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2024年2月29日木曜日

「玉川のたんかん」ー フルーツも「大学ブランド」に!(2024年2月23日)

 
 
 今年(2024年)もまた、「たんかん」いただいた。玉川大学農学部の南さつまキャンパスから「たんかん」。ありがとうございます。 

ことしはいつもと段ボール箱が違うなと思ったら、「玉川のたんかん」とある。



 
箱をあけると、なんだこれは! 

「ツ タンカン メーン」と書かれたクリアファイルがでてきたぞ(上掲の写真)。なになに、「玉川たんかん公式キャラクター」ってか。

そうか、ハチミツだけでなく、フルーツもまた「大学ブランド化」を推進しているわけだな。「キャラ化」しようというわけか。「愛されキャラ」を目指してる? 




雪にも負けず、霜にも負けず、そういう「たんかん」になってほしい。鹿児島県南端の南さつま市も、ときに積雪の被害に見舞われることもあるからね。

「玉川たんかん」が、「大学ブランド」として順調に成長していきますように!





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2024年2月28日水曜日

『出口なお』(安丸良夫、朝日選書、1987)を購入から37年目にはじめて通読 ー 「民衆思想」の研究者が本格的に取り組んだ「開祖伝」の名著



『出口なお』(安丸良夫、朝日選書、1987)を読了。初版が1977年なので、そこから数えれば出版後47年目となる。 しかも、なんと購入から37年目(!)にして、はじめて通読したことになる。

というのは、 レシートがはさまっていたので、購入したのが出版直後だとわかったからだ。購入した紀伊国屋書店大手町店は、現在でも大手町ビルのテナントであることはおなじだが、現在とは違って当時は地下1階にあり、横に細長い店舗であった。

大学時代に合気道をやっていたので、合気道「開祖」の植芝盛平が壮年時代の8年間、大本教の出口王仁三郎「聖師」のもとで「精神修行」していたことは知っていた。 

当時は講談社文庫から出ていた『巨人 出口王仁三郎』(出口京太郎)という名著も大学1年のときに読んでいたので、王仁三郎のことは比較的よく知っている。

大本ゆかりの綾部や亀岡は、わたしが生まれた舞鶴から近いので、なんとなく親近感がある。いずれも山陰本線の沿線であり、京都府北西部にある。わたしが子どもの頃は、現在は観光鉄道として営業している嵯峨野鉄道の線路を山陰本線が走っていた。


■神がかりした「開祖」と組織者である「聖師」のズレ

大本教の「開祖」は、出口なおという女性である。

貧困のどん底にいた無学文盲の女性が、突然57歳(!)になって「神がかり」し、自動書記によって膨大な「お筆先」を残したのである。当初は発狂したと見なされていたらしい。 

ただし、教団として組織化を行ったのは、娘婿となった出口王仁三郎である。もともとは上田喜三郎という名前だった、出口なおのお筆先で喜三郎が鬼三郎とされ、その後に鬼が王仁王仁となって最終的に出口王仁三郎となった。

 「開祖」と「聖師」は宗教教団である大本教の二本柱だが、その共通点と相違点をよく理解する必要がある。神おろしと判定を行う「鎮魂鬼神」のメソッドと、神道的要素を持ち込んだのは王仁三郎であった。神憑りの内容だけでは宗教教団としての確立も成長もなかったといっていい。 

福知山に生まれ、綾部に嫁ぎ、腕がいい大工だが遊び人の夫と、貧乏人の子だくさんとういうべきか、大家族の生活を一身に背負って苦労を重ね、夫が事故で病床について以後は、ほとんど底辺にまで落ちて、紙くず拾いというその日暮らしとなっていた。 
  
我慢に我慢を重ねた忍従の女性の人生。抑圧に抑圧を重ねた末についに臨界点を越え、無意識の領域から「内面の声」が爆発してあふれ出したのは、ある意味では当然なのかもしれない。ただ、それが異様なまでの神のお告げであっただけに、気が狂ったのではないかとされたのである。 

明治維新後の「近代日本」が生み出した社会矛盾、それに対する底辺の民衆からの激しい異議申し立てが、無学文盲の女性の口からほとばしりでたのである。

破壊と再生を語るその激しい内容は、「世の立て替え」という「千年王国的ユートピア」というべきものであった。 


『出口なお』は『神々の明治維新』とならんで代表作のひとつ

著者の安丸良夫氏は、『神々の明治維新』という名著で有名な日本思想史研究者であった。

「民衆思想」研究の出発点にあったのが、「地の利」が活かされたというべきか、京都大学の学生時代に参加した『大本70年史』編纂だったという。出口なおの「お筆先」の内容を詳細かつ綿密に分析した成果が、本書に結実している。 

