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2011年4月28日木曜日

Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)-「3-11」から 49日目に記す


  
 英国では、ウィリアム王子とケイト・ミドルトン嬢との「ロイヤル・ウェディング」という慶事が明日4月29日と、間近に迫っている。

 現在は、「リーマンショック」と「ユーロ危機」後の不景気のまっただなか、財政再建中の英国だが、景気浮揚効果を考えれば、ぜひとも重視したいイベントであることは間違いない。

 だが、それほど長いというわけでもないが、やや長く生きていると「ロイヤル・ウェディング」というと別の感慨も抱く。それは、いまからちょうど30年前、1981年のことだ。


ダイアナ妃のこと

 いまから 30年前、セントポール大聖堂で、華麗な「ロイヤル・ウェディング」の主人公は、言うまでもなくダイアナ妃であった。ウィリアム王子の母である。

 ロイヤル・ウェディング当日前後のダイアナ・スペンサー嬢は、シャイ・ダイ(Shi Di)と呼ばれていたほど初々しい、白雪姫のような、文字通りのプリンセスだった。ヘアスタイルをはじめ、世界のファッション・リーダ的存在でもあった。

 その後のダイアナ妃の人生は、そのあまりもの運命の暗転に、まさにギリシア悲劇を見ているかのようなのような展開であった。あえてここに書くまでもないだろう。その最後が、パパラッチに追われて、パリの高速道路のトンネル内で自動車事故死というのは、あまりにも薄幸な人生だったとしか言いようがない。

 英国だけでなく、世界中がその死を悼んだダイアナ妃。クリントン元大統領とならんで、アダルト・チルドレンだと言われていたダイアナ妃、晩年は対人地雷廃絶のため世界中で活動していた。「人のために役に立ちたい」という強い思いを抱いていた人生。

 『ダイアナ死して、英国は蘇る』(多賀幹子、毎日新聞社、1998)という本を、ずいぶん前に読んだことがあるが、生前は不倫報道などでマスコミによってもみくちゃにされてダイアナ妃は、若くして悲劇的な死を遂げたことによって、聖女の扱いになった。

 そして現在でも、ダイアナ妃は人々の心のなかに生き続けている。


田中好子(スーちゃん)のこと

 また、つい先日の 4月21日、惜しくも55歳で亡くなった元キャンディースのメンバーで女優の田中好子さん(スーちゃん)が遺した音声メッセージ

 振り絞るように出されたそのコトバは、弱々しくかすれながらも、コトバの一つ一つが訴えるチカラの、なんと大きなものか!

 田中好子は、自分自身の弟を骨肉腫で失っているだけでなく、義理の妹である夏目雅子を白血病で失っている。そして本人は乳がんで。「人のために役に立ちたいという人生」は、身近な人たちとの痛切な別れが原点にあった。

 「フツーの女の子に戻ります!」というのがキャンディーズ解散発表時のメッセージだったが、死を前にしたメッセージもまた、多くの人々の心に刻みつけられるものとなるだろう。風のように立ち去ったスーちゃん。

 キャンディーズの全盛期はわたしの中学時代。当時はスーちゃんではなくランちゃん(=伊藤蘭)のほうが好みだったが、子どもときから 40年来ずっと食べている「揖保の糸」(いぼのいと) CM をやっていたので、田中好子には好感をもっていた。余談であるが。

 まずは、田中好子のテープに録音されたメッセージを文字で再現しておこう。

 こんにちは。田中好子です。きょうは 3月29日、東日本大震災から 2週間経ちました。被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。

 私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でもそのときは、必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の勤めと思っています。

 キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。幸せな、幸せな人生でした(涙ぐむ)。特に蘭さん、美樹さん、ありがとう。2人が大好きでした。

 映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。お礼の言葉をいつまでもいつまでも伝えたいのですが、息苦しくなってきました。

 いつの日か、妹、夏目雅子のように、支えて下さったみなさまに、社会に、少しでも恩返しができるように復活したいと思います。かずさん、よろしくね。その日まで、さようなら。

(出所)スーちゃん肉声メッセージ全文 「幸せな、幸せな人生でした」(MSN産経ニュース 2011年4月25日)
 

