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2009年10月4日日曜日

フィリピン映画 『イメルダ』 をみる(2009年10月4日)




映画 『イメルダ』 をみるために、東京・東中野のポレポレまでいってきた。

 フィリピンの女性映画監督が製作した、この103分の映画は実に面白かった。公式サイトを参照。

 イメルダ・マルコス(Imelda Romuáldez Marcos)という名の、フィリピンという国を世界的に知らしめた女性の生涯を、映像による関係者インタビューで構成したドキュメンタリーである。

 イメルダ自身が全面的にインタビューに協力したこともあり、彼女が登場するシーン見ていると、映画の出演をことのほか楽しんでさえいるように見える。映画も反対の立場から一方的にバッシングした内容とはほど遠い。

 むしろ、イメルダ自身がきわめて個性的で、強烈なキャラクターをもった人間なので、彼女が直接英語で語る内容がめちゃくちゃ面白く(・・字幕の翻訳がときどき正確でないのが目につくが)、監督自身もその魅力にあやうく説得されて飲み込まれてしまうところだったらしい。ポジティブ・シンキングがそのまま服を着て靴をはいて(・・映画には3000足の靴のシーンもでてくる)歩いているような存在だから、それは当然だろう。

 歴史的人物でいえば、フランス革命で処刑されたマリー・アントワネットみたいな存在だろうが、イメルダのほうがいわゆる"愛されキャラ"といえるかもしれない。イメルダは、少なくとも自国の一般民衆の生活を知っていたことは確かである。

 こういう映画なので、反イメルダの人たちからはイメルダに甘すぎる、イメルダ寄りの人たちからは悪く描きすぎ、と双方から叩かれているらしい。監督をインタビューした記事で読んだ。

 イメルダ自身が映画の冒頭で語っているように、物事というのは一面的にみてはダメなのであって、複眼的にみないと真の姿は見えないのである。ただし、イメルダの主張が全面的に正しいとまではさすがに私も思わない。自己正当化の哲学をとうとうと語り続けるイメルダ自身には、複眼的思考を見いだすことはまったくできないからだ。かなり一方的なことをしゃべっている。

 フィリピン現代史そのものであるイメルダだが、少なくとも私の世代の人間なら、マルコス退陣となった政変、1986年のいわゆる「ピープル・パワー革命」を、リアルタイムのTV映像で見た経験があるはずである。

 イメルダ・マルコスからコラソン・アキーノ(Corazon Aquino)へのフィリピンの主人公の交代劇は、映像として記憶が新しい。その後も散発的にマルコス派によるクーデター未遂事件が続いていた。

 "マルコス王朝"の栄華をきわめた生活の背後では、フィリピン経済がテイクオフすることなく低迷したまま貧富の差が拡大し、中流層の一般市民の怒りが爆発した結果、「ピープル革命」に至ったのである。

 このドキュメンタリー映画ではアキーノ夫人へのインタビューがないのが残念だ(・・暗殺された夫の上院議員ベニグノ・アキーノのモノクロのインタビュー・フィルムと暗殺寸前の映像は編集されて挿入されている)。

 コリー(=アキーノ元大統領)は先日ガンで亡くなったが、イメルダは80歳の現在もまだまだ元気で意気軒昂のようだ。150件の訴訟がなお継続中とのことだが。

 いまだにフィリピンは経済成長路線に乗り損ねているが、いわゆる「開発独裁」とよばれた経済体制のもと、東南アジア諸国がいずれも経済成長を達成し、民主化への道を進んでいるが(・・ただし、ミャンマーは例外)、フィリピンは独裁政権は倒れて民主化が再び実現したものの、その後著しい経済成長はなかった。

 かつて1950年代後半のフィリピンを知っているという日本人から聞いた話では、同時期の日本よりフィリピンのほうが豊かであったという。アジア開発銀行がフィリピンのマニラに設置されたのは、その時代のことである。

 ロジスティクスの観点からいえば東南アジアの中心に位置しているし、米国の植民地であったことから、かなり英語が通用することも預かって大きいだろう。

 現在では米国企業にとっては、インドを補完するコールセンターとして位置づけられるほどの英語圏である。また韓国からの英語留学がすさまじい。しかしサービス経済化の進展の結果、製造業の衰退は著しい。現在でも出稼ぎ労働者の稼ぐ外貨が貴重な国家収入となっている。

 この映画をみていると、イメルダ自身の問題意識には、はじめはスペイン(・・スペイン国王フェリペ二世にちなんだ命名)、のちに米国(・・ちなみに英語では The Philippines と複数形、つまりフィリピン諸島)、そして日本による占領という、長い期間の植民地統治のもとで、フィリピン人のアイデンティティがあいまいなものになってしまいっていることが大きな問題であると考えていたようだ。ここまでは正しいといえる。

 しかし政策として導入したのが、ニューヨークのリンカーン・センターに匹敵するような立派なカルチャー・センターを建設し、バレエなどのパフォーミングアートにチカラを入れたことであったのは、彼女自身の美意識と対抗意識の産物であるとはいえ、ほんとうにフィリピン人のアイデンティティ再形成に貢献したのかといえば、かなり疑問を感じざるをえないのである。

