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2012年6月28日木曜日

『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』、いよいよ来週の7月3日以降、書店に配本予定です!



来たあ、来ました~!

出版社から「見本」が送られてきました。

拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』、いよいよ来週から書店に配本です。

来週月曜日(2012年7月2日)に、出版社から出版取次(=卸)に出荷されますので、書店の店頭に並ぶのは、早くても翌日の7月3日以降となります。

聞くところによると、日本全国には書店が 1万5千店あるそうです。ですから、よほど売れっ子の著者でない限り、全国津々浦々の書店に配本されるということは、ありえないわけなのですね。

初版部数をどれだけに設定するかというのは、まさに出版社にとっては大きな賭けであるという要素があります。

本というものは、おカネを出して買うものですが、図書館で借りたり、プレゼントとしてもらうこともああります。本というものは、著者にとっては書くものであり、書いた内容は知識や情報というデジタルなものだが、印刷されると手にとって触ることができるものです。
   
本というものは、出版社や書店にとっては「商品」であるわけですね。ですから、商品としての本をどう買って頂くかということは、関係者のぞれぞれにとって大きな課題であるわけです。もちろん著者にとっても・・・。
 
それが、おカネを媒介にした「流通」というものであり、「資本主義」というものなわけなのです。

でも、著者にとっては、本というものは、なんといっても伝えたい想いをいれた器なんですね。本はビーイクルでもあるわけです。ビーイクル(vehicle)とは乗り物のこと。思いを乗せた器は乗り物でもあるわけです。

アマゾンでは、まだ「なか見! 検索」ができないので、とりあえずは出版社の こう書房 のサイトをご覧ください。 
http://www.kou-shobo.co.jp/book/b102659.html 
「もくじ」 「はじめに」(全文) を読むことができます。

よろしくお願いします!






<ブログ内関連記事>

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法

書評 『脳を創る読書-なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか-』(酒井邦嘉、実業之日本社、2011)-「紙の本」と「電子書籍」については、うまい使い分けを考えたい






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2012年6月27日水曜日

「アート・スタンダード検定®」って、知ってますか?-ジャンル横断型でアートのリベラルアーツを身につける


「アート・スタンダード検定®」って、知ってますか?

「アート・スタンダード検定®」は、芸術(アート)全般にかんする基礎知識と教養の理解力を問う「検定」です。「アート・スタンダード検定」は登録商標です。

個別の分野だけでなく、芸術(アート)にふくまれる分野はすべて網羅しており、音楽・美術・演劇・舞踊だけでなく建築や工芸までふくんだ幅広い分野の基礎知識が、レベル1から5までの5段階で検定される仕組みになっています。

まだまだ知名度が高くないのは当然、2011年4月に玉川大学芸術学部で始まったばかりだからです。基本的に、芸術学部の学生が、自分の専攻分野以外の関連領域について、横断的に知ることが重要だという考えに基づいたものです。

ことし2012年の春に出版されたばかりの『アート・スタンダード検定®公式テキストブック』(玉川大学芸術学部編、玉川大学出版部、2012)には、項目数が500ありますが、ほんとにおどろくほど幅広く収録されています。

「レベル1」は大学入学前程度なので簡単ですが、さすがに芸術学部卒業レベルの「レベル5」になると、わたしも知らない項目が多いので、冷や汗がでますねえ・・・。芸術の基礎知識や基礎教養は、かなり奥が深いものがあります。

この公式テキストが面白いのは、芸術ジャンル別ではなく、50音順にすべての項目が並んでいることにあります。試験勉強用のテキストというよりも、芸術にかんする基礎用語事典みたいなつくりになっています。

現代美術の項目のつぎにクラシック音楽の項目があったり、ジャンルを横断して芸術分野のすべたがカバーされています。しかも、「レベル1」の項目のとなりに「レベル5」の項目があったりしますので、ついつい続けて読んでしまいます。  
       
そうなんです、芸術はすべての分野が、じつは連動しあっているのですね。音楽と美術は切り放して考えてはいけないのです。たとえば、バロック音楽とバロック美術は、おなじ文脈のなかで考える必要があるのです。その他の芸術分野も、それぞれがお互い密接に関連しあっているのです。

ネット検索があたりまえになってしまった現在、自分がいま調べている項目しか読まないことが当たり前になってしまってますが、あまり関係ない項目も一緒に読んだり、寄り道することはすごく重要です。そういう読み方をしていると、知識が関連づけられて文脈ができあがります。だからこそ、アナログの紙媒体のテキストに意味があるのです。

この構成は、じつはかなり考え尽くされたものであるようです。芸術にかんするリベラルアーツの実践を目的にしているようです。このテキストに書いてあることが全部アタマのなかに入っていたら「レベル5」です。それでも、大学4年終了程度なんですね。

世の中は「検定」ブームですが、いま全体でいくつの「検定」があるのかわからないほどです。しかし、意外とありそうでないのが、アートにかんする検定です。 「アート・スタンダード検定®」は、もっと広く知られていいんじゃないかなと思って、この機会に紹介いたしました。

芸術学部出身者の方だけでなく、一般のアート愛好家の方もご興味があれば、いちどぜひこのテキストの中身をのぞいてみてください。その価値は十分にあると思います。




目 次

アート・スタンダード検定公式テキスト(50音配列)

芸術関連専門事典・入門書一覧
文庫クセジュ(Collection QUE SAIS-JE ?)・芸術関係文献一覧
「知の再発見」双書・芸術関係文献一覧
玉川選書・芸術関係文献一覧


<ブログ内関連記事>

アートスタンダード検定 公式テキスト(玉川大学芸術学部 学生向け説明)

毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)にいってきた-多事多難な2011年を振り返り、勇気をもって乗り越えなくてはと思う

玉川大学の 「植物工場研究施設」と「宇宙農場ラボ」を見学させていただいた-一般的な「植物工場」との違いは光源がLEDであること!

