肉食がすべての悪の根源だとする「ベジタリアン」の思想。肉食を否定し、大地から産まれた植物だけを食べることから「菜食主義」と訳されることもある。
だが、インドがその中心である「菜食主義」と、古代ギリシアのヘシオドスやピュタゴラスまでさかのぼることができる「ベジタリアニズム」は、イコールではないのだという。
ベジタリアン(vegetarian)と植物を意味するベジタブル(vegetable)は、いっけん見ているがもともと関係のないコトバなのだ。
2冊とも部分的に読んではいたが、今回はじめて通読してみた。入手してからずいぶん時間がたつ。 この2冊は重なる面もあるが、出版は前者のほうが早い。後者は、前者の積み残しの課題を解決したものとなる。
古代ギリシアのピュタゴラスやヘシオドスに発するベジタリアンの思想は、キリスト教世界の修道生活を経て、中世前期のアッシジのフランチェスコや、中世後期ルネサンス時代のレオナルド・ダヴィンチを経て、イタリアからフランスへ。両者はともに豊かな農業国だ。 そして19世紀の英国で一大潮流となった。
「ベジタリアン」(vegetarian)というコトバが誕生したのは、1842年のことだそうだ。それまでは、「ピュタゴラス的食事法」と呼ばれていたらしい。そう呼ばれてきた歴史のほうがはるかに長いということだ。逆にいえば、思想として確立したのは近代になってからということになる。
以後、英国から米国、ドイツ、さらにはロシア、日本へとベジタリアンの思想と行動が拡がっていく。日本では、詩人で童話作家の宮沢賢治がもっとも有名だろう。賢治には「ビジテリアン大祭」という作品がある。
■ベジタリアン思想の系譜にあるトルストイ主義
このベジタリアンの系譜のなかにあるのが、19世紀ロシアの文豪トルストイ。土地貴族であったトルストイ伯爵は、自分の農地でみずから汗を流して農作業に従事、大地に根ざした生活を信条としていた。トルストイは、59歳で最終的にベジタリアンになった。肉食はいっさいしないことを決意し、実践するようになったのだ。
非暴力主義と平和主義を実践し、武器を焼き捨て兵役を拒否したのがドゥホボール教徒たちだ。カフカス地方に生まれたかれらについては、『武器を焼け-ロシアの平和主義者たちの軌跡』(中村喜和、山川出版社、2002)が最新の研究成果である。
ロシア帝国もその1つであった「近代国家」は、兵役を義務としていたが、その兵役義務を拒否したため、徹底的に弾圧されたドゥホボール教徒たち。カナダへの移住を資金援助するため、印税目的で執筆されたのがトルストイ晩年の大作『復活』だ。ああ、そうだったのだなと、あらためて深く感じ入る。ドゥホボール教徒たちの思想信条は、トルストイ主義ときわめて近い存在であったのだ。
いい機会なので、読まないままになっていたトルストイ晩年の思想を小説化した名作『光あるうち光の中を歩め』(新潮文庫、1952)を読む。
古代ローマの五賢帝時代のハドリアヌス帝時代、いまだキリスト教が迫害されていた時代を背景に描いた作品だ。この小説で、トルストイ主義について知ることができる。享楽にふけるローマ人一般とは異なる、額に汗水流して農作業に従事し、手作業を重視することから産まれる喜び、充実感。「原始キリスト教」の世界を理想としていたトルストイであった。
ドゥホボール教徒は19世紀末にカナダへの移住に成功するが、宗教に基づかないトルストイ主義者たちは、ロシア革命後のソ連で生きていくことになる。ロシア以外では、日本の「新しき村」もトルストイ主義の影響を受けた白樺派の作家・武者小路実篤がつくったものだ。
著者の筆頭に名を出しているのは、昭和女子大学の学長(当時)、この大学はトルストイ主義を理想として建学されたものであったことを今回はじめて知った。
コルホーズによる集団農場化が推進されたソ連で、モスクワ郊外にあった「生活と労働」は、さまざまないやがらせを受けるようになる。自由意志にもとづくコミューンが許されない状況となりつつあったのだ。
理想の地を求めてウラル山脈の先、アルタイ山脈の近くの西シベリアに移住を実行、苦労を重ねながらも定住に成功する。
しかし1930年代にはスターリンによる締め付けが厳しくなるなか、コミューンの指導者たちは逮捕され、強制労働の刑を受けたり、処刑された者もあった。そして、コミューンはコルホーズ化され、歴史から消えていった。
まさに受難である。タイトルにある「パッション」とは、キリスト教用語で受難を意味する。
■インド独立の父ガンディーに受け継がれたトルストイ主義
ロシアでは息絶えたトルストイ主義だが、その思想はインド独立の父ガンディーにも影響を与えているのである。
南アフリカ時代のガンディーと晩年のトルストイが書簡を交わしており、弁護士として成功していたガンディーは、南アフリカ時代に現地で土地を確保して「トルストイ農場」を開いていた。
言うまでもなく、インド出身でヒンドゥー教徒のガンディーは子どもの頃から「菜食主義」の生活習慣をもっていた。菜食主義を貫くジャイナ教徒たちとの接点があったことも大きい。このガンディーが、留学中のロンドンで誕生した「ベジタリアン」の思想と出会うことになった。生活習慣としての「菜食主義」と、思想としての「ベジタリアン主義」の出会いである。
ここにおいて、古代インド以来の「菜食主義」と、古代ギリシア以来の「ベジタリアン思想」(=ベジタリアニズム)が融合することになったのである。ガンディーという、インド出身で、近代西欧思想の影響をどっぷりと受けた生身の人間の心身において。
こういう思想の流れがあることを知っておきたい。また、こういう観点からガンディーの思想についても考えて見る必要があるだろう。
PS ベジタリアンを実践するのはむずかしい
ただし、私自身は「ベジタリアン」を理想としていながらも、なかなか徹底できないヘタレであります。肉食はできるだけ減らすように努力しておりますが、昔に比べたらあまり肉を食べたいという気持ちは、なくなってきましたけどね。野菜中心の食事を心がけております。もちろん、魚も卵も食べますよ。
<関連サイト>
「コミューン 生活と労働」について
Life and Labor Commune - Wikipedia(英語版。日本語版はなし)
https://en.wikipedia.org/wiki/Life_and_Labor_Commune
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