2023年12月29日金曜日

書評『人類学と骨 ー 日本人ルーツ探しの学説史』(楊海英、岩波書店、2023)ー 「旧植民地」出身という「他者の視線」による「日本の形質人類学」の「学説史」から見えてくるもの

 

『人類学と骨 ー 日本人ルーツ探しの学説史』(楊海英、岩波書店、2023)を読了。今週のはじめ(2023年12月25日)にでたばかりの新刊書である。

テーマに対する関心だけでなく、著者にしては意外(?)な感のあるテーマだったので、さっそく読むことにした次第だ。

ちょうどタイミングのいいことに『人類の起源 ー 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』(篠田謙一、中公新書、2022)を読んだばかりだったので、ゲノム解析以前の方法、つまり人骨の計測を主に行っていた「形質人類学」の歩みをトレースできたことになる。



■近代日本の「形質人類学」の特徴

本書は、「旧植民地」出身の「文化人類学者」による、近代日本の「人類学」、とくに「形質人類学」の「学説史」である。

「学説史」といっても、無味乾燥なものではない。しかも、狭い意味の専門分野の「内側からの視点」ではない。日本語で書かれたものであるとはいえ、「日本国民」である著者の立ち位置は、「日本人」のマジョリティとは異なる

「人類学」とは、人類の特徴をつかもうとする学問だ。狭い意味の人類学、もっぱら人骨の計測をもとに分析を行う「形質人類学」は基本的に自然科学に属するものであり、研究者の所属先としては医学部であることも少なくない。

「人類学」は、16世紀に始まる「第1次グローバリゼーション」を機に、地球全体に進出しをはじめた西欧人によって、全世界に植民地を拡大しくプロセスのなかで生まれてきた学問だ。

自分たちとは異なる色の皮膚をもち、異なる言語と生活習慣をもつ人びとに対する旺盛な好奇心から始まった人類学だが、効果的かつ効率的に植民地を経営するための基礎学問として、「第2次グローバリゼーション」以降の19世紀に活発化したものだ。

ここから生まれてきたのが「人種」という概念である。黒人だけでなく、黄色人種なる概念が生み出され、かれらを劣った存在とみなすことで白人の優越感が満足されることになる。

この人種概念が、ユダヤ人差別と結びついて20世紀前半のナチスの暴虐に至ったことは、けっして過ぎ去った過去の話ではない。ゲノム分析によって自然科学の分野では「人種」概念が過去のものとなっているのにもかかわらず、「人種」概念がヘイトを生み出す源泉になっているからだ。

西欧には約40年の格差のもとに近代世界に参入した日本は、キャッチアップのために西欧近代化を積極的に推進した。人類学だけでなく、植民地獲得もまたそれにならったものであり、植民地拡大によって、「人類学」の研究フィールドもまた拡大する。

方法論を西欧に学んだ日本の「人類学」の特徴は、研究の主要目的が「日本人の起源」を探ることに置かれたことにある。その探求は、日本列島の北にある北海道のアイヌ、南にある沖縄、そして植民地拡大にともない、台湾から朝鮮、そして満洲へと研究フィールドが拡大していった。

つまり日本の「人類学」は、植民地拡大によって「帝国」化した、近代日本の歴史そのものなのである。



■「旧植民地」出身で「調査される側」という「他者の視線」から見えてくるもの

著者は、日本に帰化した「日本国民」であるとはいえ、南モンゴルのオルドスの出身のモンゴル人であり、ユーラシア大陸に生まれ育った「大陸人」である。

したがって、日本で生まれ育った「島国の人間」とは感覚が違う。現在は国境があるので移動は容易ではないが、大陸の人間は陸路での移動が可能であった。この点が重要だ。「日本の人類学」の歴史を見る視点も、おのずから異なるものとなるのは当然である。

それだけだけでなく、「旧植民地」の出身者として、著者は「調査される側」の視点をもっている。つまり、二重の意味で「他者」の視線をもっていることになる。

だからこそ、日本人が無意識のうちにもっている、「日本人の起源」を知りたいというバイアスから免れているのであり、「日本人の起源」を探ることを主目的としてきた人類学の歴史を距離をおいて見つめることができるわけだ。

