2025年8月10日日曜日

書評『日ソ戦争 ― 帝国日本最後の戦い』(麻田雅文、中公新書、2024)― 「中立条約」を無視したソ連軍が侵攻を開始、日本と全面戦争になったのは、長崎に原爆が投下される数時間前のことであった

 

1945年8月8日23時(日本時間)にソ連が日本に対して「宣戦布告」、翌日未明に「日ソ中立条約」を踏みにじってソ連軍が満洲に侵攻してきたのだ。 

長崎に原爆が投下されたのは午前11時02分ソ連軍の侵攻のあとのことになる。ソ連軍の侵攻は、戦争継続能力を失いつつあった日本にトドメを刺す行為であった。 原爆投下だけで日本が降伏したのではない。この論争はとりあえず脇においておこう。*

『誰が日本を降伏させたか 原爆投下、ソ連参戦、そして聖断』(千々石泰明、PHP新書、2025)は、米国は「コスト最小化」を目的として原爆を実戦に投入したものの、「日ソ中立条約」を結んでいた日本が、希望的観測からソ連に期待していた英米との仲介が、「ソ連参戦」によって無残にも打ち砕かれた万事休すと感じたことが、直接的にポツダム宣言受諾につながったという結論を、仮説的推論をもとに行っている。ただし、当時は日本だけでなく、米国も含めた世界中で、ラーゲリにかんするソ連の非道については認識されていなかったことは、割り引いて考える必要はある。(2025年8月21日 情報追加)


ソ連との全面戦争は、8月15日に日本がポツダム宣言を受諾したことを公表してなお終わることなく、8月22日になってようやく停戦が実現している。 その間には満洲国を壊滅させ、朝鮮半島北部を38度線まで占領、さらには南樺太と千島列島を占領するにまでいたった。北方領土はいまだに還ってこない。 

わずか2週間ばかりの戦争ではあった。双方あわせて285万人超の参加兵力が激突したわけだが、軍事的にもさることながら、第二次世界大戦以降の東アジア情勢を激変させることになったことは計り知れない意味をもつ。 

日本に敵対する勢力が跋扈(ばっこ)する大陸の情勢が「戦後80年」の現在2025年においてなお継続していること、いや情勢がふたび悪化しつつあることは、日本にとっては悪夢としかいいようのない現実だ。

だが、この2週間におよぶ「全面戦争」には、いまだに正式な名称がないのだという。『日ソ戦争 ― 帝国日本最後の戦い』(麻田雅文、中公新書、2024)によれば、ロシアでは「ソ日戦争」とよばれているのだという。  

この戦争を「日ソ戦争」として命名し、その全体像を概観した本書は、出版以来ベストセラーでロングセラーになっている。「日ソ戦争」という名称が、日本人のあいだでデファクトで定着することになるかもしれない。そう期待したい。 



■「日ソ戦争」において重要なファクターは戦後構想をめぐる「米ソ」の確執

さて、この本が出版されて購入したものの、しばらく積ん読のままとなっていたのは、満洲における戦いや、南樺太と千島列島における戦いもある程度まで知っているので、急いで読む必要はあるまいと思っていたからだ。 

ところが、実際に読んでみると、近代における日中露関係史を専門とする研究者の著書でありながら、米ソの確執が重要な要素として分析されていることに気がついた。 

当時の米国は、4期目に入っていたローズヴェルト大統領がソ連参戦をつよく希望していたが、スターリンはのらりくらりとその要求をかわしつづけていた。国土を荒廃させ、多大な人的被害をもたらした「独ソ戦」を、かたづけることが至上命題であったからだ。大国ソ連といえども二正面作戦はむずかしい。 

ローズヴェルトの死後、大統領に昇格したトルーマンは、ソ連参戦よりも原爆投下で日本を敗戦に追い込むことを選択する。ドイツ敗戦後の欧州情勢をみきわめるうちに、戦後統治にソ連を介入させない方向に舵を切ったのである。ポツダムでのスターリンとの接触でソ連の本質を理解するにいたったからだ。 

ソ連においても、独ソ戦で疲弊し厭戦気分が充満していたこともあり、日ソ戦に奮い立つという状況ではなかったらしい。だからこそ、スターリンは「日露戦争への復讐(!)」というストーリーをつくって、戦争の正当性を主張するしかなかったのである。

日本にとっては、原爆投下もソ連参戦も最悪だったと言わざるを得ないが、それでもなお米国による単独占領となったことは、不幸中の幸いであったと言わなくてはならないだろう。 

