2026年8月30日日曜日

現代イラン映画界の巨匠アッバス・キアロスタミ監督の「映画三部作」を中心にイラン映画6本を一気に視聴(2026年8月30日)― 「イスラーム体制」下の検閲済みの映画であっても現代イラン社会が世俗的な社会であることがよくわかる



見たいと思っていながら、いままで見逃してきたイラン映画界の巨匠アッバス・キアロスタミ監督の映画三部作。発表順に以下のとおりになる。




いずれも amazon prime での「配信終了」が迫っていることを知ったため、追い立てられるように、あわてて視聴した。今回がはじめての視聴になる。 




ついでのキアロスタミ監督の作品3本も視聴。この3つも配信終了間近である。 




というわけで、本日は朝から晩までキアロスタミ監督のイラン映画6本を連続して見たことになる。本日は、自宅で「キアロスタミ監督特集」の「一人映画祭」のような一日を過ごすことになった。 

アッバス・キアロスタミ(1940~2016)監督が亡くなってからすでに10年。ようやくその作品を見ることできてうれしい。



感想を簡潔に記しておこう。まずは「三部作」から。


 
(「友だちのうちはどこ?」のイラン版ポスター Wikipediaより)


『友だちのうちはどこ?』は、文句なしの傑作だ。イラン北部の農村で素人俳優を起用した、子どもを主人公にした作品。子どもたちと大人たち、そして祖父母の世代の三世代が登場する。




誤って友だちのノートをもってかえってしまった主人公の少年が、ノートを返すため友だちの家を探して、隣の集落までひたすら走り、おなじ道をもどって走り、そしてとうとう夜になってしまい・・・。ハッピーエンドの結末で主人公と一緒にほっとする思いをする。


(「そして人生はつづく」のイラン版ポスター Wikipediaより)


 『友だちのうちはどこ?』のロケ地は、マグニチュード7.9という「イラン北西部ルードバール地震」(1990年)で大きな被害を受けた。約4万人が死亡、約30万人が負傷し、約50万人が家を失ったという。

テヘラン居住の監督が息子を連れて、地震で崩れた崖道を苦労を重ねたすえに自動車で現地入りし、映画の出演者たちを訪ね歩いたドキュメンタリータッチの映画が『そして人生はつづく』である。




ドキュフィクションというのだろうか、ドキュメンタリーとフィクションが融合している。 『友だちのうちはどこ?』とは違って、結末まで描かないで見る人の想像力にゆだねる手法が採用されている。


(「オリーブの林をぬけて」のイラン版ポスター Wikipediaより)


そして、『友だちのうちはどこ?』のスピンオフ作品のような『オリーブの林をぬけて』だ。乾燥した山里のオリーブ林の緑が映える。

三部作の最後は、ちょっとくどいなという印象であった。 映画内映画で何度も何度も撮り直しのシーンがつづくだけでなく、一方的な片思いでストーカーまがいの追っかけを行う主人公の青年があまりにもうっとおしくてくどい。




結末まで描かずにぼかすのが監督の手法だというが、おそらく監督の意図した結末とは別の終わり方をしてほしかったという気持ちにさせられる。2026年時点では明らかにストーカーとしかいいようがないからだ。それとも、イランではよくある光景なのか?


********

さて、三部作以外の映画に移ろう。

『ホームワーク』(1989年)、「イラン・イスラーム革命」から10年目のイランの教育事情を映画いたドキュメンタリー。10年にわたって続いた「イラン・イラク戦争」がようやく終わったのが1988年のことである。




ビデオカメラの前で、小学校の男子児童をひたすらインタビューして語らせる内容。識字率の低い親世代と、革命後の教育改革の実情が手によるようにわかる。イラン革命によって教育機会を拡大した点は評価されるところだ。 


(「桜桃の味」のイラン版ポスター Wikipediaより)


『桜桃の味』(1997年)は、首都テヘランの自殺願望を抱いた中年男を主人公にした現代もの。この映画でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞している。




主人公の自殺プロジェクトに巻き込まれそうになる登場人物は、クルド系イラン人の新兵、採掘現場で重機を見張っているアフガン難民の労働者神学校で勉強するハザーラ人とおぼしきアフガン人、そして自然史博物館に勤務するトルコ系イラン人と、イラン社会の民族的多様性という現実が見える化されている。

これまた結末まで描かれずに、ロケ地での撮影風景のビデオになるという、ちょっと不可解な映画である。


(「風が吹くまま味」のポスター Wikipediaより)


