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2012年11月25日日曜日

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!


「宗教系ラジオ知識人」が日本の実業思想に与えた影響をさぐった、じつに興味深い研究成果である。

「経営の神様」といわれた松下幸之助翁は、自らの実業体験をもとに経営思想を語り、戦後PHPを立ちあげ、経営思想を超えた思想についても自分のコトバで多弁に語ってきた人だ。PHP とは、Peace and Happiness through Prosperity(繁栄によって平和と幸福を)の略である。

こんな松下幸之助が、じつは戦前の尋常小学校は中退し、商工学校の夜間部も「文字を書くのが苦手」で挫折。本などまったく読まない人であったことを知れば、みなさんはどう思われるだろうか。いったいどこで、どうやって思想を語るためのコトバを手に入れたのか、と。

本書によれば、ラジオが唯一の放送メディアだった戦前には、「仏教系ラジオ知識人」と呼ばれる人たちがいて、一般大衆に大きな影響力をもっていたのであるという。しかも、戦前においてはJOAK(・・現在のNHKラジオ第一放送)の一局しか存在しなかったのだ。

現代にも通じる経営哲学を説いていた幸之助翁は、じつは若き日にラジオ放送を聞くことによってみずからの「引き出し」を増やしていたようなのだ。目でみた視覚情報よりも、耳から聞いた聴覚情報である。

「素直な心」や「会社で勤勉に働くことは仏道修行そのもの」といった新仏教運動の思想を耳から聴いていた若き日の松下幸之助は、経営という実践活動にたずさわりながら、ラジオ放送の内容に触発されて、自らの経営思想を創り上げたらしい。

その松下幸之助の思想は、本で読んだ知識ではなく、耳から聞いて練り上げた「声の思想」であったというべきかもしれない。


新仏教運動の思想は、松下幸之助を代表とする実業家たちの言動をつうじて、戦後にも継承され、高度成長のバックボーンになったのである。この忘れられた事実を掘り起こしたことは本書の大きな成果であるといっていい。

新仏教運動やそれをひきついだ形になる真理運動といった、現在では忘れ去られた感のある一般大衆にむけた思想運動の担い手であった、友松圓諦(ともまつ・えんたい)や高神覚昇(たかがみ・かくしょう)といった「仏教系ラジオ知識人」の存在にふたたび脚光があたるキッカケになったことは喜ばしいことだ。

角川文庫から出版されてロングセラーを続けている『般若心経講義』(高神覚昇、1952、初版 1947)や、講談社学術文庫にも収録されている『法句経講義』(友松圓諦、講談社学術文庫、1981、初版1933)といった名著は、みな昭和9年(1933年)前後に、ラジオの教養番組として全国にむけて放送された法話だったのである。

浄土宗出身の友松圓諦が真理運動の代表者だとすれば、真言宗の高神覚昇はナンバー2であった。しかも、高神覚昇は西田幾多郎の弟子であったことも本書では明らかにされている。しかしながら、友松圓諦も高神覚昇もアカデミズム正統派ではない、傍流の学僧たちであった。

新仏教運動の流れをくむ真理運動のポイントは、仏教の個別の宗派にこだわらず、行動重視の実践活動であった。ある意味では、ラジオという当時では最新のテクノロジーをフル活用した説教師であり、しかもその域を超えた啓蒙思想家であったといえるだろう。

「仏教系ラジオ知識人」の存在がいかに大きかったか、すでにインターネット時代に生きるわれわれは想像しにくいのであるが、講演会などのライブや YouTube による拡散よりも、はるかに大きな影響を国民全体に与えていたことはわかる。

繰り返しになるが、戦前においてラジオは唯一のマスメディアであり、しかもJOAK一局しかないかったからだ。この点については、著者による 『ラジオの戦争責任』(PHP新書、2008)においてすでに触れている。大東亜戦争の突入したのは。ラジオによって増幅された国民の声であったことも指摘されている。

本書は、きわめて意義の高い独創的な研究である。ビジネスの世界にいるわたしのような人間にも、きわめて興味深く読み進めることができた。今後のさらなる解明を大いに期待したい。








目 次

序論
 本書が取り上げる問題-松下幸之助は "誰" から学んだのか
 日本経済思想史からの出発
 実業家の思想研究に存在する問題点
 松下幸之助の実業思想を研究する
 「新仏教」という思想

第一章 「新仏教運動」からのアプローチ

Ⅰ. 明治・大正期における「新仏教運動」の概要
Ⅱ. 松下幸之助と新仏教運動の具体的接点
Ⅲ. 松下幸之助と新仏教運動の類似性
Ⅳ. PHP運動と新仏教運動の相違点
小括
次章への展望

第二章 宗教系ラジオ知識人・高嶋米峰と松下幸之助

Ⅰ. ラジオ放送の開始-昭和三年頃まで
Ⅱ. ラジオ放送の展開と受信機の発達
Ⅲ. 松下電器の躍進と高嶋米峰の活躍
Ⅳ. 松下幸之助がラジオから受けた影響
小括
次章への展望

第三章 宗教系ラジオ知識人・友松圓諦と松下幸之助

Ⅰ. 青少年期の友松圓諦
Ⅱ. 友松圓諦と真理運動の展開
Ⅲ. PHP運動、新仏教運動、真理運動の比較
Ⅳ. 真理運動の戦争肯定
小括
次章への展望

第四章 宗教系ラジオ知識人・高神覚昇と松下幸之助-西田幾多郎と共に

Ⅰ. 高神覚昇の称賛
Ⅱ. 松下幸之助と西田哲学
Ⅲ. 高神覚昇と松下幸之助の人間観
小括
次章への展望

補章 河野省三の神道思想と松下幸之助

Ⅰ. 河野省三の事績と思想
Ⅱ. 松下幸之助の思想との比較
Ⅲ. 松下幸之助との相違点
小括
結論

本書の到達点
 松下幸之助の思想研究における今後の課題
 「ラジオの思想」の重要性
 声の思想史の可能性

あとがき
索引


著者プロフィール

坂本慎一(さかもと・しんいち)
1971年、福岡県生まれ。1994年、獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒業。1997年、京都大学大学院人間・環境学研究科(人間環境学専攻、人間社会論講座、経済システム論)修士課程修了。2000年、大阪市立大学大学院経済学研究科後期博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学図書館非常勤研究調査員を経て、2004年4月、PHP総合研究所(現PHP研究所)入社。現在、経営理念研究本部松下理念研究部主任研究員。専門は日本経済思想史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

英文般若心経(Heart Sutra)


<ブログ内関連記事>

書評 『知的唯仏論-マンガから地の最前線まで ブッダの思想を現代に問う-』(宮崎哲弥・呉智英 、サンガ、2012)-内側と外側から「仏教」のあり方を論じる中身の濃い対談
・・「唯仏論」という表現は、すでに仏教系ラジオ知識人の高神覚昇が1947年に使用している

松下幸之助の 「理念経営」 の原点- 「使命」を知った日のこと

永続事業の条件は、「経営能力」と「経営理念」のかけ算である

書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!
・・戦争へと押しやった国民の声はラジオによって増幅された可能性が高い

NHK連続ドラマ小説 『花子とアン』 のモデル村岡花子もまた「英語で身を立てた女性」のロールモデル
・・「ラジオのおばさん」として全国民に親しまれていた児童文学者・村岡花子は、戦後になってから『赤毛のアン』の翻訳で有名になる

(2014年8月19日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)





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