これまた長らく積ん読になっていたままの本を読み終えた(*)。タイトルは『肉弾』。日露戦争の旅順要塞攻囲戦がテーマの戦争ノンフィクションだ。
*2018年9月12日のこと。FBの投稿からブログへの投稿が大幅に遅れてしまったので、このような記述になっている。ブログ掲載にあたって加筆修正を行っている
ずいぶん前のことだが、赤い表紙の文庫本サイズの小型本を手に入れた(写真)。初版が明治39年(1906年)と日露戦争終結後の出版。入手した本は、昭和3年(1928年)で、なんと1,350版! 当時の大ベストセラーでロングセラーだった本だ。
英語を始め各国語版も出て、世界的ベストセラーになった本だ。冒頭には、セオドア・ローズヴェルト大統領から著者あての書簡が英文で掲載されている。英語版のタイトルは Human Bullets: A Soldier's Story of Port Arthur である。 旅順港は英語でポート・アーサー、肉弾は human bullet(人間弾丸)となるわけだ。
作者は、櫻井忠温(さくらい・ただよし)。出版当時は、現役の陸軍中尉だった人だ。陸軍少尉として日露戦争に出征、歩兵小隊長として最前線で「肉弾」突撃を敢行、激烈な戦闘を戦った人なのだ。 究極の「中の人」なのである。
軍人であるだけでなく、文章の才能もあった人だ。漢字がやたら多くて、装飾過剰の文体ではあるが、講談調というのだろうか、リズミカルな文章は読んでいて気持ちがいい。総ルビなので、意外とスムーズに読める(下記の画像を参照)。
(『肉弾』より「26 肉弾又た肉弾)
乃木大将が苦戦に苦戦を重ねて、やっと攻め落とすことができたのが旅順要塞。いわゆる203高地である。
著者は、旅順攻囲戦の第1回総攻撃に、小隊長として「肉弾」突撃を指揮した人だけあって、現場にいて実際に見聞きし、体験したことが中心に書かれているので、描写が半端ではない。
まさに「戦場のリアル」が、これでもか、これでもか、と書き込まれているのだ。
クライマックスは、総攻撃のシーンだが、獅子奮迅の活躍をした本人もまた、砲弾で右手首を吹き飛ばされる重傷を負い、全身血だらけになって倒れているところを救助され、火葬される寸前(!)に息を吹き返している。その体験はハンパではない。
クライマックスは、総攻撃のシーンだが、獅子奮迅の活躍をした本人もまた、砲弾で右手首を吹き飛ばされる重傷を負い、全身血だらけになって倒れているところを救助され、火葬される寸前(!)に息を吹き返している。その体験はハンパではない。
九死に一生を得た彼は、その後は1年近く入院生活を送っている。そのため、負傷以降の戦争描写はない。あくまでも自分が見たこと、体験したことしか書いていないのである。
旅順攻囲戦(203高地)にかんしては、これまで映画やドラマで映像化されてきたが、この本に描かれた「戦場のリアル」には及ばない。もしこの本の記述そのままを映像化したら、間違いなく耐えられない観客が続出するだろう。ほとんどスプラッター状態というほどの凄惨かつ壮絶をきわめた戦場であったのだ。
乃木大将の揮毫による「壮烈」の二文字そのものだったのである。
(『肉弾』に所収の乃木大将の揮毫「壮烈」)
それにしても思うのは、あの当時の日本人は、ほとんど天皇に対する信仰といってもいいような熱情があったからこそ、国のために自らの命を犠牲にすることができたのだろう。
現在の日本人にはとても真似できないし、真似したいという気持ちにもならない。この本を読んでしまうと、日露戦争を手放しで礼賛する気にはなれなくなる。
司馬遼太郎的が、国民文学となっている『坂の上の雲』で描いた「健康なナショナリズム」とも、ちょっと違うような印象を受ける。
それは、著者自身が陸軍少尉(現地で中尉に昇進)であり、目線のありかが高級将校とは違うからだ。地を這うような目線は、将校でありながら、兵士のそれときわめて近い。
ちなみに個人的な話であるが、私の祖父は日露戦争後のシベリア出兵に動員されているが、祖父の長兄は日露戦争で旅順攻囲戦に参加しており、砲弾で顔の半分を吹き飛ばされる重傷を負っている。九死に一生を得て勲章を授与されたものの、復員後は人目を避けて暮らしていたという。そんな話を聞いたことがある。
この本に描かれた「総力戦」が、今度はわずか10年後の欧州で勃発した「世界大戦」の前哨戦となったのである。欧州戦線は、膠着戦になった塹壕戦であり、ありとあらゆる新兵器が導入された過酷な戦争になった。
日露戦争でも、日本軍は鉄条網(しかも電気が流されていた!)と機関銃に翻弄されていたことが、この「戦争ノンフィクション」を読んでよくわかった。
思うに、日露戦争の時点が「日本ナショナリズム」のピークだったのではないだろうか? 第1次世界大戦末期に始まった「シベリア出兵」のモラル低下ぶりには驚かざるを得ないからだ。
なお、この本はサブタイトルをつけたうえで『肉弾-旅順実戦記-』と題して、2016年に中公文庫に収録されているので、入手が容易になった。私は後者の復刻版のほうは見ていないが、読むべき本だと言っておきたい。
戦場のリアルは、けっしてロマンティックなものではないからだ。
著者プロフィール櫻井忠温(さくらい・ただよし)1879(明治12)年、愛媛県生まれ。1901(明治34)年、陸軍士官学校卒業。松山の歩兵第二二連隊付少尉として日露戦争の旅順要塞戦に従軍、瀕死の重傷を負い、死体と間違われて火葬される直前に息を吹き返した。その後、陸軍省新聞班長を経て少将、予備役編入。1965(昭和40)年没。
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