『帝国自滅-プーチンvs新興財閥-』(石川陽平、日本経済新聞出版社、2016)を読んだ。なかなかインパクトのあるタイトルであり、内容的にも読み応えもあった。
ロシアというと、2024年まで四半世紀にわたって続くことになるプーチン大統領の強権体制や、ウクライナ問題やクリミア半島併合など軍事面だけが報道されがちだが、基本は経済であり財政だということをあらためて感じさせてくれる内容だ。
日本経済新聞の記者としてモスクワ支局に2000年から4年間、2010年から5年間と合計約9年間駐在したロシア通の著者が、ソ連崩壊後に出現したオリガルヒ(=寡占資本家という財閥)による「略奪資本主義」から「国家資本主義」への移行を2つの大きな経済事件を中心に描いたものだ。
ロシアにおいては経済は政治と直結している。したがって、経済事件は政治事件でもある。その意味で最大の経済事件は、石油財閥であったユーコスの総裁でオリガルヒ(=寡占資本家)のホドルコフスキー逮捕と収監、そしてユーコス解体とガス・石油業界の国家独占体制への移行であろう。
ユーコス事件は、英米の英語メディアを中心に日本でも比較的大きく取り上げられていたので、おおよそのことは知っていたが、この本で初めて詳しく知ったのが石油会社バシネフチ事件だ。
ユーコス事件とバシネフチ事件の背景には、ロシア経済の根幹をなす石油とガスという基幹産業(・・ソ連崩壊から30年近く経つのに、資源依存経済に改善のきざしがないどころか、まずます依存を強めている)がある。プーチンはオリガルヒ(=寡占資本家)たちを屈服させ、石油業界の国家管理という「国家資本主義」の道を突き進み、それに成功を収めたわけである。
メディア報道では軍事が突出しているかに見えるロシアだが、経済や財政から見ると勢いがあるとはとても言えない状況だ。財政状況が悪化すれば軍事も維持はできない。ロシアが謀略やサイバー戦争に注力するのは、カネがないからと考えることもできなくはないのではないか?
ちなみに、おなじく「国家資本主義」を採用しているのが中国だが、GDP規模からいっても、製造業やIT産業など産業の多様化からいっても、ロシアと中国を同列に論じることができない。一人あたりGDPではほぼ同じだが、GDPでは中国はロシアの9倍(!)に膨張している。ロシアのGDPは韓国とほぼ同じだ。 この本の出版後の2018年にプーチン大統領は再選されたが、クリミア問題やウクライナ問題が原因でロシアが自ら招いた経済制裁によって、ますます追い詰められる状況にある。
我慢強いロシア人のことだからなんとか持ちこたえるだろうが、国際市場価格に左右されやすい石油とガスに依存した経済の脆弱性は、著者が指摘するとおりである。ロシアの浮沈は石油価格とガス価格にかかっているのである。
2024年が近づくにつれて、「プーチン後」をにらんだ権力闘争が激化していくことも十分に予想される。ふたたびロシアが不安定化する可能性も少なくはない。長期投資には慎重になるべきだろう。
本の内容にからめて個人的な感想を書いてみたが、1990年代の終わりに石油業界にかかわり、しかも1998年と1999年にはロシアに出張して、極東地域とモスクワの石油会社や投資会社、連邦政府など訪問したことのある私には、たいへん興味深い内容であった。
ロシアに関わっている人、関わったことのある人でなければ、はっきりいって面白くもなんともない内容の本だろう。だが、経済を中心に見たロシア本が意外に少ないので、関心のある人にとっては読むに値する本だといえよう。
目 次
まえがき
序章 不毛な15年戦争
第1章 皇帝プーチン vs 石油王
1 ロシア版メジャー計画
2 ユーコス社長逮捕
3 ユーコス解体
4 石油王の釈放と新たな闘い
第2章 石油支配の完成
1 バシネフチ事件
2 バシネフチ再国有化
第3章 落日の寡占資本家
1 プーチン政権のエージェントかそれとも敵か
2 オリガルヒの苦しい胸中
第4章 帝国の衰退
1 出口なき経済悪化
2 元凶は「国家資本主義」
注
参考文献
あとがき
著者プロフィール
石川陽平(いしかわ・ようへい)
1966年生まれ。92年早稲田大学大学院修士課程修了(露文専攻)、同年日本経済新聞社入社。経済部、国際部、モスクワ支局、消費産業部、モスクワ支局長を経て2015年より日経ヴェリタス編集部次長。その間、モスクワ国立国際関係大学留学。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
<ブログ内関連記事>
JBPress連載コラム第28回目は、「ワールドカップ日本代表はどんな都市で戦うのか? サランスク、エカテリンブルク、ヴォルゴラードの歴史を知る」 (2018年6月19日)
JBPress連載コラム第22回目は、「日本は専制国家に戻るロシアを追い詰めてはいけない-「東洋的専制国家」の中国とロシア、その共通点と相違点」(2018年3月27日)
書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
書評 『ならず者の経済学-世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か-』(ロレッタ・ナポレオーニ、田村源二訳、徳間書房、2008)-冷戦構造崩壊後のグローバリゼーションがもたらした「ならず者経済」は、「移行期」という「大転換期」特有の現象である
書評 『自由市場の終焉-国家資本主義とどう闘うか-』(イアン・ブレマー、有賀裕子訳、日本経済新聞出版社、2011)-権威主義政治体制維持のため市場を利用する国家資本主義の実態
書評 『世界史の中の資本主義-エネルギー、食料、国家はどうなるか-』(水野和夫+川島博之=編著、東洋経済新報社、2013)-「常識」を疑い、異端とされている著者たちの発言に耳を傾けることが重要だ
ケン・マネジメントのウェブサイトは
ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。
禁無断転載!
end