2011年5月3日火曜日

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと


 「憲法改正論議」は、自民党の安倍晋三内閣がきわめて短命に終わってから、残念なことに下火になってしまったようだ。未曾有(みぞう)の国難の最中にいる現在、憲法改正論議どころではない、というのも当然といえば当然だろう。
 
 「自主憲法制定」。わたしはこの動きには全面的に賛成である。「新憲法」制定の舞台裏にかかわった白洲次郎自身が、いずれ自主憲法制定が必要だと考えていたことは、政治学者によるインタビュー記録で読んだことがある。肝心要の話は、棺桶までもっていってしまったようだが。

 中学時代だろうか、社会科の教師がすばらしい「前文」だと言って朗読したのを、その表情まで覚えているが、あらためて高校の「現代社会」の授業で日本国憲法を習った際には、正直なところ、憲法の条文はなんだかわかりにくいヘンテコな日本語だと思った。大日本帝国憲法のほうが格調高くてよい、と。

 それは当然だろう。そう思うのは、私だけではないのではないハズだ。現在の日本国憲法は、じつは原文は英語であることは、「六法全書」を開いてみればすぐわかることだ。

 米軍の高官に向かって「あなたの英語は下手だ」と言ってのけた白洲次郎などの働きがあってこそ、土俵際で踏ん張り、米国占領軍サイドの一方的な押しつけに、寄り切られなかっただけの話である。米軍による占領下、泣く泣く受け入れた、ギリギリの妥協の産物なのだ。

 最初から日本語として読める文章として憲法を起草する、これは絶対に必要なことだ。それなくしては、国家としての真の独立はあり得ない。


「自主憲法制定」は重要だが、絶対に譲ってはいけない「理念」が日本国憲法にはある

 とはいえ、「憲法改正」あるいは「自主憲法制定」という話題になると、すぐ「憲法9条」に議論が集中してしまうのは困ったことである。

 「護憲派」だろうが「改憲派」だろうが、「憲法9条」は現在でも条文解釈で対応できるので、わたし自身はそれほど重要事だとは考えていない。もちろん、改正には全面的に賛成だ。だが、急ぐことはない。

 個々の条文については、時代にあわないものも多々あるので、改正する必要はあると思う。たとえば、参議院の存在の是非、衆議院の議員定数などだ。

 「一票の格差」をめぐっては、現状維持の立場に固執する最高裁がちゃんとした憲法判断をいつになっても下さないのは、理解に苦しむ。この国には、近代民主主義の原理である「三権分立」が成立していないのか?むしろ、明治時代のほうが、児島惟謙(こじま・いけん)など、骨のある裁判官が多かったような気がする。

 大日本帝国憲法をことさらすばらしいというつもりはない。 「憲法改正」あるいは「自主憲法制定」であるにせよ、先祖返りを求めているのではない。大日本帝国憲法(明治憲法)に戻ることなど誰も求めているのではない。

 わたし自身は、日本国憲法の日本語はヘンテコだが、根本精神については微動だにさせるべきではない、と考えている。 

 それは、「国民主権」あるいは「主権在民」という理念である。この理念(コア・バリュー)は、憲法の中核に据えて、さらに強化しなくてはならないと強く考えている。

 たしかに、自らの手で「民主化」を勝ち取ったわけではない日本人には、「主権在民」はピンとこないのだいう言い方は、わたしの高校時代からずっと言い続けられてきたことだ。

 だが、「主権在民」の理念は、アメリカ占領軍によって、上から与えられたものではけっしてないことを確認しておきたい。

 明治憲法制定競争の過程で提言された各種憲法のなかでは、「自由民権運動」家の植木枝盛(うえき・えもり)による憲法案がもっとも有名である。

 植木枝盛の憲法案の骨子は言うまでもなく「主権在民」あくまでも「官」ではなく、「民(ピープル)にこそ主権あり」としたその精神は、新憲法に活かされていると考えている憲法学者もすくなからずいる。

 自由民権運動は、明治憲法成立後、議会開設に及んで、運動そのものとしては下火になったが、その精神は現在にいたるまで引き継がれている。

 教科書的には、幸徳秋水(こうとく・しゅうすい)らの社会主義の流ればかりが登場するが、じつは自由民権運動の初期においては、土佐の中江兆民(なかえ・ちょうみん)と福岡の頭山満(とうやま・みつる)が同志であったことを閑却してはならないのである。左右ともに、もとは西郷隆盛の「敬天愛人」に連なる流れである。

