最近つねづね思うのだが、すでに大人となってしまっている人間は、そう簡単に変わることはない。こんなことはあたりまえのことであり、もちろん自分としても重々承知していることなのだが、あらためてそう思わざるを得ないことが多すぎるのだ。
大人になる前の教育が大事なのではないか、と痛感しているのだ。
「人間は20歳までの経験ですべてが決まってしまう」といったのは、『長距離ランナーの孤独』が代表作の英国の作家アラン・シリトーらしいが、20歳前とは大学卒業以前であることになる。
高校、中学、小学校、幼稚園とさかのっていけば、いきつくところは生まれる前の胎教ということになってしまうが、それではいくらなんでもさかのぼりすぎだ。ターニングポイントとなる13歳より前、すなわち小学校から中学校の教育が大事なのではないか。現行の教育制度である小学校6年と中学校3年をあわせた9年間である。
いわゆる「K-12」における「小中高連携」が、教育界では大きなテーマとなってきているが(・・K12とは、6+3+3のこと)、問題として表面化してきているのが、小学校での英語教育をキッカケに表面化してきた小学校教育と中学校教育の齟齬(=かみ合わなさ)である。
授業担任制をとっている小学校と、科目ごとの専門担当制をとっている中学校では「文化」が異なり、小学校で英語授業を導入しても、中学校以降の英語教育との接続がうまくいっていないのである。そのため、かえって英語嫌いを作り出しているという批判が現場からでてきているようだ。予想通りの結果である。
早期教育論から導入が始まった小学校の英語教育だが、いわゆる「意図せざる結果」が働いているのだろう。教育もまた社会科学の研究対象であることはいうまでもない。
『学校をもっと元気にする47の熟議』(東洋館出版、2013)という本がある。教育関連の専門出版社からでている本だが、玉川学園の有識者委員でご一緒させていただいている柳瀬 泰氏よりだいただいた。柳瀬氏も企画者で著者の一人でもあるである。幼稚園から大学院まで一貫教育を行っている玉川学園で有識者委員を、わたしはかれこれ10年ほど務めている。
この本は、「現場」を熟知している「スクールリーダー」の方々の「熟議」を、ナマの声として見える化した、教育現場の現状把握と問題提起の書である。「教育現場」に立脚点をおいた「下からの教育改革論」といってもいいだろう。ここでいう「学校」とは、小学校のことである。算数教育を専門とする有志の方々が蒔いた種が全国に拡がっているのである。
とかく教育論というものは、大上段に振りかぶった議論が多く、しかも参照枠が自分が子ども時代数十年前(?)の古い体験をもとにした話が多いという問題点をもっている。いずれも「現在の現場」を熟知したうえでの議論ではないため、一方的な批判やあるべき論という実現可能性の低い理想論に終始してしまいがちだ。
その意味では、本書に収録された6つの「熟議」のいずれもが興味深い。現場のスクールリーダーたちのナマの声で忌憚(きたん)のない議論が交わされている。いずれも建設的な議論である。批判のための批判ではなく、現場からの改善や改革の方向が見えてくるナマの議論である。
本書全体に一貫しているのは、教育の中心となるのは、あくまでも「授業」そのものであって、テストはその「手段」に過ぎないということだ。いくらテストでいい点をとっても、それは習熟における技能にかんする一側面に過ぎないのである。
授業とは、教師と生徒がいっしょに作り上げるものであって、教師による授業設計と周到な準備を前提に、教師と生徒とのインタラクション、生徒どうしのインタラクションによって実現する一回限りの LIVE のようなものだ。だからこそ、教師はプロフェッショナルでなければならないのである。
「熟議」のなかで興味深く感じたのは、活発に生徒に発言させる日本の小学校の授業は、海外からの視察が多いという事実だ。中学校以上は海外の学校とは変わらないが、小学校の授業は日本独自のものがあるからだという。
これは日本の小学校教育の強みである。これをどう「小中連携」につなげていくか、大いに「熟議」する必要があるだろう。日本人は小学校時代は生き生きしているのに、なぜか中学、高校と上がって行くにつれて「つまらない人間」になってしまう。小学校の授業は、いわばワークショップのようなものである。大人の学びの世界ではワークショップ型研修が普及してきている。その中間がどうもいけない。
意欲が乏しいのにかかわらず、国際的に点数が高い日本人。企業社会に蔓延している「やらされ感」は、学校にもある。これは生徒だけでなく、教員もまたそうであるようだ。外発性のモチベーションはやらされ感や面従腹背を招きがちだ。内発性のモチベーションをいかに引き出すかについて、さまざまな取り組みが必要だ。別の言い方をすれば、「当事者意識」をどう持たせるかということである。
