先日のことだが、『わたしは楳図かずお ― マンガから芸術へ』(楳図かずお、聞き手=石田汗太、中央公論新社、2025)を読んだ。
最近の若い世代についてはわからないが、楳図かずお先生を知らない日本人はいないはずだ(と思う)。 数々の傑作を残した日本を代表するマンガ家の一人である。
いや、マンガ家を越えた多才な個性の持ち主で、トレードマークの赤白のボーダー柄が目に焼き付いている、その存在そのものが突出した人であった。惜しくも2024年に88歳でお亡くなりになった。
そんな楳図かずお(以下、敬称略)の聞き語りをまとめて「自伝」としたのが、本書である。1960年生まれの読売新聞の文化部の記者がインタビューによって引き出したものだ。「時代の証言者/楳図かずお 『怖い!』は生きる力」として連載され、再構成のうえ大幅に加筆されたものだということだ。
カバーのカラー装画は、楳図かずお自身によるもの。マンガ家を休筆してのち芸術家に進化した2022年の作品だ。後期の傑作『わたしは慎吾』を絵画化した連作ものの『ZOKU-SHINGO』の「追想」という作品である。
本書のタイトル『わたしは楳図かずお』は、言うまでもなく『わたしは慎吾』をもじったものだ。楳図かずおが亡くなったあとの出版なので、聞き手によるオマージュといっていいのかもしれない。
聞き手とほぼ同世代のわたしは中学生時代、『おろち』など少女マンガのホラーもの作者として知ったのが、楳図かずおのマンガとの最初の接触であった。担任教師が学級文庫に持ち込んでいたから読んだのである。あんな怖いマンガは本当にないといっていいいのではないか。本当に怖いのは人間の心なのである。
その後、国民的マンガとなった『まことちゃん』には、また違う意味で驚かされた。「グワシ」のポーズを覚えているだろうか? ホラーもの作者だと思い込んでいたのに、ギャグマンガとのあまりもの落差に驚かされたからだ。自分が中学から高校時代にかけての連載だった。
楳図かずおといったら、代表作は『漂流教室』だとする人が多いのではないだろうか。わたしもそうだが、これは社会人になってから青年マンガ誌の連載をで毎週読んでいた。現在は当たり前になったパラレルワールドものの先駆的な作品である。傑作である。
中学生時代から折に触れ読んできた楳図かずおのマンガ作品だが、本書を読むことで、和歌山県の山中に生まれた楳図かずおの発想の原点がどこにあったのか、手塚治虫の影響を脱して「独自の絵柄」が確立するまでの苦労がいかに大変なものであったか、そして時代の先を行く直観による鋭い考察力など、聞き手が引き出してくれたおかげで知ることができた。
あらためて驚いているのは、楳図かずおの作品はまったくアニメ化されていない(!)という事実である。複雑な思いもなくはないのだろうが、楳図かずお自身はそれを誇りだと語っている。早い時期から『ゲゲゲの鬼太郎』がアニメ化されていた水木しげるとの大き違いである。
まずはアニメが先にあって、その原作であるマンガへと進むのが、年少読者としては一般的な取り組み方だろう。英語に anime and manga という表現(・・順番に注目!)が一般化していることが、その関係をよく示している。その意味では、マンガ作品だけで読まれ、高く評価されてきた楳図かずおは、特異な存在といっていいのではないか。
マンガを休筆したあとの絵画作品を見れば、マンガ家時代から芸術性の高いものであったことがよく理解できる。日本国内での評価だけでなく、フランスでも高く評価されていることが、それを物語っている。
聞き語りによるこの「自伝」は、その対象者だけでなく、聞き手にとっても、読み手である読者にとっても「自分史」となりうる。
リアルタイムで読んでいたマンガの読書体験は、「自分史」を形成する重要な材料なのである。日本人にとっては、ほぼ間違いなくそうだと言えるのではないだろうか。 しかも、自分にとっては、楳図かずおは亡父と同年生まれである。
そのなかでも、楳図かずおの絵柄とストーリーのもつチカラは、マンガ体験のなかでも特異なものとして、記憶のなかに強く刻印されている。アニメ化されない、特異なマンガ作品として。
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目 次第1章 恐怖マンガの時代 1936~1968第2章 心理サスペンスの時代 1969~1981第3章 人類滅亡SFの時代 1982~2024あとがき(楳図かずお)楳図かずおの森―聞き書きインタビューを終えて(石田汗太)主要参考文献
著者プロフィール楳図かずお(うめず・かずお)1936年9月3日、和歌山県に生まれる。19555年「森の兄妹」でマンガ家デビュー。1960年代に少女誌で恐怖マンガブームを巻き起こし、1970年代以後はスケールの大きいSFや、ギャグ分野でも数々の傑作を生み出す。2022年に連作絵画「ZOKU‐SHINGO」を発表し、芸術へ創作活動を広げる。「漂流教室」などで小学館漫画賞(1975年)、「わたしは真悟」で仏アングレーム国際漫画祭遺産賞(2018年)を受賞。2024年10月28日、88歳で死去。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)聞き手プロフィール石田汗太(いしだ・かんた)読売新聞東京本社編集局文化部記者。1960年、東京に生まれる。1984年に読売新聞社入社、1994年から文化部で文芸、マンガ、サブカルチャーなどを担当。中央公論新社文庫統括本部長などを経て、2017年から2023年まで文化部編集委員。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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