2019年3月31日日曜日

書評『ユダヤ大悪列伝』(烏賀陽正弘、論創社、2017)- 金融詐欺というホワイトカラー犯罪の多くは・・・



ユダヤ大悪(だいわる)列伝』(烏賀陽正弘、論創社、2017という本が面白い。金融詐欺というホワイトカラー犯罪の多くがユダヤ人がらみのものであることを、詐欺師とその事件簿としてまとめたものだ。 米国を中心にしているのは、金融資本主義の総本山であることを考えれば当然であろう。

アイヴァン・ボウスキー、マイク・ミルケン、バーニー・メイドフ・・・。米国のビジネス界を揺るがしたこの面々は、いずれもユダヤ系米国人だ。アービトラージ(=サヤ抜き)で1980年代の話題をさらったボウスキーは「インサイダー取引」で逮捕され、「ジャンクボンドの帝王」と呼ばれたミルケンはボウスキーとのからみで逮捕され失墜した。 

ボウスキーやミルケンといった名前は、1985年に大学を卒業してビジネスマンになった私には懐かしい。逮捕前であったが、なんせボウスキーの著書『マージャー・マニア』は1986年に日本語版が日本経済新聞社から出版されていたくらいだ(笑)。この本は書店の店頭で見たことがある(読んではないが)。

左派のオリバー・ストーン監督(この人もユダヤ系)の『ウォール街』(1987年)という映画が公開された頃である。日本はバブル時代であり、米国もまた狂瀾怒濤の時代であった。その後、インサイダー取引の規制が強化されているが、法のスキマを利用した金融詐欺は後を絶たない。 

しかし、もっとも詐欺事件が多く発生し続けているのが投資詐欺だ。英語では「ポンジ・スキーム」(Ponzi scheme)と呼ばれる詐欺だ。日本では「ネズミ講」と呼ばれるこの詐欺は、まったく後を絶たないことは周知の通り。仕組みはきわめて単純なのだが、利回りの高さに惑わされてだまされる人が後を絶たない。だから、絶対に消えることがないのだ。 先進国が中心だが、全世界的な低金利状態ではなおさらだろう。

2008年の「リーマンショック」が引き金となって発覚したのがバーニー・メイドフ(Bernie Madoff)によるポンジ・スキームだ。

NASDAQ会長まで歴任した業界の大物でユダヤ人社会の名士が、長年にわたって主導してきた巨大詐欺事件。 ところが、これは高度な金融操作でもなんでもなく、ポンジ・スキームだったのだ。メイドフが投資活動などまったくしていなかったことが、長年にわたって顧客のみならず、管理監督する立場のSEC(証券取引委員会)にも見抜かれなかったというのが驚きだ。 

しかも、メイドフのケースでは、スピルバーグ監督やアウシュヴィッツの生き残りの作家エリー・ヴィーゼルを含めた同胞のユダヤ人からの「信用」を悪用したことがユダヤ人社会では大きな衝撃となった。だからメイドフは、ユダヤ人にとっては、許されざる犯罪者なのである。 

終身刑として受刑中であるが、獄中で暴行されてを鼻をへし折られたのだという。被害者から報復されたのだ。それほど、怒りを買っているのである(追記:2021年4月に末期の腎臓病で死亡)。

投資詐欺だけではない。議会へのロビー活動や慈善活動を舞台にした詐欺も多いことが、この本には書かれている。多額のカネが動く世界では、かならず着服したり悪用しようという輩が現れるこの世界でもユダヤ人が目立つのだ。

しかも、そういった詐欺師の多くはユダヤ教の信仰に篤く、慈善活動にも熱心なケースが多いという。

なぜ投資詐欺事件というホワイトカラー犯罪の多くにユダヤ人が関わっているのか? ユダヤ人にはアタマが切れる人間が多いことは確かだが、それだけが理由ではなさそうだ。著者もその理由について考察しているが、ユダヤ人の倫理に対する「二重基準」がその理由にあるのではないか。 

『ユダヤ人とユダヤ教』(市川裕、岩波新書、2019)でも解説されているが、ユダヤ教は「聖俗」を完全に分離している。言い換えれば、「平日と安息日」を完全に分離していることだが、これが背景にあるようだ。

「平日」は大いにカネを稼ぎ、「安息日」にはユダヤ教の戒律を守る。そして大いに慈善活動として寄付をする。慈善活動は、ユダヤ教の世界では礼賛されるだけでなく、むしろ義務とされている行為だ。だから、詐欺師たちも慈善活動には精を出す(笑) 

詐欺行為にかんしては、騙す方も悪いが、騙される方も悪い。最初に騙されるのは仕方がないとしても、同様の詐欺に再び引っかかるのはバカである。学習能力がなさ過ぎる。 

金融の世界でいう「信用」は、実社会での「信用」をベースに成り立っている。だが「信用」もまた悪用されるものだということは、くれぐれも肝に銘じておきたいものだ。 


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目 次
はじめに
第1章 お金との固い結びつき
第2章 巨額金融スキャンダル
第3章 ポンジ・スキームの詐欺師たち
第4章 ロビイストのスキャンダル 
第5章 慈善事業を食い物に
結び
参考文献

著者プロフィール 
烏賀陽正弘(うがや・まさひろ) 
京都大学法学部卒業。幼少期をニューヨークと中国で過ごす。東レ(株)に入社後、国際ビジネス業務に従事して広く活躍し、そのために訪問した国は100カ国超にのぼる。海外より帰任後、同社マーケティング開発室長を経て独立し、現在、国際ビジネス・コーディネーター、著術家、翻訳家として活躍中。ユダヤ関連の著書に、『ユダヤ人金儲けの知恵』(ダイヤモンド社)、『ユダヤ人ならこう考える! 』、『超常識のメジャーリーグ論』、『頭がよくなるユダヤ人ジョーク集』(以上、PHP新書)、『ユダヤ人の「考える力」』(PHP研究所)などがある。


PS 懲役150年の刑に服していたバーナード・メイドフが末期の腎臓病で死亡(2021年4月14日)

Bernie Madoff is dead. The man who outdid Charles Ponzi by perpetrating a $19 billion fraud that demolished the life savings of many clients while giving another black eye to the financial industry was serving a 150 year-sentence. Madoff, who suffered from end-stage kidney disease, was 82. (The Bloomberg BusinessWeek 20210415)

<参考> Bernie Madoff(Wikipedia)




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