 文字で読むよりも、音声で聞くと、何度聴いても泣けてくる。スーちゃん「最後の肉声」「被災者のお役に・・・」(11/04/25)(YouTube)。視覚よりも聴覚に訴えるもののほうが、はるかに根源的だ。

 田中好子の最後のメッセージは、大震災と大津波の犠牲者を悼み、被災者への思いを語ったものだった。「被災された方のお役にたちたい」、と。

 ダイアナ妃と同様、田中好子(スーちゃん)も伝説と化して生き続けることだろう。義妹の夏目雅子と同じく、死後に「復活」するという形で。


本日4月29日は、「3-11」から 四十九日にあたる-Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)

 そう、本日4月29日は、「3-11」から 四十九日にあたる日だ。四十九日である。

 人が死んでから 49日間(=7×7日間)は、仏教では「中陰」あるいは「中有」(ちゅうう)といわれる。死者が生と死の中間にとどまっている期間のことだ。だから四十九日の法要は、区切りをつけるために重要なのである。日本では、「死苦」と重なる。

 2011年3月11日の午後2時46分に発生した大地震と、その後間髪をおかずに押し寄せてきた大津波に飲み込まれて、わずかの時間のあいだに三万人近い人たちが一気に死んでしまったのだ。

 過去のどんな戦争でも、どんな自然災害でもなかったような「大量死」ではないだろうか?

 こんなときに思い出すのが、Memento mori(メメント・モリ)というラテン語の警句だ。「死ぬ事を忘れるな」という意味である。

 中世ヨーロパのカトリック社会では、当たり前だった警句。幼児死亡率が高く、そのため平均寿命が短く産出される中世は、つねに生と死は隣り合わせだった。また、黒死病とよばれたペストなどの疫病の大流行がたびたび発生して死者が大量にでている。

 近世以降の欧州でも、日本でも、それ以外の世界でも、あたりまえの真実であった。医療が進歩し、衛生状態が大幅に改善されてからは幼児死亡率が下がったが、それは20世紀に入ってからのことに過ぎない。

 今回の「東北関東大震災」の犠牲者は 3万人という大規模なものになっている。果たしてそのうちどれだけの人が、自分が死ぬことになると意識していただろうか。

 日常性なんてほんとうにあっけない日常を支えている基盤とはかくも脆いものかと思ったのは、私だけではないだろう。

 写真家・藤原新也の著書にも『メメント・モリ』というものがある。ガンジス川(ガンガー)のほとりで、野犬が人間の死体を食っている鮮烈な写真が掲載されていて、話題になった本だ。ちょうどバブルの末期のことだったろか。

 永井荷風のコトバを借りれば、「近年世間一般奢侈(しゃし)驕慢(きょうまん)、貪欲飽くことを知らざりし有様」(『断腸亭日常』)だったバブル期の日本人に突きつけられた「メメント・モリ」(死を忘れるな)。 

 生と死は隣り合わせ。日常のなかから死が、死体が隠されたバーチャルな世界から、一気にリアルの世界に呼び戻された日本人。

 いつ死ぬかわからない、だからこそ今日というかけがえのない一日を生きることが大事なのだとあらためて思ったのが、とくに震災発生後の一週間の日々であった。多くの日本人が、この重要性をカラダ全体で再認識したのではないだろか。

 いま「メメント・モリ」(Memento mori)とともに思い出すのは、同じく 「カルペー・ディエム」(Carpe diem)というラテン語の警句だ。ローマ初期の詩人オウィディウスの詩句からとられたもの。

 「いまを生きる」と日本語に訳されている。英語なら Seize the day、米国の作家サウル・ベローの小説のタイトルとしても使われた。『いまを生きる』という、ハリウッド映画のタイトルにもなっている。

 いつ死ぬかわからない、だからこそ今日というかけがえのない一日を生きることが大事なのだ。

 Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)、この2つのラテン語の警句を、あえて対句として取り上げた理由である。






<関連サイト>

スーちゃん「最後の肉声」「被災者のお役に・・・」(11/04/25)(YouTube)


<ブログ内関連記事>

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む

大震災のあと余震がつづくいま 『方丈記』 を読むことの意味

書評 『マイ・ビジネス・ノート』(今北純一、文春文庫、2009)
・・文庫本表紙に印刷されている Carpe Diem(カルペー・ディエム)というラテン語の金言




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