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2010年5月21日金曜日

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲) 


 本日この投稿をもって、ブログ投稿通算350本となった。これを記念して「座右の銘」の一つを紹介することとしたい。

 「幾たびか辛酸を歴(へ)て志(こころざし)始めて堅し」

 このコトバとの出会いは、いまから8年前である。このコトバが私の心に刺さったのは、理由(わけ)があるのだ。

 いまから8年前の2002年、当時勤務してきた企業が業績悪化で、当時の取締役と一部社員が中心となって MEBO(・・MBOの一形態。マネジメント層と従業員層による会社買取り)が実施された。

 その後まもなくして、多くの仲間たちとともに「リストラ」を宣告された。おそらくそうなるだろうなあと思っていたので、新社長から呼び出された際には、要件を切り出される前に、「いわなくてもわかります」と即座に受諾した。

 何よりも再建にあたってキャッシュ流出をミニマムにしたい新社長の立場はよく理解できたし、私自身 MEBO という考えには賛同していなかった。志をともにしないメンバーは去るべきである。

 その後しばらく半年以上の「浪人」生活を送った。それまでは「勤労者」であったので、失業保険給付対象となっていたためだ。


 「リストラ」という表現が、「解雇」や「人員整理」の意味で使われ始めていた頃だろうか。私が社会人になった頃は、人員整理のことは「合理化」といっていた。英語のリストラクチャリング(restructuring)の本来の意味は、財務構造の再構築のことをさしているのだが、日本語の短縮形「リストラ」は即「人員整理」と同義語となって定着してしまった。 

 しかしながら、「リストラ」とはストレートに表現すれば「クビ」である。「クビ」といってしまえば身も蓋もないが、正直いってうれしいものではない。なぜなら、アタマでの受け取り方と、ココロでの受け取り方は必ずしも一致せず、しかもその乖離の解消には時間がかかることを、身をもって体験することとなった。

 「整理対象」となった仲間たちとは、次の仕事をみつけるまで1ヶ月の猶予を与えるという温情(?)のもと、集まってはだべり、さまざまな話をして過ごしていたが、ある日のこと、昼飯を食べたあと皆で散歩にでかけて、とある小規模な神社に立ち寄った。

 その時に、仲間の一人が見つけたのが、社頭に置いてあった「幾たびか辛酸をへて志始めて堅し」というコトバが書かれた短冊だった。神社が無料で配布しているもので、「生命(いのち)の言葉」と題されていた(写真参照)。


 「幾たびか辛酸を歴(へ)て志(こころざし)始めて堅し」

 その時ほど、このコトバの意味を、アタマではなく肚(ハラ)の底から感じ取ったことはない。まさに私にとっては「生命(いのち)の言葉」であった。

 コトバというものは、それを求めているときに与えられたとき、それが「偶発的」であればあるほど、受け取った本人には「運命」と感じ取るものなのだ。


 「幾たびか辛酸を歴(へ)て志(こころざし)始めて堅し」

 このコトバは意気消沈しがちな自分のココロを何度も鼓舞してきた勇気百倍となるコトバだ。
 「今月の言葉」が書かれた短冊は保存して、その後スキャンしてパソコンで保存して、ときどき見ては気持ちを鼓舞している。


 それ以来、このコトバが収録されている、『西郷南洲遺訓』(山田済斎編、岩波文庫、1939)を愛読している。南洲とは西郷隆盛の号である。

 西郷隆盛がいかに人物として大きな存在であったことか、卒業前の大学4年のとき九州一周をした際に鹿児島も回っているので熟知している。

 西郷隆盛については説明は不要だろう。100年に1人どころか、日本史上最大の人物といっても言い過ぎではない

 
 この『西郷南洲遺訓』とは、明治維新後の明治3年、庄内藩(山形県)の有志が教えを請うために鹿児島を訪れて、その際に交わした会話の聞き書きを一書にまとめたもので、西郷隆盛の息づかいまで聞こえてくるような言行録である。

 「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」は、原文ではこうなっている。引用に際しては、漢字は新字体に改めた。

五 或る時「幾歴辛酸志始堅。丈夫玉碎恥甎全。一家遺事人知否。不爲兒孫買美田」との七絶を示されて、若し此の言に違ひなば、西郷は言行反したるとて見限られよと申されける。