だからこそ、大本教にまつわる「古神道」関連にかんしても、じつに詳細に記述されているのである 長沢雄盾(ながさわ・かつとし)や本田親徳(ほんだ・ちかあつ)、大石凝真素美(おおいしごり・まそみ)といった人名も、37年前ならおそらく読み飛ばしてであろう。 

それなりに人生経験を積んで、知識も蓄積されたいまは、よく理解して読めるということだが、それだけではない。貧富の差が増大し、社会矛盾が増大しつつある現在の日本であるからこそ、すでに100年前の話であるがリアリティをもって迫ってくるものがある。 

一橋大学社会学部教授であった安丸先生の授業は、大学3年のときに受講している。そういう経緯もあって、すでに社会人になってうたが、出版後すぐに購入したのである。ところが、パラパラとみただけでちゃんと読まないまま37年(!)もたってしまったのだ。 

今回あらためて最初から最後まで通読してみて思うのは、さすがに日本思想史の研究者、しかも「民衆思想」の研究者だな、と。 

『出口なお』もまた、いまは亡き安丸良夫氏の代表作のひとつであることを大いに実感した次第である。 





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目 次
はじめに 
1 生いたち 
2 苦難の生活者として 
3 内なる声 
4 告知者として 
5 零落れた神たち 
6 出会いと自認 
7 近代化日本への憤激 
8 天下の秋 
あとがき 
年譜

著者プロフィール
安丸良夫(やすまる・よしお)
1934年〈昭和9年〉6月2日 - 2016年〈平成28年〉4月4日)は、日本の歴史学者。専門は近世・近代の日本思想史、宗教史。一橋大学名誉教授。
「民衆史学」の興隆の中で『日本の近代化と民衆思想』を著し、色川大吉、鹿野政直らとともに民衆思想史の第一人者として活躍した。思想史家らが論じてきた「頂点的思想家」の支配思想と異なり、通俗道徳に基づいた民衆の自己鍛練の思想を論じることで、資本主義成立期の貧農や商人の没落とそれに伴う教派神道などの民衆宗教の勃興を論じている。
その後も『出口なお』、『神々の明治維新』などで近代の民衆信仰を研究し続けたほか、民衆史の退潮に伴い、『近代天皇像の形成』、『文明化の経験』など近世から近代への移行期を描く著作を多く残している。日本の歴史学や思想史学の歴史や方法にも関心が深く、『方法としての思想史』、『戦後歴史学という経験』、『現代日本思想論』などを著している。 
『神々の明治維新』では、全国各地の氏神を祀ってきた神社に記紀の皇統神を合祀し、国による組織化を進めるなど、それまでの民衆の信仰とはかなり違う性質のものとなったと主張している。(Wikipediaより)


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・・文庫版にも「綾部・亀岡-大本教と世界連邦」が収録されている。梅棹忠夫はエスペラントという側面から大本教に関心をもったようだ。「地の利」が活かされたともいえる
「世界平和、人類愛、エスペラント、心霊主義といった広範なテーマを有する大本教の名誉回復を行った文章にもなっている。(・・・中略・・・)日本近代を国家の中枢から推進した国家神道とは対立関係にあった大本教を取り上げたことは、日本文明の二元的構造を示した好例といえるかもしれない。」

・・「新宗教」として大本教に先行するのが、おなじく「女性の神がかり」から始まった天理教

・・安丸良夫の名著『神々の明治維新』を取り上げている

・・「神道系新宗教への親近感、霊性の観点からみた女性の男性に対する優位性など、折口信夫の思想のラディカルな性格」

・・「全8巻のなかにあって、転換点となる第6巻にあたる『美しき魂の告白』。ある女性がつづった手記という形をとった、これじたいがひとつの短編小説のような内容だが、ひたすら自分の「内面の声」に忠実に生きようとした女性の、神との対話をつうじた自己の確立を描いたものだ。このような生き方は、現代でも外的世界とさまざまなコンフリクトを生み出すことは言うまでもない。」


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2024年2月26日月曜日

書評『神と人のはざまで ー 近代都市の女性巫者』(アンヌ・ブッシィ、東京大学出版会、2009)ー 日本の庶民信仰の「地下水脈」をさぐった研究成果は読み物としても面白い

  


ついでだからもう1冊読んでおくことにした。こちらもおなじく伏見稲荷のオダイである。それも、前者が活動した京都から福知山に至る地域よりも、さらに濃厚な「宗教地帯」である奈良県の農村から大阪府の天王寺にかけて活動した人だ。 


