「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 大震災 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 大震災 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年12月19日水曜日

書評『成金炎上 ー 昭和恐慌は警告する』(山岡 淳一郎、日経BP社、2009)ー 1920年代の政治経済史を「同時代史」として体感する


「昭和恐慌」は日本経済が経験した最大の経済恐慌であり、破滅への道を開いたものであった。

本書はこの昭和恐慌前後を時代背景に、既成の経済勢力と新興の経済勢力との衝突、経済恐慌がもたらした人心の荒廃を歴史ノンフィクションとして描いたものである。

第一次世界大戦の大戦景気の反動で不景気に陥っていたなか、帝都東京を襲った1923年(大正12年)の「関東大震災」で経済はおおきなダメージを受けて疲弊、経済を世界標準に戻すために「金解禁」を1930年には断行したが、たちまち米国発の「世界大恐慌」の波に飲み込まれて、「想定外」の危機的な状況に追い込まれた。

これが「昭和恐慌」である。いわゆる「1940年体制」以前の日本は、むきだしの資本主義社会のまっただ中にあったのだ。

本書に登場する主人公たちは、たたき上げの実業家たちと、学歴エリートである金融マンたちであり、しかもそれぞれが異なる性格をもった男たちである。

一時期は三井や三菱といった巨大財閥を追い上げる勢いをもっていた鈴木商店の大番頭・金子直吉、泥亀の異名で呼ばれた新興の海運王・山下亀三郎。ともに学歴はなかったが、前者は合理主義に徹した商売の天才、後者は人間心理を知り尽くしていた人間通の商人であった。

財界エリートを代表する三井財閥の金融部門の総帥・池田成彬日銀総裁から大蔵大臣になった井上準之助。前者が筋金入りの合理主義者であったのに対し、後者は理だけではなく情にも厚かった。

こういった個性の強い男たちが経済という場で世の中をリードしていた大正時代は、明治維新以来の支配勢力と新興勢力が激しく衝突した時代でもあった。

だが、この歴史ノンフィクションのほんとうの主人公はマネーである。暴走するマネーである。

好況時のマネーは、経済成長によって金持ちがさらに金持ちになるだけでなく、幅広い人たちが恩恵を受けることになる。だが、不況になるとマネーは一転して破産者を多数つくりだすだけでなく、それを機会に焼け太りする金持ちもでてくる。

人間の欲望に突き動かされ、意志を乗り越え、制御不能となる暴走するマネー。マネーに蹂躙され、失われる倫理観。暗殺というテロリズムの横行。それが「昭和恐慌」の時代であり、その後、破滅に向かって突き進んでいった日本なのであった。

「昭和恐慌」からすでに80年以上たった現在、直接体験し、それについて語れる人がほとんどいなくなってしまた。

「リーマンショック」と「3-11」以後、あの時代を「同時代史」として振り返ることの意味は、さらに重要になってきている。本書を読んでいると、1920年代はいつか来た道ではないかという既視感(デジャヴュー)にもとらわれてしまうからだ。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と喝破したのはドイツの宰相ビスマルクであったが、われわれもまたまずは1920年代をきちんと振り返る機会をもたねばらないとつよく思うのである。

最初から最後まで読ませる、よくできた良質の歴史ノンフィクション作品である。ぜひ読んでほしい。



(注) 2012年4月5日に投稿した amazonレビューへの投稿に加筆修正した。


PS 「バブル崩壊後」の中国こそ、戦前の日本の道を突き進む可能性もある。中国はバブル崩壊を体験したことがないのだ。中国はいつバブルが崩壊してもおかしくない状況がつづいている。バブル崩壊後の中国社会の激動は想像を絶するものとなる可能性もある。日中ともに注視していかねばなるまい。






目 次

プロローグ
第1章 丁稚、大欲を抱く
第2章 白鼠と泥亀、大正ベンチャーの旗手がゆく
第3章 大戦バブルと鈴木炎上
第4章 財閥の逆襲、鈴木王国崩壊
第5章 恐慌の鬼子たち
エピローグ
あとがき
注釈
参考文献

著者プロフィール

山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)
1959年愛媛県生まれ。出版関連会社、ライター集団を経て、ノンフィクション作家へ。「人と時代」を共通テーマに近現代史、建築、医療、政治など分野を超えて旺盛に執筆中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

書評 『震災復興の先に待ちうけているもの-平成・大正の大震災と政治家の暴走-』(山岡 淳一郎、2012)-東日本大震災後の日本が「いつか来た道」をたどることのないようよう
・・本書とあわせて読みたい本

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)
・・山岡淳一郎氏による上記の2冊は、戦後の自民党政治がなんだったかのを具体的に検証してみせてくれるすぐれたノンフィクションである

書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!

