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2009年8月12日水曜日

「特攻」について書いているうちに、話はフランスの otaku へと流れゆく・・・


 鹿児島・知覧の「特攻平和会館は、2004年の2月だったと思う、例年になく大雪の降った屋久島で、登山靴にアイゼンつけて、身の丈ほどもある雪をかきわけかきわけ、縄文杉を見に行った帰り、長年の夢であった訪問が実現した。

 鹿児島で食べた焼き芋が実に美味かったことをいま思い出した。さすが本場の薩摩イモ(さつまいも)であった。

 鹿児島駅からは高速バスで約1時間くらいだっただろうか、南国鹿児島の海岸線を走って知覧へ。

 知覧は、「知覧茶」というお茶の産地で、薩摩藩の武家屋敷の残る、静かなたたずまいの武家町である。

 映画『ホタル』(・・原作は読んだが映画はみてない)で有名になる前であったが、若い特攻隊員たちを我が子のようにかわいがり、かれらを泣く泣く特攻に送りだした、"特攻の母"島濱トメさんの富屋食堂(・・訪問したときにはすでにお亡くなっており、お店は記念館になっていた。写真)に立ち寄り、手ぬぐい(下の写真参照)を買ってきた。島濱トメさんの、かみしめるべきコトバが記されている。


 陸軍航空隊の特攻隊少年飛行兵だった神坂次郎の『今日われ生きてあり』(新潮文庫、1985)は、知覧特攻基地で生き残った著者が、特攻で散っていった若者たちの遺書、手紙と残された者による回想によってつづる、読みすすめると涙の止まらない本である。

 小泉元首相の愛読書は、『あゝ同期の桜-かえらざる青春の手記-』(海軍飛行予備学生第十四期会=編、光人社、1995)という、海軍航空隊で特攻していった海軍予備学生の若者たちの遺稿、手記、残された者の回想を集めたものだったというが、小泉さんでなくても、特攻隊員たちが残した文章、写真を見れば、誰だって目頭が熱くなり、涙があふれるのを止めることはできまい。
  
 特攻作戦は『特攻-外道の統率と人間の条件-』 (光人社NF文庫、2005)で、戦時中海軍航空隊員であった元ビジネスマンの森本忠雄がいうように、まことにもって人の道を踏み外した、「外道の作戦」以外の何者でもない。作戦を立案した海軍軍令部参謀、そして命令を下した上層部は、人間とは思えない、まさに畜生の所業というべきである。

 「十死零生」。このことに関しては、海軍も陸軍も同罪である。
 
 しかし、特攻隊員として散華していった若者たちのことを、犬死にだとののしるのは言語道断である。ひとりひとりは決して作戦遂行のため、盲目的に死んでいったのではない。

 確実に死ぬこと、死ぬことが作戦遂行の前提である特攻について、残してきた家族に思考をめぐらし、戦争が終わった後の新生日本の捨て石となる覚悟を決めて飛び立っていった学徒出身のインテリ将校を多く含む若者たち・・・。その姿勢は崇高としかいいようがない。

 この点については、むしろ日本人よりも、フランス人のほうが理解が深いのかもしれない。

 たとえば、特攻隊をテーマにした外国人による本にはこんなものがある。

 日仏会館館長もつとめたフランス人思想家モーリス・パンゲの『自死の日本史』(竹内信夫訳、筑摩書房、1986)、フランス人ジャーナリストのベルナール・ミローよるドキュメント『神風 Kamikaze』(内藤一郎訳、早川書房、1972)、フランス右派知識人オリヴィエ・ジェルマントマの『日本待望論-愛するゆえに憂えるフランス人からの手紙-』(竹本忠雄=監修、吉田良克訳、産経新聞社、1998)

 とくにモーリス・パンゲの本は、ずいぶん昔に日本語版がでたときにすぐ読んだのだが、日本人として大いに教えられることが多かった。名著である。

 こうして並べてみると、なぜかフランス人によるものばかりである。

 フランス語の原文で読んだわけではないが、日本語訳でこれらの本を読んできた限り、深い共感をもって日本人の生き様を描いている。それも日本人自身が意識にしていない深いレベルにおいて。

 これらの著作をつうじて、特攻を「高貴なる自死」として哲学的、思想的に捉える伝統がフランスではすでに形成されているのだろうか?

 フランスでは日本のマンガやアニメ人気が強いが、単に面白いから熱中しているだけでなく、こういった思想面での日本理解が影響しているのだろうか?

 アングロサクソン圏ではなく、第二次大戦で壊滅的打撃を受けた、かつての同志ドイツやイタリアでもなく、フランス人が捉えた日本人の深い精神的な側面。

 一般に、フランスは中国と並んで、いわゆる「中華思想」の国だと見られているが、こういう見方もあるようだ。

 科学史家・伊東俊太郎との対談 『文明移転-東西文明を対比する-』(中公文庫、1984)のなかで考古学者の江上波夫が紹介しているのだが、行動する作家でフランスの文化大臣もつとめたアンドレ・マルローが、世界で文明国といえるのは日本、イラン、フランスだけだといっているらしい。

 その心はというと、日本には建築も、庭園も、絵画も、彫刻もあり、工芸も優れており、文学の面では詩も、歌も、ドラマも、小説もあり、その他の分野についても日本にはなんでもある。こういうなんでもそろっている国こそ文明国というべきであり、この条件を満たすのは、日本以外ではイランとフランスしかない、と。

 なるほどそういう見方もあるのかと、ずいぶん昔だがこの本を読んだとき、強く印象に残った。

 こういう観点からみると日本とフランスは、実は相思相愛だが同床異夢という関係なのだろうか?