東南アジア入門としての 『知らなくてもアジア-クイズで読む雑学・種本-』(アジアネットワーク、エヌエヌエー、2008)-「アジア」 とは 「東南アジア」 のことだ!

書評 『私が「白熱教室」で学んだこと-ボーディングスクールからハーバード・ビジネススクールまで-』(石角友愛、阪急コミュニケーションズ、2012)-「ハウツー」よりも「自分で考えるチカラ」こそ重要だ!



 
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2012年6月26日火曜日

お茶は飲むもの、食べるもの-ミャンマーのティーハウスと食べるお茶ラペットウ



(一番奥のラペットウとスナック2種の盛り合わせ 筆者撮影)

お茶は飲むもの、食べるもの。

いちばんはじめにミャンマーに行ったのは1996年の「ミャンマー観光年」(Visit Myanmar Year 1996-そんなのがあったのですよ!)でしたが、そのときはじめて、ミャンマーではお茶の葉は食べるためにあるということを知って、たいへん驚いたものです。

食べるお茶のことを、ラペットウといいます。

ただし、でがらしのお茶っ葉ではなく、お茶の葉を発酵させて辛くして食べるスナック菓子のようなもの。お茶の葉じたいがカフェインを含有しているので苦みがあり、大人のおつまみとしてはビールによく合うのではないかと思います。

ミャンマーではお茶といっしょに食べることが多く、物心ついた頃から食べているようですね。これは、わたしのミャンマー人の友人から聞きました。


もちろん、お茶は飲むものです。

さて、紅茶でも飲んで一服するかな。ミャンマーでは、もちろんお茶も飲みますよ。写真は、ミャンマー第二の都市マンダレーと首都ネーピードーの途中にあるティーハウス(Tea House)です。


(ティーハウスにて筆者撮影)

左上には、まるっこいビルマ文字(=ミャンマー文字)、お店のなかにいる人たちは、腰巻きのロンジー姿。テーブルのうえのポットのなかに入っているのはミルクティー

ミャンマーを代表する麺のモヒンガーや揚げパンなどの軽食もとれるので、日本の喫茶店に似ているかもしれませんね。

インドで茶の原木が発見されたアッサムは、ミャンマーからも近いのですが、それが喫茶の習慣につながっているのかどうかは、わかりません。ミャンマーで飲まれる紅茶がミルクティーであることから考えれば、植民地時代の英国の影響の名残でしょう。

インドでは小型の耐熱ガラスのコップでミルクティーを飲むことが多いですが、ミャンマーではティーカップで飲むことが多いのも、インドの影響というよりは、英国の影響とみるべき理由の一つだと思います。    

(同上)

わたしがはじめてミャンマーにいった1996年のことですが、宿泊した中級のホテルでは朝食はイングリッシュ・ブレックファストで、アフタヌーンティーもありましたから。

ミャンマーではいたるところにティーハウスがあり、ミルクティーは一般市民の飲み物として深く浸透しています。


■「ちゃぶ台」で食事

わたしは人類学者ではないですが、世界各地でいろんな方のお宅にお邪魔して食事をいただく機会をもっています。これはそんな一枚。



これも、「ミャンマー観光年」(1996年)の際に訪れたときのものですが、ミャンマーを代表する観光地ゴールデンロック近くの民家で撮影したネガフォルムをデジタル化したものです。

食事風景を写真に撮りたいと、ムリにお願いして一緒に写ってもらったものですが、男性二人がなんだか神妙な感じなのは、そんな理由があるからです(笑)。

おお、なんと、むかしなつかし「ちゃぶ台」ですね! わたしのヘアスタイルも、なんだか若い頃の秋篠宮様みたいな感じです(笑) 秋篠宮様は、ミャンマーではなく、タイやラオス派ですが。このように家庭内では、ちゃぶ台の前に車座で座って食べるのはふつうです。  

ミャンマー料理については、ミャンマー再遊記 (3) ミャンマー料理あれこれ・・・「油ギチギチ」にはワケがあった! とミャンマー再遊記 (4) ミャンマー・ビールとトロピカルフルーツなどなど をご参照ください。

ミャンマー料理は、とくに現地で食べるとじつに旨いですよ!    

