(「お茶の水渓谷」と「隅田川」2枚 掲載写真は地図以外は筆者撮影)
昨日(2025年7月31日)、ようやく念願かなって「神田川クルーズ」に参加。東京都区内を東西に流れる神田川を、屋根のない30人乗りの小型船で回るツアーである。
このクルーズのことは数年前に知ったが、ことしに入るまですっかり失念していた。紹介しているネット記事を読んで、さっそく1ヶ月前に申し込んだ。13:50発の便。早割料金で2,500円。e-ticket のみ。主催は日本橋クルーズ。
(双十郎河岸に停泊中のクルーズ船)
日本橋のたもとにある「双十郞河岸」の船着き場から、日本橋川(=江戸城外堀)をさかのぼって東京ドーム間近で神田川に合流、神田川を下って両国橋付近で隅田川に入り、しばらく隅田川を下って永代橋の手前でふたたび日本橋川に入り、出発点まで戻る。時計回りの周航のルートで、所要時間は90分。 (下図参照)
(日本橋クルーズのサイトより 時計回りの周航ルート)
神田川は、東京都杉並区の井の頭公園に発して隅田川に注いでいる河川だ。河口に近いお茶の水付近は、切り通しの崖になっていて、上からみると神田川はずいぶん深いところを流れている。いわゆる「お茶の水渓谷」である。
ずいぶん昔から上から眺めるだけだった「お茶の水渓谷」だが、下まで降りてみたいなあと思っていたのだ。たまに東京都のゴミ運搬船のバージが曳航されているのを見ると、うらやましいなあと思っていた。
ようやく「お茶の水渓谷」を船で移動するという夢(?)が叶ったので、たいへんうれしく思っている。しかも、1ヶ月以上前に予約していたので予約番号001、最前列左の特等席を確保することができたのもラッキーだった。写真撮影には最適のポジションである。
■日本橋の河岸から日本橋川(=外堀)をさかのぼる
昨日(2025年7月31日)の午後は、快晴であったが川面を吹く風が心地よく、すばらしい体験となった。本日(8月1日)は台風の余波で雨予想であり運行中止となったので、まことにもってラッキーだったといえる。
(神田一ツ橋の「ひとつばし」をくぐる 右手のビルは如水会館)
■小石川橋で神田川に合流
なんといっても、メインは神田川。それも「お茶の水渓谷」。30分くらいの時間を満喫した。
水道橋は橋の名前だが、その水道橋には先の大戦中に不発弾が貫通して空いた穴があることは、今回はじめて知った。橋の下から眺めると、穴が空いた空間の鉄が赤さびている。
(水道橋には不発弾が貫通した穴がある)
進行方向の左手には「お茶の水分水路」、右手にはJR中央線と総武線。「お茶の水渓谷」をゆっくりとクルーズしていく。
(左手は「お茶の水分水路」 右手はJR中央線)
「お茶の水渓谷」は、上から見下ろすと深い谷のように見えるが、川面を船で移動すると、あまり深い渓谷の感じがしない。とはいえ、船で移動するのは格別のものがある。
(お茶の水渓谷をゆっくると進む)
(同上)
しばらく進むと聖橋(ひじりばし)があるが、川面から見上げる聖橋のアーチが美しい。とはいえ、聖橋は離れた場所から全体を眺めたほうがもっと美しい。
(聖橋の下をくぐる)
しばらく進むと、地下鉄丸ノ内線の橋梁の下をくぐることになる。これえyは撮影スポットなので、わざわざ停車してくれたのはありがたい。上下両方の通過を動画で撮影できた。
(地下鉄丸ノ内線を下から眺める)
地下鉄丸ノ内線の橋脚の下をくぐり、昌平橋をくぐり、秋葉原を通過する。しばらくすると神田川河口となり、浅草橋付近の船宿と屋形船の集積地をとおる。屋形船が稼働するのは夕方以降、午後の時間帯は休憩中なので、ガイドの説明はないので静かなクルージングとなる。
(神田川河口の屋形船の集積地。右の先に見えるのが柳橋)
浅草橋をすぎると次は柳橋。かつての遊郭街であるが、現在はそのおもかげはない。柳橋をくぐると隅田川に合流する。
■屋根のない小型船で隅田川を満喫
想定外にすばらしかったのが隅田川。隅田川を船で移動するのはひさびさだが、なんといっても屋根のない小型船での移動は、はじめてかもしれない。
思ったより波もあるし(・・自船や他船がつくりだす波もある)、なんといっても風もあって、ほんと気持ちいい。屋根のある水上バスや屋形船とはまったく違う体験である。
(神田川の河口から隅田川に入りスカイツリーを見る)
(水上バスのヒミコのうしろを走る)
(永代橋の手前 前に見えるのは月島の高層マンション群)
水上からスカイツリーや、月島のリバーシティ21の高層マンション群を眺めるのも、なかなかの絶景だ。船上から隅田川のウォーターフロントを満喫した。
その後、永代橋の前で日本橋川に入り、日本橋の河岸を目指して進む。ここから先は、ふたたび首都高速の下になるので、開放感がないのが残念だ。90分の周航コースが終了し、船から下りる。
■「神田川クルーズ」で「水都東京」を体感
日本橋船着き場から発着する周遊コースだが、なるほど「水都東京」だなと、あらためて実感した。
いや、東京というよりも江戸というべきだろう。江戸市中に張り巡らされた水路が、物流のかなめだったのだ。さすがに水都ヴェネツィアとまではいかないが、バンコクや蘇州とならんで東京も「東洋のベニス」であったはずなのだ。
(水路がはりめぐらされた東京。江戸の名残はいまに続くGooglmapより)
現在は豊洲に魚市場が移転したが、その前は築地であり、さらのその前は日本橋にあった。日本橋は、江戸の商業の中心地であったのだ。三越日本橋本店もある。
(日本橋魚市場発祥の地)
日本橋の真上を走る首都高速が撤去される日も、2040年(予定)に迫っている。その頃まだ生きていたら、ぜひ見てみたいものだ。
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