ワイン・ブルーではない。スワイン・フルーです。
ローマ字で書けば Swine Flu とつづる。Swine Influenza の略、すなわち豚インフルエンザのことである。
Swine が豚を表す古語であるためか、音声として耳で聞く限り決して悪い響きではない。ちなみに鳥インフルエンザは bird flu という。
ついに昨日(20日)には東京都内でも発症者発生か・・
墓参りを兼ねて京都で友達と飲もうかな、などと考えていたが無期延期か・・・なんてこと考えること自体すでにナンセンスだな。ニューヨーク帰りの高校生が発病しなかったとしても、京都から新幹線で2時間ちょっと、景気が悪くて人の行き来が減っているとはいえ、時間の問題であったといえる。
東京都内でもすでにマスクの品切れが始まっている。子供の頃に体験した石油ショック時のトイレットペーパー買占め事件を思い出すねー。
日本中のどこかにマスクは滞留してるはずなので、全国でチェーン展開しているドラッグストアなら在庫情報はリアルタイムでわかるはず。マスクに対する総需要に対して総供給量は決して不足していないはずである。
結局これはディストリビューションとロジスティクスの問題なのだ。ノーベル賞受賞の経済学者アマルティア・センが指摘する、自然災害発生時における大量飢餓発生の問題とメカニズムは同じだろう。緊急食料援助がなされても、必要とする人々に効果的、効率的に行き届かない・・・
パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大のことについて、時代を大幅に遡って考えてみてみよう。
歴史学のぜミナールに所属し、ヨーロッパ中世史で卒論書いた私にとって、パンデミックといえばなんといっても「黒死病」である。ペストのことだ。
黒死病が猛威をふるった時代に発生したユダヤ人虐殺が、ヨーロッパにおけるホロコーストの原型になったことは、歴史に詳しければご存じだろう。
時代は下るが、英国の小説家ダニエル・デフォー(Daniel Defoe)には、そのものずばりのタイトル 『ペスト』 という小説がある。原題は、The Journal of the Plague Year (1722)、1665年に大流行したロンドンのペストの記録文学である。
内容はさすが『ロビンソン・クルーソー』の作者だけある。17世紀ロンドンを襲ったペストの被害を、死亡者にかんする統計データをこれでもかこれでもかと出し、かつ即物的に、実に細かく描写した知られざる作品だ。ナマナマしい印象が読後感として残る。平井正穂訳で中公文庫から出ていたので大学時代に読んだのだが、残念ながら現在は在庫切れのままである。パンデミックが「いまここにある危機」なんだから、復刊すればいいのにね。
また、19世紀米国の文学者エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe :これにあやかって江戸川乱歩というペンネームが考案された)には、『赤死病の仮面』(The Masque of the Red Death)という、実に恐ろしい短編ホラー小説がある。
赤死病とは、黒死病をもじって創作した架空の伝染病なのだが、E.A. ポーのイマジネーションとリアルな描写力が強く印象に残る作品だ。
舞台設定は中世ヨーロッパ、パンデミックで死者が大量発生した状況下、浮世の憂さを晴らすため、プリンスが健康な男女の友人多数を、外部から完全にシャットアウトした城砦に集めて引きこもり、連日飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを続けていたある日、仮面舞踏会(マスカレード)の最中・・・・。
短い作品なので、ぜひ文庫本で読んでください。著作権は切れてるので、英語原文ならネットで公開されています。
最後に「コトバ狩り」について苦言を。
最近のメディアでは、いつからか特定しにくいが、「豚インフルエンザ」を知らないうちに「新型インフルエンザ」と言い換えていることに、本日ふと気がついた。
かつて大きな話題になった「狂牛病」も、知らないうちに「BSE」などという何の略語かわからない専門用語にとってかわられてしまっている。発音しにくいし、一般人には何のことかさっぱりわからない。
ところが、英語圏ではいまだに、mad cow disease といい続けている。読んで字の如く狂牛病である。フラフラになって倒れた牛の映像が、このネーミングのリアリティを担保していたのではなかったのか? 冒頭に書いたように、今回流行しているインフルエンザも同様に Swine Flu(豚インフルエンザ) のままだ。
「豚インフルエンザ」という表現が消えたのはなぜだ??
豚肉食べてもまったく関係ないのにかかわらず、食肉業界からロビー活動でもあったのか、それともマスコミによる自主規制か? イスラーム圏のエジプトで少数派であるコプト教徒(キリスト教)が飼育する豚が大量処分されたからか?
発生源が鳥ではなく豚だった、ということが今回のインフルエンザの重要なポイントなのに・・・本当に怖いのは鳥インフルエンザなのに、すでにパンデミックは今回でおしまいと勘違いしてしまわないのか?
日本は、本当におかしな国になってしまっている。
作家の筒井康隆が過剰なコトバ狩りに抗議して「断筆宣言」したことなど、もうとうの昔に日本人の記憶から消えているのだろうか。なぜ現実から目をそらすのだ、いや目をそらさせるのだ?
何か不透明なものを感じるのは私だけなのだろうか?
<付記>
ダニエル・デフォーの『ペスト』が中公文庫から改版として復刊されるようだ。時宜を得た復刊は歓迎だ(2009年7月18日記す)。
P.S. 2011年11月12日にタイトルを改題して、行替えを行い加筆した。
PS2 『ペストの記憶』というタイトルで「英国十八世紀文学叢書 第3巻 カタストロフィ」として、 研究社から2017年9月27日に武田将明訳で出版。(2017年9月28日 記す)
<ブログ内関連記事>
大飢饉はなぜ発生するのか?-「人間の安全保障」論を展開するアマルティヤ・セン博士はその理由を・・・
・・総需要に対して総供給が十分対応しているのにもかかわらず、末端に供給が行き渡らないのは、ディストリビューションとロジスティクスが問題
「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
・・「『健康と食事』を読んで驚くのは、すでに1922年から1924年にかけての時期に、「狂牛病」について警告を発していたことである」
「TPP」 という 「めくらましコトバ」 にご用心!
(2015年10月2日、2017年8月21日 情報追加)
(2020年5月28日発売の拙著です)
(2019年4月27日発売の拙著です)
(2017年5月18日発売の拙著です)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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