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2026年7月17日金曜日

書評『世界の経営幹部はなぜ日本に感化されるのか ― 伝統文化の叡智に学ぶビジネスの未来』(高津尚志、日本経済新聞出版、2025)― 日本のハイカルチャーから「気づき」を得る世界のエグゼクティブ候補たち。そのかれらの「気づき」からさらに日本人が学ぶべきことはなにか


 
「インバウンド公害」とまで言いたくなるほど外国人が殺到する現在の日本。 

円安がその大きな理由の一つだが、それだけではない。基本的に、日本のポップカルチャー、とくにアニメやマンガが世界的に浸透しているという現実が根底にある。アニメの舞台になっている日本をこの目で見て、体験したいという動機である。 

「なぜ世界中の人たちが日本に憧れるのか?」こんな問いがなされるようになるとは、10年前、20年前には考えもしなかったことだ。だが、インバウンドの巨大潮流のなか、日本人もその意味にようやく気がつき始めているといっていいかもしれない。 

  
スイスのビジネススクールIMDの、いわゆる「エグゼクティブMBA」で学ぶ外国人経営幹部むけの日本での研修を企画し実行してきた著者が、研修の中身を紙上で再現し、書籍化したものだ。 

アニメやマンガといったポップカルチャーではなく、いわゆる「伝統文化」とされているハイカルチャーを実際に没入体験させ、チームワークを通じて参加者に「気づき」をもたらすことを意図したプログラムである。 




プログラムに登場するのは、禅、生け花、合気道、日本酒の4つである。もしかすると、日本人でも体験したことがないものばかりかもしれない。(・・残念ながら、日本酒もそうなりつつあるようだ。日本酒はポピュラーカルチャーからハイカルチャーに格上げか?)。

この本を読んでみることにしたのは、合気道が取り上げられているからだ。留学中のことだが、わたしは米国で英語で AIKIDO を指導した経験がある。合気道が米国人にど受け取られているかは熟知しているつもりだ。

外国人ならずとも、プログラムのそれぞれ「気づき」を得ることができるだろうが、個人単位ではなくチームで取り組んだなら、なおさら得るものは多いだろう。本書を読む日本人(・・おそらく、経営幹部を目指すなど上昇志向をもった「意識高い系」のビジネスパーソン)にとっても、外国人の「気づき」から、さらに自分自身の「気づき」が得られるはずだ。

ただし、禅や生け花、合気道などは、あくまでもハイカルチャーであって、現在の日本人の日常のライフスタイルからかけ離れた「伝統文化」となってしまっている(・・ただし、大正時代に成立した合気道が「伝統文化」であるかどうかは、異論もあろう。そもそも柔道であれ剣道であれ、明治時代以降に確立した「近代武道」であり、「伝統文化」であるかどうかは意見が分かれるところだろう)。 

とはいうものの、日本人ならどれか一つでもいから、意識的に取り組んでみることに意味あるだろう。みずからの「内なる日本」に目覚めることが必要だからだ。「内なる日本」に自覚的になることが大事である。 

さらに重要なことは、「日本的価値観」をふくめた「日本文化」がポジティブな価値付けがなされてグローバルに定着しつつある状況と、現実の日本人が無意識的に「常識」としているものに大きなギャップが存在するようになっているからだ。 

具体的にどういうことかというと、日本ではあまり知られていないようだが、小文字で始まる zen が「リラックスして雑音にわずらわされない精神状態」を意味する英語の形容詞として定着し、現代人のライフスタイルを支える重要な価値観として、日本人以外の人びとのあいだで内在化されるようになってきている。

これは、wabi-sabi (わびさび)や ikigai(生きがい)も同様で、これらをタイトルにした英語の本はベストセラーとなり、ロングセラー化している。WABI SABI: Japanese Wisdom for a Perfectly Imperfect Life(by  Beth Kempton) や IKIGAI: The Japanese Secret to a Long and Happy Life(by  Hector GARCIA & Fransec Miralles) がそれだ。

茶道に由来して一般化した日本語の ichigo-ichie(一期一会)もまたそうだ。IKIGAI の著者たちによる  The Book of Ichigo Ichie: The Art of Making the Most of Every Moment, the Japanese Way である。

このような状況のなか、すでにグローバル化されてしまっている世界で生きることを余儀なくされている日本人に必要なことは、以下のようにまとめることも可能ではないだろうか。

英語圏における zen や wabi-sabi などについて、その日本語本来の意味と現代日本における変容、そして英語化されたコトバとの外形的な共通性だけでなく、両者のあいだに存在する意味のズレを意識し、敏感になること。これがコミュニケーションにおいて必要となる。英語圏以外の言語圏においても、基本的に英語圏の影響を大きくうけるからだ。日本以外のアジアも同様だ。

