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2011年4月9日土曜日

書評 『キュレーションの時代-「つながり」の情報革命が始まる-』(佐々木俊尚、ちくま新書、2011)


これからの世の中で「個人」が主体的に生きるための説得力ある見取り図を提供してくれる本

 本書は、インターネット世界がリアル世界と融合していく方向のなかで、「個人」が主体的に生きるための見取り図について納得させてくれる本である。

 「キュレーター」といえば、日本では一般に美術館や博物館の学芸員のことをさしている。

 専門知識のバックグラウンドもとに美術展などを企画し、作品を借りる交渉を他の美術館や個人収集家と行い、作品解説やキャプションを書き、カタログを執筆して編集し、イベントとしての美術展を成功させる専門職のことだ。その「キュレーター」がやることが「キュレーション」である。勘のいい読者なら、本書のタイトルをみて即座にそのような連想を抱くだろう。

 では、キュレーターが「つながり」や情報革命とどう関係しているのか?

 キュレーターの役割を抽象的にいえば、作品という個々のコンテンツに「場」というコンテクスト(=文脈)を与えることにある。同じ作品であっても、企画内容や展示の仕方によって、つまりその他の作品との関係において、それを見るものの印象は大きく異なってくる。新しい発見もあれば、自分のものの見方に安心感を得ることもある。

 つまりキュレーターの役割は、情報を整理して見せる、その見せ方そのものにあるといえる。いいかえれば、ある特定のものの見方(=視座)の提供である。

 コンテンツという一次情報は、それ自体の価値もさることながら、コンテクストとあいまってこそ、相互補完的に意味を形成するのである。キュレーターがコンテクストを設定した作品こそ、見るものにとって意味ある価値をもつ情報となっていると言っていいかもしれない。

 著者の佐々木俊尚氏は、膨大な情報が流通するインターネット世界でもまた、「情報の結節点」がほかでもない「生身の身体をもった人」であることを、「キュレーター」や「キュレーション」という概念を使って、さまざまな事例をもとに説得力ある説明を行っている。

 こういったキュレーターたちの存在がネット上には無数に存在していることに気がつかないと、これからの世の中を見誤ることになるだろう。キュレーターというのをそのような意味で使うのは、米国のネット世界から始まったらしい。

 ある特定のカテゴリーに属する情報について、個々人がその真贋のすべてを判断することは容易なことではないが、信頼性の高いキュレーターが仕分けしてコンテクストという付加価値をつけて整理した情報は、二次情報であっても抵抗なく受け取ることができる。

 自分の専門分野や詳しい分野では自らがキュレーターとなる一方、自分がさほど詳しくない分野では自分以外のキュレーターたちの意見に耳を傾けることになる。

 人間はもともとそのように多面的な帰属意識をもつ存在であり、この傾向はとくにブログやツイッター、それにフェイスブックなど、双方向の(インタラクティブな)情報の流れが可能な SNS の急速な発達と普及によって顕在化してきた。情報の流れが根本的に変わりつつあるのだ。

 この流れのなかでは、かつてのように、識者が権威ある媒体でマス(大衆)に向けて一方通行で上から目線で垂れ流す情報が意味をもたなくなってきたのは、当然といえば当然なのだ。日本のマスコミの多くがこの変化に対応できないのもムリはない。

 著者は、新書本にしてはやや厚めの300ページを使っているが、これはまだ「マス幻想」をもっている人のために、かんでふくめるような説明が必要なためだ。日々、インターネット世界のなかに生きて活動していれば、著者のいうことは素直に理解できるだろう。もちろん、最初から最後まで読むと、イメージをさらにふくらませることができる。

 冒頭にも書いたように、ネット世界はますますリアル世界と融合していく方向にある。その意味では、本書はこれからの時代の個人の生き方について書いた本でもあるといってよい。ぜひ一読することを薦めたい。



<初出情報>

■bk1書評「これからの世の中で「個人」が主体的に生きるための説得力ある見取り図を提供してくれる本」投稿掲載(2011年3月9日)





