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2020年5月30日土曜日

書評『ウイルスの意味論-生命の定義を超えた存在-』(山内一也、みすず書房、2018)ー こういう時期だからこそウイルスについて知る


『ウイルスの意味論-生命の定義を超えた存在-』(山内一也、みすず書房、2018)を読了。新型コロナウイルスのパンデミック最中だからこそ、ウイルスについて、よく知っておく必要があると思うので読む。 

著者の山内一也氏は東京大学名誉教授でウイルス学の第一人者である。1931年生まれなので、この本が出版されたときは87歳。そのとおりで、まさにウイルス研究の生き字引のような人だウイルス学じたい、歴史はきわめて短い。 

この本は、「ウイルスとは何か?」という問いに対して、一言で「こうだ!」と述べているような教科書ではない。

生物ではないが無生物でもない、たんなる情報とも言い切れない物質がウイルスだが、生物誕生の初期段階にウイルスがかかわっているといわれることもあるくらい、ウイルスは太古から存在するのだ。 

ホモサピエンス(人類)とは比較しようもないほど古くから、ウイルスは存在するのである。ホモサピエンスは、たかだか20万年くらいの歴史しかない。 

しかも、生息場所は地上だけではないのだ。水中、しかも深海にも、それこそ無数に存在するのがウイルス。ウイルス学で解明されているのは、そのごくごく一部に過ぎないのである。 

そんなウイルスについて、著者はウイルス研究の歴史を振り返って、あらたしい研究成果が出てくるたびにウイルスについて書き換えられてきたことを、みずからの経験も振り返りながら淡々と記述している。 

全部で11章で構成されているが、最初の8章までは、そういった研究の拡がりと深まりに応じて書き換えられてきたウイルスについての話である。 

第9章からようやく、いま私たちがもっとも知りたい感染症を引き起こすウイルスについての話になる。 

「第9章 人間社会から追い出されるウイルスたち」では、天然痘と麻疹(はしか)、そして牛疫について語られる。現在のところ、完全に根絶されたのは天然痘と牛疫だけだ。前者はヒトの感染症、後者はウシの感染症だ。著者は、この両者の根絶にかかわっている。 

ホモサピエンスが家畜をともなう農耕を始めたのが約1万年前、天然痘はその頃にさかのぼることができる。野生動物を家畜化し、動物と「共生」していたウイルスが強毒化し家畜に蔓延、家畜からヒトに感染し、ヒトからヒトへと感染が拡がる。この基本的パターンが、今回の新型コロナウイルスも含めて何度も繰り返されてきたわけだが、たかだか1万年程度に過ぎないわけなのだ。 

「第10章 ヒトの体内に潜むウイルスたち」では、ヘルペスウイルスや水痘ウイルスなど人間の内部に潜伏し、免疫が低下すると活性化するウイルスについて語られる。このほか、ガンを引き起こすウイルスや、すでに潜伏ウイルス化しつつあるHIVなど。 

「第11章 激動の環境を生きるウイルス」では、ここ数十年の人間生活の激変が、あらたなウイルス環境を作り出していることについて警鐘を鳴らしている。 

都市化とグローバリゼーションで人間の接触が密になっただけでなく、おなじく密な環境である養豚場や養鶏場のここ数十年の急拡大で、ブタやトリに共生してきたウイルスが強毒化しているのである。 

人間社会を急速に激変させてきた近代文明が、ウイルスの生存環境もまた激変させてきたことを知ると、やはりどこかで減速するなり、ブレーキをかける必要があるのだと実感されるのである。 

ざっとこんな感じだが、ウイルスは人類誕生以前から存在し、動植物や人類と「共生」してきたわけであって、ウイルスそのものが悪いのではないことがわかる。圧倒的大多数のウイルスは、知らないうちに人類と「共生」してきたのだ。 

生物ではないが無生物でもないウイルス、しかし生物と密接な関係にあるウイルス。じつに不思議な存在ではないか! 現在わかっていることは、ごくごく一部であって、目に見えないウイルスについて、人類はもっと謙虚にならなくてはならないと思わされるようになった次第。 

目 次 

はじめに ウイルスとともに生きる 
第1章 その奇妙な“生"と“死" 
第2章 見えないウイルスの痕跡を追う 
第3章 ウイルスはどこから来たか 
第4章 ゆらぐ生命の定義 
第5章 体を捨て、情報として生きる 
第6章 破壊者は守護者でもある 
第7章 常識をくつがえしたウイルスたち 
第8章 水中に広がるウイルスワールド 
第9章 人間社会から追い出されるウイルスたち 
第10章 ヒトの体内に潜むウイルスたち 
第11章 激動の環境を生きるウイルス 
エピローグ 
あとがき 
 
索引 


著者プロフィール 

山内一也(やまうち・かずや)
1931年、神奈川県生まれ。東京大学農学部獣医畜産学科卒業。農学博士。北里研究所所員、国立予防衛生研究所室長、東京大学医科学研究所教授、日本生物科学研究所主任研究員を経て、現在、東京大学名誉教授、日本ウイルス学会名誉会員、ベルギー・リエージュ大学名誉博士。専門はウイルス学。 主な著書に『エマージングウイルスの世紀』(河出書房新社、1997)『ウイルスと人間』(岩波書店、2005)『史上最大の伝染病 牛疫 根絶までの400年』(岩波書店、2009)『ウイルスと地球生命』(岩波書店、2012)『近代医学の先駆者――ハンターとジェンナー』(岩波書店、2015)『はしかの脅威と驚異』(岩波書店、2017)『ウイルス・ルネッサンス』(東京化学同人、2017)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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