昨年入手したこの本は、出版されたときに購入しておかなかったのが裏目にでてしまった。ようやく昨年2023年になってから第2刷(!)がでたので、万難を排して購入した。入手不能状態が、なんと14年間もつづいていたのだ。

著者は、フランス人女性で日本研究者日本語に堪能で、長年にわたって日本で研究をつづけてきた人。1992年の初版がでた原文はフランス語で、Les oracles de Shirataka ou La sibylle d'Ôsaka : Vie d'une femme spécialiste de la possession dans le Japon du XXe siècle である。

日本語なら『シラタカのお告げ、あるいは大阪の巫女 ー 20世紀日本に生きたある女性霊能者』とでもなろう。こちらのほうが、本書の内容をより詳しく説明している。日本語版に翻訳者の名前が記されていないのは、本人が希望しないためとのことだ。

フランス語のオラクル(oracle)とは神託、デルポイの神託のそれである。シビル(sybylle)とは古代ギリシアの巫女のこと。西洋文明の人間にとっては、古代ギリシアの連想が日本理解につながるのである。


(日本語版にも収録されている中井シゲノ 伏見稲荷大社にて36歳頃)


さて、 「シラタカ」とは、この本の主人公である中井シゲノ(1903~1991)という女性に降りてきた神のことだ。シラタカさまは、白狐(びゃっこ)である。白キツネである。稲荷信仰では神さまのつかいである。 

本書は、そんな「オダイ」の人生を聞き書きという形でまとめたものだ。話す相手が異国人であり女性であること、しかも本人は両目ともに見えないが聴覚は発達しており、それこそ「心眼」で見抜く能力に富んでいたのであろう。だからこそ、「オダイ」も安心してなんでも話したのであろう。

内容は、話された内容そのままだというが、さすがに専門の研究者の手になるものだけに構成がうまい。ストーリーとしての読みでがある。 

霊能者としての女性のライフストーリーをつうじて、農村から都市へと人口移動がおこった日本近現代史が重なりあわされる。稲荷信仰は、もともと「稲荷=稲成り」であるように、コメつくり農業と密接なかかわりをもっていた。都市の商業活動と結びつくのは、もっぱら近代以降のことなのだ。

中井シゲノが「オダイ」になったキッカケは、事故で両目を失明したことにある。22歳のときである。入院しても治らなかった傷害が、退院後に神さまのおかげで左目がぼんやりと見えるようになり、その後はさまざまな神が降りてきて語りかけてくるようになり、オダイとしての自覚をもつようになる。 

この人の場合も、神に選ばれてしまった以上、覚悟をきめて厳しい修行の道に入るもっぱら滝行が中心であるが、厳しい冬のさなかであっても欠かさないのである。それが「オダイ」であるためには必要条件なのだ。そうでないと神さまの声を聞くことはできないのである。 

奈良県の農村に生まれ育った彼女は、夢のお告げに現れた玉姫様の社(やしろ)を求めて、目が見えないまま大都市の大阪にでて、偶然、いや神さまの導きで天王寺近辺で遭遇することになる。本書の記述はここから始まる。そして、その生涯を見ていったあと、最後は「オダイ」の後継者がどう決まっていくかで終わる。 


(最近あいついで「復刊」された「オダイ」関連の聞き書き)


重要なことは、「オダイ」というのは、「神と人のはざま」にあって、自分の身体を媒体(メディア)にして、神さまを降ろして「お告げを聞く」という職能であるが、失明者がなる東北のイタコとは違って、死者の霊を降ろすことはしない。降ろすのは神さまだけである。 

また、専門の職業霊能者である「オダイ」は、神を降ろすだけでなく、神に帰ってもらうこともできる点が根本的に異なるのである。

トランス状態に入って、そしてまたそこから戻ってくる能力、つまりスイッチを自由自在に切り替えることのできる能力である。これは日々の厳しい「行」(ぎょう)があってこそ、はじめて身につけることにできるなのである。 

世の中には神さまが降りてくる、言い換えれば体質的にモノに憑かれる憑依(ひょうい)型の人は多い。だが、それだけではオダイにはなれないのである。「あっち側」にいってしまっても、いったきりではダメなのだ。自らの意思で「こちら側」に戻ってくることができないと、単に精神異常に過ぎない。 

本書は、そんな具体的な傑出したオダイの人生を聞き書きでたどりながら、現在なお大都市に生きる霊能者たちの存在に、日本の民衆信仰の地下水脈ともいうべきものを見いだし、近代化にうまく適応しながら生き延びてきたことを明らかにする。 