目 次

プロローグ ジョゼフ・ヨアキムの物語
第1章 無数のビオトープが生まれている
第2章 背伸び記号消費の終焉
第3章 「視座にチェックインする」という新たなパラダイム
第4章 キュレーションの時代
第5章 私たちはグローバルな世界とつながっていく


著者プロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年生まれ。早稲田大学政経学部中退。毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経てフリージャーナリスト。総務省情報通信タスクフォース委員。ITジャーナリスト(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 この書評を bk1 に投稿したのは 2011年3月9日、まさかその後の 3月11日 に日本を根本的に変えてしまうような「大地震」と「大津波」という激甚災害が発生するなどとは考えもしていなかった。しかも、その後に起こった「原発事故」という人災。

 このトリプルで発生した天災と人災のなか、ネットの世界では「キュレーション」のもつ意味と重要性がこれほど実感されることになるとは、著者の佐々木俊尚氏も思わなかったのではないか、と思う。

 テレビや新聞など、マスコミが一方的に流す、双方向性のないブロードキャスティング・モデル(=放送モデル)が、さらに大きく揺らぐことになった。とくに「原発事故」の報道ををつうじて、多くの人が日本のマスコミには不信感を募らせている。

 災害情報を手際よく整理し、ツイッターで流し続ける「キュレーター」の数々。私も微力ながら、ツイッターやフェイスブックでは有用な情報をセレクトし、流したりシェアすることで多少の貢献ができたのではないかと思っている。

 この状況については、たとえばこんな記事があるので参照されたい。ネットの情報を発信する時代から“まとめる”時代へ!大震災でも注目された「キュレーション」の可能性

 なお、「キュレーション」に通底する機能は、松岡正剛氏的にいえば「編集」ということになるのではないか、と思いながら読んでいた。ただし、情報編集した結果が書籍や雑誌というモノになるとは限らない。

 ネット世界の情報流通においては、コンテンツそのものの編集ではなく、既存のコンテンツにコンテクスト(文脈)のもとに組み直してコメントをつけることが「キュレーター」の役割となる。

ある意味では「キュレーター」とは「情報の目利き」でもあるわけだ。

 一言で要約してしまえば、「コンテンツとコンテクスト」がキーワードということになろう。あくまでも生身の身体をもった個人がフィルタリングしたコンテンツ(情報)をある特定のコンテクスト(文脈)のもとに提供するセレクトショップのようなものでもある。

 どの分野に、どのキュレーターをもつか、これはそれぞれの個人の主観と趣味にしたがえばいいことなのだ。そして、自分自身もキュレーターとなりうるのである。

 誰か一人にすべての見解を求めるという態度とは対極にある世界観。これは現実世界そのものである。



<関連サイト>

佐々木俊尚 facebookページ

組織人事管理の分野においても「キュレーション」は注目されている。

・・「キュレーション」(curation)とは、情報を選んで集めて整理すること。あるいは収集した情報を特定のテーマに沿って編集し、そこに新たな意味や価値を付与する作業を意味します。もともとは美術館や博物館で企画展を組む専門職のキュレーター(curator)に由来する言葉ですが、キュレーターが膨大な作品を取捨選択して展示を構成するように、インターネット上にあふれる情報やコンテンツを独自の価値基準で編集して紹介するサービスもキュレーションと呼ばれ、IT用語として広く使われています。さらに近年では、人材教育や組織開発の分野においても、価値創造を促す新たな役割としてキュレーションの概念に注目が集まっています」。


<ブログ内関連記事>

書評 『電子書籍の衝撃-本はいかに崩壊し、いかに復活するか?-』(佐々木俊尚、ディスカヴァー携書、2010)
・・元・毎日新聞の記者である著者の、新聞などの旧来型のマスメディアへの否定的見解は、賛同者の多い一方、反対派も根強く存在するようで、毀誉褒貶相半ばするという状況である。わたしは、佐々木氏をこの分野における「キュレーター」の一人と位置づけているので、読むことを推奨している





(2012年7月3日発売の拙著です)







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