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2011年11月13日日曜日

「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」(高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント)に参加してきた



 高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」《第94回紀伊國屋サザンセミナー》に参加してきた。昨日2011年11月11日(土)のことである。

 高山宏氏も語りのなかで触れていたが、「脳にいい人文学」というフレーズは、茂木健一郎とはまったく関係ない、と(笑)

 とはいっても、高山氏の長年のメインテーマである「つなげる」ということは、じつは脳内でシナプスが「つながる」こととパラレルな現象であるから、あながち脳科学から遠い世界のことではない。しかも楽しみながら貪欲に取り組めば、セロトニンなどの脳内物質が大量に分泌されるのも間違いない。

 一見するとまったく関係ないように見えるものを「つなげる」ということは、思索のなかであれ、行動のなかであれ、高山氏のメインテーマであるマニエリズムである。ここでいうマニエリズムとは美術史の狭い解釈のことではなく、そうした精神のあり方を指したものだ。そしてそれは、マニエリズムというコトバは使わないものの、わたしもまた長年にわたって、無意識的かつ意識的にやってきたことでもある。

 高山宏の先達の一人が、『本の神話学』の「知の越境者」山口昌男であることを考えれば、わたしは直接は高山宏の弟子筋ではないが、似たような思考パターンをしてきたのも当然のような気もするわけだ。

 そういった口上はさておき、じつに知的にたのしい90分であった。


同時開催されていた高山宏 「学問はアルス・コンビナトリアというアート」展に立ち寄る

 紀伊国屋新宿本店で開催中の 「学問はアルス・コンビナトリアというアート」展もぜひ足を運ぶべきイベントだ。

◆高山宏 「学問はアルス・コンビナトリアというアート」展



 わたしがクダクダご託を述べるよりも、説明文をそのまま拝借させていただくのがよろしかろう。

博学博読をもって学魔、眠りを忘れた仕事量によって超人と呼ばれ、人文学百花繚乱の1980年代、多くのイベントの影のフィクサーと囁かれた高山宏の仕事の場を、大震災による瓦解からの再建をこれ一回限り夢みて、はじめて開示。ファン垂涎の精選洋美術書数百点を中心に、愛読の『神曲』限定豪華本、ピラネージ古ローマ地図、交遊アーティストたちの詩画作品を飾る。検索できぬ書目情報なしと噂された手書き大ノート「ビブリオ・マシン」(松岡正剛氏蔵。氏への「生前贈与」)もこれを機に。

会  期|2011年11月10日(木)~15日(火) 10:00~18:30(最終日17:00まで)
会  場|紀伊國屋画廊(紀伊國屋書店新宿本店4F)
料  金|入場無料
お問合せ|紀伊國屋画廊 03-3354-7401
主  催|羽鳥書店


 「アルス・コンビナトリア」(ars combinatoria)というラテン語は、日本語でいえば「結合術」のこと。

 その「結合術」の源泉が、なんといっても「ビブリオ・マシン」。「検索できぬ書目情報なしと噂された手書き大ノート「ビブリオ・マシン」(松岡正剛氏蔵。氏への「生前贈与」)」の実物をみることができたのは最大の収穫だ。

 ビッシリとルーズリーフにタイプ打ちされ、手書きで書き込まれた書誌情報の束。東大文学部の英文学教室の助手時代に、使われていなかった蔵書5万冊強について、自分なりにカード化したという驚くべきデータベース集である。

 いまならタグやインデックスとなるコトバを拾い出して、最初からパソコンに打ち込んでデータベース化すべきものだろう。

 「知的生産の方法」の一つとして、記念碑的産物である。



 「ビブリオ・マシン」については、『私の「本」整理術』(安原 顕=編、メタローグ、1994)に「図書館の五万五千冊のカード化にあけくれれた日々」に本人が書き記している。一部引用しておこう

「本はもう10冊も集まれば相互に豊かな連環を生じ、まさしく世界そのものと同じ複雑千万な有機的な発生体となる」

「どんな小さな本でもそれを検索しようとする切り口は、こちらの考えしだいでいくらでもある」

 まさに至言であろう。
 

「知の風神・学の雷神  脳にいい人文学」

 紀伊國屋画廊(紀伊國屋書店新宿本店4F)に立ち寄ったあと、書店のなかを回遊したあと、歩いて紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店新宿南店7F)へ。

 地下鉄丸ノ内線の南阿佐ヶ谷に住んでいた30歳代は、職場が田町にあったので、よく乗換駅の新宿で途中下車したものだが、この10年以上は新宿とはご無沙汰していたので、道を忘れてしまっていた。新宿タイムズスクウェアも原宿・代々木方面から眺めるのみ、なかにはいったのも、じつに久々である。

第94回紀伊國屋サザンセミナー
高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント
「知の風神・学の雷神  脳にいい人文学」(高山宏)


一度は酔いたまへ、伝説のライヴ!
明日から、情報を見る目、文化を聴く耳、一変っ!
「論理は明快、音吐は朗々、抑揚に富み、修辞は多彩、畳みかける説得の話術は、張儀・蘇秦もかくや」(鈴木成文/建築学者)とまで言われた滔々の弁説が「新人文感覚」の魅惑を今宵語り尽くす。
でもさ、張儀って誰、蘇秦って!