 自由民権運動は、頭山満などの「国権主義」と、中江兆民などの「民権主義」にわかれたが、源流は同じなのである。後者の中江兆民の流れに、幸徳秋水らの社会主義があることはよく知られていることだろう。

 要は、国か主人か、民が主人か、そのどちらに重点が置かれるか、ということだ。けっして二者択一ではない。民なくして国家なし、されど国家なくして国民なし、とは言っていい。

 戦前は、「国権主義」が幅をきかせていた時代である。そのなかでも果敢に抵抗を続けた人々はいる。もちろん、日本人の多くは「長いものに巻かれろ」という行動パターンが多いので、表だって抵抗した人はそう多くはないように見えるだけではないか? 生活人であれば、運動に専従できないことなど、考えるまでもない。

 だが、日本国民のあいだで、民権をもとめてのサイレント・レボリューションは確実に進行していたというべきだろう。

 日本を代表する東洋史家の内藤湖南ではないが、応仁の乱(1467-1477)以降の日本史の本質は、下剋上による価値観の根本的変換である。『日本文化史研究』で指摘しているように、一般民衆のパワーが増大していった歴史である。これは西洋史と変わるところはない。これが歴史観というものだ。

 日本近代においては、とくに大正時代以降に進展した「大衆化」によって、民衆のパワーはより増大したのであるが、その後の歴史は日本人にとってはきわめて過酷であった。大東亜戦争の開戦に喜んだのもつかの間、決定的敗北を喫して、有史以来はじめて敗戦国となり、占領軍の統治下に入ることとなった。

 だが、その反面、「主権在民」の理念は、占領軍のお墨付きを得て、よみがえったのである。憲法の基本理念として、埋め込まれたのである。これは素直に受け止めるべきことだ。

 いわゆる「象徴天皇制」のもとの「主権在民の立憲君主国」、これが日本の「國體」(こくたい)である。「この国のかたち」である。これは言わずもがなのことであろう。英国もまた同様だ。  


現在の「日本国民」は「主権在民」の理念を生きているか?

 「主権在民」の理念は死守しなくてはならないのはもちろん、その精神を真に実現させなくてはならない。

 そこで問われるのは、現在の日本国民の一人一人が、「主権在民」の理念を自分のものとして、その精神を生きているかということだ。

 「3-11」以来の一連の「人災」をみていると、「主権在民」の意味を再確認することが、「日本再生」に大きな意味をもつことを感じる。これ以上、「国」や「官」に勝手なことをさせてはいけない、と。

 そのためには、たとえ自らアクションを起こすことはなくても、「主権在民」の意味をしっかりと捉え直してみることだろう。主権は国ではない、民の側にあるのだ、と。こう意識するだけで、ものの見方は 180°変わるはずである。
 
 かつて米国のケネディ大統領は、主任演説のなかで、「国があなたに何をしてくれるかを求めてはいけない、あなたが国のために何が出来るかを考えて欲しい」と言ったことはよく知られていることだと思う。

 国民としての権利と義務、この両面を理解することで、「主権在民」の意味の理解が深まり、意識も強くなっていく。

 これは、国家と国民の関係だけでなく、会社組織と従業員の関係も同じだろう。

 会社は社長一人で回っているものではない。もっとも重要なステークホールダーである従業員の一人一人が会社を支える構成員であり、自分たちが会社を背負っているのだ!という自覚をもたねばならない。

 私たち一人ひとりが「日本国」の一員であるという意識を持たないと、「国」や「官」が仕切るっている政治に流されるだけになってしまう。

 これは、とくに「原発事故」で顕在化した「原子力村」なる癒着の構造を見てしまったいま、すべての国民が意識しなくてはならない理念である。国でも官でもない、民こそが主人公なのである。

 政治家も官僚も、国民に奉仕するために存在が許されているのである。このことを忘れてはならない。いや、彼らには忘れさせてはならない。

 何度も繰り返し言うが、「主権在民」の理念は、何があってもい絶対に曲げてはいけないどころか、いまこそ強く意識しなくてはならないのである。



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