書評 『警告-目覚めよ!日本 (大前研一通信特別保存版 Part Ⅴ)』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2011)-"いま、そこにある危機" にどう対処していくべきか考えるために

書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!

「リスボン大地震」(1755年11月1日)後のポルトガルのゆるやかな 「衰退」 から何を教訓として学ぶべきか?


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2012年12月18日火曜日

書評『震災復興の先に待ちうけているもの ー 平成・大正の大震災と政治家の暴走』(山岡 淳一郎、2012)ー 東日本大震災後の日本が「いつか来た道」をたどることのないことを願う


本日(2012年12月18日)は、「3-11」からすでに1年と9カ月たっている。あと四半期(=三か月)ではや2年になるわけだが、約90年前におこった大災害とその後の歴史を振り返る意味は大きい。

本書を読みながら、1923年の関東大震災、2011年の東日本大震災という二つの大震災後の政治状況が酷似していることには、ほんとうに驚かされる。ともに短命政権が続いた後の「政治空白」に起きた大震災、そしてその後の政治の迷走ぶり。

「3-11」後の政治状況にあきれ果てているのは、大地震と大津波、そして原発事故の遺族や被災者たちだけではない。

直接の被災者になっていない大多数の国民にとっても、政権と政権党である民主党が迷走していただけでなく、この状況のなかで、さらに国民一般に不利益になる可能性もあるTPP参加へ前のめりで強行しようとしている政治家のあさましさが目に余る状況であった。

こういう状況のなか、政治家たちからだけでなく国民からも、「関東大震災後に電光石火のスピードで復興プランをつくった後藤新平のような人がいれば・・・」というセリフをよく耳にした。

だが、後藤新平や昭和恐慌についての歴史ノンフィクションにも取り組んでいる著者が書いているものを読むと、関東大震災後の政治状況がけっして理想的に進捗したわけではなかったことを知ることになる。

当の後藤新平自身が政争の一翼を担っていたこと、関東大震災後に当時の世界標準であった「金解禁」に前のめりで踏み切ったのが井上準之介蔵相であったことなど、権力欲によって動かされ政治家たちの振る舞いには、90年の時を隔てても何の違いもない

著者の記述を読んでいると、2012年現在の政治家が劣化していることは言うまでもないが、90年前の政治家たちもまた、現在とくらべて、とくべつ優れていたわけでもないことがわかる。

また、大震災における米国による援助外交と実利追求姿勢もまた、関東大震災でも同様であったことを知るのも意味のあることだ。日米同盟はきわめて重要だが、「トモダチ作戦」(Operation Tomodachi)の背後にある米国の意図は冷静に考えてみたほうがいい。

首都直下型地震も「近い将来」に発生する確率が高いとさえ言われている現在、その被害規模は1923年に発生した関東大震災の比ではないだろう。寺田寅彦がすでに指摘していたように、文明が高度化すればするほど被害は逆に大きくなるからだ。

関東大震災後から22年後、「昭和恐慌」を経て戦争に突入していった日本は最終的にクラッシュした。今後の日本が再びクラッシュすることがないことを願うばかりだ。

そんななか、つい先日おこなわれた総選挙において、迷走の原因となっていた民主党が惨敗の末に下野し、ふたたび自民党が政権党となった。有権者の期待を一身に背負うことになった自民党だが、はたして「国家崩壊」を食い止めることはできるのだろうか? 民主党とは違う意味で暴走しないことを切に望む。求められるのは「自制心」だ。

90年前の轍を繰り返してほしくないのは、わたしだけではないはずだ。政治家だけでなく国民一人一人の自覚が不可欠なのである。


(注) 2012年3月26日に投稿した amazonレビューへの投稿に加筆修正した。





目 次

はじめに-大震災と政治家のふるまい
第1章 切り刻まれた復興プラン
第2章 国難のなかでの政争
第3章 財源の呪縛
第4章 アメリカの震災支援-博愛と打算
第5章 「TPP・金解禁」と恐慌
おわりに

著者プロフィール

山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)
1959年愛媛県生まれ。出版関連会社、ライター集団を経て、ノンフィクション作家へ。「人と時代」を共通テーマに近現代史、建築、医療、政治など分野を超えて旺盛に執筆中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)
・・山岡淳一郎氏による上記の2冊は、戦後の自民党政治がなんだったかのを具体的に検証してみせてくれるすぐれたノンフィクションである


書評 『成金炎上-昭和恐慌は警告する-』(山岡 淳一郎、日経BP社、2009)-1920年代の政治経済史を「同時代史」として体感する
・・本書とあわせて読んでほしい本


評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・
・・関東大震災当時の日米関係がわかる

書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!