 『風が吹くまま』(1999年)は、イラン北西部のクルド人地帯を舞台に、クルド人の葬儀を撮影すべく、遠路テヘランからやってきたTVの撮影クルーの思い通りにならない日々を描いたコメディタッチの作品。この映画は、ヴェネツィア国際映画祭審査員賞特別大賞を受賞した。





高台にいかなければ携帯電話の電波がとどかない文明社会の皮肉、それとは対照的な伝統社会そのままのクルド地帯の自然が美しい。この映画は、監督自身の人生観と死生観が反映した作品だが、後味はけっして悪くない。映画賞受賞は当然だと思う。


********

以上、三部作を中心にキアロスタミ監督の作品6本を見てきたが、いずれも「イラン・イスラーム革命」(1979年)後の現代イラン社会を描いた作品で、イラン社会の現実を映像として疑似体験できた。

「イスラーム体制」のイランであるが、検閲済みの映画であっても、意外とイラン社会が世俗的な社会であることがよくわかる。

もちろん言うまでもなく、キアロスタミ監督の作品で、イラン現代社会の現在が理解できるわけではない。革命から20年後に製作された『風が吹くまま』(1999年)であっても、2026年の現在からしたら、すでに四半世紀前の作品だからだ。



■イラン映画にみる日本社会との共通性。イスラームと儒教の共通性

映画を見ていて印象的なのは、「靴を脱いでから家に入るイラン文化」には親近感を感じることだ。『友だちのうちはどこ?』では、靴を脱ぐよう徹底的に子どもがしつけられるシーンがある。ペルシア絨毯に座る生活だからだろう。

イランに限らず、イスラーム世界ではモスクに入るときも靴を脱ぐ。これはトルコでも同様だ。イスラームではなくても、インドの寺院でも、ミャンマーやタイのお寺でも同様だ。礼拝の場では靴を脱いで上がるのは東洋世界では常識である。

おそらく、ウチソト感覚に関しては、ある程度までイラン人は日本人と共通するものがあるのだろう。日本人として、この点には大いに親近感を感じる。

「靴を脱ぐ習慣」という項目が Wikipedia にあって有用だ。日本が筆頭にくるが、それ以外でも意外に「靴を脱ぐ習慣」が世界的に共通していることがわかる。むしろ欧米世界が例外的だというべきであろう。ただし、「靴を脱ぐ習慣」のある社会でも仕事の場では靴をはいたままだ。

物質面ではほぼ完全に西洋化された日本社会でも、「靴を脱ぐ習慣」がまったく廃れることなく続いてきたというのは興味深い。なお、英語版の「Removal of footwear indoors」という項目ほうがより詳しい。日本アニメの影響で「靴を脱ぐ文化」が世界的に拡がっていくことを期待したいものだ。

日本文化の影響の強い台湾人は靴を脱ぐが、中国人は椅子に座る生活で靴は脱がない。現在でも北方ではそうらしい。寺院でも靴を履いたまま拝礼する。

キアロスタミ監督の映画では、小学校のシーンは男子児童のみが登場する。男子児童と女子児童は小学校であっても、別々の教室で学ぶようだ。「男女三歳にして席を同じうせず」の儒教世界か? この点は、イスラームは儒教に似ている

日本に似ている点、伝統的な儒教社会に似ている点と違いはあるものの、イランはアジアであり東洋であるだ、と実感するのである。




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2026年8月25日火曜日

書評『曖昧な弱者の時代』(伊藤昌亮、岩波新書、2026)― 現代日本の「分断」状況を「曖昧な弱者」というコンセプトで「見える化」する



『曖昧な弱者の時代』(伊藤昌亮、岩波新書、2026)という本を読んだ。現代日本の「分断」状況を「曖昧な弱者」というコンセプトで社会学者が「見える化」したものだ。  

子どもや高齢者、貧困層や障害者、そしてLGBTなど、社会的にみたらマイノリティが「明白な弱者」であるが、そのカテゴリーに分類されることのない明白ならざる弱者が、著者のいう「曖昧な弱者」である。 

いわゆる「ネオリベ」(=ネオリベラリズム、新自由主義)のもと、経済的にも社会的にも報われることなく、1990年代以降に中間層から転落して下流化し、ロウアーミドルとなっている人たちのことを指している。