小学校は担任制だが、個人事業主の集まりではないという指摘も重要だ。すべての教科を担当する小学校の担任制は、先生自身が生徒と「全人」として対応するうえでは大きな強みをもっているが、欠点としては専門性が弱いということにある。そのために学校としての組織対応が必要であり助け合いも必要だ。学校にもマネジメントも重要になってきているということに、大いに納得するものを覚える。
まず、「塊より始めよ!」である。「上からの改革」という理念ではない、「下からの改革」という実践。借り物ではない自前の取り組み。「現場からの改革」においてこそ、日本人の強みが発揮されるのである。
いま小学校の現場がどうなっているのか、どのような改革の動きがあるのか、マスコミによる皮相な報道とは違う、現場のナマの声を知ることのできる本書は、教育界以外の人も読む価値がある。
目 次
教育の活性化と実効化を目指す具体的提言
「当たり前」の見直しを通して「原点」の確認を 梶田 叡一
Prologue 動き出した全国熟議
この学校の教師でよかった そう思える学校をつくるために 田中 博史
実心、実言、実行 次代のスクール・リーダーへのメッセージ 柳瀬 泰
第1章 学校現場の当たり前を見直そう
Scene-1 提起 手立てとねらいを結びつけて考える習慣をもとう
1. 行進は必要か?
2. 学校現場に存在する「当たり前」
Scene-2 熟議 学校現場の当たり前を見直そう
1. マンネリ化について
2. こだわりをもった教師について
3. 行事とルーティンワークについて
4. なぜ学校現場のマンネリズムが起こるのか
Scene-3 展望 「PDCAサイクル」を見直すことで学校は進化する
1. CHECK を充実させる
2. PLAN をつくり上げる
エッセイ 半歩進む努力
エッセイ 学びの創造と学びの共同体としての学校づくりをめざそう
第2章 教員育成の現状と改善策
Scene-1 提起 即戦力の教員が求められている。授業力を高める教員育成が急務である
Scene-2 熟議 教員養成・育成の現状と改善策
1. 教員養成の現状とこれから大切にしたいこと
2. 現場教員のための、教員育成について
3. 復旧・復興へ向かう福島の教育「理数教育の充実」
4. 復旧・復興へ、目の前の子どもたちのために
Scene-3 展望 教員養成と教員育成
1. 大学生時代にぜひ、これだけは……
2. 教員になったら、子どもと保護者と共に成長できる自分
エッセイ 子どもの「やる気」と「本気」
エッセイ 教師のプロ
第3章 学力向上に向けてどうしたらいいのか
Scene-1 提起 テストで学力は上がるか。スーパーティーチャーの役割
1. 増え続けるテスト
2. 新潟市のスーパーティーチャー制度
Scene-2 熟議 学力向上に向けてどうしたらいいのか
1. 教師に求められる様々な力
2. 校内研修のあり方
3. 残念な努力
4. 授業力をアップさせるための近道
5. スーパーティーチャー制度と憧れの教師像
Scene-3 展望 子どもに任せ、憧れをもって授業力をつけよう
1. テストのための授業から、授業改善のためのテストへ
2. 子どもに任せてみよう
3. 憧れの授業者を見つけよう
エッセイ 組織やシステムづくりのポイント
エッセイ あなたの学校はどのような子どもを育てたいのですか
第4章 「やってみたい」「やり続けたい」 小・中一貫教育校のつくり方
Scene-1 提起 小・中一貫教育 「なぜ」つくるのか「どう」つくるのか
1. 小・中一貫教育校を「なぜ」つくるのか
2. 小・中一貫教育校を「どう」つくるのか
Scene-2 熟議 「やってみたい」「やり続けたい」 小・中一貫教育校のつくり方
1. 似て非なるそれぞれの小・中一貫教育
2. 地域社会における小・中一貫教育の期待度
3. .小・中連携を軌道に乗せるためにすべきこと
4. 中学校の魅力づくりと小・中の連携の施策
5. 小・中一貫カリキュラムのつくり方
6. 学校運営の視点
7. 教員のモチベーションを高める具体策
Scene-3 展望 地域における小・中一貫教育推進のための七つの知見
1. それぞれの地域にそれぞれの手段がある
2. 地域との協働は必須要件
3. 小五~中一の授業改善を起点に問題解決を図る
4. 新たな手段も加えて推進する
5. 小・中一貫カリキュラムは教師の手で
6. 中期的な視座からの運営力が重要
7. 九年間の成果を見取るシステムをつくろう
エッセイ 魅力と活力にあふれ信頼される学校を目指して
エッセイ 学校教育の良き伝統を発展させ自信を深めよう
第5章 学校現場はなぜ忙しいのか?