「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!

書評 『慈悲の怒り-震災後を生きる心のマネジメント-』(上田紀行、朝日新聞社出版、2011)

『報道災害【原発編】-事実を伝えないメディアの大罪-』 (上杉 隆/ 烏賀陽弘道、幻冬舎新書、2011)-「メディア幻想」は一日も早く捨てることだ!

「リスボン大地震」(1755年11月1日)後のポルトガルのゆるやかな 「衰退」 から何を教訓として学ぶべきか?


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2011年9月12日月曜日

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!


「戦後日本」と訣別する第一歩となる本。メルトダウンした日本でいま何を考えるべきかが見えてくる

 「3-11」については、これまで饒舌に語ってきた多くの論者が沈黙してしまった。あるいは発言したにせよ、その内容はリアリティのない空虚な響きしかもたないコトバの羅列に過ぎないのではないか?

 そう思う人はこのノンフィクション作品を読むことをすすめたい。

 「品格」を欠いた表現が少なくないし、しかも「こじつけ」が多いのではないかという理由で佐野眞一が好きではないにしても、この作品だけは今後のために読んでおくべきだと言っておきたい。

 「3-11」の東日本太平洋岸の大地震と大津波、そして最悪の事態となった福島第一原発のメルトダウン。ともに同時期に発生した大災害であるが、前者が千年に一度とさえいえる巨大自然災害であったのに対し、後者は明かに「人災」である。前者が目に見えるかたちで大きな被害をもたらしたのに対し、後者は今後数十年にわたって見えない恐怖を与え続けることになる放射能被害である。

 とくに原発事故は、「戦後日本」そのものが、そっくりそのままメルトダウンしたのではないかという、シンボリックな意味さえ帯びるにいたっている。さらに言えば「近代日本」そのものがメルトダウンしたのではないか、とさえ思われるのである。

 わたしが本書を読むことにした理由の一つは、『東電OL殺人事件』(新潮社、2000)を書いた佐野眞一が、原発事故と東電についてどのような発言をしているのか知りたいと思っていたことにある。

 しかも、『巨怪伝』(文藝春秋社、1994)では読売新聞社主となった正力松太郎と「戦後大衆社会」をあますことなく描ききった佐野眞一だ。「テレビの父」だけでなく、「原発の父」でもあった正力松太郎について語ることは、そっくりそのまま戦後日本と東電を中心とした原発につながるのである。原発による電力があってこそ、「戦後大衆社会」が成立してきたことは、うかつなことに、本書を読むことで、はじめて強い印象とともに気が付かされた。

 戦後の理想教育を主導しながら挫折した無着成恭、戦後大衆消費社会を実現させた実業家・中内功、戦後大衆社会をリードしてきた石原慎太郎や小泉純一郎といった自民党政治家、そして戦後社会の実験場であった満洲に、戦後のつけが集約されてきた沖縄。これまで佐野が描いてきた戦後日本を扱ったノンフィクションを列挙してみると、佐野眞一が一貫して「戦後日本」とそれを準備した「近代日本」そのものを、時代を象徴するさまざまな人物をとおして描いてきたことがわかる。

 「3-11」とは、まさにその「戦後大衆社会」がすでに液状化し、崩壊していたことを明らかにした自然災害であり、それに付随して発生した取り返しのつかない「人災」であったことが本書によって確認されている。その意味で、「3-11」は暴力的に「戦後」を終わらせたのである。本書は、佐野眞一の集大成とまでは言わないが、これまで「戦後」を多面的に描いてきた蓄積があったからこそ書けた内容だといえるだろう。
 
 この本を読むと、われわれがいまどういう地点に立っているのか知ることができる。何をすべきなのかが明確に示されたわけではないにせよ、何を考えるべきかがおぼろげながらも見えてくるだろう。すくなくともそのキッカケにはなるはずだ。

 その意味で、ぜひ一読することをすすめたい。もはや「戦後」は終わったのだ。


<初出情報>

■bk1書評「「戦後日本」と訣別する第一歩となる本。メルトダウンした日本でいま何を考えるべきかが見えてくる」投稿掲載(2011年9月6日)
■amazon書評「「戦後日本」と訣別する第一歩となる本。メルトダウンした日本でいま何を考えるべきかが見えてくる」投稿掲載(2011年9月6日)





