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2022年12月31日土曜日

書評『イノベーターたちの日本史ー近代日本の創造的対応』(米倉誠一郎、東洋経済新報社、2017)ー 危機的状況を「創造的対応」で切り拓いてきたイノベーターたち

(前列左から伊藤博文、大隈重信、井上馨)

『イノベーターたちの日本史ー近代日本の創造的対応』(米倉誠一郎、東洋経済新報社、2017)を読んだ。この本は面白かった。ビジネスパーソンであれば、そうでなくてもぜひ読むことを勧めたい本だ。

5年前に出た本だが、すぐに読む必要はなかろうと思って、ほったらかしにしていた。高峰譲吉もまた本書に登場する重要人物であることを知って読むことにしたのだがが、期待をはるかに上回る内容であった。

取り上げられているのは、高島秋帆、大隈重信、笠井順八、三野村利左衛門、中上川彦次郎、岩崎弥太郎、岩崎弥之助、高峰譲吉、大河内正敏、などである。といっても、大隈重信と岩崎弥太郎以外はあまり知られていないだろう。

いずれも、技術革新に限定されない広い意味のイノベーションを実行した人物たちなのである。もちろん、著者の主観にもとづく好みが大いに反映されたチョイスである。だからこそ面白い。

著者は、以下のようなテーマ設定を行って、人物を中心にしたケーススタディとして描き出している。

アヘン戦争(1840年)のインパクトをどう受け止め、どう対応したのか。この点で日本は中国や朝鮮とは大きく異なっていただけでなく、幕府はなぜ米国の挑発に乗らずに戦争を回避できたのか。
(*この点にかんしては、大東亜戦争では米国の挑発に乗って、徹底的に叩きつぶされたのとは真逆である)。

攘夷に邁進した下級武士を中心とした志士たちの一部が、なぜ明治維新体制の担い手に転換できたのか。しかも、みずからの出身母体である武士階級を解体するという、自己矛盾に満ちた難問をほぼ無血で解決することができたのか。
(*この点にかんしては、17世紀英国の名誉革命と比較すべきであろう。恐怖政治をもたらしたフランス革命となまったく異なる)。

士族という名称は残ったが、実質的に解体された士族たちは、「秩禄処分」による有償の給付である「士族授産」をどう活かし、企業家として時代の転換期に転換できたのか。

三井家のような商家が、どう激動期を乗り越えてみずから転換し、「財閥」として生き残ることができたのか。三菱のような新興財閥がなぜ必要とされたのか。

そして、近代化が一段落した大正時代以降に、模倣の時代からいかに抜けだし、知識ベースの産業立国へと脱皮していったのか。

「開国」前夜から日本と日本人が、いかにしてシュンペータのいう「創造的対応」によって危機的状況を乗り越えてきたのかを描いた本書は、政治中心の日本近現代史とは違う、「経営史」のアプローチによるものである。

もともと佐々木潤之介ゼミで日本近世史から出発した著者にとっては、集大成ともいうべき内容の本である。著者本来の専門の成果である『経営革命の構造』(岩波新書、1999)とならんで、著者の代表作といっていいのではないか。もっと早く読んでおくべきだった。




目 次 
はしがき
第1章 近代の覚醒と高島秋帆
 1 イギリスの大英帝国建設とアヘン戦争
 2 情報感受性 ー アヘン戦争をめぐる情報と認識
 3 高島秋帆の情報感受性
第2章 維新官僚の創造的対応 ― 大隈重信 志士から官僚へ
 1 志士たちにとっての外交 
 2 隠れキリシタンが国を創る 
 3 外交から財政へ 
第3章 明治政府の創造的対応 ― 身分を資本へ 
 1 財政再建と秩禄処分 
 2 秩禄処分と士族授産 
第4章 士族たちの創造的対応 ― ザ・サムライカンパニーの登場 
 1 笠井順八とセメント事業 
 2 小野田セメントの創業と公債出資 
 3 苦難の創業期 
 4 最新鋭設備の苦悩と人材投資 
第5章 創造的対応としての財閥 ― 企業家が創り出した三井と三菱 
 1 組織イノベーションとしての財閥 
 2 三井財閥ー人材登用と多角的事業体 
 3 三菱の創造的対応 
 4 財閥という創造的対応 
第6章 科学者たちの創造的対応 ― 知識ベースの産業立国 
 1 世界的科学者・企業家としての高峰譲吉 
 2 大河内正敏と理研コンツェルンの形成 
終章 近代日本の創造的対応を振り返る 
あとがき 

