2026年9月23日水曜日

映画『利休』(1989年、日本)― 「バブル時代」と「桃山時代」の同時代性が生み出したアート系伝記映画。利休自刃に到るラストシーンに秀吉の末路だけでなく、暴走の末に崩壊へと向かうバブルの予兆を見るのは、うがち過ぎというべきか?

(DVDよりスクショ 以下同様)


 昨日(2026年9月22日)のことだが、映画『利休』(1989年、日本)を DVD で視聴した。 リアルタイムでは見ていないので、公開から37年目に初めて視聴したことになる。 

「バブル時代」の1989年の自分は、あまりにも多忙で、かつ心身ともに多難な年であった。この映画の存在を知らなかったのかどうか、それすら記憶にない。 

利休とは千利休のことだ。茶の湯を大成し、のちの茶道につながる道をつくあげた人物である。 

その利休を主人公にして、利休が側近として仕えた秀吉、そして秀吉の弟である秀次や石田三成など周辺の人物たちがからみあい、利休の死に到るまでの10年間を描いた、アート系の伝記映画である。 

原作は、野上彌生子の『利休と秀吉』だそうだ。この映画は、利休と秀吉という、まさに極めつけの個性の持ち主だった「ルネサンス人」たちの葛藤劇というべきだろう。 




生け花の草月流の第三代家元の監督のもと、利休を演じる三國連太郎と秀吉を演じる山崎努などの名優たちや、美術や音楽には当時を代表するようなアーチストが多数参加している。 

音楽はあるが、ナレーションによる説明も解説もまったくない映画なので、ある程度の背景知識がないと、この映画を読み解くのは難しい。 

もし公開当時に見ていたとしても、茶道の心得があるわけでもない自分は、よく理解できないで終わったことだろうな、と。 



■「天下人」と「天下一の宗匠」 

利休がその美意識を完成させたのが、信長のあとを継いで天下一統を完成し、「天下人」(てんかびと)となった秀吉の茶頭、すなわち「ナンバーワンの茶人」として仕えた10年間のことである。 

「天下人」の秀吉、「天下一の宗匠」と呼ばれるようになった利休。政治とアートの両輪で回っていたのが、16世紀後半の「桃山時代」の日本である。時代は中世から近世への移行期であった。その点で、本家本元のイタリア・ルネサンスとよく似ている。

戦国時代という「下克上革命」によって農民から成り上がり、新興勢力の代表として権力を握った秀吉は、天皇という既存の権威を巧みにあやつりながら、みずからの権力の地盤固めを行う。そして、その秀吉のパートナーであったのは、自由港であった堺に生まれ育った町人出身の利休。

 戦国武将としてだけでなく、派手好みで発想は自由奔放、しかも独自の美意識をもっていた秀吉。「茶の湯」をアートとして極限まで突き詰め、「日本的美意識」をつくりだした利休。 


(茶室に一輪の朝顔 利休の美意識 映画より)


利休と秀吉は、ともにみずから茶を点て、花を生ける人である。茶室には刀は持ち込めない。茶室では上下関係なくみな平等であり、主客が入れ替わることも可能である。これが茶の湯の本質なのであろう。 茶室という空間において、主客は対等な関係としてパートナーを組むことが可能だったのだ。


(茶室で対面する利休と秀吉 映画より)


日本の「ルネサンス時代」というべき「桃山時代」に登場した、天才ふたりの協同と美意識と政治意識をめぐる葛藤。そして、側近として仕えた秀吉とのあいだで、ついに埋まることのなかった溝が、最終的に利休を死に追いやることになる。

 「天下人」と「天下一の宗匠」であった二人。天才は天才を知り、ともに天才であるがゆえに互いを評価しあったわけだが、ともに天才であるがゆえに最終的に相容れなかったのであろう。 