目 次

第一部 日本人と大津波
  重みも深みもない言葉 
  志津川病院の中に入って
  おかまバーの名物ママの消息
  壊滅した三陸の漁業
  熱も声もない死の街
  「何も考えずに逃げる」
  “英坊”は生きているか
  「ジャニーズ」の電源車
  高さ十メートルの防潮堤
  嗚咽する“定置網の帝王”
  日本共産党元文化部長・山下文男
  九歳で昭和大津波に遭遇
  「津波は正体がわからない」

第二部 原発街道を往く
 第一章 福島原発の罪と罰
  逮捕覚悟で原発地帯に入って
  浜通りと原発銀座
  東電OL・渡辺泰子とメルトダウン
  現代版「原発ジプシー」
  無人の楢葉町役場と「天守閣」
  満開の桜と野犬化したペット
  禁止区域に立ち入る牧場主
  地獄の豚舎にあった「畜魂碑」
  原発には唄も物語もない
  ホウレン草農家の消息
  陸軍の飛行場が原発に
  天明の飢饉と集団移民
 第二章 原発前夜-原子力の父・正力松太郎
  原子力の父と「影武者」
  読売新聞の原子力キャンペーン
  核導入とCIA
  原子力平和利用博覧会
  英国からの招待状
  欧米の原子力事情視察
  東海村の火入れ式
  天覧原子炉
  正力の巨大な掌の上で
  「原子力的日光浴」の意味するもの

 第三章 なぜ「フクシマ」に原発は建設されたか  
  フクシマと「浜通り」の人びと
  塩田を売却した堤清次郎の魂胆
  木川田一隆と木村守江の接点
  原発を導入した町長たち
  反対派町長・岩本忠夫が「転向」した理由
  東京電力の策謀
  原発労働はなぜ誇りを生まないか
  浜通り出身の原子炉研究者

あとがきにかえて


著者プロフィール

佐野眞一(さの・しんいち)

1947年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。編集者、業界紙勤務を経てノンフィクション作家となる。1997年、民俗学者宮本常一と渋沢敬三の生涯を描いた『旅する巨人』(文藝春秋)で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年、『甘粕正彦乱心の曠野』(新潮社)で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<書評への付記>

 正直に告白すると、ほんとうはこの本は読むつもりはなかったのだ。だが、読み始めるとけっきょく一気に読み通してしまった。

 日経ビジネスオンラインに掲載されていた著者に聞く 「司馬遼太郎」も「松本清張」も津波で流された『津波と原発』を出版した佐野眞一さんに聞く(黒沢正俊、日経ビジネスオンライン 2011年8月1日)を読んで、「これだ!」と思うところがあって急遽読むことにしたのだ。

 佐野眞一のノンフィクション作品は大半を読んでいるが、それはわたしがビジネスマンであることも大きいと思う。ダイエーの中内功の本などはじつに面白かった。ダイエーが大きくなっていたプロセスを観てきたわけではない世代にとっては、戦後の消費をリードした傑出した経営者であった中内功はじつにまぶしい存在であったからだ。晩節を汚して、寂しく世を去ったのはまことにもって残念なことであったが。

 さて、本書にかんしては、書評のなかで書いたが、あいかわらず「品格」に欠け、やや「こじつけ」と思わざるを得ないような記述もないとは言わないが、『津波てんでんこ-近代日本の津波史-』の著者で、元日本共産党の山下文男に、大津波から救出されて入院していた病室で行ったインタビューの話は面白い。いまでは、自分を救出してくれた自衛隊に大いに感謝しているという老人になっている。これはぜひ読んでほしいと思う。

 『旅する巨人』(文藝春秋、1996)では、日本中を旅して歩いた民俗学者宮本常一とそのメンターであった民族学者で大蔵大臣を務めたこともある澁澤敬三の生涯を描いているが、佐野眞一の「民俗学の手法」がいかなるものであるかよく理解できる良書である。

 本書『津波と原発』で発掘された、相馬中村藩の飢饉と移民受け入れの話は、わたし自身まったく知らなかっただけに、調べて書いた佐野眞一だけでなく、オドロキの事実の連続に圧倒されることだろう。ここにはまさに「民俗学的手法」がフルに活かされている。

 大飢饉のさなかの人肉食の凄惨な話や、激減した生産人口を回復するために、禁令を犯して、遠く日本海側の因幡や北陸から誘致した移民は、浄土真宗の布教とあいまった移民政策のたまものであったのだ。ちなみに、この相馬中村藩は、幕末に二宮尊徳が開発政策に大きく関与したことで知られている。

 「戦後日本」はすでにメルトダウンした。いや「近代日本」もすでにメルトダウンすたというべきだろう。これをシンボリックに表現したのが、「「司馬遼太郎」も「松本清張」も津波で流された」という表現である。