 いやむしろ、デカルト以来の数学ロジック重視のフランスと、どちらかといって感性重視の日本は、お互い相補的(complimentary)な関係にあるのかもしれない。

 日本人がみるフランスは、かつてのように映画、文学、思想を含めた文化芸術のすべてについて憧れる対象ではなくなっているが、フランスで修行する日本人パティシエ(お菓子作り職人)や、フランス人F1ドライバーと結婚した元"国民的美少女"の日本人、フランス人セレブと結婚した日本人元アナウンサーなど、どちらかというと女性週刊誌的話題がいまでは中心のようだ。
 日本女性はフランスでは非常に人気が高いとはよく聞く話だ。フランス人と結婚した日本女性には女優の岸恵子という先例がある。

 一方、フランス人がみる日本は、アニメ・マンガ・合気道・書道・・とやはり日本固有の色彩の強い文化と芸術である。フランス印象派が日本の浮世絵から圧倒的な影響を受けた、という時代から同じ流れではある。

 ちなみにアニメ・マンガの熱烈なファンを意味するオタク(l'otaku)というコトバは、すでにフランス語の普通名詞として使われているようで、インターネットで france と otaku で検索したら、なんとフランス人の「鉄っちゃん」(=鉄道ファン)のブログ densha otaku 365 という、電車大好き人間のブログがでてきた。いやあ、驚きですねー。日本の鉄道についても実に詳しい!
 ちなみに、私は大学時代、第二外国語として習ったフランス語だが、フランス語会話は精神科医なだいなだの奥様のマダム・ラガッシュが先生であった。

 フランスにとっての日本は、同じアジアとはいっても、植民地として直接統治した仏領インドシナ(ベトナム・ラオス・カンボジア)とは違って、愛憎相半ばする関係ではないのだろう。

 ベトナムについては、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『インドシナ(1992年)なんて映画みると、フランス人はいまでもベトナムを失ったことが悔しいということが伝わってくる。ベトナムからみればまったく迷惑な話だろうが・・(YouTubeで米国版の trailer 視聴可能 音声注意!)。

 ずいぶん以前のことになるが、あるベルギー人の若い男性が、植民地として統治してきたコンゴ(=ザイール)のことを、あたかも自分の裏庭みたいな話し方をするのを聞いて、内心強く不快感を感じたことを覚えている。フランス人のカンボジアでの態度をみていると、いまでも同様の感想をもつ。さすがベトナムでは、私が見る限り、フランス人が我が物顔で振る舞うことはできないようだ。

 そういう意味では、日本とフランスは、愛憎相半ばする関係ではないので、いい距離感をもってつきあえる相手かもしれない。もちろん国際ビジネスにおいては、たとえば高速鉄道というハイテク分野で日本・フランス・ドイツが激しい競争を展開しているが。

 日本人もかつてのようなフランス熱が冷めて、フランスに対する一方的な憧れもなくなったから、等身大でつきあえるようになっているのかもしれない。

 そういえば、フランス語では日本趣味が高じて、日本的なライフスタイルをすることを er 動詞で tatamiser(タタミゼ=畳する)と表現することを思い出した。造語法としても、表現としても面白い。 

 話が「特攻」から大きくずれてしまったが、なぜフランス人は日本を好きなのか考えてみるのは面白い。また別の機会に取り上げて考えてみたいと思う。



<関連サイト>

La mort volontaire au Japon, par Maurice Pinguet
・・『自死の日本史』(モーリス・パンゲの、竹内信夫訳、筑摩書房、1986)のフランス語原著

DENSHA OTAKU 365・・フランス人電車オタクのブログ(フランス語)



<ブログ内関連記事>

書評 『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006)

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)

大東亜戦争の開戦決定に至るまでの、集団的意志決定につきまとう「グループ・シンク」という弊害について

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書評 『極限の特攻機 桜花』(内藤初穂、中公文庫、1999)-人間爆弾の開発にかかわった海軍技術者たちと散っていった搭乗者たち、そして送り出した人たち

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2011年1月号 特集 「低成長でも「これほど豊か」-フランス人はなぜ幸せなのか」を読む

Vietnam - Tahiti - Paris (ベトナム - タヒチ - パリ)

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)


*読みやすくするために、行替えなど本文を少し手をいれた。内容はいっさいいじっていない。また関連記事を整理して挿入(2011年5月6日)。 

情報追加(2015年8月22日)。


P.S. 朗報!『自死の日本史』が講談社学術文庫から復刊!! ぜひ読むべき名著。★5つでわたしは推奨します!(2011年6月9日 追記)








(2012年7月3日発売の拙著です)







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