著者プロフィール
米倉誠一郎(よねくら・せいいちろう) 
一橋大学イノベーション研究センター特任教授、法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 1953年東京都生まれ。一橋大学社会学部、経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学歴史学博士号取得(Ph.D.)。1995年一橋大学商学部産業経営研究所教授、97年より同大学イノベーション研究センター教授。2012?14年はプレトリア大学GIBS日本研究センター所長を兼務。現在、Japan-Somaliland Open University 学長、アカデミーヒルズ日本元気塾塾長、『一橋ビジネスレビュー』編集委員長を兼務。2017年4月より現職。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセス、組織の史的研究を専門とする。主な著作に 『経営革命の構造』(岩波新書)、『創発的破壊――未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)、『オープン・イノベーションのマネジメント』(共編、有斐閣)などがある。


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2022年12月30日金曜日

書評『高峰譲吉文集 いかにして発明国民になるべきか』(鈴木淳編、岩波文庫、2022)ー「発明国民」こそ日本が生き残るためのカギだ!

 

おお、「発明国民」! すごいコンセプトだな。ものすごくインパクトがあるな! 

エジソンがでてくる前は、米国ではなんとベンジャミン・フランクリンが「発明王」とされていたらしいが、そのエジソン(1847~1931)と同時代の米国に生きた日本人が高峰譲吉(1854~1922)だ。 

エジソンは電気の分野での発明家であったが、高峰譲吉は化学の分野での発明家であった。しかも、発明を事業化し、特許収入によって富を築いたベンチャー起業家でもあったことも共通している。世俗的な成功という観点からいったら、高峰譲吉のほうが上かもしれない。 

高峰譲吉は、米国人と結婚し、米国を拠点に活動を行った人物だが、現在でも胃腸薬に使用されている「タカジアスターゼ」を発明し、副腎から「アドレナリン」の結晶化を世界ではじめて行った科学者でもある。まさに、世界的な発明家で科学者である。 


(第一三共胃腸薬に使用されている「タカヂアスターゼ」)


この文庫本は200ページ弱の本だが、この本には高峰譲吉の肉声が詰まっている。日本に帰国した際の講演や、雑誌に寄稿した文章で構成されている。 

なんといっても、発明と発見に至る苦心談に読ませるものがある。それはもう、まさに苦難につぐ苦難の連続としかいいようのない状況のなかでブレイクスルーが実現したのである。 ギリギリまで追い込まれて、本来の意図とは別のところで実現した発明、そして発見に至る先陣争いなどなど。 


(「窒素リン酸カリ」 東京都江東区の釜屋堀公園の「人造肥料工業発祥の地」の石碑の一部 筆者撮影)


幕末に生まれ、科学教育を受けた第一世代であった高峰譲吉。

英国に留学して化学の専門教育を受けたかれは、技術官僚を経て独立渋沢栄一の賛同を得て人造肥料製造会社を設立、その後は米国を拠点に研究活動に従事し、民間外交官として日米親善に尽くした。 

そんな高峰譲吉のことばは、現代でも大いに響くものがある。 


「私は人のやってないことをやりたい性分で・・」
「いかなる発明も実地に応用するあたわずんば、もって真価を発揮するに足らず・・」
「日本人は模倣国民と称せられているが、模倣に巧みなることは発明の前兆である。従来、米国はすべて欧州の真似をしていたのである・・」 


まさに独創的研究と発明がなにによってもたらされるか、語ってやまないではないか。

日本では、どうしても野口英世ばかりに脚光があたりがちだが、高峰譲吉こそ評価されてしかるべき人物であろう。 

個人的には「演説 天然瓦斯」(1889年)に注目したい。化学者の立場からクリーンエネルギーとしての天然ガスについて語った講演録である。高峰譲吉は、時代に大きく先駆けていいたのであった。





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・・地震後に火災で大量に死者が発生したのは、地震による液状化現象と「南関東ガス田」から漏れ出したガスが原因だという仮説がある。南関東ガス田のガス埋蔵量は800年分。いまなおメタン菌によってメタンガスが生成されているという


なお、大多喜天然ガス株式会社ある千葉県は、世界的なヨウ素生産地である。地下水のなかには天然ガスだけでなくヨウ素も大量に含まれているのである。日本には世界全体の埋蔵量の3分の2がある!