「就職氷河期世代」がまさにそのど真ん中にある。社会的にみたら、すでにマジョリティとなっている。 

そんな「曖昧な弱者」の心をつかんできたインフルエンサーや新興政党、「曖昧な弱者」たちが目の敵にするリベラル派やさまざまな事象について、社会学的な分析を行った既発表の文章を集めて1冊にまとめたのが本書である。

「目次」を紹介しておこう。 キーワードがちりばめられていることが見てとれるだろう。


はじめに 
「弱者叩き」と「弱者争い」「曖昧な弱者」が「明白な弱者」に敵意を抱く/リベラル派への反感―誰が誰を守るのかを誰が決めるのか/本書の構成/「高市現象」以後の社会を見守っていくために 
第1章 ひろゆき論  ―「ダメな人」のための「優しいネオリベ」 
第2章 山上徹也の閉ざされた政治的世界  ―  残されたツイートの分析から 
第3章 「石丸現象」と TikTok ―  若者世代のリアリティに即して 
第4章 「オールドなもの」への敵意  ―  左右対立から新旧対立へ 
第5章 財務省解体デモの論理と心情  ―  取り残された人々の財政ポピュリズム 
第6章 参政党「真ん中」からの反革命  ―  彼らはなぜ支持されたのか 
第7章 「曖昧な弱者」とその敵意  ―  社会分断の今日的構造 
主要参考文献 
おわりに 


いずれも雑誌に掲載された文章が初出だが、「第2章 山上徹也の閉ざされた政治的世界」が講談社のウェブ版の『現代ビジネス』に掲載されたもの以外は、すべて岩波書店の『世界』に掲載されたものだ。第2章以外は、今回はじめて読んだことになる。 

岩波書店の『世界』というだけで、著者の立ち位置がわかろうというものだが、基本的にリベラル派なのであろう。ただし、分析は基本的にイデオロギー色を排したもので、時事的なテーマにかんして事象そのものの実態と、その背後にあるものをキチンとみようという姿勢に貫かれている。 

なぜ「曖昧な弱者」たちは、本来なら「弱者」」として連帯すべき「明白な弱者」たちを叩き、リベラル派を目の敵にする右派的な言説に引き寄せられるのか? 

著者は、こういった疑問に対して、現実を見ようとしない「リベラル派」の現状に対して苦言を呈している。現実を直視せよと覚醒を促している。 

保守的、右派的と見なされる言説を繰り出し、リベラル派を叩き、嘲笑するインフルエサーたちだが、「曖昧な強者」であるかれらが「曖昧な弱者」であるマジョリティーにやさしいことを見逃してはならないのである。

ただし、社会変革よりもセルフヘルプ(=自己啓発)を過度に重視するかれらの姿勢については、その功罪について無視するべきではない。 この指摘は重要だ。

さらに、「文化闘争」の傾向さえ示している「左右対立」や「新旧対立」は、ほんとうの対立ではない、真相は経済的な意味での「上下対立」なのではないか、と。

経済的な意味での「上下対立」なら、たとえ困難であっても、解決の方向を見いだすことは不可能ではないのではないか、と。 

日本社会の「分断状況」がそう簡単に解消するとは考えにくいが、なにが問題なのか、問題の背景になにがあるのか考えることはきわめて重要だ。その意味でも読むべき本だといえる。 

とはいえ、はたして意識高い系のリベラル派が覚醒するか大いに疑問だし、日本社会をめぐる「外部環境」の激変が、国内状況にいかなる影響をあたえることかまでは、本書では踏み込まれていないことは指摘しておこう。


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著者プロフィール
伊藤昌亮 (いとう・まさあき)
社会学者。 1961年生まれ。東京外国語大学外国語学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。日本IBM株式会社、ソフトバンク株式会社勤務、愛知淑徳大学現代社会学部・メディアプロデュース学部准教授、ドイツ・エアランゲン大学日本学講座客員研究員などを経て、成蹊大学文学部現代社会学科教授。著書は、『炎上社会を考える 自粛警察からキャンセルカルチャーまで』(中央公論新社)、『ネット右派の歴史社会学 アンダーグラウンド平成史1990-2000年代』(青弓社)、『デモのメディア論 社会運動社会のゆくえ』(筑摩書房)などがある。(ダイヤモンド社のサイトより)



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■著者による「現代ビジネス」に掲載された記事



■『曖昧な弱者の時代』(伊藤昌亮、岩波新書、2026)から再編集されて「ダイヤモンド・オンライン」にアップされた記事







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(2026年9月4日 情報追加)


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2026年8月23日日曜日

書評『フィリピンと日本人』(野村進、ちくま新書、2026)― 日本とフィリピンは人的交流において切っても切れない関係にある

 

