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2011年12月25日日曜日

書評『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?


ソ連崩壊から20年。ソ連70年の歴史を一体のものとして理解する距離感ができてきた

「かつてソ連という国があった。いまはもうない」。こんな語られ方がするようになるとは、かつて誰が想像しえただろうか。

1991年12月25日のソ連崩壊から20年ソ連70年の歴史を、そのはじまりから終わりまで一体のものとして理解する距離感がようやくできつつあるといえよう。

全体を見渡すことで、なぜソ連という国が誕生し、そして解体し崩壊したかを考えるヒントを得ることができるようになった。

本書は、えらく素っ気ない印象の本である。タイトルだけでなく、本文には写真も地図も一枚も挿入されておらず、淡々とした記述のみが続いている。だが、読み進めていくうちに、だんだん面白くなってくるのを覚えることになる。

「ソ連史」のとくに後半、「第4章 安定と停滞の時代」であったブレジネフ時代から以降について振り返ることが、バブル崩壊後の日本の過ぎこし方と行く末について考えるための好材料になっていることに気がつくからだ。

世代によってソ連のイメージはまったく異なるので、どういった感想やコメントを抱くのかは、読者によってまったく異なるのは当然だが、「安定と停滞」期を経た後のソ連が、その体制と国民生活とのあいだのギャップや矛盾が拡大し、ついには崩壊するにいたった歴史をフォローしていくと、どうしても日本と比較してしまうのである。

「ソ連は国力に見合わないほどの過剰な福祉国家だったのであり、そのことが国家にとって大きな負担となったとの指摘がある」(P.222)。まるで日本のいまの財政状況そのものではないか! 

本書を読むと、われわれがイメージしてきた、あるいはイメージをもたされてきたオーウェルの『1984』的な全体主義国家とは大きく異なる実態が浮かび上がってくる。だからこそ、ソ連史はけっして他人事ではないのである。

最終的にソ連を解体させることになるゴルバチョフ元書記長の回想録からのエピソードの引用が、無味乾燥に陥りがちな歴史記述を生き生きとしたものにしている。ゴルバチョフが政治の表舞台に登場したのは1985年のことであったが、1931年生まれのゴルバチョフが回想する1950年代、1960年代、1970年代のソ連社会の具体的な姿はじつに興味深い。

ソ連が崩壊して今年で20年。ソ連末期の状況すら、もはや記憶から消えて久しい状況だろう。だが、1986年のチェルノブイリ原発事故から6年で崩壊したソ連のことを考えれば、けっして対岸の火事とはいえないのではないか? 

第二次大戦後のソ連史に記述の重点を置いた本書は、その意味でも読む価値のある本だといってよいのである。


<初出情報>

■bk1書評「ソ連崩壊後20年。ソ連70年の歴史を一体のものとして理解する距離感がようやくできてきた」 投稿掲載(2011年12月24日)
■amazon書評「ソ連崩壊から20年。ソ連70年の歴史を一体のものとして理解する距離感ができてきた」 投稿掲載(2011年12月24日)





目 次
はじめに
第1章 ロシア革命からスターリン体制へ
第2章 「大祖国戦争」の勝利と戦後のソ連
第3章 「非スターリン化」から「共産主義建設」へ
第4章 安定と停滞の時代
第5章 「雪どけ」以後のソ連のいくつかの特徴
第6章 ペレストロイカ・東側陣営の崩壊・連邦の解体
おわりに
参考文献
年表


著者プロフィール 

松戸清裕(まつど・きよひろ)

1967年生まれ。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専攻、ソ連史。現在、北海学園大学法学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<書評への付記>

読んでいて思うのは、「ユーラシア大陸国家・ソ連」(=ロシア)に生まれ、そして生きることの過酷さである。

「ロシア革命」、革命後の混乱、なんども頻発する大飢饉による大量饑餓、スターリンによる大粛清、独ソ戦・・・この間にいったいどれだけ大量の人間が死んだのか、1,000万人単位というあまりにもおおざっぱにしか把握できていない

