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アウトプット重視の英国の教育観とインプット重視の日本の教育観との違いを具体的に知る
言語教育、とくに
英国社会にとっての「国語」である英語教育に焦点をおいた、英国の教育システムとその具体的な内容について書かれた本である。
言語教育を専門として博士号を取得した著者が、英国企業で働く日本人ビジネスマンの配偶者とのあいだにもうけた
三人の息子たちの、ナーサリー(保育所)から大学までの経験を親の立場から観察し、考察した内容だから臨場感がある。
なお著者の配偶者は、英国のビジネス界で奮闘している日本人である。
『グローバル仕事術-ニッポン式ビジネスを変える-』 (山本 昇、明治書院、2008) で知る、グローバル企業においての「ボス」とのつきあい方 を参照。
同じ島国という性格をもつ英国と日本であるが、世界全体で通用するにいたった英語と、日本を中心に通用する日本語という違いのほかに、
英国の英語教育と日本の国語教育とでは、決定的な違いがあることに気づかせてくれる。
一言でいえば、
英国の教育は徹底的にアウトプット重視であることだ。
日本の教育は「学び」というインプット中心であるが、
英国はアウトプット中心であり、アウトプットのためのインプットが徹底している。これはアメリカも同じである。
英米においては、
まずはコトバの運用能力を築き上げることが基本中の基本なのだ。
著者自身はアメリカで高等教育も受けているが、事例は息子たちが受けた英国の教育が中心となる。本書を読んでいて印象的なのは、
英国ににおいては、アウトプット重視の姿勢は未就学児の段階から一貫しており、
「子どもは話すことによって学ぶ」という考えが根底に流れていることだ。
読むのも書くためであり、また書くのはしゃべるためでもある。これはきわめて理に適ったことである。その延長線上に自己表現やパフォーマンス力向上のための演劇も含まれるところが、日本の「国語」教育の範囲を超えているものがあると思わされるのである。
そして重要なことは、
聞くことは話すことのためにあるという考えだ。日本でもコーチングでのアクティブ・リスニング(=傾聴)の重要性が言われるようになってきたが、
英国ではすべてがアウトプット志向であることが、こういうったことからもうかがい知ることができるのである。
そしてこの能力は、より具体的に分類すれば、コミュニケーション能力、問題解決能力、チームワーキングとなる。つまりは日本でもビジネス社会で強調されている能力が、英国では学習の早い段階から身につけさせらるというわけだ。
個人が社会で生き抜いていくための言語運用を技術として捉えた思考であり、本書で見る限り、
かなり高度な教育を行っている。
しかも実践的だ。プラグマティズムは、英米に共通した特性であるといってよいだろう。
英米では、コトバのチカラを強化することをすべての核に据えた教育を行っているわけだが、これに日本人が得意であった(・・最近は弱体化しているようだが)行間を読む能力が掛け合わされば、まさに鬼に金棒であろう。
ただ、英米とひとくくりにはせず、英国と米国は教育にかんしては別個だと考えたほうがよさそうだ。英国は、
サッチャー政権時代の1988年に「教育改革」が行われた。それまでの労働党のものではなく、保守党による自由競争の考えが根底にある。この教育改革によって、いわゆる「古き良き英国」は消え去っていったようである。また、英国はあまりにも早い段階で専門を決めすぎであり、大学院段階で専門を確立する米国のリベラルアーツ教育との違いも印象に残る。
「国語」というコトバがやや気になるが、著者も本書で書いているように「母語」と置き換えてもかまわないようだ。それは、英国人にとっては英語であり(・・もちろん多少の留保は必要だが)、日本人にとっては日本語である。
このほか、
英国特有の制度である「ギャップイヤー」(・・大学入学前に一年間、さまざまな経験を積むことのできる制度)や、軍事教練、職業訓練など、英国にあって日本にはない制度にかんする記述も参考になる。
最後に、
「発信型」にかんする警告がおこなわれているが、これは要傾聴だ。英国社会は発信型ではあるが、言うべきこと言わない方がいいことは、英語話者である英国人には十分に理解されていても、英語を外国語として習得する外国人には、わからないことも多々ある。
日本で日本語をしゃべる際と同じことが、英国社会で英語でしゃべる際にもあるということだ。学校ではまったく教えていないが、日本人が英語でしゃべるにあたっては要注意事項といえるだろう。
読むときわめて得るものの多い本なので、詳細な目次を紹介しておきたい。ぜひ、一読をすすめたい本である。
目 次
はじめに
第一章 イギリスの学校に行く
-1. どういう学校を選ぶか
-2. 私立学校と公立学校
-3. 校長に決定権
-4. グラマースクールとコンプリヘンシブスクール
-5. めまぐるしく変わる教育制度
-6. 年々強化されるナショナルカリキュラム
第二章 統一試験から大学入試へ
-1. 各ステージでの統一試験とGCSE試験
-2. 「個性的」な大学入試
-3. 「ヨーロピアン・スタンダード」への道
第三章 何より重要な「国語」
-1. 熟達度別クラスは英流の成績で編成
-2. 英語の授業時間数と日本人の子どもの英語習得
第四章 まず、話す
-1. 幼児語を使わない
-2. ナショナルカリキュラムとその取り組み
-3. ディスカッションとディベート
-4. 明確に・流暢に・説得的に
第五章 小さいうちからどんどん読ませる
-1. シェイクスピアから実務文まで
-2. 内容について詳細に考える
-3. 読み方について語り合う
-4. 「批判的」に「詳しく」読む
第六章 幅広い「書く」教育
-1. 作文・物語・論文・新開記事まで
-2. さまざまな読み手を想定する
-3. 構成力をつける
-4. 表現方法の工夫
-5. 仕上げと見た目を整える
第七章 誰もが脚本家、俳優、批評家
-1. 全員参加で劇作り
-2. 表現の研究
-3. 他人の演技を批評する
-4. 演出の経験
第八章 教科書のない授業
-1. 教師が作る独自授業
-2. スタディスキルの重視
-3. チームワークが求められる課外活動
-4. 社会に根付いたチャリティ・ボランティア
-5. 親の強い関わり
第九華 人学入学前の訓練と日険
-1. ギャップイヤー制度とはどういうものか
-2. 学生軍事教練
-3. 職業体験
-4. 自分の将来を意識した大学のコース
第十章エリート教育の光と陰
-1. 階級社会の中での模索
-2. 競争社会の重圧-厳しい教師、学校へのインスペクション
-3. 重い教師の負担と厳しい待遇
-4. 多民族社会の軋轢(あつれき)
終わりに
参考文献
あとがき
著者プロフィール
山本麻子(やまもと・あさこ)
前橋市出身。1986年より家族と共に在英。現在レディング大学言語識字センターにて講師および研究調査官。専門は日本人の子どもの英語学習、日英両言語の同時学習、英国の国語教育。1992年レディング大学言語学科にて日本人児童の英語習得をテーマに博士号(PhD)取得。ボストン大学院英語教育修了、お茶の水女子大学大学院修了、津田塾大学卒(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
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