ノンフィクション作家の野村進氏による『フィリピンと日本人』(ちくま新書、2026)を興味深く読んだ。  


文庫化されたその記録である『フィリピン新人民軍従軍記 ナショナリズムとテロリズム』(講談社+α文庫、2003)は、本棚に入れたまま読んでない。いつか読もうと思っているのだが・・・ 

さて本書は、日本とフィリピンの長くて濃い関係を、戦国時代末期の16世紀、豊臣秀吉の時代から現在まで5つのテーマを設定し、オムニバス風にエピソードの束ろしてまとめられている。フィリピンとの濃厚な関係をもつ著者だけに、個人的な体験談や感想が随所にはさみこまれていて面白い。 

「目次」は以下にようになっている。 


プロローグ
第1章 国民的英雄と日本人の恋人 
第2章 豊臣秀吉とフィリピン 
第3章 ドゥテルテはなぜ米国を憎んだか ― 裏切られた比独立運動 
第4章 日本軍政下のフィリピンで何が起きたか 
第5章 独裁者はなぜ奇跡の “無血革命” で追放されたか 
エピローグ 



第1章の「国民的英雄」とは、35歳でスペイン植民地当局によって処刑された独立運動家ホセ・リサール(1861~1896)のことだ。現在でもフィリピンで英雄視されている彼と、日本滞在中の日本人女性との秘められた恋の話など、じつに興味深いではないか!  


(フィリピン独立運動の英雄ホセ・リサール Wikipediaより)

しかも、ホセ・リサールの銅像が、なんと日比谷公園にあるという。いずれ見に行かなくてはならないな。

ホセ・リサール処刑後もフィリピンは独立に向けて動くが、「米西戦争」(1898年)の結果として米国の植民地となって独立運動が挫折、米国による初期の苛烈な統治が日本への憧憬を生むことになる。

ところが、日米戦争の主戦場となることによって状況は反転独立を約束していた米国びいきと、民間人虐殺を招いた日本軍に対する反発が反日姿勢を生み出すことになる。大東亜戦争で日本人の最大の犠牲者を出したのがフィリピンであり、しかもそれはフィリピン人の犠牲をともなうものであったことを日本人は知らなくてはならない。 

日本とフィリピンの関係は、日米関係という要素もあって、あざなえる縄のごとし。なかなか複雑なのだ。

米国と植民地フィリピンの関係、そして米国と占領下日本、その双方に深くかかわることになったのがマッカーサー元帥である。占領下の日本では「農地改革」を断行したマッカーサーも、フィリピンでは行わなかった。このことが現在に到るまで大きな問題を残している。

日本のメディアでフィリピンがもっとも取り上げられたのは「ピープルパワー革命」(1986年)のことだった。わたしも、ベニグノ・アキノ議員の暗殺から、政治の素人であった未亡人のコラソンを担いで成就した結末にいたるまで、メディアをつうじてリアルタイムでフォローしていた。

とはいえ、「ピープルパワー革命」もすでに40年前のことである。本書ではじめて知る読者も少なくないことだろう。アキノ大統領が「農地改革」を実行できなかったことは、さらに知られていないかもしれない。なぜできなかったのか、その意味は本書を読むとよくわかる。本人が華人系の財閥出身であっただけでなく、日本の比ではないほどの、濃密な人間関係のなせるわざである。人間関係とカネは複雑にからまりあっている。

もちろん、現在の日本ではフィリピンといえば、現地の英語学校やオンラインをつうじた「英語留学」が想起されるのだろうか。米国統治時代に米国が普及させた英語がフィリピン人の武器となっているのである。米国のコールセンターもそのおかげで成立している。スペイン統治時代は、「知らしべし、寄らしむべからず」のポリシーで一般人にはスペイン語は教えなかったこととの大きな違いである。

そして、スペイン統治時代に根付いたカトリック信仰とその土着化、それが本来の南国気質と結びついたホスピタリティを忘れてはならない。 


(聖母マリア像 セブ島の国際空港にて筆者撮影)


土着化したカトリックにもとづくホスピタリティは、出稼ぎとして来日したフィリピンの女性エンターテイナーたちや、現在では介護労働者の女性たちに体現されている。そんなフィリピーナたちのおかげで、現在のフィリピン対日意識は好転し、世界有数の親日国になっているのである。 