ただし、調理法の関係から油ギチギチですので、食べ過ぎでお腹をこわさないように(笑)



<ブログ内関連記事> 

「ミャンマー再遊記」(2009年6月) 総目次 ・・記事が8本

「三度度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内 ・・記事が10本

3つの言語で偶然に一致する単語を発見した、という話
・・ナーメーというミャンマー語(=ビルマ語)は

書評 『紅茶スパイ-英国人プラントハンター中国をゆく-』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)-お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー

(2014年5月29日 情報追加)



 
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2012年6月25日月曜日

書評『紅茶スパイ ー 英国人プラントハンター中国をゆく』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)ー お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー


お茶の原木を探し求めたプラントハンターの執念のアドベンチャーを描いた歴史ノンフィクション

アメリカ人の女性ジャーナリストが書いた、英国と植民地インドと中国をめぐる歴史ノンフィクションである。

訳者が「あとがき」で書いているように、まさにこの歴史ノンフィクションの主人公である、スコットランド人プラント・ハンターのロバート・フォーチュンは、スピルバーグの娯楽映画超大作の主人公インディー・ジョーンズそのものだ。

ハリソン・フォードが演じるインディー・ジョーンズは考古学者という設定だが、ロバート・フォーチュンのほうはプラント・ハンターは植物学者である。ともに文字通りのフィールドに出て土をいじるという点は共通している。

しかも、インディ-・ジョーンズの第2作『魔宮の伝説』(1984年)は、上海から出発する設定であった。北京原人を発見した古生物学者のフランス人イエズス会司祭テイヤール・ド・シャルダンがモデルなのか、それとも英国の居留地(=租界)のあった上海から出発したロバート・フォーチュンをモデルにしたのだろうか?

プラント・ハンターとは、有用な植物が無限の富を生み出していた19世紀という時代に、西洋にはない植物を求めて東洋世界の野山をかけめぐって収集につとめた「植物の狩人」たちのことである。

植物学者として植物分類学につうじて「いるだけでなく、園芸家としてじっさいに植物を栽培する技術をもち、しかもビジネスマンとしての嗅覚も備えた狩人たちであった。

大英帝国と東インド会社にとって、植物が生み出した富ははかりしれないのであった。キニーネもそうだし、この物語の主題のチャノキもまたそうである。つまり、有用な植物とその栽培技術は、知的財産であるというわけだ。

スコットランドに生まれて高学歴をもたないフォーチュンも、苦労のすえに園芸家として、また植物学者として身を立てた人だが、当時は輸出禁止であったチャノキ(=お茶の木)を中国に潜入して発見し、財産をつくりあげた人であった。そのなのとおり、多大な苦労をともなったのではあるがフォーチュン(=運)に恵まれ、しかもフォーチュン(=富)を獲得したというわけだ。

(フォーチュンの 『中国とインドの茶の産地への旅』(1847年)の扉見開き)

フォーチュンが末期の東インド会社から請け負ったミッションは、最高級のチャノキの苗とタネを中国国内でゲットし、内陸部の出身で茶の製法につじた中国人の茶職人を探し出して、これらをそっくりそのまま英国の植民地インドにもっていくというものであった。

英国人にとって必需品となっていたお茶の生産を中国からの輸入に頼るのではなく、植民地インドでの生産に代替させようといいうものであった。まさに、帝国主義的プロジェクトそのものであったといっていい。

多大な苦労というのは、アヘン戦争後に清国政府からは香港を割譲させ、上海に租界をつくった英国であったが、外国人が内地を自由に移動することまでは認められていなかったゆえの苦労である。しかも、太平天国の乱がすでに勃発していたのである。苦労というよりも冒険といったほうがいいのかもしれない。

なんと、フォーチュンはアタマの毛を剃って、かつらの弁髪をつけた変装で中国人のあいだに紛れ込んだというのだ。中国の通訳と荷物運びの苦力(クーリー)の二人をつれて。長身で鼻も高いスコットランド人であったが、なぜか変装はばれなかったという。なぜかについては、ぜひ本文を読んでみてほしい。     

そして重要なのは、ウォードの箱(=テラリウム)という技術イノベーションもあずかって大きなチカラがあったことだ。このイノベーションのおかげで、長い航路の旅にもかかわらず、精細なチャノキという植物を生きたまま枯らすことなく、中国からインドに移動させることに成功したのであった。

プラント・ハンターが大活躍した19世紀の大英帝国とアジアとの関係を知る上でも興味深い内容の歴史ノンフィクションである。大いに楽しんでいただきたいと思う。





目 次

プロローグ
第1章 一八四五年 中国のビン江
第2章 一八四八年一月十二日 イギリス東インド会社本社
第3章 一八四八年五月七日 ロンドン、チェルシー薬草園
第4章 一八四八年九月 上海から杭州へ
第5章 一八四八年十月 杭州寄りの浙江省
第6章 一八四八年十月 長江の緑茶工場
第7章 一八四八年十一月 安徽省にあるワンの実家
第8章 一八四九年一月 上海
第9章 一八四九年三月 カルカッタ植物園
第10章 一八四九年六月 インド北西州サハランプル植物園
第11章 一八四九年五月~六月 寧波から武夷山脈へ-大いなる茶の道
第12章 一八四九年七月 武夷山脈
第13章 一八四九年秋 上海
第14章 一八五一年二月 上海
第15章 一八五一年二月 上海
第16章 一八五一年五月 ヒマラヤ山麓
第17章 一八五二年 ロンドン、王立造兵廠
第18章 ヴィクトリア時代の人々にとっての紅茶
第19章 フォーチュン余話
謝辞
参考文献
訳者あとがき