(2023年8月30日 項目新設)



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2022年12月29日木曜日

書評『新・AV時代 全裸監督後の世界』(文春文庫、2021)ー「その後」の1990年代の話も面白い



1980年代はレンタルビデオの全盛期だったが、1990年代はセルビデオがビジネスモデルとして成立し、高橋がなり氏の SOD(ソフト・オン・デマンド)が全面開花した時代だ。 

この本は、AVの世界を牽引してきた人物列伝といった趣だが、なぜか第2章にはテリー伊藤が登場する。テリー氏の初の著書『お笑い北朝鮮』の取材旅行に同行した話が書かれていて、これがまた興味深い。 

テリー伊藤を登場させたことで、その下でADとして働いていた高橋がなりがテレビの世界の出身者であることの意味がわかってくる。 

一発勝負のビデオの世界と、企画力と事前のリハーサルが当たり前のテレビの世界の違い。そのビデオに世界にテレビの方法論を持ち込んだがゆえの成功と失敗高橋がなり氏も出演していたTV番組「マネーの虎」の話もでてくるので懐かしい。 

テリー伊藤や高橋がなりといった人たちだけでない。それ以外の訳ありの人物たちも大いに読ませるものがある。

それにしても、本橋信宏氏の筆力には読まされる。まさにプロの作家であると感心。 みずからが取材の現場に立ち会い、みずからも体験している世界。その世界の人でありながら映像系の人ではなく、あくまでも文筆の世界の人その距離感もまた読ませる理由の一つなのだろう。 

知る人ぞ知る世界の話だが、1980年代後半のバブル時代との違いは明らかだ。そういう時代だったのだな、とあとから振り返ることになる。それは読者にとっても、著者にとっても同様である。 

もはやビデオの時代でもDVDの時代でもない。媒体としてのメディアは変化し、インターネット時代にはAVの世界も変化していく。 

そう考えると、衛星放送に賭けて大失敗した村西とおる氏が、いかに時代の先をいっていたかが納得されるのである。ビジネスにおいては、先見性がありすぎるのも問題ということか。 



目 次 
はじめに
プロローグ 
第1章 村西とおる 
第2章 テリー伊藤 
第3章 岩尾悟志 
第4章 日比野正明 
第5章 代々木忠 
第6章 佐藤太治 
第7章 高橋がなり 
第8章 全裸シリーズ 
第9章 彼らの奇跡 
エピローグ
十一年後のあれから。

著者プロフィール
本橋信宏(もとはし・のぶひろ)
1956年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。政治、思想、事件、風俗などをテーマに、ルポルタージュ、小説と幅広く執筆。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2022年12月28日水曜日

書評『全裸監督 村西とおる伝』(本橋信宏、新潮文庫、2021)ー その人生には圧倒される!



近頃これほど、どんどん先を読みたい、さらに先を読みたいとさせる気にさせる本はなかった。 

さすがに文庫本で850ページを超える分厚い本なので一気読みというわけにはいかないが、これだけ本が厚くなっても村西とおるという人物の人生が面白いのだ。 

Netflix によるドラマ化後に文庫化されたようだが、世界的に大ヒットしたドラマ版はまだ見ていない。

このドラマを見るためだけに Netflix 契約しようかなと思ったこともあるが、YouTune や amazon prime video に加えてとなることもあり、さすがに動画三昧の生活とはいかないので禁欲している。 だから、原作の活字版を先に読むことにしたわけだ。 


ドラマ版は視聴していないのでなんともいえないが、村西とおるの怒濤のような進撃がつづいていた1980年代から1990年代初頭にかけての「バブル時代」を同時代にナマで体験し、当然のことながら村西とおるのことは知っていただけに、あえて再現映像で見る必要はないという気もする。自分のアタマのなかにイメージができあがっているからだ。映像化できなかったシーンもあるはずだ。 

それにしても「前科7犯、借金50億、求刑懲役370年」というキャッチフレーズはとてつもなくすごい。まさにジェットコースター人生である。絶頂期とどん底のコントラストが半端ない。絶頂期の猛烈な仕事ぶりは、イーロン・マスクも真っ青だろう(笑) 

そのディテールはこの本を読むとよくわかるし、すぐそばにいて同伴して疾走していた著者だけに、臨場感をもって描かれる。饒舌なまでの「応酬話法」を武器に快進撃をつづけ、度重なる窮地を脱することのできた村西氏だが、この本(・・単行本は2016年)ではじめて明かされた真相も数々あって読ませるのである。 