■余韻あるラストスシーンと意図せず重なり合う2つの時代 

信長時代の末期から始まり、秀吉との密接な関係の10年間の日々。利休が秀吉に詫びを乞うことなく運命を受け止め自刃へと向かうのは、利休の矜恃というべきであろう。

竹林のなかを歩み去って行く利休。余韻の残るラストシーンである。だが、この映画では腹を切り、介錯人によって首が切り落とされるシーンは描かれない。勅使河原宏監督の美意識は、映画『憂国』の原作者であり、監督も主演もした三島由紀夫の美意識とは異なるのであろう。 




「利休の最期」というと、どうしても岡倉天心の『茶の本』(The Book of Tea)の最終章 Ⅶ.  Tea Masters における、死を前にした利休(Rikiu)の茶会と弟子たちとの別れ、自刃にまつわるの美しい文章を想起してしまう。だが、天心の文章は創作にもとづくフィクションであり、史実とは異なるようだ。 

もちろん、利休の生涯についても、残された史料の制約もあって、そのすべてが明らかになっているわけではない。「利休の最期」についても、クリエーターがイマジネーションを働かせる余地が多いのである。 

公開37年目にして初めてこの映画を見ていて思ったのは、まさに「バブル時代」のまっただ中に製作され公開されたこの作品が、「バブル崩壊」を暗示しているかのように思われることだ。

 秀吉との意識の乖離が、諌言を発して秀吉の不興を買うこととなり、最終的に利休の自刃に到るわけだが、その伏線にあるのは秀吉の弟でナンバー2であった秀次の病没である。 

「朝鮮出兵」へと突き進もうとする秀吉の暴走を止めるストッパーが不在となったのである。利休も自刃を余儀なくされた。その果てに待っているのは、豊臣氏の滅亡である。もちろん当事者の関知するところではなかっただろうが。 

利休の死によって「日本のルネサンス時代」は終焉へと向かい、「バブル時代の日本」もまた暴走の末に自壊へと向かっていく。 

前者の背景にあった「第1次グローバリゼーション」も終焉へと向かい、後者の背景にあった「第3次グローバリゼーション」も暴走の末に終焉に向かうことになる。「バブル崩壊後の日本」は、グローバリゼーションの終焉を先取りしていたといえようか。 

監督や制作陣の意図には関係なく、「桃山時代」と「バブル時代」という2つの時代が重なりあって見えてしまうのは、後の世に生きる者だけがもつ視線というべきか。 



■「桃山時代」と違って「バブル時代」はなにも生み出さなかった? 

「桃山時代」は、その後の時代につながるような文化を生み出したが、「バブル時代」は狂乱の時代であり、なにものも生み出さずに泡のように弾け散った。 

「バブル時代」が終わっことが確認されてからしばらく、そんな言説が当たり前のように語られていたことを思い出す。バブル時代はあだ花を咲かせて終わったのだ、と。 

だが、はたして「バブル時代」は現在につながるような文化を生み出さなかったのかどうか、いろいろ検証してみることが必要だろう。時間が立たないと見えてこないものがあるからだ。ポップカルチャーの世界では、それこそ枚挙に暇(いとま)がないないにではないか?

 映画『利休』を視聴して、そんなことを考えた。 



(画像をクリック!)

(画像をクリック!)



<参考文献>

その他



<ブログ内関連記事>

・・経営と文学、政治とアート、それが同一人物が名なうことの困難さ

・・秀吉の時代は「第2次グローバリゼーション」の時代。カトリックが全世界に布教を開始した時代

・・禅や生け花というハイカルチャー

・・伊藤左千夫は茶人でもあった

・・茶の湯が器である陶器づくりを促進。利休が反対した「朝鮮の役」で連れてこられた朝鮮の陶工たちは日本に定着することを選択


・・正座が日本全体に普及したのは明治時代以降


・・「わびさび」でも「武士道」でもないアートフルな日本


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2026年9月22日火曜日

書評『新しい教養としてのポップカルチャー マンガ、アニメ、ゲーム』(内藤理恵子、日本実業出版社、2022)― 宗教学者が読み解くポップカルチャー論が面白い

 

