20世紀の日本を代表する哲学者・井筒俊彦(1914~1993)。その生涯を関係者へのインタビュー記録をコラージュで描いたドキュメンタリー映画『シャルギー(The Eastern)』(2018年、イラン)をはじめて視聴した。先月のことだ。
このドキュメンタリー映画の存在を知ったのは、今年に入ってからだ。日本でも日本語字幕をつけて上映されたらしいが、まったく知らなかった。
DVD は入手できなかったが、英語版は Vimeo で購入して視聴することが可能である。129分。YouTube で視聴できないのは、米国と対立関係にあるイランでは、Google が国内で規制されているためだろうか?
時間の余裕ができたので、ようやくPCで視聴することにした次第。
なぜイラン映画なのかというと、井筒俊彦は1961年から足かけ19年間をイランで研究にあたっていたからだ。イスラーム神秘主義であるスーフィズムの本場がイランだからである。井筒にとって神秘主義は終生のテーマであった。
本格的にイランに腰を落ち着けたのは、1975年から1979年の「イラン革命」までの5年間である。王立イラン哲学アカデミーの教授として、研究と教育に従事していたのである。その当時に弟子は、いま現役でイランの哲学の中心にいる。革命後は「王立」の文字がとれ、イラン哲学アカデミーは現在なお活動している。
映画の製作者は、2014年から2018年まで4年かけて世界中を訪問してインタビューを実行している。もちろん日本とイランだけではない。関係者がいる世界中でだ。ただし、製作者自身によるインタビューの記録なので、登場する人物はすべて撮影の時点での生存者人に限られる。
イラン人の哲学者を中心に、日本人も含めた複数の関係者へのインタビューが、項目ごとに分節されて、全体の流れのなかにコラージュ的にちりばめられる構成になっている。その点は、視聴していて違和感を感じないわけではない。
あくまでもイラン人の立場から、「イスラーム哲学」研究者としての井筒俊彦というテーマで製作されているので、どうしてもそれ以外の要素が小さくなってしまうのは仕方がない。
むしろ、井筒俊彦の評価がイランではきわめて大きなものであることを、日本人は知ることができる。現在では状況は変化しつつあるが、日本での評価よりもイランでの存在感のほうが大きいのかもしれない。
井筒俊彦は、日本とイランの関係において、きわめて重要な存在である。日本人はその事実をよく認識しておくことが必要だ。政治上の外交関係だけが二国間関係ではない。
■この映画に欠けているもの その①:五十嵐一という愛弟子
残念なことは、イラン時代に井筒俊彦の薫陶を受けた愛弟子であった、五十嵐一(いからし・ひとし)氏への言及がまったくないことだ。
インド出身のムスリム作家サルマン・ラシュディーの英語小説『悪魔の詩』(The Satanic Verses)を日本語訳し、おそらくそれが原因であろう、筑波大学のキャンパスで白昼に何者かによって刺殺された五十嵐氏。44歳の働き盛りだった。
1991年のこのテロ事件は、いまだ未解決のままだ。事件の真相は迷宮入りしており、殺人犯も殺害の動機も特定されていない。だが、イランの最高指導者ホメイニ師からラシュディー氏とその関係者に「死刑宣告」のファトワーが出されていため、それが原因となった可能性は高い。
ホメイニ師も五十嵐氏も亡きいま、日本人的感覚なら「水に流すべき」と思うが、イラン人やムスリムの感覚は違うのかもしれない。ファトワーの取り消しは、その宣告をした本人が死んでいるので不可能なようだ。
いずれにせよ、イランの現体制では言及は不可能であろう。ラシュディー氏自身が昨年2022年8月には、米国で講演中に暴漢に刺されて大けがを負っている。
それよりも、むしろ現在の日本で、井筒俊彦がらみで五十嵐氏への言及がないのが不思議である。もうすっかり忘れ去られてしまった存在なのか。それとも触れたくないのか。
それとも、語の真の意味でラディカル、つまり根本的で過激な、強烈すぎた個性が災いしているかもしれない。『悪魔の詩』をあえて訳した勇気ある行為もまた、その一環であった。
五十嵐氏の殺害を知ったとき、わたしは日本にいなかったので事件のことはリアルタイムで知っていたわけではない。米国留学中の夏休みにイタリアに旅した際、フィレンツェに滞在中に、Newsweek誌(英語版)で1ヶ月後に事件について知った。衝撃的であった。
(五十嵐一氏の著作 マイ・コレクションより)
1992年に帰国後、五十嵐氏の著書を購入して何冊か読んだ。当時はまだ店頭で入手可能だった。
『音楽の風土 ― 革命は短調で訪れる』(中公新書、1984)など、その著書の多くは「イラン革命」を現地で体験し、井筒俊彦と同様に古典語も含めたポリグロットで、しかも数学を専攻した文理両道で、音楽にも造形の深かった天才肌の著者が考察した著作として、現在でも大いに読む価値がある。
ライフワークとしていたというイブン・スィーナー(=アヴィケンナ)にかんする専門書や『医学典範』のアラビア語からの原典訳など、アカデミックな著作については言うまでもない。まさに学問に殉じた人生であった。
『中東ハンパが日本を滅ぼす ー アラブは要るが、アブラは要らぬ(トクマブックス)』(徳間書房、1991)という、五十嵐氏の最後となった著書がある。アクチュアルなテーマを扱った、ダジャレによるキワモノめいたタイトルだが、内容はいたってまともな本だ。
そのなかに、イスラームとは「騎馬の儒教」だという岡倉天心の表現を、井筒俊彦氏がよく口にしていたという記述がある。岡倉天心から大川周明、さらに井筒俊彦という「アジア主義」の流れである。
『シャルギー(The Eastern)』では、大川周明がらみの言及がない。それまた残念なことだ。大川周明は『復興亜細亜の諸問題』(1922年)ではイランも取り上げているのだが。インタビューすべき生存者が現存していなかったためか?