中井シゲという傑出した「オダイ」が特筆すべきなのは、彼女自身が宗教化への道をかたくなに拒否したことにある。 

信者が増えてくると、その信者集団が宗教へと志向する道が開かれてくるが、同時代に生きた北村サヨのように「教祖」になることも拒否している。組織というヒエラルキーをともなう「男性原理」を拒否したといえるのかもしれない。

逆にいえば、天理教の中山みきや、大本教の出口なおのような存在は、日本では無数に存在してきたということなのだ。

霊能者たちへの需要がなくなることは、今後もないであろう。人間生きていれば、さまざまな問題がふりかかってくる以上、最終的に助けを求める先として霊能者は重要な位置づけをもつ。基本的に庶民信仰の世界であるが、インテリもまたその世界とは無縁ではない。

「オダイ」や職業的霊能者をめぐる状況は、今後も大きく変化していくであろうが、意外としたたかに、かつ柔軟に生き延びていくのかもしれない。いや、形を変えながら生き延びていくのだろう。


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目 次
日本語版への序 
プロローグ 1983年、大阪、天王寺区
1 玉姫の契り
2 ままならぬ世
3 村での神がかり 
4 火と水、地と空
5 仲立ちの世界にて
6 崩壊と繁栄の渦巻きのなかで 
7 神と人の交換手 
8 オダイはあと3年 
あとがきにかえて 
シゲノの後、果てしない歩み(日本語版のために) 
解説『シラタカのお告げ』の現代的意義(鈴木正崇) 
参考文献 
中井シゲノ年譜

著者プロフィール
アンヌ・ブッシイ(Anne Bouchy)
フランス国立極東学院教授。16年間日本に暮らして以来、今もフィールド・ワークと研究活動を日本で続け、日本の民俗宗教研究を専門としている。フランス国立極東学院のほか、トゥールーズ大学と社会高等研究院で宗教民俗学、日本民俗学と修験道の研究指導にあたっている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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・・古代ギリシアにおいて「哲学」が生まれたのは、それまで支配的であった「神々」のパワーが弱体化していった時代であった

・・「「救い=癒し」の観点から、魂の病である精神疾患に「ニッチ分野」を発見したイエス教団(・・・中略・・・)最終的には地中海世界での病気治しの勝利者となる。」

・・稲荷信仰は、もともと「稲成り」から転じたように、稲作農業と密接なかかわりをもっていた




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2024年2月25日日曜日

書評『天理教 ー 神憑りから新宗教へ』(八幡書店、2009)ー「宗教発生」のプロセスとメカニズムのケーススタディ

 

現在ではあまり話題になることもない天理教だが、戦前は急成長をとげた「新宗教」であった。戦後でいえば創価学会などを想起すればいいだろう。それほどかつては勢いがあったのだ。

「新宗教」とは、幕末以降に発生した宗教のことをさす。本書は、天理教について、発端となった神憑(がか)りから、いかにして宗教組織として成長し、確立していくまでのプロセスを詳細に分析したものだ。

天理教の場合、比較的資料が多く残されているので取り上げたという。つまり「宗教発生」のプロセスとメカニズムを知るためのケーススタディとしての位置づけにあるわけだ。 

「開祖」とよばれる人物が存在するだけでは、宗教となることはない。これはブッダと仏教、キリストとキリスト教の関係もおなじである。宗教以外の企業組織であっても、また同様である。 

天理教の場合も、幕末に中山みきという女性に神が降ったことが発端となったが、信者たち(それも男性)が存在しなければ宗教に脱皮することなく、迫害されなければアイデンティティも明確化せず、公認を求めての組織化も起こらなかったであろう。 

中山みきも、神憑りする霊能者として一代限りで終わった可能性も高い。『霊能一代』で取り上げられた砂澤たまゑもそうであり、そんな例はごまんとある。現代も同様である。

霊的カリスマはそのまま血縁関係で継承されることはない。むしろ、天理教のように霊能者の神憑りから宗教教団に発展したケースは例外的と考えるべきなのだ。 


■「戦前の天理教」と「戦後の天理教」には教義に変化がある

本書は『天理教』と題されているが、天理教の入門書ではない。

天理教の教義や伝説や神話を覆ったベールを一枚一枚はがしながら綿密に要素分解し、その成立の経緯を明らかにしようと試みた研究成果である。叙述も淡々としていて、最初から最後まで宗教学者としての冷静な態度が一貫している。 

本書の指摘で重要なのは、天理教の歴史を「戦前」と「戦後」でわけて考えていることだ。

「新宗教」ゆえ、警察からの干渉や一般人からの誹謗中傷など、さまざまな迫害を回避するため、ある種の妥協を行って神道系の宗教組織として確立、日露戦争後の大正時代に「大衆時代」に入った急成長している。当時36歳だった松下幸之助が目を見張ったのは、300万人規模となっていた「戦前の天理教」である。最盛期には500万人まで拡大したという。 