『新しい教養としてのポップカルチャー マンガ、アニメ、ゲーム』(内藤理恵子、日本実業出版社、2022)という本を読んだ。宗教学者が読み解く「ポップカルチャー15回連続講義」が面白い。 

1979年生まれでオタクの著者が、ドストエフスキーの作品や『ドン・キホーテ』などの文学作品や哲学者の著作を引き合いに出し、自分史の語りを織り交ぜて、「教養」としてのマンガ、アニメ、ゲームがもつ意味を解読する。アニメやゲームの世界観を理解したいから大学で哲学を専攻し、最終的に宗教学に進んだ著者ならではのものだと言っていいだろう。 

これらの分野は当然のことながら、個人レベルの好き嫌いがはっきりしている分野なので、独断と偏見は避けられないことは言うまでもない。自分が好きな作品なら、著者とは違う見解もあって当然だ。だから自分史をからませた記述が必要になる。

現在は、ポップカルチャーとハイカルチャーは相互浸透する状況にある。日本発のポップカルチャーが世界中に浸透している現状では、これは世界的な現象だといっていいだろう。すでにハイカルチャーと対(つい)になるのはサブカルではないのだ。 

著者のいう「教養」とは、大上段に振りかぶったものではない。古典的な意味での「教養」でもない。 ポップカルチャーに身を浸してきた人それぞれが、それによって生き方を学ぶ材料であり、さらには知的探求の出発点となるものだと言っていいだろう。

1962年生まれで、物心ついた頃からTVアニメにどっぷり浸かって自己形成した「第一世代」であるわたしには、十分に納得のいく見解である。 「新人類」とレッテル貼りされた世代である。


■「異世界転生もの」アニメがなぜ流行るのか? 

1979年生まれということは、大学卒業時点でバブル崩壊後の1991年、就活がうまくいかずに大学院進学しても依然として就職状況は厳しかった世代である。

つまり、著者は「就職氷河期世代」世代であることを意味している。著者自身もそうとうな苦労を経てきたようだ。 

そんな著者だからこそ、「第2部/アニメ」の「第9回講義 就職氷河期の救済は異世界転生モノにしかない?」は説得力のあるものになっている。

わたし自身は「異世界転生もの」には食指が動かないのだが、なぜ「就職氷河期世代」がはまってしまうのか、ようやく理解できた。 

そうか、「救済」なのだな、と。現実世界(=現世)ではまったく報われることのない状況から脱するため、モニターの先の異世界(=来世)に転生して、楽園で報われることに希望をつなぐ。そんな心情の反映なのか。 

宗教学者の著者が指摘するように、マンガやアニメの作者が意識しているか無意識なのかは別にして、中世に爆発的に流行した「浄土思想」がベースにあるようだ。現世を「厭離穢土」(おんりえど)とみなす世界観である。現実世界があまりに過酷なので、汚れた現世からら脱出して空想世界に逃避したいという願望。

21世紀前後の日本では、バーチャルとしての「浄土」がリアリティをもつようになったのか?  もちろん、それは「浄土」というより「楽園」というべきかもしれないが。

著者は言及していないが、「異世界転生もの」が発信地である日本に限らず、世界中に熱烈なファンがいるということは、いまの若い世代が置かれている状況とかれらの心情が反映しているのかもしれない。 

このほか、さまざまな角度から解読が試みられたこの本は面白い。「コロナ時代」の2022年に出版されたものだけに、VRゲームに没入することでやり過ごした著者の考察はさらに深まったようだ。 


■「教養」のあり方が時代とともに進化していくのは当たり前

マンガ、アニメ、ゲームにかんしては、さまざまな論者が、さまざまな角度から分析を行ってきた。専門家でもない限り、あまりにも多すぎてとてもフォローしきれるものではない。

本書のような宗教学者によるアプローチが面白いのは、マンガ、アニメ、ゲームがメインストリームになった時代における「教養」のあり方が、それ以前とは変化していることへの理解があるからだ。

そもそも、バーチャルでフィクションな「虚構世界」とリアルで日常そのものの「現実世界」を往還することでライフを活性化してきたのが人類であり、それは全世界的に共通するものである。