絶頂期とどん底を味わった男の人生ほど、読ませるものはない。村西氏も不死鳥のように復活している。エロを含めた時事問題にかんしての twitter での発言は、まさに正論。思わず「いいね」してしまう。 

文庫版の解説を書いている松原隆一郎氏が書いているように、村西氏は本質的にモラリストなのだろう。人間性の真実を見つめる厳しくかつ愛のある視点、過剰に見えながらも節度のある態度。息子が名門私立校のお受験に成功しても、絶対に子どもをだしに金儲けしようとはしない。 

時代の先を読む感覚にすぐれ、「事業家」として突出した存在であったが、「経営者」としては失格だったと言わざるを得ないだろう。近くにいて意見できるような「ナンバー2」を欠いていたためである。どんぶり勘定が当たり前となって下り、無謀な投資が実行されてしまったからである。 

だが、AV を世界に誇る(?)「日本文化」として確立した功績はきわめて大というべきだろう。マンガやアニメだけが日本文化ではないのだ。 

こんな人物が同時代にいるということだけでも、日本という国が、日本人という存在がすごい。そう感じないわけにはいかないのだ。 



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2022年12月24日土曜日

ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796年)は、ある程度の人生経験を積んでから読むと味わい深い

 

この長編小説は、ヴィルヘルムという一青年の前半生の人生修行を描いたものだ。最後の最後まで、どんでん返しにつぐどんでん返しで読者を引っ張っていく。 

身分制社会だった時代、「市民階級」に生まれながら、当時のドイツではいかがわしいとされていた旅芸人の一座に身を投じ、自分が好きな演劇の世界で身を立てようと苦労を重ねる青年。迷い道を歩きながらも多くの女性たちとのかかわりを経て、ついに本当に自分が進むべき道を発見し、秘密結社から「修業証書」を渡されて修行時代を終える。そんな内容だ。 

いわゆる「教養小説」というジャンルに分類される小説だ。というよりも教養小説の元祖とされる作品である。小説のなかで大きな意味を占めるのが、当時のドイツがモデルとして学ぼうとしていたシェイクスピアの『ハムレット』の上演をめぐるやりとりである。

最初から最後まで「演劇の精神」に貫かれたこの小説は、ヴィルヘルムが少年時代に熱中した人形劇そのものといえるかもしれない。見えない糸に操られた登場人物たち。登場人物たちの関係性は、小説が最後に近づいていくにつれて明らかになっていく。

教養小説とは、ドイツ語のビルドゥングスロマン(Bildungsroman)の訳語だが、「教養」という日本語のニュアンスとはどうも違うような気がする。「教養」というよりも、むしろ「修養」というべきであろうし、「人間形成」小説とか、「自分発見」小説といったほうがいいのではないか。 

とはいえ、さすが「人生の達人」ともいうべきゲーテである。18世紀末の1796年、ゲーテが47歳で完成した長編小説である。全編これ名言と格言の集まりといった趣きで、人間心理への洞察力、人間観察の深さ、語りのうまさを存分に味わうことができる。 

たとえば、かの有名な「複式簿記は、人間の精神が生んだ最高の発明の一つ」という名言は、ヴィルヘルムの友人で商人になった男のセリフにでてくる。このほか、「涙ながらにパンを食べ・・」は、竪琴弾きの老人が歌う歌詞にでてくる。このほか自己啓発関連の名言が、それはもうそれこそ山のようにでてくるのだ。 

マリアーネ、フィリーネ、アマーリエ、テレーゼ、ナターリエといった個性豊かな女性たちの描き方も、さすがゲーテというべきだろう。こういった、それぞれ身分もキャラも違う女性たちとのかかわりが、さまざまな意味で、青年ヴィルヘルムの人間性(と魂)を磨いていくのである。 

だがなんといっても、印象に残るのはミステリアスな薄幸な少女ミニヨンであろう。「君知るや南の国」で始まるミニヨンの歌も有名だ。ゲーテがつくりだした人物で、これほど印象に残る人物もほかにはないだろう。 

(映画『まわり道』から。ヴィルヘルムとミニヨンの出会いのシーン)

ちなみに、自分的には、この小説を翻案したヴィム・ヴェンダースの映画『まわり道』でミニヨンを演じた、少女時代のナスターシャ・キンスキーの印象がひじょうに強い。 

そして、全8巻のなかにあって、転換点となる第6巻にあたる『美しき魂の告白』

ある女性がつづった手記という形をとった、これじたいがひとつの短編小説のような内容だが、ひたすら自分の「内面の声」に忠実に生きようとした女性の、神との対話をつうじた自己の確立を描いたものだ。このような生き方は、現代でも外的世界とさまざまなコンフリクトを生み出すことは言うまでもない。 

人間は活動することで、人生という旅をつうじてさまざまな人との出会いと別れを繰り返し、たとえ迷い道を歩くことになろうとも、いつかは自分が生きるべき道を見いだすことになる。これが全編をつうじてのメッセージだろうか。 

人生経験を積んでから読むと味わい深く感じるのは、迷っている最中には本当の道がわからないからかもしれない。もちろん、この歳になっても迷いが消えたわけではないが。 


 
(画像をクリック!)