とくに重点的に取り上げられているのが、鳥居龍蔵と江上波夫である。いずれも満洲でフィールドワークを行った人類学者であるが、この2人の突出した研究者の共通点と相違点が興味深い。

著者は、鳥居龍蔵(1870~1953)には好意的な評価を示している。現在すでに失われているモンゴル人の生活習慣を記録した鳥居龍蔵の著作は貴重な内容だが、いまなお中国では中国語訳が許可されていないという。人類学が意図せずにもっている、ある種の政治性のためである。

著者は、かつて一世を風靡した「騎馬民族征服説」で有名な江上波夫(1906~2002)とは面識をもっていたというが、評価すべき点は認めながらも、批判すべきところは批判している。

批判すべき点とは、満洲での研究材料としての人骨収集にかんしてのものだ。江上波夫らの行った人骨収集は、限りなく盗掘に近いものだ。墓荒しといっても言い過ぎではない。



■人類学が抱える倫理的問題。学術目的ならすべてが許されるのか?

日本の人類学者は、「旧宗主国」として「旧植民地」で行った行為について自覚し、その倫理的な意味を理解する必要がある。日本国内であってもそれはおなじだ。研究目的で収集した人骨の返却は必要不可欠である。 

「人骨」というと科学研究の対象としての客観的響きしかないが、これを「お骨」や「遺骨」と言い換えたなら、人間の感情がかかわってくる問題だということが日本人なら理解できるはずだ。

誰だって、家族の墓を荒らされて「お骨」が学術研究の名目のもとに持ち去られ、しかも大学の研究室に「ブツ」として展示されていることを知れば、心穏やかではないだろう。戦地に残されたまま、いまだ故国に帰ることのできない「遺骨」の問題もまたおなじだ。

他者の痛みを感じて共感することが必要ではないか。想像力と共感の範囲を拡げなくてはならない。

「人類の起源」の探求において、現在では主流ではなくなった「形質人類学」であるが、ゲノム解析に使用される資料が人骨から得られる以上、人骨との関係がなくなったわけではない

研究のために収集した人骨の扱いにかんする倫理的問題。この問題が、日本の人類学に突きつけられている。

「日本人の起源」にかんする関心が日本人からなくなることはないだろう。だが、その研究に付随して発生する問題について、研究者ではない一般人も自覚的になることが必要なのだ。

そのことを本書『人類学と骨 ー 日本人ルーツ探しの学説史』によって教えられることになった。他者の視線によって「常識」を疑うことが、いかに重要なことであることか。その意味では、得がたい読書体験となった。





目 次
凡例
序章 人類学はなぜ骨を求めたか 白熱する日本人のル-ツ探し
第1章 遊牧民と骨 ー オルドスの沙漠に埋もれる人骨と化石
第2章 アイヌ、琉球から始まった人骨収集 ー 日本の古住民を求めて
第3章 台湾、モンゴルからシベリアへ ー 鳥居龍蔵の視線
第4章 江上波夫のモンゴル ー 騎馬民族征服王朝説の淵源
第5章 人類学者は草原で何を見たか ー 帝国日本の「モンゴロイド」研究
第6章 ウイグル,そして満洲へ ー 少数民族地域のミイラと頭蓋骨
終章 ビッグデータとしての骨 研究と倫理の狭間で
参考文献
謝辞
索引


著者プロフィール
楊海英(よう・かいえい)
静岡大学人文社会科学部教授。南モンゴルのオルドス生。モンゴル名はオーノス・ツォクト、帰化後の日本名は大野旭。楊海英は学術上のペンネーム。
北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。1989年3月来日。国立民族学博物館・総合研究大学院大学博士課程修了。博士(文学)。著書に『墓標なき草原ー内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(2010年度司馬遼太郎賞受賞)『中国とモンゴルのはざまで ー ウラーンフーの実らなかった民族自決の夢』(以上、岩波書店)のほか、『日本陸軍とモンゴル ー 興安軍官学校の知られざる戦い』(中公新書)、『逆転の大中国史 ー ユーラシアの視点から』(文春文庫)、『羊と長城 ー 草原と大地の<百年>民族誌』(風響社)など多数。(出版社サイトの記述に加筆修正)。



