ドキュメンタリー映画 『ダライ・ラマ14世』を、東京・渋谷のユーロスペースで見てきた。
ダライラマについては熟知している人はもちろん、ダライラマは名前は知っていても詳しくは知らないという人も、ぜひ見てほしい映画だ。
■日本人に見せた素顔のダライラマ
仏教徒ではなくても「非暴力」のスピリチュアル・リーダー(=精神的指導者)として、欧米社会で礼賛されているダライラマ。熱心さの度合いはさておき、いちおう仏教徒が大半の日本社会におけるダライラマ。当然のことながら、受け止められ方が異なるのは、ふしぎでもなんでもない。もちろん、ダライラマ自身も、日本と日本人との接し方には、無意識レベルでの違いがあるはずだ。
この映画が面白いのは、ごくごくフツーの日本人が抱いている、ごくごく素朴な疑問を遠慮なくぶつけてみるという姿勢である。東大生のようなインテリ候補生もいるが、それ以外のストリートにいる若者たち、おじさんやおばさんなど、それぞれの立場からの質問の内容が面白い。
これらの質問に対して、ダライラマは真摯に真っ正面から答えることもあれば、冗談交じりで笑いを誘ったり、あるいはじつにそっけなくはぐらかしてしまうこともある。いつものことながら、この態度こそダライラマ14世の人気の源でもあるかもしれないと思う。
カリスマらしくないカリスマ。答えを押しつけず、問いを建てる者みずからに考えさせるよう誘導する姿勢。まさに人生の教師としての仏教者のあるべき姿ではないか!
このドキュメンタリー映画は、日本人写真家の親子が、6年にわたって日本やチベットやインドなどで写真と動画で追ってきたダライラマの素顔を見せてくれる。
わたし自身も訪れたことのあるインド北部のチベット人居住地域ラダックの荒涼とした風景も懐かしい。いまだ訪れたことのない、亡命政府のあるダラムサラにおける子どもたちも興味深い。そして、南インドのチベット仏教寺院での問答修業。チベット本国では不可能となったチベット仏教の本格的な修行がそこでは行われているのである。
■迫害を受ける同胞のチベット民族へのメッセージ
印象的なシーンがいくつもあった。もっとも感動的で、ふだん見ることのないダライラマの素顔がかいまみることができたのが、日本で勉強しているチベット人留学生たちを激励するシーンである。
講演やインタビューでは英語でしゃべることの多いダライラマだが、滞在先の日本のホテルのロビーでダライラマを歓迎するチベット人留学生の一人一人に、母語(!)のチベット語で激励のコトバをかけるダライラマ。迫害を受ける少数民族が、厳しい環境のなかをサバイバルするためには、母語の維持と教育がなによりも大事なことをみずからが示しているのである。
チベット人にとって、切って切れないチベット語とチベット仏教の関係。民族を民族たらしめているものが、まずなによりも母語であること、そしてチベット語によって伝えられてきたチベット仏教の伝統を、世代をつうじて保持していくことの重要性を強調されているのだ。
これは、欧米社会にむけてのメッセージとは質的にまったく異なるものである。チベットの政治上のリーダーを公式に引退し、あくまでも精神的なリーダーとしてみずからを位置づけているダライラマは、みずからの責務として、チベット民族が生き残るための言語と文化の重要性を深く認識されているのであろう。
ダライラマは世界の精神的指導者であるが、なによりもチベット民族への強い同胞意識の持ち主なのである。
■日本の若者たちへのメッセージ
閉塞感を訴える日本の若者たちへのメッセージもある。
「英語を勉強して、外の世界を見よ!」というメッセージは、亡命を余儀なくされ、国際社会に向けて「非暴力」のメッセージを発信しつづけてきいたダライラマだからこそ説得力がある。すでに80歳になりながら、いまなお世界中を飛び回って「非暴力」を説くダライラマ14世。
この映画を見終わる頃には、仏教が説く「非暴力」が、きわめて強い意志に支えられてはじめて実現可能であることを認識することになろう。暴力に対して暴力をもって対したのでは、一時的な解決にはなっても最終的な解決にはならないのだ。
どこにでもいるお坊さんのようなダライラマ14世。すべての人に、すべての生きとし生けるものに、慈悲のまなざしで、同じ目線で接することのできる人。
ほんとにすごい人とは、そういう人なのだ。あらためて、強くそう思う。
<関連サイト>
ドキュメンタリー映画 『ダライ・ラマ14世』 公式サイト
監督:光石富士朗
出演:ダライ・ラマ法王14世
2014年/日本/カラー/116分
配給=ブエノス・フィルム
ドキュメンタリー映画 『ダライ・ラマ14世』 予告編
ドキュメンタリー映画 『ダライ・ラマ14世』 | Facebook
ウイグル語ネイティブが中国語を使って英語を学ぶ?! 新疆で進む中国語教育の実態 The Economist (日経ビジネスオンライン、2015年7月3日)
・・「母語」が奪われつつあるのはチベットだけではない!
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<ブログ内関連記事>
■ダライ・ラマ14世関連
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「ダライ・ラマ法王来日」(His Holiness the Dalai Lama's Public Teaching & Talk :パシフィコ横浜)にいってきた
・・「ダライラマ・スーパーLIVE横浜」(2010年6月26日)とでもいうべき一期一会
書評 『目覚めよ仏教!-ダライ・ラマとの対話-』 (上田紀行、NHKブックス、2007. 文庫版 2010)
書評 『こころを学ぶ-ダライ・ラマ法王 仏教者と科学者の対話-』(ダライ・ラマ法王他、講談社、2013)-日本の科学者たちとの対話で学ぶ仏教と科学
書評 『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』(井田克征、平凡社新書、2014)-現代インドを中心とする南アジアの「聖者」たちに「宗教復興」の具体的な姿を読み取る
・・第3章でダライラマ14世が取り上げられている
■チベット民族とチベット仏教
映画 『ルンタ』(日本、2015)を見てきた(2015年8月7日)-チベットで増え続ける「焼身」という抗議行動が真に意味するものとは
「チベット蜂起」 から 52年目にあたる本日(2011年3月10日)、ダライラマは政治代表から引退を表明。この意味について考えてみる
「チベット・フェスティバル・トウキョウ 2013」(大本山 護国寺)にいってきた(2013年5月4日)
チベット・スピリチュアル・フェスティバル 2009
・・ 「チベット密教僧による「チャム」牛と鹿の舞」と題して、YouTube にビデオ映像をアップしてある。ご覧あれ http://www.youtube.com/watch?v=jGr4KCv7sAA
(2015年6月28日、9月3日 情報追加)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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