 「七絶」は七言絶句の略。西郷隆盛作の漢詩「偶成」として残っている。

 読み下しは以下のとおり

幾タビカ 辛酸ヲ 歴(へ)て 志(こころざし)始テ 堅シ。
丈夫(ぢゃうふ)ハ 玉碎スルモ 甎全(せんぜん)ヲ愧ヅ。
一家ノ遺事 人知ルヤ 否ヤ。
兒孫の爲メニ 美田ヲ 買ハズ。

意味は以下のようになる。さまざまな現代語訳を参照して、私訳してみた。

幾たびか辛酸をへて、志がはじめて堅固となる。 
男子(ますらを)たる者、身はたとえ玉と砕け散っても、瓦(かわら)として安穏と生き残ることは恥じるもの。 
後世に遺す家訓を、世間の人は知っているのかどうか。
子孫のために立派な田畑を買わず、遺産として遺さない。


 庄内藩士たちに、この自作の七言絶句の一節を示して、「もしこの言に違いがれば、西郷は言行に反したものとして見限ってもらいたいと申された」、のである。

 人の上にたつ者として、幕末の動乱期といえども、ここまで覚悟していた人はなかなかいない。


 この『西郷南洲遺訓』は、福岡藩士で玄洋社総帥・頭山満(とうやま・みつる)がつねに持ち歩き、何度も何度も繰り返し読んでいたらしい。このエピソードは、頭山満の盟友であった杉山茂丸の長男で作家の夢野久作が『近世怪人伝』のなかで、実に楽しそうに紹介している。この本は、頭山満以外の登場人物もすこぶる面白い。

 頭山満は右翼の巨頭として知られているが、旧士族の不満分子が中心となった自由民権運動においては、土佐藩士であった中江兆民と同志であり、運動が収束後も終生親しく付き合っていた。中江兆民の系譜に連なる人たちは左翼陣営とみなされているが、頭山満と中江兆民の二人は、何よりも人物本位で評価しあっていたのであろう。

 頭山満も中江兆民も、ともに西郷隆盛を尊敬すること甚だしく、日本の右翼運動も左翼運動も、その源流には西郷隆盛という巨大な存在が屹立(きつりつ)しているのである。このことは日本近代史の底流として知っておいた方がよい。

 また庄内藩士の聞き書きということでもわかるように、西郷隆盛の生き様と思想は、遠く山形県の庄内地方にまで伝播している。この風土のなかから、大川周明のようなアジア主義者の国士がでてきたことは不思議でもなんでもないのだ。

 無教会派の基督者(クリスチャン)の内村鑑三が英文著書 Representative Men of Japan(1908)で、西郷隆盛を絶讃していることもよく知られていることだろう。同書は『代表的日本人』というタイトルで日本語訳が岩波文庫として出版されている。

 その生き様そのものが日本人にとっての思想であるという、西郷隆盛という存在

 批評家・江藤淳の遺著 『南洲残影』(文藝春秋社、2005)をぜひ読んでみてほしい。私はこの本を読んで、あらためて西郷隆盛と日本近代史の底流に何があるかに感じ入った次第だ。




 せっかくの機会なので、『西郷南洲遺訓』から、私の心に刺さった語録をいくつか引用しておこう。

六 人材を採用するに、君子小人の情を察し、其長所を取り之を小職に用ひ、其材藝を盡さしむる也。

十一 (前略)実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導く可(べ)きに、左(さ)は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己を利するは野蛮ぢゃと申せし・・・(後略)

十四 会計出納は制度の由て立つ所ろ、百般の事業皆な是より生じ、経綸中の枢要なれば、慎ますばならぬ也。其(その)大要を申さば、入るを量りて出づるを制するの外(ほか)更に他の術数なし。・・(後略)・・

十六 節義廉恥を失て、国を維持するの道決して有らず、西洋各国同然なり。上に立つ者下に臨で利を争ひ義を忘るゝ時は、下皆之に従ひ、人心忽(たちま)ち財利に趨り、卑吝の情日々長じ、節義廉恥の志操を失ひ、父子兄弟の間も銭財を争ひ、相ひ讐視するに至る也。・・(後略)・・

