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2025年7月1日火曜日

韓国映画『ソウルの春』(2023年)を amazon prime video で視聴。この映画を見ると昨年2024年12月に尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(当時)が発動した「クーデター」に韓国国民が猛反発したのも大いにうなづける

 

韓国映画『ソウルの春』(2023年)を amazon prime video で視聴。142分。人口が約5,000万人超の韓国で、なんと1,300万人が見たという。  

1979年10月26日の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件後、民主化が期待されていた韓国の「ソウルの春」が、いかに軍によって蹴散らかされたか、その真相をフィクションをまじえて製作された映画だ。 

いわゆる「粛軍クーデター」(1979年12月12日)である。韓国軍内部の主導権争いで、のちに大統領となる全斗煥(チョン・ドファン)将軍が率いる派閥「ハナフェ」が暴力的に勝利を収めた事件であった。「ハナフェ」は漢字で書くと「一会」と書く。  


(日本版トレーラー)


1979年は立て続けに国際的な事件が発生した年で、2月にはイランでイスラーム革命が勃発して王政が倒れ、中国がベトナムに侵攻したが翌月に無残にも敗退した中越戦争、10月にはこの映画の舞台背景である朴正熙大統領暗殺事件、11月にはサウジアラビアでメッカ占拠事件、そしてとどめは年末にソ連軍のアフガン侵攻である。

当時の自分は、多感な高校2年であった。 そして、翌年1980年5月には、その韓国で「光州事件」が発生し、軍におよって暴力的に鎮圧されている。まさに韓国現代史は、1979年の朴正熙大統領暗殺事件を契機にねじ曲げられることになったのである。

だが、さすがにこの「粛軍クーデター」までは、知らなかった。 2023年にこんな映画が大ヒットしたことを考えれば、昨年2024年12月に尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(当時)が発動した「クーデター」に韓国国民が猛反発したのも大いにうなづける。 クーデターの情報に、この映画の映像が即座に目に浮かんだのであろう。軍隊が主役のこの映画の映像は、あまりにも生々しい。


(韓国版トレーラーに英語字幕つきのもの)


直接体験した世代ではなくても、この映画の余韻が残っているなかでの「クーデター」発動が、いかに韓国国民の神経を逆なでしたことか。対岸の住民である日本国民として、いまようやく体感できた。「クーデター」の大義名分がなんであろうと、軍が出動した映像を見れば、怒りと恐怖にかられたのも当然だ。 


■韓国現代史は対岸からリアルタイムで注視してきた

1979年の「粛軍クーデター」で実権を握り、その後に大統領にまでなった全斗煥将軍。その強烈なまでなエゴと野心は充たされたのである。クーデターという賭けに勝ったのだ。映画でみる全斗煥は、わたしが思っていたイメージとだいぶ異なっていたが、おそらく映画のほうがリアルに近いのであろう。

その後、この男が大統領として日本を公式訪問し、天皇陛下に謁見したのは、自分が大学4年生で就職活動を行って企業回りをしていた1984年9月のことであった。厳しい 残暑の日々、東京の中心部は厳戒態勢が敷かれていた。

日比谷公園で一休みしたが、韓国大統領来日にあわせて行われていた、旅芸人の男寺党(ナムサダン)のダイナミックな舞踊を見て、韓国の民俗芸能に目を開かれたことが記憶に鮮明。そこには芸能研究者でもあった小沢昭一氏がいたことも記憶にある。 

 その全斗煥も、盟友でのちに大統領になった盧泰愚(ノ・テウ)も、ともに2021年に亡くなっている。だからこそ、ようやくこのような映画の製作のハードルが下がったのであろう。だが、最終的な判断が下されるのは、まだまだ先のことではないか。朴正熙大統領の歴史的評価も定着するまで、かなり時間がかかっている。

それにしても、韓国現代史は右に揺れ、左に揺れ、あまりにも振幅が激しい半島国家の宿命といってしまえばそれまでだが、半島に生きる国民には同情を禁じ得ない。今後も激動が訪れる可能性があるからだ。 



PS 1979年当時の韓国では、まだまだ漢字がつかわれていたのだな、と。現在は先行する北朝鮮とおなじく、ほぼ漢字は消えてしまった。日本語字幕を頼りにすれば、多少の聞き取りは可能だが・・・


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