2024年1月30日火曜日

書評『蓮の暗号 ー<法華>から眺める日本文化』(東晋平、アート・ダイバー、2022)ー 日本文化の底流を流れる「法華」の思想を多面的に考察

 


著者は文筆家で編集者。高橋伸城氏と志をおなじくする人である。

厳密な論証が求められるアカデミズムに属していないことを逆手にとって、比較的自由に想像力の翼を拡げて、「日本文化における法華」というテーマを追ったものだ。

多岐にわたるトピックを扱っているが、わたしにとって興味深く思われたのは、「天文法華の乱」(1536年)という「愚行」によって壊滅的打撃をうけた京都町衆の法華衆が、大いなる反省のもとに和平路線を貫いたことを考察した文章である。(第2章~第5章)。
 
この和平路線は、武に対する文の優位という形で、戦国時代末期から江戸時代初期という激動期を生きた本阿弥光悦以下の法華衆の系譜に表現されたと考察している。なるほどと思う。

日蓮が出現する以前に『法華経』が日本文化においてはたしてきた大きな意味合いについて、さらに深く考えていく必要を感じた。『源氏物語』にもあらわれているように、平安朝の女性たちがなぜ『法華経』につよく惹かれたのか。その理由は「女人成仏」という思想にあるのだ、と。

また、「能と法華経の関係」についても重要な指摘が、京都の西陣生まれの歴史学者の上原専禄について考えるヒントを与えてくれた。わたしは上原専禄の孫弟子にあたるのだが、上原専禄は西洋中世史を専攻した歴史学者であるが、深い日蓮信仰の持ち主でもあった。

日露戦争における父親の戦死後、養父となった叔父のもとで、少年時代から「能」と『法華経』を暗唱するまでみっちり仕込まれたとことの意味についてである。ようたくストンと理解することができた




「法華の系譜」のなかにいないわたしとしては、本書で展開される著者の思想に全面的に賛同するわけではない。違和感がまったくないわけではない。

現代美術の宮島達男氏は、著者によれば、法華経の生命観を創作の哲学的基礎にしているという。宮島氏が自身の創作の「3つのコンセプト」は、「変化しつづけること」「あらゆるものと関係を結ぶ」「永遠に続く」に集約されるそうだ。

最初の2つはわたしにもまったく違和感なく受け入れられる。そもそも「無常」とは、万物が時々刻々と変化する相のもとにあることであり、万物はすべてつながっているというのが、仏教の発想であるからだ。

だが、最後の「永遠に続く」は、なんとなくピンとこないものがある。

わたしも基本的にブディストであるが、永遠についてはほとんど考えることはない。むしろ、形あるものはすべて滅びるという思想を「無常」に見いだしている

もちろん、形をもたないものは永遠の生命をもつという言い方も可能だろう。形あるもので、永遠に続くものを創造できるのであれば、クリエイター冥利に尽きるというべきであろう。
 
この「永遠に続く」という観念は、『法華経』ならではの発想なのだろうか? 無知ゆえにわたしにはわかりかねるので保留にしておこう。

とはいえ、「わびさび」でもない、「アニミズム」でもない、「武士道」でもない、「法華」の系譜に日本文化の底流を流れるもうひとつの流れについての認識を深めることができたことは、本書の大きな収穫であった。

『法華宗の芸術』(高橋伸城、第三文明社、2021) とあわせて読むべき本である。きわめて重要だが、よく見えていなかった「もうひとつの日本」を知ることができる。


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目 次
メトロポリタンの燕子花 ―プロローグ 
第1章 「琳派」という系譜―私たちが思う「和風」の誕生 
第2章 茶の湯の成立―室町時代のゴージャス
第3章 利休と法華―茶の湯と法華の意外なつながり 
第4章 桃山文化の原動力―なぜ動乱の世に美が開花したか 
第5章 光悦の実像をさがして―時代を動かしたプロデューサー 
第6章 タゴールが見た「蓮」―インド・ルネサンスと日本 
第7章 目覚めた人―思慮ある人は、奮い立ち、努めはげめ 
第8章 敦煌莫高窟―アジアの記憶の古層をたどって 
第9章 道成寺伝説―最古のエンターテインメント 
第10章 「風神雷神図」異聞―屏風絵のなかに隠されたもの 
第11章  北斎「Big Wave」―一瞬のなかにひろがる永遠 
第12章 ガジェットの仏陀―受け継がれる〝法華芸術〟 
千年紀への曙光―エピローグ
あとがき 


著者プロフィール
東晋平(ひがし・しんぺい)
文筆家・編集者。1963年神戸生まれ。現代美術家・宮島達男の著書『芸術論』(アートダイバー)、編著書『アーティストになれる人、なれない人』(マガジンハウス)などを編集。


<関連サイト>



「・・美術史において、すべてを宗教という観点から考察することはむろん間違っている。しかし、それをまったく無視して、芸術家の天賦の才や血のにじむような努力、あるいは社会環境に因縁を求めることも正しい方法とはいえないであろう。なぜなら、宗教はそれらを創り出す最も重要な要素だからである。」


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