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■楊海英氏の諸著作



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2023年12月27日水曜日

書評『言語の本質 ー ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ/秋田喜美、中公新書、2023)ー 「言語の本質」にかんする知的刺激に満ちた探求が「オノマトペの幸(さきわ)う日本語世界」からでてきたことを言祝(ことほ)ぎたい

 


認知科学と発達心理学、心理言語学を専門とする2人の研究者による実験と観察、そして両者の対話の成果である。じつに面白い。知的刺激を受けることは間違いない。

日本語を母語にする話者にとって、豊富にあってごくごく親しいオノマトペ(擬音語で擬態語)から始まった疑問が、最終的に「言語の本質」とはなにかを探求する道へとつながっていく。

そして進化のプロセスのなかで分岐した、ヒトとチンパンジーをわけるもの、さらにヒトが生み出した AI とヒトとの違いも考察に入ってくる。

「言語」こそ、ヒトとその他の動物をわけるものであり、「言語の本質」にこそ、AIとの違いがある。


(通常のカバーのうえに、さらに特別カバー。包み紙好きなのは日本的?)


オノマトペとは、「もっちり」感があるとか、「もふもふ」としているとか、感覚を表現するのに最適なことばだ。日本語にはきわめて多いが(とはいっても語彙全体の 1% だという)、その他の言語にもなんらかの形で存在する。

副題にあるように、「ことばはどう生まれ、進化したか」の旅路の最初に、赤ちゃんがつかうオノマトペがある。

人間としての成長と発達のプロセスのなかで、いかにことばを覚えて、それをつかえるようになっていくか、その学習のプロセスに「言語の本質」があると著者たちはみている。




この本は、結果ありきという本ではない。結論に至るまでのプロセスを楽しむべき本だ。読んでいるとじつに面白いが、一気読みをさせないという力も働く。内容を充分に咀嚼したうえで、つぎのプロセスに進んでいくことが、暗黙のうちに求められるからだ。

「言語習得とは、推論によって知識を増やしながら、同時に「学習の仕方」自体も学習し、洗練させていく、自律的に成長し続けるプロセスなのである」(P.204)というフレーズが、太字ゴチックで記されている。「ブートストラッピング・サイクル」である。




オノマトペから始まった探求は、赤ちゃんの「言語習得」のステージに入っていくと、がぜん面白さが増していく。赤ちゃんは、上記のような「言語習得」のプロセスを無意識のうちに実行しているのである。

まずは、身体性によって習得したオノマトペから始まるのである。直観的に理解できるからだ。オノマトペから始まった言語習得は、発達とともに複雑化し、具体的な事物から離れた抽象概念を理解して、つかうことができるようになっていく。

そこで行われる「推論」は、まずは「統計的推論」であり、「アブダクション」(=仮説推論)と「帰納法」(=インダクション in-duction)も駆使している。驚きではないか! 赤ちゃんは、いずれも無意識のうちに実行しているのだ。

アブダクション(=仮説推論)とは、結果から「たぶんこうだろう」と推測する推論方法のことだ。いわゆる「●●だと、あたりをつける」という推論方法のことである。否定的に語られがちな「当て推量」もその1つである。

アブダクション(ab-duction)は英語の一般語としては「誘拐」を意味するが、ここでは専門用語として使用されている。19世紀米国の哲学者パースがはじめて提唱した概念だ。なじみがないカタカナ語かもしれないが、アブダクションは、日常的に行われているものだ。

ただし、アブダクションによる推論はあくまでも「仮説」であって、仮説であるという認識をもつことと、それがただしいかどうかは検証しなくてはならない。学者や研究者でなくても、それはおなじである。赤ちゃんや子どもですら日常的に行っているのだから。

仮説検証という作業を怠るのは、子どもではなく大人である。思い込みが固定観念を生み出すことが増えている。AI時代に必要なことは「仮説検証能力」であろう。「ちょっと違うのではないか」という疑問をもち、一呼吸おくことが大事なのだ。

AIの能力はさらに進化していくが、生身の肉体をもった人間の身体性がゼロになるわけではない。「記号接地問題」こそ重要なのである。AIはデータがなければなにもできない。ゼロからものを生み出すことはできないのだ。それができるのは身体性をもった人間だけである。

