2025年8月4日月曜日

書評『明治維新という物語 ー 政府が創る「国史」と地域の「記憶」』(宮間純一、中公新書、2025)ー アーカイブの確立を断念し「維新史観」の一元化を実現できなかった失敗がオルタナティブな「郷土史」を生み出すことになった

 

『明治維新という物語 ー 政府が創る「国史」と地域の「記憶」』(宮間純一、中公新書、2025)という本を読んだ。この本は面白い。ある種の盲点を突いた内容の本である。  

この本が新刊として出版されたのは、ことし2025年の5月のことだが、どうせまた「明治維新物語」の類いかと思って黙殺していた。この手の本は山ほどあるからね。 

先週のことだが、リアル書店の店頭でこの本を手に取ってパラパラめくってみたら、どうやらその手の本ではないようだとわかった。しかも、第5章では佐倉藩が取り上げられているではないか! 

幕末に老中まで出した大藩であったのにかかわらず、佐倉藩にかんしては、意外と専門家以外の一般人が読めるような本が少ないのだ。わたしがいま住んでいる船橋は幕府直轄領であったが、その東隣が佐倉藩だった。 

というわけで、さっそく購入して読み始めたら、これが面白い。明治維新政府の公式な「国史」という歴史語りとは微妙に異なる、地域独自の視点からみた「記憶」にもとづく歴史語りについて検証した内容の本である。 

検証の対象になっているのは5つのケースである。①笠間藩の「志士」たちたち、②四境の役と周防大島、③飯能戦争、④秋田大館の戊辰戦争、⑤旧佐倉藩主堀田家と「開国」。 

分析の視点については、章ごとのタイトルに検証の視点が示されている。それぞれ、①記憶/忘却される者、②讃えられる業績、③塗り替えられる記憶、④中田家の記録、⑤創られる記憶、である。 

なぜ「国史」と「記憶」のあいだに微妙な、あるいは大きな違いがでてくるのか? 

それは歴史というものが、つねに「いまを生きる人」による主体的な解釈であり、その人の立ち位置によって、そしてまた生きている時代環境によって、異なる語りが生まれてくるからである。 

さらに明治維新に限定していえば、その根本理由は、「維新革命」によって誕生した明治維新政府が、中央政府であるにもかかわらず、アーカイブ(=文書館)による情報一元化を実現できなかったことにある。 「維新史観」すなわち「革命史観」が徹底しきれない余地を残したことを意味している。

だが、そのおかげで大量の文書が破棄されることなく、地域に残されることになった。関係文書はいまだすべてが収集されつくされたわけではなく、しかもバラバラに所蔵されている未発見文書も多数ある。このなかには顕彰碑など石碑もふくめるべきだろう。 

これが「フランス革命」を体験した「中央集権国家フランス」との大きな違いなのだ。中央集権制度をフランスに学んだ「近代日本」であったが、公的なアーカイブの確立に失敗したがゆえに、逆に「郷土史」というオルタナティブな無数の語りを生み出すことになったのだ。 

フランスでは、ルペンの極右政党といえども、大衆政党化のためには「共和国の公的な語り」に反する言説はできないことが、『ルペンと極右ポピュリズムの時代 〈ヤヌス〉の二つの顔』(渡邊啓貴、白水社、2025)という本を読むとよくわかる。それほど、フランス革命史論は、フランスでは絶対的なのだ。

関係文書が一元的に管理されていないことは、日本史の専門研究者にとって利用が困難だという問題もある。だが、一方では、まだまだ発掘されていない文書が埋もれているわけであり、公的な語りとは異なる歴史が書かれる余地があることを示している。 

ケーススタディとして取り上げられた地域に住む人は、それぞれ郷土史あるいは地域史と自分史を重ね合わせて読む楽しみもあることだろろう。 そうではなくても、自分が生まれ、あるいは暮らしている地域の歴史語りと、公式な歴史語りとの違いがなぜ生じたのか考える材料にもなるだろう。 

明治維新からすでに150年が経過し、もはや同時代として体験した人が完全に消えた。今後さらに明治維新史の書き換えが進んでいくことであろう。面白い時代になってきた。 


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目 次
はしがき 
序章 明治維新の「記憶」の正体を求めて 
第1章 笠間の「志士」たち―記憶/忘却される者 
第2章 四境の役と周防大島―讃えられる功績 
第3章 飯能戦争―塗り替えられる記憶 
第4章 秋田大館の戊辰戦争―中田家の記録 
第5章 旧佐倉藩主堀田家と「開国」―創られる記憶 
おわりに 書き替えつづける地域の明治維新 
あとがき 
参考文献/関連年表

著者プロフィール
宮間純一(みやま・じゅんいち)
1982年、千葉県生まれ。2005年、中央大学文学部史学科卒業。2012年、中央大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程後期課程修了。博士(史学)。宮内庁書陵部研究員などを経て、2016年、国文学研究資料館准教授、2018年、中央大学文学部准教授、2022年より同教授。専攻/日本近代史・明治維新史・アーカイブズ学。



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