2021年度のNHK大河ドラマ「青天を衝け」も終盤に入ってきたいま、こういう機会を逃すのはもったいないので、つい最近知ったばかりの『「論語と算盤」 渋沢栄一と二松学舎 - 山田方谷・三島中洲から渋沢栄一への陽明学の流れ』(学校法人二松学舎編、朝日新聞出版、2021)という本を読んだ。
「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一だが、教育事業に大きく関与していることは、その学校の関係者ならよく知っていることだろう。主要なものとして一橋大学、日本女子大学、そして二松学舎大学がある。いずれも渋沢栄一が大きく関与して、現在につながっている大学だ。
自分自身は一橋大学の関係者だがが、二松学舎大学の関係者ではない。にもかかわらず、この本はじつに面白かった。 この本を見つけて読んだのはじつに正解だった。
というのは、「論語と算盤」で有名な渋沢栄一の「道徳経済合一説」は、二松学舎の創設者で陽明学者の三島中洲の「義利合一論」と密接な関係があることが本書で示されているからだ。ここでいう「義利」とは「義理」のことではなく、儒教の徳目である「義」と「利」の組み合わせである。
どちらが先行しているかはわからないが、「道徳経済合一説」と「義利合一論」は、互いに影響を与えながらシンクロし、共鳴しあって育っていった思想である。このことが説得力をもって語られている。
備中松山藩で藩政改革を主導した陽明学者・山田方谷(やまだ・ほうこく)の弟子であった三島中洲。水戸学の影響下にありながら陽明学の大きな影響を受けていた渋沢栄一。山田方谷は、長岡藩の河井継之助がその下で学んだことでも有名だ。 司馬遼太郎の歴史小説『峠』の読者なら知っていることだろう。
渋沢栄一と三島中洲の二人は、ともに富農出身で漢学の素養も深かった。
だが共通点は、それだけでなかった。それぞれ、渋沢栄一は西欧文明のなんたるかをフランス滞在中に肌身をつうじて感じ取って帰国後には大蔵省で仕官し、三島中洲は語学はできなかったものの司法省でフランスの法学者ボワソナードのもとで民法典の編纂に従事していた。
共通の友人(=玉乃世履 たまの・せいり)をつうじて若き日からの知り合いであった。 渋沢栄一は、三島中洲の私塾であった漢学塾・二松学舎の経営を引き継いでいる。
陽明学者・山田方谷の弟子である司法官・三島中洲が唱えていたのが「義利合一説」。実業の世界での渋沢栄一への陽明学の実践。この両者が互いに影響し合い、かの有名な「道徳経済合一説」が生まれたわけである。
なるほど、そういう流れがあったわけかと大いに納得する。
陽明学というと、三島由紀夫や彼が礼賛する大塩平八郎や、大塩の影響を受けた西郷隆盛などが連想されるが、「知行合一」といっても革命の実践だけが実践ではない。経済や財政における「知行合一」の実践もまたきわめて重要なのである。
むしろ、後者の経済や財政のほうが重要といえるだろう。なぜなら、人間生活においては有事よりも平時のほうがはるかに時間的なウェイトが大きいからであり、なんといっても経済のもつ意味合いは政治よりも大きい。人の上に立つリーダーとして心しなければならない重要事項である。
タイトルだけみたら、二松学舎の関係者ではない自分が手に取ることはまずなかっただろうが、読んでみてこれは予想外に良書であることがわかった。思わぬ収穫であった。
読みやすく、内容がよく整理され、かゆいところにも目配りきいた新書サイズの本である。関心のある人にはぜひ薦めたい1冊だ。
目 次
刊行に寄せてプロローグ 『論語と算盤』の絵と由来第1章 山田方谷-幕末の大改革者1. 山田方谷とは2. 山田方谷の改革3. 山田方谷の改革の評価4. 幕府瓦解と備中松山藩第2章 三島中洲-漢学者・漢学塾二松学舎の創設者1. 明治維新以前2. 裁判官・法学者としての三島中洲3. 二松学舎の創設4. 二松学舎創設期の門人第3章 渋沢栄一-資本主義の父は「社会福祉事業の父」でもあった1. 富農階級出身の渋沢栄一2. 一橋家とのかかわり3. 官吏として資本主義のインフラを整備4. 実業家、渋沢栄一の誕生第4章 山田方谷・三島中洲・渋沢栄一の思想-陽明学の系譜1. 山田方谷と陽明学2. 三島中洲と渋沢栄一の邂逅3. 三島中洲の「義利合一論」と渋沢栄一の「道徳経済合一説」4. 利益追求と道徳律の両立5. 西欧ではどう考えられてきたのか6. 「道徳経済合一説と「義理合一論」の現代的意味第5章 山田方谷・三島中洲・渋沢栄一-三人の絆1. 山田方谷・三島中洲の故郷岡山県と二松学舎との絆2. 渋沢栄一恩顧の大学のつながりエピローグ結びに主な参考文献
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