「国家資本主義」の担い手は現役の社会主義国もあれば、元社会主義国もあり、また社会主義国とは対極にある王政もまたそのなかにある。
その心は、権威主義政治体制である。具体的にいえば、現在でも社会主義の看板を下ろしていない中国、かつて社会主義であったロシア、そしてサウジアラビアを筆頭にしたペルシア湾岸の王政諸国である。また、中南米の左派政権であるベネズエラもそのメンバーの一人だ。みな権威主義政治体制にある国だといってよい。
国家がみずから所有する国営企業、国営の投資会社による資産運用、これらはあくまでも国家のための経済活動である。そしてその国家の中心にいる支配階層の利益のために富を蓄積するのが目的である。
いわゆる「国家資本主義」とは、著者の表現を借りれば、「政府が主に政治上の利益を追求するために市場を主導する仕組み」である。資本主義を否定するのではなく、可能な限り市場を自分たちの目的にそって利用しようとする姿勢をもっている。
リーマンショックというアメリカ発の金融メルトダウン以降、動きが加速しているのがこの国家資本主義だ。だが、金融危機以前からこの動きはあったことに著者は読者に注意を促している。いわゆる資源ナショナリズムにもかかわるこの動きは、1970年代から存在してものだ。
経済史的にいえば、国家が全面にでた国家資本主義は重商主義にも似ている。国益というカムフラージュを被った一握りの支配層にとっての私益追求という側面において、国家資本主義と重商主義はよく似ている。国家資本主義体制のもとにおいては、政商とよばれる資本家が存在することも似ている点だ。
こういった権威主義政治体制のもとにおいては、なによりも国内問題を意識し、体制維持のための財源が必要だからだ。王政のもとにおいては臣民、それ以外の政治体制のもとにおいての一般民衆、かれらをすくなくとも経済的に満足させておけば、体制転換という誘惑を回避させることができるからだ。そのために国家は富を蓄積する必要があるわけだ。
本書でもっとも多くのページがさかれているのは中国であるのは、その意味ではアメリカにとっても無視できない政治経済情勢であるということだろう。国営企業による中国市場支配が、アメリカの大企業の中国市場進出を阻んでいるという側面はある。
ただ、『自由市場の終焉』は、あくまでもアメリカの国益を前提に書かれた内容であり、「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いが明確になっていない。また中国の意味も、アメリカにとってと日本にとっては異なるものがあるが、日本人にとっての中国とはイコールではないのは当然であろう。
尖閣問題が原因となったレアメタル問題など、自由貿易体制を阻害するような政治的動きが歓迎されないという点においては日米で利害は共通しているが、日本にとってのより大きな脅威としては、資金力のある中国国営企業に買収される日本企業が増えているという点だろう。買収によって技術流出につながらないかどうか目を光らせる必要がある。
日本と日本人にとっての意味を考えるなら、理路整然と「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いを説いた経済思想書である 『国力とは何か-経済ナショナリズムの理論と政策-』(中野剛史、講談社現代新書、2011) とあわせ読むべきだろう。中野氏のこの本を読むと、ブレマーの言っている国家資本主義が定義としてはかなりあいまいなものに映る。
また、基本的に経済グローバリゼーションはアメリカの国益に適うという論調であり、グローバリゼーションの負の側面が国家資本主義の増大を促している点の指摘があるものの、グローバリゼーションそのものにはあまり疑いの目を向けていない印象を受ける。
権威主義的政治体制をとってきた国々に囲まれている日本にいるためだろうか、中国や北朝鮮という例外があるものの、韓国も台湾もかつて権威主義的政治体制のもとにあったことを知っていると、逆に状況はかつてよりよくなったのではないかという印象すらある。
ただし、東南アジアでみれば、「明るい北朝鮮」との異名をもつシンガポールはさておき、インドネシアやマレーシアにもこの傾向が残り、また中国と関係の深いラオスやミャンマーにまだこの傾向がつよいことは否定できない。これについては、書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!を参照されたい。
しかし、国家資本主義の中核をなす国営企業といえども、独占による利潤が現在は大きいとはいえ、いかなる経済環境においても業績を出し続けることができるわけではない。したがって、未来永劫にわたって市場支配力を維持することはできない。
それよりも世界経済が「ブロック経済化」していくことのほうが、はるかに大きな問題ではないかと思うのだが。1930年代の轍を踏んではならないのである。
目 次
はじめに
第1章 新たな枠組みの興隆
第2章 資本主義小史
第3章 国家資本主義――その実情と由来
第4章 さまざまな国家資本主義
第5章 世界が直面する難題
第6章 難題への対処
謝辞
解説 斉藤惇(東証社長)
原註
著者プロフィール
イアン・ブレマー(Ian Bremer)
ユーラシア・グループ社長。スタンフォード大学にて博士号(旧ソ連研究)、フーバー研究所のナショナル・フェローに最年少25歳で就任。コロンビア大学、東西研究所(East West Institute)、ローレンス・リバモア国立研究所を経て、ワールド・ポリシー研究所の上級研究員(現職)。2007年には、世界経済フォーラムの若手グローバル・リーダー(Young Global Leader)に選出される。1998年、28歳でニューヨークに調査研究・コンサルティング会社、ユーラシア・グループを設立(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
有賀裕子(あるが・ゆうこ)
翻訳家。東京都生まれ。東京大学法学部卒業。ロンドン・ビジネススクールで経営学修士(MBA)取得(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<関連サイト>
Ian Bremmer, The End of the Free Market: Who Wins the War Between States and Corporations ?, Portfolio Hardcover, 2010
・・原著。amazon.com(米国)では、再び勃興しつつある「国家資本主義」(state capitalism)について、リーマンショックを予測して一躍脚光を浴びた経済学者・ヌリエル・ルービニ教授と one-on-one で論じあっているので、ぜひ目を通すことを奨めたい。
ユーラシア・グループ(Eurasia Group)(日本語版)
・・イアン・ブレマーが社長を務めるグローバル政治リスク分析会社
周到に準備された防空識別圏-日本は2016年まで孤立状態が続く (イアン・ブレマー、インタビュアー=石黒千賀子、日経ビジネスオンライン 2013年12月20日)
<ブログ内関連記事>
月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12 を読む-特集テーマは「The World Ahead」 と 「インド、パキスタン、アフガンを考える」
・・「インターネットは自由も統制も促進する-政治的諸刃の剣としてのインターネット-」(イアン・ブレマー)は、インターネット・テクノロジーは「さまざまな野心や欲望を満たす手段でしかなく、そうした欲望の多くは、民主主義とは何の関係もない」と、インターネット楽観論にクギをさす。米国人だけではなく、日本人も心しておくべき重要な指摘である。世界には民主主義を国是とする国家だけでなく、権威主義的で抑圧的な政策をとりながらインターネットを活用して世論をコントロールしている国家もある」(同記事に書いた文章から抜粋)。
書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)-インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学
・・権威主義的体制は、「情報統制国家」である
書評 『国力とは何か-経済ナショナリズムの理論と政策-』(中野剛史、講談社現代新書、2011)-理路整然と「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いを説いた経済思想書
書評 『新・国富論-グローバル経済の教科書-』(浜 矩子、文春新書、2012)-「第二次グローバリゼーション時代」の論客アダム・スミスで「第三次グローバル時代」の経済を解読
書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!を書評 『新・国富論-グローバル経済の教科書-』(浜 矩子、文春新書、2012)-「第二次グローバリゼーション時代」の論客アダム・スミスで「第三次グローバル時代」の経済を解読
(2016年7月21日 情報追加)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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