著者プロフィール

サラ・ローズ(Sarah Rose)
ジャーナリスト・作家。シカゴ出身。ハーバード大学とシカゴ大学で学位を取得。数社の新聞社に勤務し、香港、マイアミ、ニューヨークで国際政治、経済、金融、ビジネスなどを担当した。現在は男性向け雑誌 Men's Journal、グルメ雑誌 Bon Appetite などに旅行と料理の記事を寄稿している。North American Travel Jounalists Association (北米旅行記者協会)の Grand Prize in Writing を受賞し、ニューヨーク芸術基金(NYFA)から研究助成金を授与された(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

築地誠子(つきじ・せいこ)翻訳家。東京都出身。東京外国語大学ロシア語科卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

アドベンチャー的色彩の濃厚な歴史ノンフィクションにしては、日本語の訳文がやや読みにくいのが難点。訳文にリズム感のある日本語にしてほしかったものだと思う。

経済学の知識が訳者にはあまりなさそうなので、訳語があまり適切でないものも散見される。最初から英語原書で読めばよかったかもしれない。ただし、英語の原書では、おそらく中国の地名や人名などの固有名詞を確定しにくいと思われるので、その意味では日本語訳がいいかもしれない。


紅茶と世界経済の関係にかんしては、『茶の世界史-緑茶の文化と紅茶の社会-』(角山栄、中公新書、1980)という経済社会史の名著がすでに日本にはあるので、こちらを読むことをつよくすすめたい。

この本は、前半は、英国に重点をおいた紅茶の世界史で、
後半は開国後の日本の輸出商品であった「緑茶」が世界市場で奮闘したものの紅茶に敗れ去った話。ただし、この本にはアッサムでのチャノキ発見の話はでていても、ロバート・フォーチュンによるチャノキを中国から持ち出した件については、まったく言及がない。

プラントハンターについては、『プラントハンター』(白幡洋三郎、講談社学術文庫、2005 単行本初版 1994)、フォーチュンの日本滞在記は、『幕末日本滞在記』(三宅馨訳、講談社学術文庫、1997 単行本初版 1969)後者は、翻訳がやや古くさいのが難点。

ウォードの箱の発明者キングトン・ウォードの著書も日本語訳されている。『植物巡礼-プラント・ハンターの回想』(塚谷裕一訳、岩波文庫、1999)。横組みで写真も豊富な回想録で、13章ではインドにおける茶の原木の探索の話が回想されている。この本もまた訳文が読みにくいのが難点だ。

また紅茶と砂糖が結びつくことで産業革命が起こった経済史については、書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!を参照したいただきたい。


<関連サイト>

・・著者自身が語るビデオも視聴可能

「プロが語る紅茶の世界」(YouTube)
・・原麻里子のグローバル・ビレッジ2012年2月15日放送)で、「ビジネスマンが語るタイ王国のいま」というわたしの話のあとで、一緒に出演した藤井敬子さんが「プロが伝授する紅茶の世界」というテーマで、語っています


(中国・上海にて中国茶の実演販売 筆者撮影)



(インド紅茶の最高級品ダージリン)



(トルコのイスタンブールにてカフェで飲むチャーイ 筆者撮影)


(リプトンのティーバッグで紅茶をロシア風にチャーイとして飲む)




<ブログ内関連記事>

お茶と中国、インド関連、ミャンマーの紅茶

岡倉天心の世界的影響力-人を動かすコトバのチカラについて-

「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた

タイのあれこれ (15) タイのお茶と中国国民党の残党

お茶は飲むもの、食べるもの-ミャンマーのティーハウスと食べるお茶ラペットウ

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)


大英帝国の興亡





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2012年6月24日日曜日

書評『ヤシガラ椀の外へ』(ベネディクト・アンダーソン、加藤剛訳、NTT出版、2009)-日本限定の自叙伝で名著 『想像の共同体』が生まれた背景を知る



名著『想像の共同体』の著者で東南アジア比較政治学者アンダーセンの日本限定の自叙伝

社会科学の古典的名著 『想像の共同体』で有名な、東南アジア比較政治学者ベネディクト・アンダーセンの「日本限定」の学問的自叙伝である。

タイトルの意味は、「大学や母国といった "ヤシガラ椀" の外に出よ」ということ。「ヤシガラ椀のなかの蛙」ということわざは、日本の「井の中の蛙」に似ているがニュアンスがやや異なるらしい。しかし、著者によれば、東南アジアのインドネシアとタイでは、ほぼ同じ意味の表現があるというのも興味深い。

この自叙伝が「日本限定」なのは、英語圏では学者が自伝を書くことはほとんどないため、英語で発表することは著者自身が望んでいないためだという。だから、オリジナルの原稿は英語であるが、日本語版だけが出版されたのである。

欧米では政治家はかならずメモワールを書き残すが、それは政治家にとっては「歴史に対する義務」であるとみなされているためである。学者による自叙伝が当たり前の日本語環境ではなかなか想像しにくいことだが、欧米においては学者はそうではないらしい。

弟子であり訳者でもある加藤氏と編集者に口説き落とされて、なんとか重い腰をあげて、日本の若い研究者のためになるとして英語で執筆したものであるという。日本語がよめる読者はじつに幸いだ。

「何かが違う、何かが変だという経験は、私たちの五感を普段よりも鋭くし、そして比較への思いを深めてくれる。実は、フィールドワークが、自分が来たところに戻ってからも意味がある理由は、ここにこそある。フィールドを通して観察と比較の習慣を身につけ、やがて自分の文化についても、「何かが違う、何かが変だ」と考え始めるように促され、あるいは強いられるようになるからだ。前提になるのは、注意深く観察し、絶え間なく比較し、そして人類学的距離を保つ、ということだ」(P.143)