あくまでも身体性から生まれることばが、身体をもった人間に使用され、データ蓄積がAIによってあらたな組み合わせが生成され、その生成物を人間が使用し、ふたたびデータとして取り込まれる。

身体性をもった人間とAIとの「双方向性の相互作用」とその循環プロセス」がつづいていくのではないだろうかと、わたしは考えている。楽観的に過ぎるかもしれないが、技術と人間の関係というものは、有史以来おなじパタンを繰り返してきた。

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言語をもち、言語を習得できること
が、ヒトとヒトにもっとも近い類人猿であるチンパンジーをわけている。こういった進化人類学の観点から研究も、今後は大いに期待したいところだ。

もちろん、進化という観点からみたら、チンパンジーと AI にはさまれているのがヒトである。ヒトじたいもAIの進化に応じて変化していく可能性は高い。

言語を軸にした本質にかかわる考察は、人間の根本にかかわる問題である。そんな探求が、「オノマトペの幸(さきわ)う日本語世界」からでてきたことを言祝(ことほ)ぐべきだろう。

『言語の本質 ー ことばはどう生まれ、進化したか』のような、オリジナルな研究をもとにした、新書本にしてはきわめて内容の濃い本がベストセラーになるという現在の日本。すばらしいことではないか!




目 次 
はじめに
第1章 オノマトペとは何か
第2章 アイコン性―形式と意味の類似性
第3章 オノマトペは言語か
第4章 子どもの言語習得1 ー オノマトペ篇
第5章 言語の進化
第6章 子どもの言語習得2 ー アブダクション推論篇
第7章 ヒトと動物を分かつもの ー 推論と思考バイアス
終章 言語の本質 
あとがき
参考文献

共著者プロフィール
今井むつみ(いまい・むつみ)
1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。1994年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D取得。慶應義塾大学環境情報学部教授。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。
著書に『英語独習法』(岩波新書)、『学びとは何か』(岩波新書)、『算数文章題が解けない子どもたち ― ことば、思考の力と学力不振』(岩波書店、共著)、『ことばと思考』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房)、『言葉をおぼえるしくみ ― 母語から外国語まで』(ちくま学芸文庫、共著)など多数。

秋田喜美(あきた・きよみ)
2009年神戸大学大学院文化学研究科修了。博士(学術)取得。大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て、名古屋大学大学院人文学研究科准教授。専門は認知・心理言語学。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2023年12月24日日曜日

書評『何度でもリセット ー 元コンサル僧侶が教える 「会社軸」から「自分軸」へ転換する マインドセット』(安永雄彦、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023)ー 異色のキャリアをもつ変革リーダーによる自己啓発書

 


異色のキャリアをもつ変革リーダーによる自己啓発書だ。出版から即 amazon では「ベストセラー1位」である。 

著者の安永氏(・・安永師というべきかな)は、銀行員から「キャリアチェンジ」して、転職コンサルタントに転身し、その後エグゼグティブ・サーチ会社の経営者を経て、築地本願寺の改革に携わり、現在は京都の西本願寺の代表役員として本寺改革に従事されている方。 

浄土真宗の僧籍を取得したのは経営者時代で、通信教育を受講されたとのこと。お寺の出身ではない異色の僧侶であり、しかも組織変革リーダーとしてのキャリアは一貫している。 

じつは安永氏には、仏教界に転身する前のエグゼクティブ・サーチ時代に、個人的にお世話になっている。最終的にわたしが転職ではなく、独立を決意したのは、安永氏が背中を押してくれたからだ。 

その安永氏が、その後は築地本願寺の改革で実績をあげて、各種メディアで取り上げられていることは、ビジネスパーソンなら知っている人も少なくないだろう。 

ところが、ご縁をいただいた当時は、まさか、その後そんなキャリアチェンジをされるとは知るよしもなかった。しかも、拙著『言志四録 心を磨く言葉』につづいて、この12月におなじ出版社から新刊を出版されることを知った。それが本書『何度でもリセット』である。 

なんという「奇縁」であることか! しかも、京都府出身のわたしのほうは母方の祖母が西本願寺の「門徒」であり、父方の祖父が徳島で浄土宗のお寺にいたことこともあり、「凡夫」(ぼんぷ)として、浄土系仏教にはそれなりに通じている。その意味では「仏縁」というべきかもしれない。 