 マルコス大統領も、統治の初期はかなり善政を敷いていたといえるが、やはり"絶対権力は絶対に腐敗する"、のである。長く権力の座にいると麻痺してしまうのだろう。

 カネの出所はけっして自国の民衆から直接搾取したものではないが(・・外国援助の一部私物化や利権の集積がとてつもなく莫大な金額となる)、本来一般民衆の福利のため全額使用されるべきであったカネがこのように私物化されたことが果たして正当化できるかどうか。

 予告編で紹介されていた『バスーラ』(Basura)という日本人監督の映画はすごい内容だ。ゴミ捨て場でスラム以下の生活を送るフィリピンの絶対的貧困と飢餓に苦しむ最底辺の人たちを描いたドキュメンタリーである。公式サイト参照。

 貧困解消政策がなぜうまく機能しないのか、暗然とした気持ちに駆られる。

 東南アジアで、ともに軍部中心の国家体制であったフィリピンとタイではあるが(・・しかも一般民衆の享楽的な"ラテン体質"においても似ている)、後者のタイ王国が経済成長を達成し、中進国にテイクオフしたのは、華人系移民も含みながらもタイ人国民意識の形成に成功したことが大きなファクターになったという仮説が有力である。いわゆる健全なナショナリズムというやつだ。タクシン元首相の政党がタイ愛国党(タイ・ラック・タイ)を名乗ったのは象徴的である。

 これに対して、フィリピンは結局のところ国籍は共通しても、国民としての共通性を確立できなかったのかもしれない。中進国となったひきかえに微笑みが消えたタイとは異なり、基本的にカトリックのフィリピンは現在でもホスピタリティー大国ではあるのはうれしいことだが。

 しかし、国民の大多数である80%がカトリックとはいえ、けっして絶対多数ではなく、南部のミンダナオ島を中心に大規模なムスリム人口を抱えているし(・・映画のなかでも、南部の分離派への武器供給をやめさせるために、リビアのカダフィ大佐と単身交渉するイメルダの映像と回顧のシーンがある)、何よりもあまりにも大きな貧富の差が国民意識の形成を妨げているのではないだろか。

 まあ、そんな難しいことを考えないほうがいいかもしれないな。

 "女性の生き方"、という観点から映画をみるのも正しい見方である。むしろこちらの見方のほうが面白いかもしれない。

 その意味では、推薦コメントを寄せているデヴィ・スカル(=いわゆるデヴィ夫人、元インドネシア大統領スカルノの第3夫人)、浪費をウリにした作家・中村うさぎの見解が公式サイトにもあるが、とくにデヴィ夫人のものは、かなりまっとうな意見であるといえる。

 イメルダは、大統領になる前の有望株フェルディナン・マルコスの将来を買って電撃結婚したのに対し、デヴィ夫人はすでに権力者であったスカルノ大統領に送り込まれた元日本人ではあるが、ともに配偶者である大統領が政変によって失脚し、国外亡命の憂き目にあった身という点は共通している。
 現在日本でTVタレントとして露出の多いデヴィ夫人も毀誉褒貶の激しい人物だが、イメルダを語るコトバには耳を傾けさせるものがある。

 現代フィリピンを代表するエンターテイナーの歌姫、Songbird の異名をもつレジーン(Regine Velasquez)の歌声を Made in the Philippines の CDで聴きながらいまこの文章を書いている。歌唱力ではアジアNo.1といってもいいのではないかと私は思っている。

 日本でもかつて1990年代半ば、日本版のCDもでていたのだが、もはや知る人も少ないのではないかな? フィリピンの隣国である台湾では日本以上に人気があったようで、私は台湾版のCDももっている。

 中国の大都市の外資系高級ホテルのピアノバーで歌っている歌手にはフィリピンのエンターテイナーが多いように、フィリピンについてはエンターテンメント含めて書くべき事はまだまだあるのだが(・・エンターテンメントとホスピタリティ、そしてその根底にあるカトリックの儀礼と奉仕の精神・・)、また別の機会としよう。
 
 なお、この映画 『イメルダ』は実に面白い映画なのに、東京ですらミニシアターの単館上映のみというのは淋しいことだ。しかも今週金曜日の10月9日まで。
 このあと、大阪と名古屋のミニシアターでも公開されるが、大手映画会社ではないので広報宣伝力の限界であろうか。

 興味のある人はぜひご覧いただきたい。





PS 今回あらたに「ブログ内関連記事」の項目を新設した(2015年11月7日)。



<ブログ内関連記事>

フィリピン(Philippines)とポーランド(Poland)、この「2つのP」には2つ以上の共通点がある! (2010年)
・・カトリック人口が7割を超えるフィリピンだが、「カトリックは経済成長の阻害要因」というマックス・ウェーバー以来の一般常識は疑ってかかるべきだろう

「フィリピン投資フォーラム」に参加してきた(2015年6月4日)-人口1億人を突破したフィリピンの成長性と将来性は高い

フィリピンのバロック教会建築は「世界遺産」-フィリピンはスペイン植民地ネットワークにおけるアジア拠点であった

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!
・・スハルト独裁体制誕生のキッカケとなった大虐殺事件




(2012年7月3日発売の拙著です)










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