日  時|2011年11月12日(土) 19:00開演(18:30開場)
会  場|紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店新宿南店7F)
料  金|1,000円(税込・全席指定)


 高山宏氏の実物を見て、声をきいたのは今回がはじめて。だいぶアタマが薄くなって、在りし日のTVプロデューサー和田勉のような風貌を彷彿とさせていたが、90分間ノンストップで、何も見ず、何も見せず、いっけん脱線を繰り返すに見えながら一貫したテーマをしゃべりつくすというのは、大学の教師を長くやっているとはいえ見事な話芸であった。

 微分と積分のアナロジー、マニエリズム、西洋中世の記憶術、アルス・コンビナトリア(結合術)など、それだけでもとても90分ではしゃべれないような内容がテンコもり。

 ハリーポッターはゴーレムである(!)なんて面白い話も。ポッター(potter)は陶器つくりの職人のことから類推すれば・・・そのあとは自分で考えてみましょう。

 メディア論のカナダ人マクルーハンの弟子筋はイエズス会士(ジェズイット)が多いことなどの話も脱線しながらも面白い。イエズス会の知的世界への貢献については、わたしも昔から注目していて、このブログにも何回か記事を書いている。
  
 ライブ聴衆への最大のアドバイスは、OED(Oxford English Dictionary)について強調していたことだろう。

 引き合いに出したのは、spectacle と species という二つの英単語。前者は見せ物などのスペクタクル、後者は生物学用語の種。まったく異なる二つの世界のコントバだが、じつはこの二つのコトバには共通するものがある。それは語根 spe が共通するということなのだ! OED で調べたら、ちゃんと関係があることが説明されているそうだ。

 見えないものを「つなげる」ためのアルス・コンビナトリア(結合術)の一つの方法論だろう。

 とくにコンセプチュアルなコトバは、まずは OED で調べて初出の年代を知るべし、英和辞典で訳語をしるのではなく、英英辞典で意味を読み取れという教えである。

 実行する人がどれだけいるかわからないが、きわめて実践的なアドバイスだろう。わたし自身は、さすがに 17冊もあるという OED は調べないが、ネットの英英辞典をフル活用し、意味を調べるだけでなく、語源と初出年代はかならずチェックしている。これは高校時代に英英辞典を使い出して以来の生活習慣でもある。

 冗談と怒りがないまぜになるのがこの人の話の面白いところで、話しているうちにだんだんと直言居士になってくる。

 英語をカタカナにしたのは翻訳ではない。ただ単に音を別の文字体系に移し替えただけ。これでわかったつもりになてしまう日本の風土は大いに問題、明治初期にくらべるとなんたる知的退廃かといった話にはまったくもって賛成である。


『近代文化史入門』は読んでおきたい一冊

 本日の話は、『近代文化史入門-超英文学講義-』(高山宏、講談社学術文庫、2007 初版 2000)で語られた話を、さらに90分に圧縮して要点をしゃべったような内容であるので、このトークショーに参加できなかった人は、ぜひこの『高山宏の近代文化史入門』を読むことを薦めたい。

 わたしのような人文科学の枠外にいる人間から見ると、きわめつきに面白い本だが、人文科学の狭い分野の専門家にはきわめて不評で、嫌悪すらされているようだ。

 そういう状況もよくわかるし、そういう状況のなかで自分を貫いてきた高山氏もリスペクトに値することは理解できる。狭い専門のなかにいる人間は、何を専門にしているか見えにくい人が怖いのだろう。



 今回の 『新人文感覚』全2巻(『風神の袋』と『雷神の撥(ばち)』)は、『ブック・カーニヴァル』(高山宏、自由国民社、1996)以来の、15年分の成果をまとめあげた文字通りの大冊である。しかも二冊で 2万5千円(+消費税)。

 『ブック・カーニヴァル』(高山宏、自由国民社、1996)は、6,800円払って、南阿佐ヶ谷の書源で買ってしまったわたしも、さすがに『新人文感覚』全2巻を買うのは躊躇してしまう。しかし、会場で購入してサインをもらう熱心なファンもいたのであった。



 最後に、会場に呼ばれていた英国人のタイモン・スクリーチ氏が呼ばれて日本語であいさつをさせられていた。スキンヘッドのいかついカラダつきは、これまたなんだか意外な感があった。

 スクリーチ氏は、『春画』など、江戸文化を図像学にあらたな視点で読み解く新時代のジャパノロジストだが、高山宏氏の翻訳によって日本の読書界に紹介された人だ。

 ほぼ同時代の欧州と江戸時代の日本で、ほぼ同時並行的に同じような現象が発展していたという歴史的事実は、東西文化の相互影響というよりも、梅棹忠夫の『文明の生態史観』を想起させるものがある。この点についてはまたあらためて考えてみたい。

 さて、肝心要の高山宏氏のプロフィールを紹介しておこう。

高山宏(たかやま・ひろし)

1947(昭和22)年10月8日 岩手県久慈市生まれ
1967年 私立土佐高校卒業
1972年 東京大学文学部英米文学科卒業
1974年 東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了
1991年 東京都立大学人文学部教授
2008年 明治大学国際日本学部教授

1968年刊行の『観念史事典』に魅了され、学の行き詰りがどういう感覚のどういう人々によって突破されるかの構造と歴史を追うのに夢中となり、結果的に領域横断的試みを続けるもの書きの一人となる。翻訳の質量は伝説的で、本人自身は翻訳家、最近はアート(Art/Ars)の人としての自覚が強い。著訳書多数。代表作と本人信じるのは依然として「アリス狩り」4部作(青土社)。翻訳ではロザリー・L・コリー『パラドクシア・エピデミカ』(白水社、2011年)。


 なお、紛らわしいが、シチリア史の高山博とはまったくの別人である。






<関連サイト>

松岡正剛「千夜千冊」 高山宏『綺想の饗宴』1999 青土社
・・「ビブリオ・マシン」を生前贈与された松岡正剛氏もまた驚異的。

高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
・・紀伊國屋書店「書評空間」内にある書評ブログ。

【じんぶんや別邸】 高山宏 選 「知識がアートになってどこが悪い?」(紀伊國屋書店)







(2012年7月3日発売の拙著です)







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