比較による観察については、これほど明確に書かれたものはないのではないかと思われる一節である。

また、ナショナリズム論の名著『想像の共同体』が書かれた背景を明らかにしている箇所がじつに興味深い。先行するナショナリズム論の多くは、戦後英国に集まっていた左派のユダヤ系知識人によってなされたものが大半であったというのは、意外と知られてない話だろう。

アイルランド人の血を引く著者の大英帝国に対するつよい違和感国民統合の原理であるナショナリズムに対する一筋縄ではない思いが、ただたんに学問的な関心である以前にアイデンティティそのものに由来するものであることが理解される。

東南アジア、とくにインドネシアを中心にして、タイやフィリピンに知的な関心を抱いている読者にとっては、研究者以外もぜひ読んでおきたい内容の本だ。

繰り返すが、こんな内容の濃い学問的自叙伝を読める日本語読者は、じつに恵まれているのだ。日本語限定だからこそ書けた内容なのかもしれなからだ。


(ヒシャクとしてつかわれるヤシガラ椀 タイで筆者が購入)


<初出情報>

■amazon書評「名著『想像の共同体』の著者で東南アジア比較政治学者アンダーセンの日本限定の自叙伝」投稿掲載(2012年4月4日)

*再録にあたって大幅に書き直した





<書評への付記>

『想像の共同体』など

本来はインドネシア研究者であった著者は、スハルト体制のもと入国拒否となり、仕方なくタイやフィリピンとの比較研究を余儀なくされるが、しかしこれが名著を生み出すことにつながったのである。

訳者による補足もあわせて読むと、英国と米国の大学のあり方の違いなどインサイダー的な情報もじつに興味深く読むことができる。

この自叙伝を読んでいると、アンダーセンが受けたギリシャ語とラテン語の古典語教育がいかに大きな意味をもっているかがわかる。けっして現在の米国や日本の大学からはでてこない学者であることが理解されるのだ。そして、もはやでてこないであろうことも。

いまさらながらではあるが、ナショナリズム論の古典的名著、『想像の共同体』(Imagined Communities)について簡単にふれておこう。

すでに社会学の古典的名著として定着している『想像の共同体』は、内容をかいつまんで要約すれば、「国民」というものは自明の存在ではなく、構築されたものだということである。「国家」があるから「国民」があるわけではなく、「国家」という社会的機構に意味を与えるものが「想像された共同体」である「国民」なのだ。

これは日本にあてはめて考えてみればよく理解できることだろう。江戸幕府が倒れて明治維新体制が成立した時点に、「日本国民」が存在したわけではない。義務教育と徴兵制を実施し、日清戦争と日露戦争という二度の対外戦争をつじて、ようやく「国民」意識が形成されたのである。

こうして形成された日本国民であるが、しかしながら実体として「国民」が存在するわけではなく、あくまでも自らがそう思うからそうである過ぎないのだ。国家による国籍と国民意識がかならずしも一致しないのはそのためである。だから「国民国家」(nation-state)というのは、「国家」と「国民」の合成語なのである。

だからこそ、イスラームの少数派であるシーア派が過半を占めるイラクでは、宗派を越えた「国民国家」が定着しなかっただけでなく、アメリカによる軍事介入によって開いてしまった地獄の蓋は依然として完全に閉まることなく、現在に至るまで情勢が落ち着かない原因となっている。

むしろシーア派の中核国家であるイランの求心力がつよく、サッダーム・フセインのもとにおいても完成にはほど遠かったイラク国民の形成は、ふたたび振り出しに戻ってしまったわけである。   
         
あまりにもおおざっぱな説明であるが、『想像の共同体』(白石隆・白石さや訳、書籍工房早川、2007)については、ぜひ読んでほしいと思う。それがむずかしいのであれば、『新・現代歴史学の名著-普遍から多様へ-』(樺山紘一編、中公新書、2010)に、『想像の共同体』の翻訳者の一人であるインドネシア研究者の白石隆教授が『想像の共同体』について簡潔な紹介文を寄稿しているので、ご覧になっていただきたい。

米国のコーネル大学がなぜ、東南アジア研究の中心になっているのか、この自叙伝では書かれているが、アメリカにおける社会科学と政治の関係という観点からも興味深い。

コーネル大学には、日本の大企業からも東南アジア要員が研修生として送り込まれてきたことは、意外と知られていないようだ。



PS 岩波現代文庫から『越境を生きる ベネディクト・アンダーソン回想録』と改題したうえで文庫化!

たしかに、もとの『ヤシガラ椀の外へ』というタイトルでは、東南アジア通でなければわかりにくいだろう。『越境を生きる ベネディクト・アンダーソン回想録』のほうがいいかもしれない。(2023年4月24日 記す)





<ブログ内関連記事>

「恵方巻き」なんて、関西出身なのにウチではやったことがない!-「創られた伝統」についての考察-
・・おなじく英国の左派の歴史家ホブズボーム

日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)
・・英国のエリート大学のインサイダー情報

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009)
・・主にインドネシアの事例

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督
・・日本占領時代のジャワ捕虜収容所が舞台

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!