これは中国も同じだが、ユーラシア大陸の状況は、島国の日本人にはイマジネーションの限界を超えている

陸で国境を接しているからいつ敵が攻め込んでくるか分からない、国内の弾圧でいつ逮捕され、投獄されて命を落とすか分からないユーラシア国家。半島の北朝鮮もまたその延長線上にあると考えるべきだろう。

世代によってソ連のイメージはまったく異なるだろうが、わたしの世代ではソ連というと、ブレジネフ時代とのイメージがいちばん強い。同じ顔ぶれの人間が長く君臨していたので印象が強いのだろう。いかにもソ連という時代だったのだ。そして、ブレジネフの眉毛(笑)

本書の第4章「安定と停滞の時代」。本書に記述されているコルホーズ(=集団農場)を読んでいると、ほとんどかつての日本のカイシャのような世界だと思わされる。なかにいると息苦しいこともあるが、ぶら下がって入れば飢えて死ぬことはないという安心感。

われわれがイメージしてきた、あるいはイメージをもたされてきたオーウェルの『1984』的な全体主義国家とは大きく異なる実態(P.200)だったわけだ。クレーム苦情受け付けをつうじた世論調査という形で、擬似的であれ 「対話」 が行われていたという指摘も興味深い。

ソ連のような広大な国では全体主義など実行は不可能だったことがわかる。シンガポールのような小規模で、隅々まで統制のきた都市国家ではなかったということだ。

ロシア革命やスターリンについて書かれたものは多く、また現在でも語られることも多々あるが、じつはソ連がいかにもソ連であったブレジネフ時代を知らなければ、なぜソ連が内部崩壊せざるをえなくなったのか理解するのは難しい。カイシャの寿命は30年というのは定説だが、ソ連は70年しかもたなかった。

ソ連が存在した時代は、一日も早くソ連と共産主義体制がこの世から消え去ることを待ち望んでいたわたしだが、ソ連が崩壊してから20年もたつと、ノスタルジーではないが、なんだか懐かしい感じもしてくるのは不思議なことである。

少なくとも、ソ連という国がかつて存在したことは、アタマのなかにしかと刻みつけておかねばなるまい。失敗した実験から学ばねばならないことはじつに多いのである。



<ブログ内関連記事>

「ユーラシア大陸国家・ソ連」の興亡

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む (2011年12月26日)

書評 『モンゴル帝国と長いその後(興亡の世界史09)』(杉山正明、講談社、2008)
・・ユーラシア国家ソ連

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する

『チェルノブイリ極秘-隠された事故報告-』(アラ・ヤロシンスカヤ、和田あき子訳、平凡社、1994)の原著が出版されたのは1992年-ソ連が崩壊したからこそ真相が明らかになった!

書評 『「シベリアに独立を!」-諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす-』(田中克彦、岩波現代全書、2013)-ナショナリズムとパトリオティズムの違いに敏感になることが重要だ
・・小室直樹の指摘どおり「連邦」から離脱した旧ソ連諸国はソ連憲法のたまものであった

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面


ソ連のポジティブな遺産

資本主義のオルタナティブ (3) -『完全なる証明-100万ドルを拒否した天才数学者-』(マーシャ・ガッセン、青木 薫訳、文藝春秋、2009) の主人公であるユダヤ系ロシア人数学者ペレリマン
・・数学の英才教育を行っていたソ連

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?
・・グーグルの共同創業者で共同経営者の一人セルゲイ・ブリンは少年時代、ソ連から米国に移民としてやってきたユダヤ系市民


いま、そこにある国家財政危機

書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!

書評 『国債クラッシュ-震災ショックで迫り来る財政破綻-』(須田慎一郎、新潮社、2011)-最悪の事態をシナリオとしてシミュレーションするために

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