2025年9月14日日曜日

書評 『東洋の至宝を世界に売った美術商 ― ハウス・オブ・ヤマナカ ―』(朽木ゆり子、新潮文庫、2013)― 知られざる日本企業の海外進出サクセス・ストーリーであり、その絶頂期と敵国資産として接収され解体にいたる歴史を描いたノンフィクション

 


面白そうだなと思って買っておいたまま12年。ふと気になって読み始めたら、これがじつに面白い。最後まで飽きることなく、文庫本で450ページ超の大冊を読み通してしまった。 

知られざる在米日本企業の盛衰を描いたノンフィクションである。日本企業の海外進出ストーリーであり、出発点から解体までを扱った歴史ものであるが、主たるテーマは「山中商会」という美術商、つまりアート・ディーラーとその顧客たちの関係を描いたものだ。

19世紀後半から20世紀前半にかけて、欧米の大富豪たちのあいだで東洋美術ブームがあった。欧米各地の美術館に国宝級の日本美術が収蔵されているのは、その名残である。まずは日本美術がブームとなり、その後は中国美術にシフトする。

貴重な美術品が海外に流出した背景には、旺盛な需要だけでなく、ビジネスとして仲介を行ったの美術商たちが存在していたからである。 

本書の主人公は、山中定次郎(やまなか・さだじろう)であるが、大阪の山中一族が主人公といってよい。「ハウス・オブ・ヤマナカ」とは山中商会のことだ。江戸時代後期から幕末の動乱期を乗り切った大阪の古美術商の一族が、明治維新を経て海外に雄飛する道を選ぶ。

浮世絵にかんしては、ジャポニスムの中心地であったパリを本拠に活動していた林忠正が有名だが、山中定次郎は海外進出の出発点をニューヨークに選んだ。日本との関係でいえばボストンが有名だが、ニューヨークには小規模ながらすでに日本美術のアート市場が存在したからだ。 


■知られざる日本企業の海外進出のサクセス・ストーリー

本書は三部構成になっているが、「第1部 古美術商、大阪から世界へ」と「第2部 「世界の山中」の繁栄」は、日本企業の海外進出ストーリーとして読みでがある。

ニューヨークを本拠地にして、ボストンやその他東海岸を中心にした米国各地だけでなく、ロンドンにも進出して王室御用達にもなっていたのだ。 

古美術を扱うアートディーラーは、資金の回転が遅く、しかも大きなカネを動かさなくてはならないので、信用がものをいう世界である。格式がブランド力向上につながり、ビジネスに有利に働くだけことはいうまでもない。

山中商会が全盛期を迎えたこの間、顧客の関心は日本美術から中国美術に移っていくが、それは明治維新前後の混乱状況は、すでに収束を始めていたからだ。日本からの美術品の流出に法的な制限がかけられるようになったのである。だが、それだけが理由ではない。

20世紀のはじめには、中国大陸は清朝末期の「義和団事件」から「辛亥革命」にかけての激動期であり、その後もつづいた政治経済から社会全体におよんだ混乱状態のなか、大量の古美術品が手放され、あるいは略奪によって海外に流出したのである。山中商会も大胆な取引によって、中国美術で大いに儲けている。 


■日米関係の悪化と日米戦争によるビジネス接収と解体

ところが、そんな全盛期も終焉を迎えることになる。1929年に始まった「世界大恐慌」の影響があっただけではない。なによりも「日米関係の悪化」がビジネスに悪影響をあたえることになったからだ。 

1941年7月の日本軍の「南部仏印進駐」によって「在米日本資産凍結令」が発令され、12月の「日米開戦」によって資産が接収され、米財務省の管理下に入ることでトドメを刺された。資産売却のための営業がゆるされたが、敵国資産管理人局による清算作業によって3年後に解体された。 

接収から解体にいたるまでのプロセスを描いたのが「第3部 山中商会の「解体」であり、大戦中に接収された在米日本企業の資産が、どのように処分されたのかについての貴重なケーススタディになっている。

米国政府の一次資料を読み込んだ10年かけての労作であり、頭が下がる思いをする。 著者にはフェルメール全点踏破の旅』という著書もあって、その徹底ぶりには以前から感嘆していたが、この本はそれをはるかに上回る徹底した調査によってできあがった作品なのだ。

アート・ディーラーというビジネスをテーマにした日本企業の海外進出ストーリーであり、美術ファンはもちろん、それ以外の人にとっても読む価値のある作品であると、出版から時間がたっているものの、いまさらながら思う次第だ。

 
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目 次 
序章 琳派屏風の謎 
第1部 古美術商、大阪から世界へ
 第1章 「世界の山中」はなぜ消えたか
 第2章 アメリカの美術ブームと日本美術品
 第3章 ニューヨーク進出
 第4章 ニューヨークからボストンへ
第2部 「世界の山中」の繁栄
 第5章 ロンドン支店開設へ
 第6章 フリーアと美術商たち
 第7章 日本美術から中国美術へ
 第8章 ロックフェラー家と五番街進出
 第9章 華やかな20年代、そして世界恐慌へ
 第10章 戦争直前の文化外交と定次郎の死
第3部 山中商会の「解体」
 第11章 関税法違反捜査とロンドン支店の閉鎖
 第12章 日米開戦直前の決定
 第13章 開戦、財務省ライセンス下の営業
 第14章 敵国資産管理人局による清算作業
 第15章 閉店と最後の競売
 第16章 第二次世界大戦後の山中商会
終章 如来座像頭部
あとがき
資料と参考文献


著者プロフィール
朽木ゆり子(くちき・ゆりこ)
東京都生れ。国際基督教大学教養学部社会科学科卒。同大学院行政学修士課程修了。コロンビア大学大学院政治学科博士課程に学ぶ。1987年から1992年まで「日本版エスクァイア」誌副編集長。1994年よりニューヨーク在住。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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・・「博士論文のテーマは、19世紀後半の英国における日本美術収集にかんするものであり、オックスフォード大学と大英博物館の所蔵品を調べる」





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