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2010年8月20日金曜日

書評 『脳を知りたい!』(野村 進、講談社文庫、2010 単行本初版 2000)-この本を越える水準の一般書がなぜ現れないのか?




出版から10年たっても名著は名著、この本を越える水準の一般書がなぜ現れないのか?

 一般人が脳について科学的な正しい情報を知りたければまずこの本を読むべきだ、そういう定評のある良書である。

 単行本初版からすでに10年、今回ふたたび装丁をあらためて再出版されたが、内容は基本的にそのままである。基本的な内容に訂正を必要としないためだろう。

 本書が良書である理由は、2000年時点で脳科学について、わかっていることと、わかっていないことを明確に記述していることだ。脳科学についてはあくまでも仮説段階の話が多いのに関わらず、いまだに医学的に検証されていない俗説が、「トンデモ本」まがいの内容としてまかりとおっているのだが、これらの俗説に対しては、著者は広範囲な取材をつうじて複数の専門研究者の見解を紹介することによって、読者に注意を促している。

 目次を紹介しておこう。いずれも一般人には関心の深いテーマばかりである。

 第1章 脳と早期教育-早期教育で賢い脳は造れるのか
 第2章 脳とうつ病-脳が故障するとき
 第3章 脳と環境ホルモン-現代人の脳が環境ホルモンにこわされる
 第4章 脳と睡眠-睡眠障害=なぜ眠いのか、眠れないのか
 第5章 脳と視覚-ヒトはなぜ人の顔を識別できるのか
 第6章 脳と言葉-失語症=脳はいかに言葉を認識するか
 第7章 脳とアルツハイマー病-人はいかにアルツハイマー病になるのか
 第8章 脳と意識-心はどこにあるか

 講談社文庫版の解説で、埼玉医科大学の丸山敬教授は、「2010年4月に約1万人を対象とした研究で脳トレゲームはほとんど無効であることが報告された」と注記している。こういう医学的なデータ分析による検証こそ科学的というものである。 

 ノンフィクションライターの野村進氏のことは、もっぱら東南アジアとコリアンについての本の著者として知っていたが、優秀なサイエンスライターであることはつい最近まで知らなかった。
 難しい話を水準を下げずに一般人向けにやさしく書くということは、かなりの修練を必要とする。

 専門家以外で脳科学についてクチにしたい人は、まずこの本を読んでからにしていただきたい。


<初出情報>

■bk1書評「出版から10年たっても名著は名著、この本を越える水準の一般書がなぜ現れないのか」投稿掲載(2010年8月4日)
■amazon書評「出版から10年たっても名著は名著、この本を越える水準の一般書がなぜ現れないのか」投稿掲載(2010年8月4日)





<書評への付記>


 今回の文庫版のまえがきで著者は、一般人の脳科学ブームの背景に、「nature」(ネイチャー:先天的なもの)と「nurture」(ナーチャー:後天的なもの)の価値観の逆転があるのではないかと記している。

 これは昔からいわれている「遺伝」か「環境」かというテーマだ。

 がんばれば報われるという思想は、後者の「環境」に基づく考えであったが、ほんとうは「遺伝」で先天的に決まってしまう要素が強いのであればがんばっても仕方ないのではないかという風潮に変化しつつあるのではないかというのが著者の問題意識だ。

 脳科学本ブームを創り出している背景にはこういう事情があるのではないか、と。

 なるほど。しかし、それにしても、ここ数年の「イカサマ脳科学本」の氾濫には、あきれかえってしまう。ほとんど「トンデモ本」まがいの内容の脳科学本も少なくない。

 実際のところは、「遺伝」と「環境」は相互作用があるので、遺伝でもって一義的に決まってくるのは宿命論に過ぎないことは常識的に考えればわかるはずなのだが・・・

 本書は、こういう状況のなか、一般読者むけにこれ以上やさしく書くのは難しいというギリギリのラインで、最先端の脳科学の話題をまとめて一書にしている。

 サイエンス・ノンフィクションの名作は、現在でも翻訳本が多いのが現状だが、野村 進氏の本書は文句なしに推薦できるスグレものである。





(2012年7月3日発売の拙著です)










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