とはいえ、本書は仏教どころか、浄土真宗がらみの説法は、ほとんどないので心配無用だ。あくまでも仕事がアイデンティティにならざるをえない現代人のための人生論であり、キャリア論である。いや、それこそ現代人のための「法話」というべきか。 

「失敗・逆境・恐れこそ第二・第三のキャリアチャンス」と帯にある。まさにそのとおりだなと、数度にわたる自分自身の「リセット人生」を省みても実感する。 キャリアを「リセット」すると、それにともなって人間関係も「リセット」される。古い人脈が甦ることもある。

会社員として、このまま組織のままにとどまっていていいのか、そんな思いを抱いている人にすすめたい本だ。きっと一歩踏み出すため、背中を押してくれることだろう。 「リセット」は、けっして悪いことではない。

「キャリアチェンジ」というものは、一歩踏み出してしまえば、なんとかなるものだ。もちろん、それが山あり谷ありの、たとえ楽な道ではないにしても。 


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目 次 
はじめに 
第1章 仕事で自分をなくしていませんか? 
第2章 会社軸から自分軸を取り戻したイギリス時代 
第3章 「自分の軸」を見つける 
第4章 「自分の軸」を活かす 
第5章 「自分の軸」を守る 
第6章 失敗や逆境に負けない自分になる 
第7章 あるがままに「凡夫」として生きる 
おわりに 


著者プロフィール
安永雄彦(やすなが・ゆうひこ)
1954年東京生まれ、開成高校、慶応義塾大学経済学部卒業、ケンブリッジ大学大学院博士研究課程修了(経営学専攻)、三和銀行(現三菱UFJ銀行)、米系大手人材コンサルティング会社ラッセル・レイノルズ社を経て、経営幹部人材の人材サーチコンサルティング会社島本パートナーズ社長(現会長)。 2005年に得度し浄土真宗本願寺派僧侶となる。2015年7月より築地本願寺代表役員宗(しゅう)務(む)長(ちょう)として僧侶組織のトップとして法務に従事するとともに、寺院の運営管理や首都圏での個人を対象にした新しいかたちの伝道活動に従事し伝統寺院の改革を主導。2022年8月より京都の浄土真宗本願寺派本山である西本願寺の代表役員執行(しゅぎょう)長(ちょう)として本山の改革に従事中。グロービス経営大学院大学専任教授。経済同友会会員。元武蔵野大学学外理事(現顧問)。龍谷大学理事。 著書に、『日本型プロフェッショナルの条件』(ダイヤモンド社)、『築地本願寺の経営学』(東洋経済新報社)。 (出版社サイトより)


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2023年12月23日土曜日

書評『人類の起源 ー 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』(篠田謙一、中公新書、2022)ー 「古代ゲノム解析」によって「ホモ・サピエンスの拡散と集団の成立」を明らかにした最新成果の「中間報告」

 


「古代ゲノム解析」による「進化人類学」によって明らかにされた「ホモ・サピエンスの拡散と集団の成立」。本書の内容は、一言で要約すればこれがこうなる。可能としたのは「次世代シークエンサ」という技術である。

2022年2月に出版されたこの本は、そのおなじ年に進化遺伝学者のスヴァンテ・ペーボ博士がノーベル生理学・医学賞を受賞したことで、さらにはずみがついたといえよう。

わたしが購入した2022年12月25日付けの第9版には、「進化人類学の最新成果」と記された帯がつけられている。受賞が発表されたのは10月になってからだから、とくにことわりはなく、「はじめに」も加筆修正されているようだ。

ペーボ博士の受賞理由は「絶滅したヒト科動物のゲノムと人類の進化に関する発見」である。この研究こそ、「人類の起源」の研究を大きく前進させることになった。

「人類の起源」の解明は、20世紀までは、もっぱら人骨の収集とその分析が中心の「形質人類学」主流だった。ヒトゲノムの解明が完了し、古代人骨のゲノム解析技術も進化したの21世紀の現在は、データ分析による「進化人類学」が中心になっている。

