英米を中心に(・・トランプ大統領は別だが)ロシアとプーチンを非難する姿勢や論調が支配的だが、実際はどうなのか疑って見る必要はある。
逆にそういった論調がロシアを中国に追いやって、「反米」を国是とした「中ロ蜜月」状態を作り出しているのではないか、と。 たしかに、権威主義的な国家資本主義体制という点においては共通する中ロ両国ではあるが・・・。
そんな印象をもっているので、『ロシアと中国 反米の戦略』(廣瀬陽子、ちくま新書、2018)という出版されたばかりの新刊書をさっそく読んでみた。この著者の著作は、わたしはほとんど読んでいる。
論旨が行ったり来たりして、やや重複感がなきにしもあらずだし、著者の専門が旧ソ連なので中国の分析がやや手薄で物足りなさを感じることは否定できないが、「中ロ蜜月」のタテマエとホンネを、さまざまな側面で検証しているので、ものを考えるための参考にはなる。
スパッと黒白で割り切れない、まどろっこしい叙述そのものが、「中ロ関係」にかんしてはホンネとタテマエが明確に区別できないあいまいなものであることを示唆しているともいえよう。
ロシアは中国を必要とし、中国もロシアを必要としている。こういうものの見方が「中ロ蜜月」論を生み出しているのだが、たしかにお互いが必要としあっていることは事実であるものの、呉越同舟とまでは言わなくても、双方の思惑にはどうやら少なからぬズレがあるようだ。
というのも、ロシアは中国経済に期待しており、中国はロシアの資源と最新軍事技術に期待している。だが、中国の「一帯一路」は、ロシアの「影響圏」(sphere of influence)、とくに中央アジアの旧ソ連圏(カザフスタン・ウズベキスタン・タジキスタン)においては食い込んでおり、ロシアの利害に抵触しかねない状況である。
しかし、ロシアは「忍の一字」のようだ。経済力の点ではますます中ロの格差が開く一方だし、中国と長い国境線を接しているロシアは、中国とは軍事的な衝突は回避したいのがホンネのようだ。
著者は、こうした中ロ関係を「離婚なき便宜的結婚」というフレーズを使用して説明している。お互いが必要としあっているので離婚はしないが、あくまでも自己利益第一の関係であって、そこには愛情はないということだろう。別の箇所では「偽装蜜月」などという表現もでてくる。
そもそもロシアは、はたして現在でも「大国」なのかどうかも疑ってみるべきだ。たしかに周辺の小国にとっては依然として大国であることは否定できないし、いまだに核弾頭を所有し、周辺諸国に軍事的圧力を掛けているロシアだが、もはやかつてのソ連のような圧倒的存在ではない。いまでは一隻しかない空母も、実質的に不稼働資産と化している。
いまのロシアは、「大国」イメージをうまく活用しているだけなのではないか? 冷戦時代のソ連の位置に、現在では中国が取って代わったというべきだろう。「米ソ冷戦」から「米中冷戦」へという流れは、まさに象徴的だ。
長い目で見れば、ユーラシア地域の歴史は、モンゴル帝国の後継者である中国とロシアのせめぎ合いの歴史である。ロシアが優勢なときは中国は劣勢であり、中国が優勢な現在はロシアは劣勢である。おそらく長期的には、ふたたび逆転現象が見られるかもしれない。とはいえ、今後数十年は中国が優勢の状態が覆されることはなさそうだ。
この本は、基本的に「ロシア側からみた中国」についてのものだが、逆に「中国側からみたロシア」についても考えてみたい。おそらく、中国にとっての最大関心マターは米国であって、ロシアはワン・ノブ・ゼムに過ぎないのかもしれないが・・・。
目 次
序章 浮上する中露-米国一極支配の終焉
第1章 中露関係の戦後史-警戒、対立、共闘
第2章 ロシアの東進-ユーラシア連合構想とは何か
第3章 中国の西進-一帯一路とAIIB
第4章 ウクライナ危機と中露のジレンマ
第5章 世界のリバランスと日本の進むべき道
あとがき 注 主要参考文献
著者プロフィール
廣瀬陽子(ひろせ・ようこ)
1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了・同博士課程単位取得退学。政策メディア博士(慶應義塾大学)。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。著書には『コーカサス 国際関係の十字路』(集英社新書、アジア・太平洋賞特別賞受賞)など多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
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