このように、日本とフィリピンの関係は、国と国との関係もさることながら、庶民レベルにおける人間どうしの交流が濃厚であり、東南アジアのなかでは、切っても切れない関係の最たるものとなっていると言えるかもしれない。 


(2026年は「日本。フィリピン友好年」)



本書は、そんな日本とフィリピンの関係を描いたノンフィクションであり、新書としてはやや長めの300ページ超もある本だが、エンタテインメントとして楽しみながら読める好著である。 


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著者プロフィール
野村進(のむら・すすむ)
1956年、東京都生まれ。上智大学外国語学部中退。1978~1980年、フィリピンに留学。帰国後、『フィリピン新人民軍従軍記』(講談社+&文庫)を発表して、ノンフィクションライターに。1997年、『コリアン世界の旅』(講談社+&文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞。1999年、『アジア 新しい物語』(文春文庫)でアジア・太平洋賞を受賞。2004~2025年、拓殖大学国際学部教授。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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■ノンフィクション作家・野村進氏の著作




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2026年8月21日金曜日

「弘法大師生誕1250年記念特別展 空海と真言の名宝」(東京国立博物館 平成館)に行ってきた(2026年8月20日)― 真夏の炎天下に並ぶことになるが「秘仏」も含めて国宝と重文だらけの特別展は行く価値あり


 
昨日(2026年8月20日)のことだが、「弘法大師生誕1250年記念  特別展  空海と真言の名宝」に行ってきた。会場は、東京国立博物館平成館。

平日の午前中の10時に着いたのだが、すでに「入場制限で40分待ち」で並ばされた。炎天下ではあるが、行列者用にテントが並んで設営されていたので、その点は助かる。超人気イベントである。 


(会場の平成館 筆者撮影)


夏休みだから混んでいるのかと思ったが、そうではないようだ。

並んでいる人たちを見ると、ほとんどが中高年というかシニア層ばかり。先日行った「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」(東京都美術館)とは大きな違いだ。やはり仏像や仏画は趣味としては渋すぎるのかな? 

真夏にこういう特別展を開催するのはいかがなものかとも思うが、真言宗は密教なので、護摩を焚く暑さを体感させようという意図でもあるのかなと、勘ぐってみたりもする。


■「秘仏」も含めて国宝と重文が特別展に集結

東京国立博物館での密教関連の特別展は、2011年以来15年ぶりだと思うが、それにしても出品されている仏像や仏具、仏画の数々はすごいものがある。

空海を開祖とする真言宗と、真言宗系列の各派からのものだが、「秘仏」も含めて、国宝や重文(=重要文化財)がザラで、これでもかこれでもかと並べられている。「出品目録」では、「国宝が◉」、「重文が◎」で表記されているが、ほとんどが「重文◎」以上である。




江戸時代なら「出開帳」とでもいうべきイベントだが、仏像や仏画に感嘆することはあっても、仏像に向かって手を合わせている人は皆無であった。寺院という「場」を離れると、そうなるのも仕方あるまい。仏像も仏画も、あくまでも「美術品」として展示されており、鑑賞者もそう受け取っているようだ。


(撮影可能な「五智如来座像」は国宝 筆者撮影)

 
「仏教美術」、さらに特定して「密教美術」として鑑賞すれば、密教の全盛期であった平安時代と、その後の鎌倉時代のものを中心とした仏像や仏画は、それはも素晴らしいとしか言いようがない。

国宝の「五智如来座像」(上掲)と重文の「愛染明王座像」(下掲)は写真撮影OKである。 後者の愛染明王は弓を射る姿で、たいへんめずらしいものだという。


(弓を射る姿の愛染明王 筆者撮影)


仏像や仏画以外で、個人的にこれは良かったのは、朝護孫子寺が所蔵する国宝の「信貴山縁起絵巻」の実物を見ることができたことだ。

会期の後期だったので「延喜加持巻」が展示されていたが、ダイナミックな描写はマンガやアニメの原型ともいうべき作品である。 展示スペースの関係から、絵巻物はぜんぶ開いて見せることが難しいので、さわりの部分だけでも見ることができたのは有り難い。


(国宝の「信貴山縁起絵巻」より Wikipediaより)




■精彩を欠く「常設展示」と意外な穴場である「日本庭園」

「特別展」の会場をあとにして、今回も本館も訪れてみたが、どうも精彩に欠けるものがある。

「特別展」にかける情熱と予算の一部でも、本館の「常設展」に投入して、展示を作り直すべきではないだろうか。

日本美術の歴史的展開を展示しているのだが、あまりにも教科書的すぎてつまらない。ミュージアムにとっては教育機能が重要ではあることはわかるのだが、見せ方の工夫が必要だ。展示品保護のためだろうが、照明が暗すぎるのも好ましくない。複製を展示したらどうか? 