(2014年5月22日 情報追加)



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2012年6月23日土曜日

書評『ことばを鍛えるイギリスの学校 ー 国語教育で何ができるか』(山本麻子、岩波書店、2003)ー アウトプット重視の英国の教育観とは?



アウトプット重視の英国の教育観とインプット重視の日本の教育観との違いを具体的に知る

言語教育、とくに英国社会にとっての「国語」である英語教育に焦点をおいた、英国の教育システムとその具体的な内容について書かれた本である。

言語教育を専門として博士号を取得した著者が、英国企業で働く日本人ビジネスマンの配偶者とのあいだにもうけた三人の息子たちの、ナーサリー(保育所)から大学までの経験を親の立場から観察し、考察した内容だから臨場感がある。

なお著者の配偶者は、英国のビジネス界で奮闘している日本人である。『グローバル仕事術-ニッポン式ビジネスを変える-』 (山本 昇、明治書院、2008) で知る、グローバル企業においての「ボス」とのつきあい方 を参照。

同じ島国という性格をもつ英国と日本であるが、世界全体で通用するにいたった英語と、日本を中心に通用する日本語という違いのほかに、英国の英語教育と日本の国語教育とでは、決定的な違いがあることに気づかせてくれる。

一言でいえば、英国の教育は徹底的にアウトプット重視であることだ。

日本の教育は「学び」というインプット中心であるが、英国はアウトプット中心であり、アウトプットのためのインプットが徹底している。これはアメリカも同じである。

英米においては、まずはコトバの運用能力を築き上げることが基本中の基本なのだ。

著者自身はアメリカで高等教育も受けているが、事例は息子たちが受けた英国の教育が中心となる。本書を読んでいて印象的なのは、英国ににおいては、アウトプット重視の姿勢は未就学児の段階から一貫しており、「子どもは話すことによって学ぶ」という考えが根底に流れていることだ。

読むのも書くためであり、また書くのはしゃべるためでもある。これはきわめて理に適ったことである。その延長線上に自己表現やパフォーマンス力向上のための演劇も含まれるところが、日本の「国語」教育の範囲を超えているものがあると思わされるのである。

そして重要なことは、聞くことは話すことのためにあるという考えだ。日本でもコーチングでのアクティブ・リスニング(=傾聴)の重要性が言われるようになってきたが、英国ではすべてがアウトプット志向であることが、こういうったことからもうかがい知ることができるのである。

そしてこの能力は、より具体的に分類すれば、コミュニケーション能力、問題解決能力、チームワーキングとなる。つまりは日本でもビジネス社会で強調されている能力が、英国では学習の早い段階から身につけさせらるというわけだ。

個人が社会で生き抜いていくための言語運用を技術として捉えた思考であり、本書で見る限り、かなり高度な教育を行っている。しかも実践的だ。プラグマティズムは、英米に共通した特性であるといってよいだろう。

英米では、コトバのチカラを強化することをすべての核に据えた教育を行っているわけだが、これに日本人が得意であった(・・最近は弱体化しているようだが)行間を読む能力が掛け合わされば、まさに鬼に金棒であろう。

ただ、英米とひとくくりにはせず、英国と米国は教育にかんしては別個だと考えたほうがよさそうだ。英国は、サッチャー政権時代の1988年に「教育改革」が行われた。それまでの労働党のものではなく、保守党による自由競争の考えが根底にある。この教育改革によって、いわゆる「古き良き英国」は消え去っていったようである。また、英国はあまりにも早い段階で専門を決めすぎであり、大学院段階で専門を確立する米国のリベラルアーツ教育との違いも印象に残る。

「国語」というコトバがやや気になるが、著者も本書で書いているように「母語」と置き換えてもかまわないようだ。それは、英国人にとっては英語であり(・・もちろん多少の留保は必要だが)、日本人にとっては日本語である。

このほか、英国特有の制度である「ギャップイヤー」(・・大学入学前に一年間、さまざまな経験を積むことのできる制度)や、軍事教練、職業訓練など、英国にあって日本にはない制度にかんする記述も参考になる。

最後に、「発信型」にかんする警告がおこなわれているが、これは要傾聴だ。英国社会は発信型ではあるが、言うべきこと言わない方がいいことは、英語話者である英国人には十分に理解されていても、英語を外国語として習得する外国人には、わからないことも多々ある。

日本で日本語をしゃべる際と同じことが、英国社会で英語でしゃべる際にもあるということだ。学校ではまったく教えていないが、日本人が英語でしゃべるにあたっては要注意事項といえるだろう。