そして「戦後の天理教」においては、教義が「近代化」されていることが指摘されている。

東大の宗教学科で宗教学者・姉崎正治のもとで学んだ二代目真柱(しんばしら)が、イエズス会に代表されるカトリックをモデルに布教戦略を構築したが、成功したとは言いがたい。現在は公称200万人規模という。すでに成長期に入って「家の宗教」となって久しいのである。 

著者の島田氏による、宗教学者・村上重良氏に対する批判も大いに納得のいくものだ。

天理教理解を方向づけた村上氏だが、1960年代から1970年代の知識階層が多く抱いていた左翼的風潮のもと、共産党関係者の村上氏は「戦前の天理教」を天皇制に対する「反権力の象徴」と位置づけていた。ところが、その村上氏の解釈が実際とは大きく乖離していたことが本書で明らかにされている。

大学学部時代に「宗教社会学」を専攻しようかと考えたこともあるわたしも、1980年代以降に村上氏の著書をつうじて天理教だけでなく、大本教もふくめた「新宗教」全般を理解していた。村上氏ほど、宗教や新宗教を網羅的かつ個別具体的に研究した人はいないだろう。

だから、その意味でも、本書を読んだことは大いに有益なことであった。 


■現在では「一神教」的な天理教だが、もともと「神仏習合」的風土から誕生した

島田裕巳氏は、オウム事件で大学を追われてからは、在野の宗教学者として、ほぼ毎月1冊のペースで出版しつづけている。

なかには粗製濫造(?・・失礼!)に近いものもあるが、本格的な研究である本書『天理教』は、長いあいだ日の目をみなかったという。天理教がマスコミの旬のテーマになることがないからだ。 

最終的に、古神道とオカルトを中心にした、知る人ぞ知る八幡書店から出版されることになったが、内容的にはオカルトとはまったく無縁である。 

しかも、分析結果として、天理教は古神道の系統ではなく、もともと中山みきが熱心に信仰していた「浄土宗」や、さらに公認をもとめてその傘下に入った「吉田神道」の影響が強いとしている。

仏教の「転輪王」(てんりんおう)が、天理教の「天理王命」(てんりおうのみこと)に転化した可能性があるという指摘には、納得させられるものがある。

もともと神仏習合的要素が濃厚だったのだ。啓示(おつげ)によって登場したという、一神教的要素が前面にでてきたのは、戦後の教義近代化にあるという。 キリスト教などの一神教のほうが近代的だとみなされたこともあるようだ。

そういった意味では、読者の想定を裏切る内容の本となっているのかもしれない。もちろん、あくまでも天理教の信者ではない、外部の専門研究者による理解であることは言うまでもない。それが信者にとっての見解と異なっているとしても、それは当然の話である。 

「宗教発生」のプロセスとそのメカニズムのケーススタディとして本書を読めば、その他の宗教組織、あるいは宗教以外の組織全般について理解するヒントにもなるだろう。伝説がいかにつくられるのか、ナラティブ分析としても有益だ。 

なお、ダイジェスト版ともいうべき内容は、本書出版の前にでた『日本の10大新宗教』(幻冬舎新書、2007)の「1 天理教」で読むことができることを付け加えておこう。 


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目 次
序章 宗教の発生
第1章 啓示
第2章 呪術の園
第3章 神の正体
第4章 御苦労
第5章 神の死と再生
終章 創造された一神教
注 
主要参考文献 
あとがき 
索引

著者プロフィール
島田裕巳 (しまだ・ひろみ) 
1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師。 
学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。雑誌『80年代』の立ち上げにも参加する。 大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。放送教育開発センターの時代には、放送教育、遠隔教育の研究にも従事する。日本女子大学では宗教学を教える。 
大学退職後は著述に専念、主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。(著者の公式サイトより)




<ブログ内関連記事>


・・「特筆すべきは、天理教の内側にいた宗教哲学者・諸井慶徳(もろい・よしのり)の再発見・・・。偶然の機会によって(若松氏が)古書店で出会ったという諸井慶徳の著作は、しかるべき人に発見された、しかるべき本であったといえよう。この知られざる宗教哲学者とその主著への言及が本書をより深く、より豊かなものにしてくれた。諸井慶徳と井筒俊彦の接点はなかったようであるが・・。」



・・「神道系新宗教への親近感、霊性の観点からみた女性の男性に対する優位性など、折口信夫の思想のラディカルな性格」


(2024年3月2日 情報追加)


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