本書は、その最前線のレポートである。といっても、執筆された2021年時点での最新成果をもとにしたものであり、著者はあくまでも「中間報告」のようなものだと断っている。科学者として誠実な態度である。

「進化人類学」という学問は、それこそ日々進化をつづけている。あらたな発見によって、その時点での「定説」がひっくり返される可能性も秘めた「最先端の科学」なのだ。



■「人類の起源」にかんする最新の「定説」を活字で読む

著者の篠田氏は、国立科学博物館の館長。予算の削減で維持が困難になっている状況を訴えて、クラウドファンディングによって資金調達に成功したことは、大きくニュースにとりあげられている。

そのためもあるのだろう、積極的にYouTubeを含めたメディアに登場して、進化人類学の立場からみた人類の起源や、日本人の起源について語っている。最先端の学問の最新成果を国民向けに啓蒙していただく姿勢がすばらしい。その成果が、クラウドファンディングの成功につながったといえる。

篠田氏が語る「人類の起源」や「日本人の起源」にかんする内容は、視聴していて驚くことが多いだけでなく、縄文人や弥生人の二重構造説など、「常識」となっている固定観念にゆさぶりをかけ、日本人の認識を変える必要さえ迫ってくるものがある。




もちろん、本書もまた同様である。動画を視聴して知った事実を、体系的に整理して理解することができることが大きい。

自然科学の研究成果が論文という形で発表される以上、大量の研究論文を踏まえて執筆された一般書である本書を読めば、結論だけでなく推論のプロセスや、なにがミッシングリンクになっているのかなど、知ることができるのは活字の強みである。

ただし、読んでいるとやたらカタカナが多いので、ちょっと目がくらくらするような気がしなくもない。似たような学術用語や固有名詞がたくさんでてくるので、読んでいても間違わないようにしないといけない。慣れてくると問題はないのだが。



■ホモ・サピエンスの拡散と集団の成立

「人類の起源」について語った本書は、正確にいえば「ホモ・サピエンスの拡散と集団の成立」ということになる。

アフリカで生まれた「人類」が、淘汰の結果としてホモ・サピエンスだけが生き残りアフリカをでて中東に至り、西はヨーロッパへ、東はユーラシア大陸に拡散していく「グレートジャーニー」という大いなる旅路。

旅路はユーラシア大陸で終わらずに、アメリカ大陸の南端に到達するまでつづいていく。それがグレートジャーニーの本線だ。

ただし、ユーラシア大陸内では中東からインドを経由して東南アジアから東アジアに北上する幹線と、シベリアを東に進む幹線の2本の大きなルートが並行していた。ユーラシア大陸の東端で両者はつながり、アラスカを経てアメリカ大陸へとつづいていく。



日本人読者が知りたいのは、なんといっても「第6章 日本列島集団の起源 ー 本土・琉球列島・北海道」であろう。

だが、すぐに読みたいというはやる心を抑えて、第1章からシークエンシャルに読んだほうがいい。というのは、「人類史」全体のなかの「日本人」の位置づけを知るためには、「本線」であるグレートジャーニー全体の流れのなかで見たほうがいいからだ。

グレートジャーニー全体のなかでは、日本列島はあくまでも「途中下車」のポイントであり、しかも「支線の終着駅」でもあったからだ。「支線の終着駅」というにかんしては西ヨーロッパと似ている。ともに吹きだまりなのだ。

つぎからつぎへとやってくるヒトはいても、そこから出ていくヒトはいない孤島としての日本列島。その日本列島でさえ、本州と九州・四国をあわせた中心部と、北海道と沖縄は異なるものとして考えなくてはならない。日本列島でさえゲノムの点からすれば多様性に満ちた地域なのだ。

定住することでゲノム的には純度が増していた「縄文人」(・・といっても、地域による多様性がある)、その後、半島や大陸からやってきたヒトと交雑してできあがった「弥生人」さらなる交雑がすすんだ古墳時代以降は、現代の日本人と近いゲノム構成を示している。

日本列島にかんする記述は、全体のなかの1章に過ぎないので物足りないものを感じるが、グレートジャーニー全体のなかに位置づけると見えてくるものもある。そのことが重要だ。