あくまでもシロウト考えであるが、展示の方法としては、時系列をいったん解除したうえで、現在の「日本美術」を要素分解して、要素ごとに展示を構成するというのはどうだろうか? 

「博物館」としてのテーマ別展示はあるのだが、インパクトに欠けるものがあることは否定できない。思わず見入るというような展示の仕方ではないのだ。

先史時代から古代を経て中世、近世という流れは、それはそれとしていいのだが、日本美術が中国の影響を受けながらも、独自の発展を示したことを浮かび上がらせるような展示がほしい。

この場合は、「東洋美術」のカテゴリーに分類されている「中国美術」や、さらに仏教関連では「インド美術」との関連性を明らかにするために、「東洋館」との相互連携も必要であろう。

あるいは、「特別展示」という形でいったん公開して、その展示を膨らませて常設展示にするということも考えていいのではないだろうか?

要は、なにが日本なのか、日本的なものなのかを明らかにして、それを展示をつうじて見せることだ。「国立博物館」の存在意義ではあるまいか?

*******

さて、今回はじめて庭園を歩いてみた。博物館の本館裏にある日本庭園は規模としては小さいが、訪れる人もまばらで意外と穴場かもしれない。


(博物館本館裏の日本庭園)


日本の「博物館(ミュージアム)の父」ともいうべき町田久成を顕彰する石碑を見るために訪れたのだが、碑文が漢文なので現代語訳もつけたらどうだろうか。大英博物館にも劣らない博物館をつくりたいという大志を讃えたい。


(町田久成の巨大な顕彰碑 筆者撮影)


そのあと、今回が2回目となるが「東洋館」に足を運び、古代中国の石刻画 と ガンダーラ仏教美術を見て回る。この2点がわたしのお気に入りなのだ。展示替えされる前に、また見に行きたいものだ。

このあと上野から東京メトロを乗り継いで半蔵門に移動、「半蔵門ミュージアム」をはじめて訪問した。



■「ガンダーラの仏像と仏伝―釈尊のすがた―」を見るため「半蔵門ミュージアム」へ

「半蔵門ミュージアム」は、つい最近その存在を知ったばかりで、今回がはじめての訪問となる。「ガンダーラの仏像と仏伝―釈尊のすがた―」という特集展示を見るためだ。この展示会の情報は、instagram で知った。入場無料。




 「半蔵門ミュージアム」は、真言宗醍醐寺の流れをくむ在家仏教教団である「真如苑」(しんにょえん)が所蔵する仏像や仏教美術品を展示するスペース。都心の一等地にビル一棟を所有し、無料で所蔵品を観覧させている。 




特集展示「ガンダーラの仏像と仏伝―釈尊のすがた―」だが、東京国立博物館所蔵のガンダーラを補完する意味合いもあって訪問した次第。片岩に刻まれた仏殿浮彫を中心に展示されていた。いずれも2世紀から3世紀にかけて製作されたものだ。

このほか、「特別展示」のミャンマーの巨大な「仏足石」には、おもわず見入ってしまう。なかなか見応えのあるものだった。


(パンフレットの裏 中央右側に仏足石)


『万葉集』に収録されている「仏足石歌体」の「仏足石」である。「仏足石歌体」は「五・七・五・七・七・七」の六句で構成される形式の和歌で、万葉集には21首が収録されている。

「仏足石」(Buddha footprint)は、仏陀釈尊の足跡を石で象ったものであり、信仰の対象であるが、当然のことながら実際のものではない。展示されているのは、横幅が50cm以上、長さが1m以上あるのだろうか。「太陽や月、動植物、法具などの図様が描かれ、2匹の蛇が守護する」と説明書きにある。17世紀頃のものだそうだ。

「常設展示」の曼荼羅と仏像もすばらしい。現代になってあらたに製作されたものだ。このほか、運慶作とされる重文の「大日如来坐像」もある。あわや海外流出かと危惧される前に、2008年にオークションで落札されたものだという。

「半蔵門ミュージアム」は、わざわざ訪れるミュージアムではないかもしれないが、ふとした機会に立ち寄れば、都会のオアシス的な場所として一息つける空間かもしれない。 

というわけで、ミュージアムのはしご2軒で、ひざびさに「仏教美術」を堪能した次第。


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