読むときわめて得るものの多い本なので、詳細な目次を紹介しておきたい。ぜひ、一読をすすめたい本である。



目 次

はじめに
第一章 イギリスの学校に行く
-1. どういう学校を選ぶか
-2. 私立学校と公立学校
-3. 校長に決定権
-4. グラマースクールとコンプリヘンシブスクール
-5. めまぐるしく変わる教育制度
-6. 年々強化されるナショナルカリキュラム
第二章 統一試験から大学入試へ
-1. 各ステージでの統一試験とGCSE試験
-2. 「個性的」な大学入試
-3. 「ヨーロピアン・スタンダード」への道
第三章 何より重要な「国語」
-1. 熟達度別クラスは英流の成績で編成
-2. 英語の授業時間数と日本人の子どもの英語習得
第四章 まず、話す
-1. 幼児語を使わない
-2. ナショナルカリキュラムとその取り組み
-3. ディスカッションとディベート 
-4. 明確に・流暢に・説得的に
第五章 小さいうちからどんどん読ませる
-1. シェイクスピアから実務文まで
-2. 内容について詳細に考える
-3. 読み方について語り合う
-4. 「批判的」に「詳しく」読む
第六章 幅広い「書く」教育
-1. 作文・物語・論文・新開記事まで
-2. さまざまな読み手を想定する
-3. 構成力をつける
-4. 表現方法の工夫
-5. 仕上げと見た目を整える
第七章 誰もが脚本家、俳優、批評家
-1. 全員参加で劇作り
-2. 表現の研究
-3. 他人の演技を批評する
-4. 演出の経験
第八章 教科書のない授業
-1. 教師が作る独自授業
-2. スタディスキルの重視
-3. チームワークが求められる課外活動
-4. 社会に根付いたチャリティ・ボランティア
-5. 親の強い関わり
第九華 人学入学前の訓練と日険
-1. ギャップイヤー制度とはどういうものか
-2. 学生軍事教練
-3. 職業体験
-4. 自分の将来を意識した大学のコース
第十章エリート教育の光と陰
-1. 階級社会の中での模索
-2. 競争社会の重圧-厳しい教師、学校へのインスペクション
-3. 重い教師の負担と厳しい待遇
-4. 多民族社会の軋轢(あつれき)
終わりに
参考文献
あとがき


著者プロフィール  

山本麻子(やまもと・あさこ)

前橋市出身。1986年より家族と共に在英。現在レディング大学言語識字センターにて講師および研究調査官。専門は日本人の子どもの英語学習、日英両言語の同時学習、英国の国語教育。1992年レディング大学言語学科にて日本人児童の英語習得をテーマに博士号(PhD)取得。ボストン大学院英語教育修了、お茶の水女子大学大学院修了、津田塾大学卒(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<ブログ内関連記事>

英国社会

『グローバル仕事術-ニッポン式ビジネスを変える-』 (山本 昇、明治書院、2008) で知る、グローバル企業においての「ボス」とのつきあい方

日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)
・・あわせて読んでいただきたいブログ記事

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた


言語技術

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)
・・アメリカのエリート教育

書評 『言葉でたたかう技術-日本的美質と雄弁力-』(加藤恭子、文藝春秋社、2010)
・・アメリカのエリート教育

書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)
・・スピーチ

書評 『思いが伝わる、心が動くスピーチの教科書-感動をつくる7つのプロセス-』(佐々木繁範、ダイヤモンド社、2012)-よいスピーチは事前の準備がカギ!

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)

書評 『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)


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2012年6月22日金曜日

書評『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)ー 知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である



面白い、じつに知的刺激に満ちた「大英帝国論」だ!

面白い、じつに知的刺激に富んだ「大英帝国論」である。『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)のことである。

ストーリーテリングの勝利といっていいだろう。導入から本文まで、構成とストーリー展開によって読ませる本である。

ところどころに引用される文学作品も、また意外な印象をもって「えっ!そうなの?」という気持ちにさせてくれる。まさか、大英帝国について書かれた本で、『風と共に去りぬ』の話を読むことになるとは!(・・ただし、映画ではなく原作のほうだが)。

大英帝国は、「アメリカ喪失」から始まったのである、と。そうか、たしかによくよく考えてみればそうだろろう。アメリカは、英国の植民地だったのだ。

アメリカ植民地の喪失という、まさにその時期に執筆されベストセラーになったのがギボンの『ローマ帝国衰亡史』であった。この事実からも、その当時の英国社会に満ちていた「空気」を感じることができる。英国は、はげしいアイデンティティ・クライシスを体験していたのだ。

世界史の教科書にも書いてあるとおり、アメリカ独立革命の思想的バックボーンは大陸の啓蒙主義であり、アメリカは独立戦争を戦うなかで、英国の宿敵であったカトリック国フランスと手を組んだのであった。プロテスタント国の英国に与えた衝撃は甚大なものがあったようだ。プロテスタント国 vs. カトリック国対立の図式はこのとき終わったからだ。

英国史の専門家は、アメリカ植民地喪失をはさんで、「第一次大英帝国」 と 「第二次大英帝国」というらしい。このふたつの大英帝国に断絶はないが、 植民地統治のあり方には大幅に改革が行われたというのが、本書のメインテーマである。

カリブ海の西インド諸島植民地で行われたサトウキビ栽培は、西アフリカからつれてこられた黒人奴隷に担われており、収穫したサトウキビから砂糖を精製するプロセスは消費地の英国で行われて「三角貿易」という経済システムが形成されていたことは、  書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!  を参照していただきたい。
     
アメリカ喪失後の「第二次大英帝国」においては、奴隷貿易の支配者から博愛主義の旗手へと転換し、ブルジョワジーをチカラを持ち始めたことから、東インド会社に代表される保護貿易から自由貿易への転換が推進されていく。そして、あらたな「三角貿易」は、英国=インド=中国で形成されるが、それはお茶が死活的な意味をもつようになったからだ。

わたしなりに整理すれば、大英帝国は、西インド諸島から東インド、すなわちカリブ海をふくんだ大西洋から、インド植民地を中心としたインド洋への大規模なシフトが行われたのである。