PS 外国文学の翻訳について 

それにしても、約40年まえに読んだときの内容をほとんど覚えていなかったことに驚いている。

小宮豊隆訳の岩波文庫の旧版があまりにもひどい訳だった(・・この人は漱石の弟子で漱石全集の編者として有名だが、ドイツ文学者でもあった) 。日本語にない白抜き句点を発明したり、まったく無意味な訳文であったことばかりが記憶に残っている。

もちろん、ミニヨンのことは覚えていたが、この小説の終わりのほうで描かれるミニヨンの最期は哀しいが、そんなことも記憶から消えていたとは・・。 

とはいえ、「新訳」であるこの岩波文庫版も問題がないわけではない。そもそも翻訳小説は、最初から日本語で書かれた小説と比べて、けっして読みやすいものではないが、違和感を感じるのは女性のセリフの訳である。 

いわゆる「女ことば」が存在するとされる日本語だが、あまりにもそれを強調すると、違和感を越えて滑稽にさえ響く。「・・わ。・・・わ。・・・わ」とつづく女ことば。いまの世の中、そんなしゃべり方する女性はいないだろう、と突っ込みたくなるのは、わたしだけではあるまい。 

男女間での差異が減少しユニセックス化が進む、現代日本語による訳が必要ではないだろうか。外国文学の翻訳者は、マンガやアニメのセリフなど、生きた日本語をもっと研究すべきだろう。


<関連記事>

・・『美しき魂の告白』で重要な意味をもつ「ヘルンフート同胞団」(モラヴィア同胞団)
モラヴィア兄弟団は、共通の体験、交わり、分かち合いを回復することによって教会の革新を目指す共同体運動の一つで、ドイツにおいてはモラヴィア教会(Herrnhuter Brüdergemeine)と呼ばれた。 ニコラウス・フォン・ツィンツェンドルフ 1722年ツィンツェンドルフ伯爵の領地にモラヴィアから逃れてきたフス派、兄弟団の群れが、ヘルンフート(主の守り)と呼ばれる共同体を形成した。各地で迫害されていた敬虔派やアナバプテストも逃れてきたが互いに権利を主張しあって問題が絶えなかった。しかし、1727年8月13日の聖餐式で全員が聖霊の力を経験して、その結果として財産共同体が発足した。1737年にニコラウス・フォン・ツィンツェンドルフが監督となる。・・・」(Wikipediaより)
 
<参考文献>




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2022年12月23日金曜日

『フランクリン 人生を切り拓く知恵』(佐藤けんいち編訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)が本日発売されました(2022年12月23日)

 

フランクリンは、いうまでもなくベンジャミン・フランクリンのこと。「アメリカ建国の父」の一人です。米ドルの100ドル札の人。


フランクリンといえば、雷が電気であることを凧をあげて実証して、避雷針を発明。現代に生きるわたしたちは、フランクリンには大いに感謝しなくてはいけませんね。 

起業家として印刷業で成功しただけでなく、科学者・発明家・政治家・外交官と、まさに「万能の天才」ぶりを発揮。しかも、学校教育は2年だけ。「独学の人」でもあるのです。

Twitter の買収でお騒がせ中の起業家イーロン・マスクもフランクリンの愛読者。その理由は読めばわかります。


アメリカ独立によってアメリカ人になった「ファースト・アメリカン」。なんと70歳のときで、「建国の父」のなかでは最長老。42歳でビジネス界からリタイアしたあとも、42年間生きて84歳の長寿をまっとうした「人生100年時代」のロールモデル

  
全国の書店で購入可能ですが、豪雪地帯ではクリスマス寒波で物流が滞ることも予想されます。電気さえあれば電子版で読めます。電子書籍版も同時に発売。有料でダウンロード可能です! 
 
ぜひこの機会にフランクリンの「人生を切り拓く知恵」のことばに触れていただきたく。
  

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