そのあり方が、活字が「教養」の中心であった時代、つまりマンガ、アニメ、ゲームそれぞれの誕生以前、そしてマンガ、アニメ、ゲームそれぞれの生成発展から爆発的成長以降で異なるのである。それにともない「教養」のあり方も変化し、進化していくのも当然というべきなのだ。 

さらにいえば、日本が発信源であるマンガやアニメは、スピリチュアルなものとの親和性が高い。 大正時代から始まった「教養主義」が、1970年代に死に絶えたことは当然といえば当然だろう。1980年代以降は「精神世界」に取って代わられ、1995年の「オウム事件」以降はさらに混迷を深めていく。若者のあいだで「教養」への渇望が生じてきたが、先行世代はあるべき「教養」の姿を示し切れていない。

時代の変化は、テクノロジーの変化をともなう。「教養」のあり方が変化するのも当然であり、今後もさらに「変化」、いや「進化」していくと考えるべきなのだ。これは日本に限らず、世界的な現象と考えるべきである。

バーチャルでフィクションな「虚構世界」そのものであるマンガ、アニメ、ゲームとの接触が出発点となって、「活字」の世界に踏み分けていく。そしてフィクションとリアルの往還を行いながら知的探求を行っていく。そんなループを描く知的活動こそ、著者のいう「新・教養主義」ということなのだろう。

とはいえ、あえて「新・教養主義」を提唱する必要もないとは思うのだが・・・ それほど「旧・教養主義」論者たちが、いまだにアカデミアの世界には跋扈(ばっこ)しているということなのかな?



(画像をクリック!)


目 次
はじめに 
第1部/マンガ 第1講~第5講 
第2部/アニメ  第6講~第10講
第3部/ゲーム 第11講~第15講 
おわりに 
参考文献と作品

著者プロフィール
内藤理恵子(ないとう・りえこ) 
1979年、愛知県に生まれる。宗教学者、ゲーム開発者、イラストレーター。南山大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了、博士 (宗教思想)。南山大学客員研究員(宗教文化研究所非常勤研究員)。善通寺勧学院専門研究員。日本ペンクラブ会員。著書多数。(Wikipedia情報を編集)



<ブログ内関連記事>


・・「教養主義」は1970年代に消滅、1980年代以降は「精神世界」がそれにとって変わった

・・日本のマンガやアニメに体現されたスピリチュアルな心性に世界中が惹かれるようになってきた



・・とはいえ、依然として浄土真宗が日本最大の仏教宗派である理由はなぜか?

・・ポップカルチャーとハイカルチャーの垣根は低くなってきた



(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2026年9月19日土曜日

アニメ『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』がじつにいい。ラブコメであり仕事ものでもあるこのアニメは大人が楽しめるヒューマンドラマだ(2026年9月19日)

 (タイトルページと第1話より)


『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』というアニメがいい。すごく気に入っている。2026年7月から始まって、現在は11話まで公開中。  

TVerでTBSのドラマ『VIVIANT』を視聴していると、毎回CMにでてくるのですごく気になっていた。『VIVANT』第2シーズンの前半が終わったこともあり、今週になってから検索してみると、ABEMA で全話が無料視聴できることがわかった。さっそく視聴してみたら、すっかりはまってしまったのだ。


 (PV第1弾)


職場の激務で疲れて社畜化している40歳台半ばの営業マンと、接客業という感情労働に疲れている24歳のスーパのレジ打ち店員の女性。いずれもストレスフルな仕事ライフである。

憩いの手段である喫煙がままならない世の中。そんな状況になって肩身の思いをしている男女が、スーパーのバックヤードに設けられた喫煙場所で出会うことになるという設定。本当の自分、素の自分を出すことができる「場」である。もちろん、それぞれの内面は、また別であるが。

すれ違い系のラブコメなわけだが、仕事ものアニメでもあり、いまという時代の空気感を感じさせる秀逸な設定だ。 


(韓国では Netflix Korea が字幕つきで配信中)
(このトレーラーはPV第2弾)