「人種」や「民族」などというカテゴリーは、「人類」のゲノムが 99.9% 共通(!)しているという事実を前にするとかすんでしまう。たとえ見た目は違っても、異なることばをしゃべっていても、その違いはゲノムの 0.01% の反映でしかないのだ。

そう考えれば、20世紀前半に猛威を振るった「人種」なる概念が、もはや自然科学で取り上げられなくなっているのは当然だろう。「人種」は、すでに疑似科学でしかないのだ。

「民族」もまた概念としてはあやういものをもっているが、「固有の言語と文化いう共通性をもった集団」であると定義するならば、すくなくとも「少数民族」についてはあてはまる概念ではある。ただし、言語分布とゲノム分布がかならずしも一致しないこともまた事実である。

「日本人」というカテゴリーもまた再考を迫られている。日本国民が地域性を反映した多様性に満ちた存在であることは、現在では当たり前の事実だが、文化面だけではなくゲノム面でもその違いが明らかにされつつある。

だが、それだけではない。政治的な理由による難民の発生や、経済的な機会を求めての、地球規模でのヒトの移動にともない、「交雑」の機会は数量的に増大する傾向にある。

これは世界全体で進行している現象だ。日本もまた例外ではない。100年後の「人類」は、現在とは異なるものに「進化」している可能性も高い。

「日本人の起源」を知るためには「人類の起源」を知ることが必要となるだけでなく、「人類の起源」を知ることは、「日本人の起源」について知ることにダイレクトにつながってくる。

だからこそ、つねに「人類」という視野のもとに、ものを考えることが必要なのである。

『人類の起源 ー 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』は、そんなことを考えさせてくれる好著である。

 



目 次
はじめに
第1章 人類の登場 ー ホモ・サピエンス前史
 1 人類の起源をどう考えるか
 2 人類の進化史
 <コラム1 脳容積の変化と社会構造> 
第2章 私たちの「隠れた祖先」ー ネアンデルタール人とデニソワ人 
 1 ゲノムが明らかにした人類の「親戚関係」
 2 ネアンデルタール人のDNA
 3 謎多きデニソワ人の正体
 4 ホモ・サピエンス誕生のシナリオ
 <コラム2 DNA・遺伝子・ゲノム>
第3章 「人類揺籃の地」アフリカ ー 初期サピエンス集団の形成と拡散
 1 「最初のホモ・サピエンス」から出アフリカまで
 2 アフリカ内部での人類移動
 3 農耕民と牧畜民の起源
第4章 ヨーロッパへの進出 ー 「ユーラシア基層集団」の東西分岐 
 1 出アフリカ後の展開
 2 ユーラシア大陸へ
 3 ヨーロッパ集団の出現
 4 農耕・牧畜はいかに広がったか
 5 現代に続くヨーロッパ人の遺伝子変異
 <コラム3 最古のイギリス人の肖像>
第5章 アジア集団の成立 ー 極東への「グレート・ジャーニー」 
 1 「アジア集団」とは何か
 2 南・東南アジア集団の多様性
 3 南太平洋・オセアニアへ
 4 東アジア集団の成立
第6章 日本列島集団の起源 ー 本土・琉球列島・北海道
 1 日本人のルーツ
 2 琉球列島集団
 3 北海道集団
 <コラム4 倭国大乱を示す人骨の証拠>
 第7章 「新大陸」アメリカへ ー 人類最後の旅
 1 「最初のアメリカ人」論争
 2 アメリカ先住民の祖先集団
 <コラム5 ヴァンパイアのDNA>
終章 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか ー 古代ゲノム研究の意義 
おわりに
参考文献

著者プロフィール
篠田謙一(しのだ・けんいち)
1955年生まれ。京都大学理学部卒業。博士(医学)。佐賀医科大学助教授を経て、現在、国立科学博物館館長。専門は分子人類学。著書に『日本人になった祖先たちーDNAから解明する多元的構造』(NHK出版、2007、新版2019)、『DNAで語る日本人起源論』(岩波書店、2015)、『江戸の骨は語るー甦った宣教師シドッチのDNA』(岩波書店、2018)。その他編著多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

・・縄文人の化石からのゲノム解析から見えてきたもの、弥生人と古墳時代人のDNA構成の違い。知的に刺激されること間違いなし 



(2023年12月26日 情報追加)


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