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2014年1月12日日曜日

子どもの歌 「こんめえ馬」は「戦後民主主義」が生んだきわめて良質な遺産



子どもの頃に習った歌に「こんめえ馬」というものがあります。東北の方言で「ちいさい馬」という意味だ(と習った記憶がある)。

いまでもときどきふと思い出しては、アタマのなかで鳴らしたり、口ずさんでみたりするのですが、あらためてどんな歌詞だったのかなと思ってネットで調べてみました。

ネットで調べてみて、はじめて作詞者と作曲者の名前をしっただけでなく、わたしの記憶のなかでは一番の歌詞と三番の歌詞がごっちゃになっていたことにも気がつきました。、

「こんめえ馬」

作詞: 柳沢竜郎(やなぎさわ・たつろう)
作曲: 川村江一

でっかい声で二拍子ふうに

一、こんめえ馬だちゅうて
   ばかにすんでねえや
   いまんみろ でかくなって
   野原(のっぱら)を かけるだど
    おらをのっげて
    はやてのようだ

      おらをのっげてな

二、こんめえ馬だちゅうて
   ふれてゆくでねえや
   やろんとこの じんじ馬め
   やせ声で なきくさる
    やろうにぶたれて
    ひとあわふいて
    やろうにぶたれてな

三、こんめえ馬だちゅうて
   ばかにすんでねえや
   めんこいど でかくなって
   村中をかけるだど
    おらをのっげて
   ゆっくりいくだ

    おらをのっげてな

「こんめい馬だちゅうて ばかにすんでねえ や/今に見ろ でかくなって のっぱらをかけるだど/おらを乗っげて ゆっくりいくだ おらを乗っげてな」、と思い込んでいたのです(汗) 人間の記憶というものがいかにいい加減なものであることか。

ネットで検索しているうちに作詞者の詩人・柳沢竜郎氏のウェブサイトに行き着きました。そこには以下のように記されています。

新しい こどものうた. 野ばら社 から発売されている 「新しい こどものうた」 セブンアンドワイや全国の書店でご購入いただけます。 271ページに私の作品「こんめえ馬」が掲載されています。

柳沢竜郎氏の略歴には、1962年 岩波新書「日本の子どもの歌」にて代表作となる「こんめえ馬」(作詩:柳沢竜郎)を発表、とあります。つづけて略歴から引用させていただきす。

「こんめえ馬」は、全国の小学校で爆発的に歌われることとなる。(野ばら社 から発売されている 「新しい こどものうた」や「新現代こどもの歌 名曲100選」(音楽の友社)、岩波新書「日本の子どもの歌」などその他の本に収録されている。) その後キングレコードからも同名のレコードが発売されコーラスグループ:ボニージャックスが歌っている。 ※ネットを見ると「こんめえ」を「こんめい」としているものが多いようです。正式には “こんめえ” です。

そこでさっそく『日本の子どもの歌-歴史と展望-』(園部三郎・ 山住正己、岩浪新書、1962)を古本で取り寄せてみることにしました。こういうときに amazon のマーケットプレイスはありがたい。送料込で300円で入手。

上記に掲載した歌詞は、『日本の子どもの歌』の167ページに掲載されているものがオリジナルなので、引用はこのオリジナル版によって訂正しておきました。

(岩波新書『日本の子どもの歌』の167ページ)

この新書本はわたしが生まれた年に出版されたものです。1962年(昭和37年)、昭和20年に戦争が終わってから17年目、経済は高度成長期のまっただなかであり、戦後民主主義教育のまっただなか。1962年というのはわたしが生まれた年でもあります。

私学については知りませんがが、公立小中学校においては「戦後民主主義」にもとづく教育が行われていたのでした。

同年生まれの鉄道オタクの政治研究者・原武史氏の『滝山コミューン一九七四』(講談社、2007)に描かれている世界は時代の「空気」として共有しています。一方、私学の世界では『山びこ学校』の無着成恭(むちゃく・せいきょう)氏が明星学園中学におられた頃でもあります。わたしは明星学園の生徒ではありませんが、すぐ近くで少年時代を過ごしていました。明星学園へのバス通りには「あすなろの樹」という巨木があったことを覚えています。

『日本の子どもの歌』は二人の著者の名前をみると、ああそうか、という気持ちになります。ロシア・ソビエト音楽の園田三郎に、音楽教育を専門とする教育学者の山住正己。いわゆる日教組寄りの人たちです。

ですが、この本に取り上げられた「こんめえ馬」じたいは、そういうイデオロギー性とは関係ありません。「戦後民主主義」が生み出した良質なものと受け止めたいものですね。

第6章の「戦後社会の子どもの歌」で「こんめえ馬」が紹介されています。この章の執筆は「あとがき」によれば園部三郎氏となっています。

ここに、無名の詩人柳沢竜郎と無名の作曲家川村江一による「こんめえ馬」という歌がある。マス・コミの網にものらない。まして教育者の目にもあまりふれない。題名からして、「気品がない」といってきらわれそうな歌である。歌詞にいたっては論外だろう。
しかし、この歌には、子どもの生活実感があらわれている。その意味では、戦後サトウ・ハチローによって改作された「お山の杉の子」に似ている。ここでは、詩人と作曲家と子どもが一体になっている。いや、詩人も作曲家も、子どもといっしょに、「こんめえ馬」になっている。そして、「でっかいこえで」と作曲者は子どもによびかけ、自ら仔馬になって、力いっぱい「はやてのように」走るのである。そこには、おとなの感傷やお説教のかわりに、子ども自身の生きる力がある。・・(後略)・・(P.166~168)

ここに書かれた園部氏のコメントはそのとおりだと納得のいくものです。1962年当時の「無名の歌」は、その後の初等中等教育の現場においてしっかりと定着したことは、わたしもその実例として証言することができます。子どもには響くものがあるからです。最近の事情については知りませんが。

子どもの歌に限らず、創作童話や人形劇など、当時の小学生に深いレベルで影響を与えているきわめて良質な部分は、今後も大事にして後代に伝えていくのが、そういう教育を受けた世代の責任ある大人の務めというものでしょう。

「戦後」のすべてが否定されるべきではないのです。



この本にも「こんめえ馬」が収録されている


<関連サイト>

コエトオト / 詩人/柳沢竜郎(やなぎさわたつろう)公式サイト

作詞者の柳沢竜郎は現在82歳。「詩人TATSURO展」が開催されたそうだ。
http://passagekikaku.com/archives/12327

作曲家の川村江一氏にはフェイスブック あり


PS 1961年に制作され良く962年にNHKの「みんなの歌」で放送された「手のひらを太陽に」の作詞者が『アンパンマン』の作者やなせたかしであることを知った。作曲は、いずみたく。この時代の「子どもの歌」はほんとうにすばらしいものが多いとあらためて実感する。 (2014年1月20日 記す)


<ブログ内関連記事>

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讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された

書評 『「鉄学」概論-車窓から眺める日本近現代史-』(原 武史、新潮文庫、2011)-「高度成長期」の 1960年代前後に大きな断絶が生じた




(2012年7月3日発売の拙著です)





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