わたし自身はタバコは吸わないが、組織に帰属していた元サラリーマンとして、喫煙者の気持ちがわからないわけではない。いまやマイノリティとなった喫煙者どうしの連帯感は、ある意味ではうらやましい(?)と感じることすらある。 

どんどん続けて見たくなってしまうので、禁欲的に1日2本、もとい2話に限定していたが、第7話から第10話までつづけて見てしまった。それくらい面白いのだ。嗜好品のなせるわざだな、中毒性があるということか(^_^;  と、書いてから最新の第11話を視聴。 


(公式サイト より)


いまのアニメは「異世界転生もの」ばかりで、正直いってあまり食指が動かないのだが、『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』は例外だ。

年の差20歳の独身男女の、恋人どうしではなく、友だちというわけでもないが、知り合い以上ではある、そんな微妙で不思議な関係性。人間関係の機微、人を大切に思う気持ちが描かれたこのアニメは、大人も楽しめるアニメとして大いにおすすめしたい。

次回の9月24日放送の第12話で最終回となる。深夜時間に放送されるTVアニメなので、TVer か ABEMA で翌日視聴することにしよう。これを書いていてわかったが、 amazon prime でも視聴できるようだ。ただし、最新話がアップされるのが遅いのは難点だな。

最終話がどういう形で終わるのか、これを書いている現時点では「予告編」しか見てないのでわからないが、マンガが原作のこのアニメは、ぜひ「第2シーズン」につながることを期待している。

アニメ版はもちろんいいが、原作のマンガも面白い。アニメ版には省略されているエピソードもある。とりあえず kindle版で 3巻まで読んだ。

 
(原作のマンガ 画像をクリック!)



PS 最終話の第12話は、エンディングテーマが終わったあとにつづきがあるのだが、そこでの主人公のサラリーマン佐々木と田山の会話は、ぜんぶが息の合った声優ふたりのアドリブで、そのやりとりに絵をつけたのだ、と。いちおう第12話で終わりだが、その後につづくような余韻を残した演出であった。このアニメは声優たちの貢献もきわめて大きい。 (2026年9月27日 記す)




<ブログ内関連記事>


書評『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)ー その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」

書評『仕事マンガ!-52作品から学ぶキャリアデザイン』(梅崎 修、ナカニシヤ出版、2011)-映画や小説ではなくなぜ「仕事マンガ」にヒントがあるのか?





(2026年9月28日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2026年9月16日水曜日

生まれて初めて「オレンジ色の蛇」がでてくる夢を見た(2026年9月16日)― この夢はいいことだらけではないか!

 

生まれて初めて「オレンジ色の太くて長い蛇」がでてくる夢を見た。

けさのことだ。夢のなかでは蛇が怖かったが、まったく動きがなくおとなしい蛇だった。

風呂場から水があふれて部屋まで水浸しの状態で、廊下と部屋を区切る敷居の内側に横たわって右前方を向いている「オレンジ色の太くて大きな蛇」。横たわっているだけで動きがなかったが、蛇は蛇なので不安に駆られる。

水浸しの状態部屋からシャンプーを探しだし、バスタブの方にに気を取られているうちに「オレンジ色の蛇」は消えてしまったが、どこにいるかわからないので不安になる。

白くて太い蛇に色がついているような感じだった。

この夢は良いことの前兆かな!? たしか白い蛇なら金運につながるのだろうが・・・

検索して調べてみたら、「オレンジ色の蛇」がでてくる夢は、次のような特徴があるようだ。


●金運の上昇:思わ ぬ臨時収入や、収入アップにつながる良い知らせが届く可能性
●才能やアイデアの開花:発想力や創造性がとても豊かになっている時期なので、新しいアイデアが浮かびやすくなる
●エネルギーの充実:心身が快活になり、社交性や積極性が高まっている


いいことだらけではないか! こういう良い知らせは、素直に受け取ることにしたいものだ。



<ブログ内関連記事>



(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end