なお、五十嵐一氏については、「五十嵐一追悼集 ─ 未来への知の連鎖に向けて ─」 (五十嵐一追悼集編集局編、2018年7月9日発行)が「Pdfファイル」として公開されているので、関心のある人はぜひ一読することをすすめたい。
■この映画に欠けているもの その②:ヘブライ語
井筒俊彦はアラビア語を学ぶ前にヘブライ語を習得している。ドキュメンタリーでは、この事実への言及もない。視聴していて残念に思った。
「一神教」との実存的出会いであった、ミッションスクールの青山学院中学時代の体験について映画では触れられているものの、キリスト教からいきなりアラビア語とイスラームに行ってしまう点への違和感である。
小辻節三のもとで、旧約学者の関根正雄*といっしょにヘブライ語を学び、おなじセム系言語であるアラビア語をともに学んでいたことは関根の回想録にでてくる。中央公論社版の『井筒俊彦著作集』に月報として書かれた文章が、『井筒俊彦ざんまい』(若松英輔編、慶應義塾大学出版会、2019)に再録されている。
*『旧約聖書』のうち『創世記』をはじめとする主要なタイトルは岩波文庫に収録されている。完訳版は『新訳 旧約聖書』として「律法」「歴史書」「預言書」「諸書」の全4巻で1995年に教文館から出版されている。後者においてはヘブライ語聖書の分類にしたがった構成となっている。
井筒俊彦はヘブライ語を学んで、旧約聖書をヘブライ語で読みとおしてしまったこと、アラビア語を学んでクルアーンを読み通してしまったことが、関根正雄の回想録で紹介されている。驚異的な語学力と集中力である。
井筒俊彦がヘブライ語を学んだ小辻節三は、その後ユダヤ教に改宗しアブラハム小辻となり、最期はエルサレムに葬られている。イスラエルと密接な関係にある人である。
現在イランとイスラエルが敵対状況にある。政治と文化は別物だろうと、日本人ならそう思うところだが、宗教=政治であるイランの現体制においては、これまたタブー領域であるのかもしれない。イスラエルでインタビューすることが困難なことは容易に想像できる。
日本はもちろん、ロシアやジョージアでも関係者にインタビューを行っているのに、画竜点睛を欠くというべきか。致し方ないことかもしれないが・・・。
また、本人も学者であり、配偶者であり、伴走者でもあった井筒豊子氏へのインタビューがないのも残念だった。
■日本人の視点から描いたドキュメンタリー
イラン出身のサヘル・ローズ氏が、日本とイランで井筒俊彦をたどる旅をするものだ。
かつて30か国もの言葉を自在に話し、コーランを翻訳してイスラム世界から敬愛された日本人がいた! 知の巨人・井筒俊彦の生涯をたどり、彼が追い求めた理想を読み解く!言語学者、哲学者、思想家として世界に名を響かせた井筒俊彦(1914~1993)。子供の頃、父から禅を学び、その後イスラム哲学に傾倒したが、西洋とイスラム世界の衝突を目の当たりにし、その解決の糸口として東洋哲学を確立した。「多様性」や「他者との共生」を訴える井筒の思想は、不寛容と憎悪が増す今、再び注目を集めている。イラン出身の女優サヘル・ローズが、井筒ゆかりの土地や人を訪ね、独自の世界観を体感する。
まずは、こちらから視聴すべきだろう。ただし、44分強のこの番組では、当然のことながら取り上げられていない素材も多いことは言うまでもないが。
<関連サイト>
<ブログ内関連記事>
・・テヘラン空港から JAL による「最後の救出機」でイランを脱出したことを、『意味の深みへ-東洋哲学の水位-』(井筒俊彦、岩波書店、1985)の「あとがき」に記している。また同書に収録された講演録「シーア派イスラーム ー シーア派的殉教者の由来とその演劇性」(1984年)は、雑誌掲載時点で読んだが、その当時ではきわめてアクチュアルな問題の背景解説であった。
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