Scene-1 提起 学校現場はなぜ忙しいのか
1. 忙しくても充実していれば忙しいとは感じない
2. 充実させるのは、まず授業である。学校全体で授業力の向上を図る
Scene-2 熟議 学校現場は忙しいのか?
1. 多忙感を解消するために
2. やりたい・やってみたいと思う行事に
3. 憧れのスペシャリストをつくる
4. やってみたい校内研修にするために
Scene-3 展望 達成感や充実感が教師の意欲を高める
1. 憧れのスペシャリストをもつ。そういうスペシャリストを育てる
2. 研究授業は自分のため、校内研修は自分を高める場
3. 過去や既成のものを捨てる勇気も必要
エッセイ 本物の教師に学ぶ
エッセイ うれしかったことを分かち合うことから始めよう
第6章 教育委員会の施策が有効に機能するために
Scene-1 提起 教育施策は、学校現場で有効に機能しているのか
1. 学校現場の受け止め方
2. 教育委員会の施策も含めて、活用できるものは何でも活用する
Scene-2 熟議 教育委員会の施策が有効に機能するために
1. キーワードは「やらされ感」
2. 数値による評価について
3. 施策や事業を学校にフィットさせる
4. 学校の個性に応じた施策とは
5. 研究指定や事業を学校活性化の原動力に
6. 見えやすい成果と見えづらい成果
7. 施策や事業が学校現場で有効に機能するために
Scene-3 展望 教育施策を、学校現場で有効に機能させるためには
1. 教育委員会の取り組みは「既製服」
2. 学校が取捨選択できる「バイキング形式」の施策を
3. 有効に機能するかどうかの鍵は、管理職の受け止め方
Epilogue 四七の提言
企画・著者プロフィール
田中博史(たなか・ひろし)
1958年山口県生まれ。筑波大学附属小学校教諭・研究企画部長。共愛学園前橋国際大学非常勤講師・全国算数授業研究会理事・基幹学力研究会代表、日本数学教育学会出版部幹事・学校図書教科書監修委員・“教育スクウェア×ICT”(NTTグループ)アドバイザー。またNHK学校放送番組企画委員として「課外授業、ようこそ先輩」「かんじる算数123」などの企画および出演。
柳瀬 泰(やなせ・やすし)
1958年東京都生まれ。1981年より東京都公立小学校教諭、その間、全国算数授業研究会理事、日本数学学会誌編集幹事。玉川学園有識者会議委員。1999年より指導主事・統括指導主事、都公立小学校校長を経て、2008年より目黒区教育委員会指導課長。現在、三鷹の森学園三鷹市立高山小学校校長。
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『モチベーション3.0』(ダニエル・ピンク、大前研一訳、講談社、2010) は、「やる気=ドライブ」に着目した、「内発的動機付け」に基づく、21世紀の先進国型モチベーションのあり方を探求する本
「人間の本質は学びにある」-モンテッソーリ教育について考えてみる
「学(まな)ぶとは真似(まね)ぶなり」-ノラネコ母子に学ぶ「学び」の本質について
書評 『ユダヤ人が語った親バカ教育のレシピ』(アンドリュー&ユキコ・サター、インデックス・コミュニケーションズ、2006 改題して 講談社+α文庫 2010)
三度目のミャンマー、三度目の正直 (6) ミャンマーの僧院は寺子屋だ-インデインにて (インレー湖 ⑤)
「学を為すには、人の之れを強うるを俟たず。必ずや感興する所有って之を為す」 (佐藤一斎) -外発的なキッカケを自発性と内発的動機でかならずモノにする!
書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)
・・「学ぶ」ことの楽しさと喜びに満ちた知の巨人の人生
書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・自分の興味と関心にまかせて好きなことをやり抜いた独創の人の人生
書評 『なぜ日本の大学生は世界でいちばん勉強しないのか?』(辻 太一朗、東洋経済新報社、2013)-「負のスパイラル」を断ち切るには?
書評 『世界はひとつの教室-「学び」×「テクノロジー」が起こすイノベーション-』(サルマン・カーン、三木俊哉訳、ダイヤモンド社、2013)-「理系」著者によるユーザーフレンドリーな学習論と実践の記録
(2020年12月18日発売の拙著です)
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