喪失した「アメリカ植民地」にかわって、大英帝国にとっての打ち出の小槌となったのは、あらたに版図に組み込んだインドである。いまや植民地のほぼすべてを喪失して大英帝国は存在しないが、この歴史の延長線上に、現在のわれわれは生きているのである。「見えないネットワーク」として大英帝国は、21世紀の現在でも生きているのだ。

それだけでなく、「目に見えるモノ」をつうじて、大英帝国は「現代文明」を形作っているのである。これは本書後半のテーマである、19世紀のヴィクトリア朝時代の大英帝国最盛期である。近代スポーツ、紅茶、博物館、ボーイスカウト・・・枚挙のいとまもないほど、多くのものがこの時期に生み出されて、大英帝国のネットワークをつうじて全世界に拡散していったのである。

しかも、後半のこのテーマにおいては、著者が得意な女性や少年といったテーマによって、ついつい男中心になりがちな大英帝国の歴史を、生活史を見る女性の目によって、立体化することに成功しているといえよう。

19世紀末の南アフリカにおけるボーア戦争や、オスマン帝国崩壊後のイラク王国成立にかんしても、植民地での戦争に参加した男性ではない、看護婦やそれ以外の形で現地におもむいた女性たちの視点がじつに新鮮な印象を受けるのだ。

『大英帝国衰亡史』を書いた保守派の論客・中西輝政氏のような男性の著者は、どうしても「衰退」に焦点を置きがちだが、女性の視点からみると、「衰退論」からは見えてこないべつの側面も見えてくる。

英国は、これまれの歴史のなかで、なんどもアイデンティティを再確認してきた国であることが本書を読むとよく理解できる。

その意味においては、第2次大戦後に植民地のほぼすべてを喪失した大英帝国、英国という島国にもどるうえで体験したアイデンティティ再確認について読みたいところであるが、それは400ページの本書では不可能な課題だろう。著者には、ぜひ本書の続きを取り扱った本を書いてほしいと思う。


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目 次

はじめに
第1章 アメリカ喪失
 -ローマ帝国の衰亡とアメリカ喪失
 -「イギリス人」だったアメリカ人
 -アメリカ喪失の教訓
第2章 連合王国と帝国再編
 -問い直される愛国心
 -スコットランド帝国という幻想
 -ジェラルド・オハラの青春
第3章 移民たちの帝国
 -アメリカ喪失と移民活動の再開
 -「帝国の時代」のカナダ移民
第4章 奴隷を解放する帝国
 -奴隷貿易の記憶
 -共犯者としての帝国
 -奴隷貿易廃止運動の諸相
 -よみがえる奴隷貿易の記憶
第5章 モノの帝国
 -紅茶の国民化-女性、家庭、そして帝国
 -巨大睡蓮と万博
 -モノたちを見せる帝国
第6章 女王陛下の大英帝国-女王・帝国・君主制
 -女王陛下の要請によりて
第7章 帝国は楽し
 -大英博物館はミステリーの宝庫
 -ゴードン将軍を救出せよ-観光と帝国
 -ミュージック・ホールで歌えば帝国も楽し!
第8章 女たちの大英帝国
 -女たちの居場所
 -帝国に旅立つ女たち
第9章 準備された衰退
 -女たちの南アフリカ戦争
 -子どもたちの堕落をくい止めよ!
 -日英同盟の顛末
第10章 帝国の遺産
 -イラクに迷う大英帝国
 -帝国の逆襲?
あとがき
参考文献
年表
主要人物略伝
索引



著者プロフィール


井野瀬久美惠(いのえ・くみえ)

1958年、愛知県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。甲南大学文学部教授。専門はイギリス近現代史、大英帝国史。兵庫県長期ビジョン委員会、大阪府河川整備委員会、朝日放送番組審議会などの委員を歴任。著書に『植民地経験のゆくえ』(人文書院、第19回青木なを賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

そもそも「連合王国」(UK:United Kingdom)とは何かについても、本書をよむとよく理解できる。
18世紀のはじめ、イングランドと合併したスコットランド、財政破綻の結果。しかしこの機会をうまく活用し、多大な血を流しながらも連合王国のなかで地歩を築くことに成功。
一方、イングランドの穀物供給基地となったアイルランドは、主食のじゃがいも飢饉で餓死者続出し、アイルランド人は大量にアメリカに流出、現在でも国外在住者のほうが圧倒的に多く、「遠隔地ナショナリズム」として反英闘争の資金を提供してきたのである。これはアメリカ理解にとっても重要なことだ。

このほか、読んで面白い本であることは間違いない。

同じ時代を扱った本に 『大英帝国-最盛期イギリスの社会史-』(長島伸一、講談社現代新書、1989)がある。

ヴィクトリア女王の時代の19世紀の100年を扱ったものだが、ナイチンゲールのいう「高度文明社会」を成立させた大英帝国の最盛期を、大衆社会化という視点から描いたものだ。

あわせて読むと、この時代のイメージをさらにふくらませることができるだろう。こちらは、男性の視点であり、より社会経済史に力点をおいた社会史であり生活史である。

紅茶やボーイスカウトなどについては、それぞれ個別の本もいろいろ出版されているので、それらを参照するといいだろう。



<ブログ内関連記事>

■大英帝国の興亡

書評『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

書評『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」


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