2021年3月23日火曜日

歴史人口学の立場から明らかにした「100年前のパンデミック」-『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ-人類とウイルスの第1次世界戦争』(速水融、藤原書店、2006)を中心に速水融氏の著作を読む

 
予定どおり一昨日(2021年3月21日)には、関東の1都3県にだされていた「第2次 非常事態宣言」が解除された。経済活動への悪影響を避けるためと、いまだ日本政府が固執している「2020年東京オリンピック大会」(1年延期済み)への地ならしという意味合いが強いのだろう、とささやかれている。

とはいえ、すでに世界的に「変異ウイルス」(variant virus)が流行しており、感染の「第4波」の襲来と「非常事態宣言」がみたび実施される可能性もけっして小さくない。あるいは別の対策がとられるかもしれない。


■忘れられた「100年前のパンデミック」を追体験する

今年2月のことだが、『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ-人類とウイルスの第1次世界戦争』(速水融、藤原書店、2006)を読了した。歴史人口学の立場から明らかにした「100年前のパンデミック」についての、唯一の著作である。「非常事態宣言」の公布中に読んでおかないと読む機会を逸してしまうかもしれないと懸念したからだ。  

日本の「歴史人口学の父」である著者の速水融(はやみ・あきら)氏は、もっぱら実質的に戸籍の役割をはたしていた「宗門改帳」を材料にした研究で、江戸時代の名もない一般庶民の生活を明らかにしたことで有名だが、大学院生の博士論文を指導するなかで、忘れ去られていたスペイン・インフルエンザの重要性に気づいたのだという。 

『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』は、1918年に始まり1920年に流行が終息した「スペイン・インフルエンザ」について、不完全な当時の統計資料の収集と分析、当時の新聞記事を材料にして描かれたものだ。 

淡々とした記述が400ページ以上も続く大著であり、正直いって読んで面白いという本ではないが、重要な著作であり、今後もリファレンスとしてかならず言及される本になることは間違いないであろう。 

1918年は「第1次世界大戦」が終結した年であり、しかもその終結には「スペイン・インフルエンザ」の影響がすくなからずあったことが指摘されている。 

1918年冬の「前流行」(=第1波)と、「変異ウイルス」により毒性が増した1919年冬の「後流行」(=第2波)の違いなど、この大著から得られる所見は少なくない。なによりも軍隊組織から「集団感染」が始まり、免疫をもたない新兵がバタバタと倒れていったこと、軍艦内での「集団感染」なども、現代的観点からみても興味深い。 

いずれにせよ、100年前はウイルスの存在すら知られておらず(!)、病因が明らかになっていなかった以上、効果的な対応がとれなかったのは仕方がなかったのである。 

著者の推計によれば、スペイン・インフルエンザによる日本国内の死者は45.3万人外地の死者は28.7万人(*当時は大日本帝国であった)、合計74万人であった。帝国全体の人口の約1%に該当する。

世界全体では、2000万から4500万人程度の死者と推計されている。世界人口の1%と推定されているから、日本が特殊だったわけではない。 


■あわせて読むべき2冊

このように、さまざまな有用な知見が多く記された書籍だが、いかんせん、面白さという点では、この大著の前に出版された『大正デモクグラフィー-歴史人口学で見た狭間の時代』(速水融/小嶋美代子、文春新書、2004)のほうが、「スペイン・インフルエンザ」をその1章として「大正時代」全体に位置づけているため、時代背景を踏まえて把握しやすい。 

この本は、速水融氏をして『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』に結実する研究を書かしめた、大学院生の博士論文のテーマを指導するなかから生まれた副産物でもある。

 

また、この大著の後に出版された『<増補新版>強毒性新型インフルエンザの脅威』(岡田晴恵編、藤原書店、2009)に収録されている医療史の立川昭氏との対談は、ざっくりした記述と問題点の指摘がクリアになっていて理解しやすいかもしれない。
 (*ちなみに、編者の岡田晴恵氏は、すっかりタレント化してしまったあの人だ) 

というわけで、もしこの大著を読むのなら、あわせて3冊を読むべきであろう。 

著者の速水融氏は、惜しくも2019年12月に90歳でお亡くなりになっている。そのため、遺著となった『歴史人口学事始め-記録と記憶の90年』(速水融、ちくま新書、2020)には、2020年1月から始まった「新型コロナウイルス感染症」(COVID-19)にかんするコメントは記されていない。当然のことながらメディアでのコメントもないのは、まことにもって残念なことだとしか言いようがない。 



■物的損害のあるなしが記憶の差異を生む

「100年前のパンデミック」が世界的に忘れ去られてしまったが、日本ではとくにパンデミック終息から3年後に「関東大震災」が発生したことも、忘却の理由としては大きかったようだ。

関東大震災の死者は10.5万人であり、人的損害の点ではパンデミックのほうが74万人と7倍以上とはるかに大きかったにもかかわらず、「スペイン・インフルエンザ」においては物的損害がなかったからだ。 

そう考えると、今回の「新型コロナウイルス感染症」もまた、過ぎ去れば、あっという間に忘却されていくのであろう。

正直なところ、完全に終息するまで、まだまだ時間がかかるだろうが、映画『コンテイジョン』(2011年)で描かれているように、シナリオ的には先が見えてきたこともあり、正直なところ私もまたすでに関心を失いかけている。 

だが、先にも記したとおり、もともとウイルス学者は、2003年にに大流行した「SARS」(重症急性呼吸器症候群)に危機感をつのらせて、「新型インフルエンザ」に警告を発してきたのである。鳥インフルエンザが変異する恐怖が消えてなくなったわけではないのだ。

今回の「新型コロナウイルス感染症」が終息したあと、新型のパンデミックに襲われる可能性があると考えたほうが無難というべきであろう。 

おそらく、それは「100年後」というわけにはならないだろう。すでに「大地変動の時代」の時代に入った日本列島であるが、地震と火山噴火、その他もろもろの自然災害に加え、パンデミックに対する備えも、マインドセットとしてもって置かねばなるまい。 



 

目 次

序章 “忘れられた” 史上最悪のインフルエンザ 
第1章 スペイン・インフルエンザとウイルス
第2章 インフルエンザ発生-1918(大正7)年春―夏
第3章 変異した新型ウイルスの襲来-1918(大正7)年8月末以後
第4章 前流行-大正7(1918)年秋~大正8(1919)年春
第5章 後流行-大正8(1919)年暮~大正9(1920)年春
第6章 統計の語るインフルエンザの猖獗
第7章 インフルエンザと軍隊
第8章 国内における流行の諸相
第9章 外地における流行
総括・対策・教訓 総括
あとがき
資料 1 五味淵伊次郎の見聞記
資料 2 軍艦「矢矧」の日誌
新聞一覧
図表一覧


著者プロフィール
速水 融(はやみ あきら)
1929年10月22日~2019年12月4日没。日本の経済学者。国際日本文化研究センター名誉教授、慶應義塾大学名誉教授、麗澤大学名誉教授。経済学博士。歴史人口学、日本経済史専攻。文化勲章受章者。日本に歴史人口学を導入したことで知られる。また「勤勉革命」(industrious revolution)を唱え、世界における勤勉革命論のきっかけを作った。著書多数。(Wikipedia情報に加筆)


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