そのためには、高度なマインドセットと、脳内での複雑な知的操作が必要であろうが・・・


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目 次
プロローグ トップビジネススクールが、いま日本からなにを学ぼうとしているのか? 
第1講  禅に学ぶ自己のマネジメント 不安と対峙し、ゆるぎない自分を確立するには 
第2講 生け花に学ぶチームのマネジメント 真の協力を生み出し、イノベーションを出現させるには 
第3講 合気道に学ぶ自他共栄のマネジメント 競合やパートナーとともに、市場や社会に貢献するには 
第4講 日本酒に学ぶ社会・環境との持続的共生 質を求め、自然と向き合い、場を豊かにするには 
特別講義 日本文化の「きく力」をどう生かすか?(エバレット・ケネディ・ブラウン) 
リフレクション 移行期における「日本」への視線と自己認識のギャップ 
エピローグ 世界の経営幹部を感化する日本 
解説/あとがき/参考文献一覧/講師紹介


著者プロフィール
高津尚志(たかつ・なおし)
IMD北東アジア代表。早稲田大学、INSEAD(MBA)、桑沢デザイン研究所、IMDなどで学ぶ。日本興業銀行、ボストンコンサルティンググループ、リクルートを経て現職。スイスIMDビジネススクールの日本における代表として、主に日本企業のグローバル経営幹部育成の支援に従事する。日本の競争力向上に向けた産官学の対話促進の活動にも取り組み、日本の伝統文化の世界のリーダー教育への活用や日欧間の芸術・文化交流にもかかわる。カナダとフランスに留学したほか、世界数十カ国を訪問する一方、「日本再発見塾」実行委員も務め、日本の地域文化にも親しむ。大学院大学至善館理事。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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PS 講道館柔道と合気道の融合から生まれた「望月流合気道」

合気道が取り上げられているので読んでみたわけだが、合気会に所属しているわたしは、講師が所属する「望月流合気道」というのは知らなかった。講道館の嘉納治五郎が植芝盛平のもとに送り込んだ弟子の系統にあるものだそうだ。なるほど「精力善用」というコンセプトは、講道館ならではだな、と。 


PS2 「いま、ここ」は英語では「here now」。そのズレを意識せよ!

本書の「生け花」の項で「いま、ここ」の重要性が説かれていて(p.108)、そのことにかんしては大いに賛同するものであるが、「いま、ここ」の英語表記が now & here になっていることには違和感を感じる。英語では here now とするのが一般的だからだ。

そのほうが英語の口調として自然であり、『Be Here Now』という1971年に米国で出版された有名なスピリチュアルものの古典もあるくらいだ。 日本語訳のタイトルも『ビ・ヒア・ナウ 心の扉をひらく本』となっている。スティーブ・ジョブズの愛読書でもあった。

もちろん、英語においては、自分がいる場を中心に外側へ拡がっていく「ズームアウト」の発想が基本であり、日本語においては、全体から部分に向かう「ズームインの発想」が基本である。これは姓名の表記や住所表記に端的に表れる。日本語と英語は真逆になる。

「いま、ここ」は、「いま」この瞬間が「ここ」という場になるという発想であり、「随所に主となる」という禅仏教の『臨済録』のフレーズを想起させる。どこにいようが、「いま」が「ここ」になるのである。「いま」という瞬間に、「ここ」という自分がいる場が定まるのである。

「いま、ここ」と「here now」の意味論的なズレについて考察を深める必要があろう。 これは「古き良き日々」と「good old days」にも当てはまることだ。これまた単なる口調の良さだけでんばく、後者の英語的発想においては、「good」(良き)は「old days」(古き日々)の全体を形容しているのである。

日本語の発想と英語の発想の違いに敏感になることが必要だ。そのことがわかっていたうえで、あえて意図的に「now & here」としたのであれば、それはそれで意味があるといっていいのだが・・・



<ブログ内関連記事>

・・「「西洋人の目」とは、いわゆる「オリエンタリズム」のプリズムをいったん通過した日本であり、龍安寺の石庭や高野山といった、伝統的で、精神的な日本である。「タイ人の目」とは、著者と同世代以下のタイ人がものごころついてからドップリと浸かってきた日本のマンガでありアニメをつうじたものであり、また日本映画をつうじて同世代以下の一般のタイ人には親しい世界である。この両者が作家のなかで同居し、両立することで、あくまでも同時代人とて、等身大の日本をみる視点ができあがっているようなのだ。」  ポップカルチャーをベースにハイカルチャーまで進むことが、日本人にとっても重要であろう

・・正座が日本で一般的に普及するようになったのは明治時代以降のこと。室町時代以来の「日本文化」である茶の湯だが、それ以前は限られた人たちのあいだで行われていたに過ぎない

・・「伝統」は「創られる」もの。「伝統文化」を盲目的にありがたく受け取るのではなく、その意味を知的に考察することが重要

・・「動く禅」(moving Zen)は英語圏では AIKIDO愛好家のあいだではよく知られたフレーズ







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