とはいえ、「ヤルタ秘密協定」において、ソ連が占領した千島列島の範囲を明確に示さなかったことは、「米国の過失」として日本人は知っておく必要がある。北方領土問題は一義的にソ連(ロシア)に非があるのは当然のことだが、米国にも責任があるのだ。 日本の頭越しに、米ソ両大国によって日本の運命が決められたのである。

米そ両大国による頭越しの交渉。聴いたことのあるフレーズではないか! いきなり平和な日常が破壊された衝撃。超大国によって頭越しに左右された戦後処理の不条理さ。

2022年に始まっていまなお終わらない「ウクライナ戦争」を重ね合わせて読むことも可能だろう。 いや、「ウクライナ戦争」によって、80年前の「日ソ戦争」は、あらためて日本人にとってはリアルなものとして、あらたな意味を帯びて再生しつつあると言えるかもしれない。






■新発見の史料も踏まえた最新研究であり読ませる文章

ソ連崩壊後、ソ連軍によって鹵獲(ろかく)された日本側の資料が、ようやく一部が閲覧可能となった。

本書は、そういった新資料やソ連側の公文書も踏まえたものでおり、史料のもつ限界があるものの、全体をとおして比較的公平な視点で記述されている。 

「日ソ戦争」がもたらした国際情勢の激変だけでなく、もちろん個々の戦闘の詳細にかんする軍事面の記述も充実している。 

在留日本人が被った多大な被害についても、その当時を回想した人びとのうち、満洲から命からがら引き揚げた森繁久彌や宝田明などの演劇人、赤塚不二夫のようなマンガ家、朝鮮から引き揚げた五木寛之のような文学者の文章も挿入し、読ませる工夫がされている。

(作家・新田次郎の配偶者あった藤原ていによるベストセラー『流れる星は生きている』への言及がないのは、ちょっと寂しいところだ。満洲から引き揚げた途中で朝鮮で足止めを食らった苦難の記録は、日本人必読だ) 

「日ソ戦争」と、それがもたらした現在につながる国際環境の激変の全体像を知るために、ぜひ本書を読むべきだと薦めたい。 



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目 次
はじめに 
第1章 開戦までの国家戦略 ― 日米ソの角逐 
 1 戦争を演出したアメリカ ― 大統領と米軍の思惑 
 2 打ち砕かれた日本の希望 ― ソ連のリアリズム 
第2章 満洲の蹂躙、関東軍の壊滅 
 1 開戦までの道程 ― 日ソの作戦計画と動員 
 2 ソ連軍の侵攻 ― 八月九日未明からの1ヵ月 
 3 在満日本人の苦難 
 4 北緯三八度線までの占領へ 
第3章 南樺太と千島列島への侵攻 
 1 国内最後の地上戦  ― 南樺太 
 2 日本の最北端での激戦 ― 占守島 
 3 岐路にあった北海道と北方領土 
 4 日ソ戦争の犠牲者たち 
第4章 日本の復讐を恐れたスターリン 
 1 対日包囲網の形成 
 2 シベリア抑留と物資搬出 
おわりに ―「自衛」でも「解放」でもなく 
あとがき 
註記/参考資料 
巻末史料 ヤルタ秘密協定草案/ヤルタ秘密協定 
日ソ戦争 関連年表 

著者プロフィール
麻田雅文(あさだ・まさふみ) 
1980年、東京都生まれ。20003年、学習院大学文学部史学科卒業。2020年、北海道大学大学院文学研究科博士課程単位取得後退学。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員、ジョージ・ワシントン大学客員研究員、岩手大学人文社会科学部准教授を経て、2025年より成城大学法学部教授。専攻は近現代の日中露関係史。著書『中東鉄道経営史―ロシアと「満洲」1896~1935』(名古屋大学出版会、2012年/第8回樫山純三賞受賞)ほか。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)


PS あわえてよむべき


原爆投下よりも、ソ連参戦がポツダム宣言受諾につながったとする見解を、仮説推論によって打ち出したのが『誰が日本を降伏させたか 原爆投下、ソ連参戦、そして聖断』(千々石泰明、PHP新書、2025)である。



米国は「コスト最小化」を目的として原爆を実戦に投入したものの、「日ソ中立条約」を結んでいた日本が、希望的観測からソ連に期待していた英米との仲介が、「ソ連参戦」によって無残にも打ち砕かれた万事休すと感じたことが、直接的にポツダム宣言受諾につながったというのが結論だ。

本書『日ソ戦争 ― 帝国日本最後の戦い』(麻田雅文、中公新書、2024)とあわせてよむべき。

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