対岸の火事と考えるべきではない。内戦を引き起こす理由がなにか、認識していかなくてはならない、

また、なぜアパルトヘイト体制末期の南アフリカで内戦が回避できたのか、その理由について考えることも重要だ。


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目 次
日本語版へのメッセージ 
序章 今、内戦の時代が始まろうとしている 
第1章 アノクラシー 魔の中間地帯 
第2章 暴動の発火点 
第3章 「格下げ」がもたらす悪夢 
第4章 希望が死ぬとき 
第5章 暴動増幅装置 SNSの罠 
第6章 足元に忍び寄る不吉な影 
第7章 内戦 真実の姿 
第8章 内戦を阻むために今なすべきこと 
原注 

著者プロフィール
バーバラ・F. ウォルター(Barbara F. Walter) 
カリフォルニア大学サンディエゴ校政治学教授。シカゴ大学政治学M.A. および Ph.D. 取得。国際安全保障の権威であり、内戦、非通常型暴力、交渉と紛争に重点を置いている。本書は、『フィナンシャル・タイムズ』『サンデー・タイムズ』『エスクァイア』の2022年ベストブックに選ばれている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


(Is America at Risk of a Civil War?  National Press Foundation 2022年10月11日アップ)


<関連サイト>


(2024年7月24日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

・・「憲法に規定された理念先行国家と実際のズレ」が「性と暴力の特異性」として顕在化している

・・「社会の底辺層で、出口なしの状態で鬱屈している男たちのルサンチマンを解放するクラブ、それがファイト・クラブだ。(・・・中略・・・) 物欲を否定したシンプルな世界への指向性。たしかに、これは21世紀以降の若者の意識の動きを先取りしたものであるかもしれない。描かれているのは暴力的世界であり、ある種の暴力革命への指向性でもあるのだが。」






(2024年7月27日 情報追加)


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