二〇 何程(なにほど)制度方法を論ずる共、其(その)人に非ざれば行はれ難し。人有りて後方法の行はれるものなれば、人は第一の宝にして、己れ其人に成るの心懸け肝要なり。

二一 道は天地自然の道なるゆゑ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。

二六 己を愛するは善からぬことの第一也 ・・(後略)・・
 
二八 道を行ふには尊卑貴賤の差別無し。摘んで言へば、尭舜(ぎょうしゅん)の天下は王として万機の政事を執り給へ共、其の職とする所は教師也。・・(後略)・・

二九 道を行ふ者は、固より困厄に逢ふものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の成否身の死生抔(など)に、少しも関係せぬもの也。・・(中略)・・予(よ)壮年より艱難と云ふ艱難に罹りしゆゑ、今はどんな事にも出会ふ共、動揺は致すまじ、夫(そ)れだけは仕合わせなり。

三〇 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。・・(後略)・・

三一 道を行ふ者は、天下挙(こぞっ)て毀(そし)るも足らざるとせず、天下挙(こぞっ)て誉めるも足れりとせざるは、自ら信ずるの厚きが故也。 ・・(後略)・・

三九 今の人、才識有れば事業は心次第に成さるゝものと思へ共、才に任せて為す事は、危くして見て居られぬものぞ。体有りてこそ用は行はるゝなり。 ・・(後略)・・



 むかし中学時代に、勝海舟の『氷川清話』(角川文庫)を何度も繰り返し暗記するくらいまで読み込んで以来、たとえ座右にはなくても大きな影響を受けているが、その勝海舟がもっとも賞賛してやまないのが西郷隆盛である。

 「リストラ」される前に勤務していた会社は、東京の田町にあり、ちょうどJR田町駅前の三菱自動車のショールームの前あたりに、勝海舟と西郷隆盛が江戸開城の談判をしたという記念プレートが設置されている。

 こういう人物がいたからこそ、日本は内戦状態にありながら、同朋による殺し合いを回避することができたのである。江戸の人口100万人の生命財産が守られたからこそ、明治維新後の近代日本発展の基盤が存在したことは記憶に残しておきたい。


 「幾たびか辛酸を歴(へ)て志(こころざし)始めて堅し」

 このコトバは、生きている限り、私にとっては何度も立ち返ることが必用なコトバでありつづけるハズだ。

 人生には「負けるが勝ち」ということもあることを、肝に銘じておきたい。





PS 読みやすくするために改行を増やし、小見出しを加えた。写真を大判に代えた。(2014年3月20日 記す)。


<ブログ内関連記事>

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ
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書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)-近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本
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庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
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「学を為すには、人の之れを強うるを俟たず。必ずや感興する所有って之を為す」 (佐藤一斎) -外発的なキッカケを自発性と内発的動機でかならずモノにする!
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夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし! 


「辛酸」をなめたさまざまな人生

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む

『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書、1971)は「敗者」の側からの血涙の記録-この本を読まずして明治維新を語るなかれ!

Bloomberg BusinessWeek-知らないうちに BusinessWeek は Bloomberg の傘下に入っていた・・・
・・Bloomberg の創業者のマイケル・ブルームバーグ(現ニューヨーク市長)も39歳で「クビ」になった経験から再出発して大成功

本の紹介 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)
・・美輪明宏(丸山明宏)の人生ほど波瀾万丈のものもないだろう。「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」とは美輪明宏のためにあるようなものだ(・・美輪明宏自身は西郷隆盛ではなく、天草四郎の生まれ変わりと称している)

バレンタイン・デーに本の贈り物 『大正十五年のバレンタイン-日本でチョコレートをつくった V.F.モロゾフ物語-』(川又一英、PHP、1984)
・・亡命先の日本で「無国籍」で艱難辛苦の人生を送った白系ロシア人一家の物語

ハンガリー難民であった、スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフのこと
・・1956年の「ハンガリー革命」(ハンガリー動乱)で難民となった作家の艱難辛苦

(2014年3月20日 情報追加)












(2012年7月3日発売の拙著です)







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