塩野七生ファンなら、読んで絶対に損はないというよりも、絶対に読むべきエッセイ集である。
うかつなことに『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)が昨年末に出版されていたとは知らなかった。たまたま amazon で 『神の代理人』 を検索したら、このとっておきの「新著」が amazon から推薦されたというわけだ。この件にかんしてはamazon さまさまである。感謝することはあっても、余計な押し売りとは思わない。
単行本未収録エッセイが300ページを超えるだけの分量があったこと、しかもその内容がかなりバラエティ豊かで内容も濃いことに驚きつつ、ここ30年来の塩野七生ファンとして、味わいながら読むという愉楽を味わうことができる一冊だ。
話題は、なんとサッカー(イタリア語ではカルチョ)から、国際政治学者の高坂正堯や耽美派の映画監督ルキーノ・ヴィスコンティとの交友、初期のルネサンス関係作品の創作の楽屋話まで。そして、著者がいまそこに住み、イタリアに定住するきっかけとなった「永遠の都市ローマ」への熱い思い。
またタイミングよく、ローマ法王の選出関連のエッセイも2本収録されているのは、ヨハネ・パウロ一世が選出後にたった1カ月で亡くなり、後掲のヨハネ・パウロ二世が選出されたからだが、選出当時がまた米ソの冷戦構造であったことを思い出させてくれた。ポーランド出身のヨハネ・パウロ二世の暗殺未遂事件が起こったことは追記はしていないが、著者の予感のただしさを証明するものだろう。とはいえ、著者は自分の予感が実現したことを誇ったりするような「品」のない人ではない。
若手編集者が単行本未収録作品をさがしまくって、構成までつくったうえで提案してきたいきさつが「読者へ」に書かれている。編集者の名前は記載されていないが、意義ある仕事をしたことと評価されることであろう。著者自身の「七生」という名前が7月7日生まれだからということが明かされるのだが。
帯には、「地中海はインターネットでは絶対にわからない。陽光を浴び、風に吹かれ、大気を胸深く吸う必要がある」とある(下に掲載した画像)。著者自身、なんどもこの感想を本書のなかでも語っているが、さらに重要なことはみずからヨットによって、海から地中海都市を回ってきたことにあるだろう。地中海都市は、基本的に海上交通による交易都市として誕生したものである。
ヨーロッパ文明を模範に近代化を推進した日本であったが、長く日本人の認識に欠けていたのは地中海文明であった。その地中海文明を身を以って体験し(・・著者はイタリア人と結婚し、息子もいる)、日本人の認識の欠落部分であった地中海文明について一般読者に紹介し続けてきたのが著者である。
地中海世界の肌触りを伝えてくれる作品の数々と、その創作の舞台裏秘密をひそかに教えてくれる。地中海料理とワインの味わいに似て、濃厚な味わいのあるエッセイ集である。
目 次
読者に
第1章 地中海に生きる
第2章 日本人を外から見ると
第3章 ローマ、わが愛
第4章 忘れ得ぬ人びと
第5章 仕事の周辺
著者プロフィール
塩野七生(しおの・ななみ) 1937年7月、東京に生れる。学習院大学文学部哲学科卒業後、1963年から1968年にかけて、イタリアに遊びつつ学んだ。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくみ、一年に一作のペースで執筆。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2001年、『塩野七生ルネサンス著作集』全7巻を刊行。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2006年、「ローマ人の物語」第XV巻を刊行し、同シリーズ完結。2007年、文化功労者に選ばれる。2008-2009年に『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。2010-2011年に「十字軍物語」シリーズを刊行(出版社サイトより転載)。
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600年ぶりのローマ法王退位と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である
賢者が語るのを聴け!-歴史小説家・塩野七生の『マキアヴェッリ語録』より
書評 『日本人へ リーダー篇』(塩野七生、文春新書、2010)
『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その2)
・・特別インタビュー① 塩野七生-「日本再生のためにローマ人から何を学ぶか」から、塩野七生のコトバを抜粋して引用してあるので再録しておこう。「ルネサンスというのは、価値が崩壊した時期の人間が次の価値をどう生み出そうかという運動でした。・・(中略)・・そのルネサンス精神を基盤にして西欧文明が出来上がってから500年がたった。その最後の20世紀末にわれわれはいる。そして再び価値観の崩壊という危機にわれわれは直面しているわけですね。ある意味で、500年続いたルネサンス人の時代も終わりを迎えたとも言えます」。
「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方
梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
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