 「戦後日本」だけでなく、「近代日本」に引導を渡すべきときが来ているのではないか、その時期が顕在化したことに一日も早く気づくべきではないのかと、わたしは強く思うのだ。



<関連サイト>

著者に聞く 「司馬遼太郎」も「松本清張」も津波で流された-『津波と原発』を出版した佐野眞一さんに聞く(黒沢正俊、日経ビジネスオンライン 2011年8月1日)


<ブログ内関連記事>

書評 『私の体験的ノンフィクション術』(佐野眞一、集英社新書、2001)-著者自身による作品解説とノンフィクションのつくり方

書評 『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一、小学館、2012) -孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

「歴史の断層」をみてしまったという経験-「3-11」後に歴史が大転換する予兆 (2011年4月16日)
・・「いわゆる時代区分としての「戦後」は終わったと考えるべきだ」。

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・「近代日本」に訣別する意思表示

書評 『津波てんでんこ-近代日本の津波史-』(山下文男、新日本出版社、2008)
・・本書でも、今回の大津波で辛くも生き残った山下文男に病室でインタビューしている

『緊急出版 特別報道写真集 3・11大震災 国内最大 M9.0 巨大津波が襲った発生から10日間 東北の記録』 (河北新報社、2011) に収録された写真を読む

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日) (4) 間奏曲-過去の断食参籠修行体験者たち
・・二宮尊徳について比較的くわしく触れている

(2014年8月22日、12月27日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)








Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!



end

2011年4月28日木曜日

Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)-「3-11」から 49日目に記す


  
 英国では、ウィリアム王子とケイト・ミドルトン嬢との「ロイヤル・ウェディング」という慶事が明日4月29日と、間近に迫っている。

 現在は、「リーマンショック」と「ユーロ危機」後の不景気のまっただなか、財政再建中の英国だが、景気浮揚効果を考えれば、ぜひとも重視したいイベントであることは間違いない。

 だが、それほど長いというわけでもないが、やや長く生きていると「ロイヤル・ウェディング」というと別の感慨も抱く。それは、いまからちょうど30年前、1981年のことだ。


ダイアナ妃のこと

 いまから 30年前、セントポール大聖堂で、華麗な「ロイヤル・ウェディング」の主人公は、言うまでもなくダイアナ妃であった。ウィリアム王子の母である。

 ロイヤル・ウェディング当日前後のダイアナ・スペンサー嬢は、シャイ・ダイ(Shi Di)と呼ばれていたほど初々しい、白雪姫のような、文字通りのプリンセスだった。ヘアスタイルをはじめ、世界のファッション・リーダ的存在でもあった。

 その後のダイアナ妃の人生は、そのあまりもの運命の暗転に、まさにギリシア悲劇を見ているかのようなのような展開であった。あえてここに書くまでもないだろう。その最後が、パパラッチに追われて、パリの高速道路のトンネル内で自動車事故死というのは、あまりにも薄幸な人生だったとしか言いようがない。

 英国だけでなく、世界中がその死を悼んだダイアナ妃。クリントン元大統領とならんで、アダルト・チルドレンだと言われていたダイアナ妃、晩年は対人地雷廃絶のため世界中で活動していた。「人のために役に立ちたい」という強い思いを抱いていた人生。

 『ダイアナ死して、英国は蘇る』(多賀幹子、毎日新聞社、1998)という本を、ずいぶん前に読んだことがあるが、生前は不倫報道などでマスコミによってもみくちゃにされてダイアナ妃は、若くして悲劇的な死を遂げたことによって、聖女の扱いになった。

 そして現在でも、ダイアナ妃は人々の心のなかに生き続けている。


田中好子(スーちゃん)のこと

 また、つい先日の 4月21日、惜しくも55歳で亡くなった元キャンディースのメンバーで女優の田中好子さん(スーちゃん)が遺した音声メッセージ

 振り絞るように出されたそのコトバは、弱々しくかすれながらも、コトバの一つ一つが訴えるチカラの、なんと大きなものか!

 田中好子は、自分自身の弟を骨肉腫で失っているだけでなく、義理の妹である夏目雅子を白血病で失っている。そして本人は乳がんで。「人のために役に立ちたいという人生」は、身近な人たちとの痛切な別れが原点にあった。

 「フツーの女の子に戻ります!」というのがキャンディーズ解散発表時のメッセージだったが、死を前にしたメッセージもまた、多くの人々の心に刻みつけられるものとなるだろう。風のように立ち去ったスーちゃん。

 キャンディーズの全盛期はわたしの中学時代。当時はスーちゃんではなくランちゃん(=伊藤蘭)のほうが好みだったが、子どもときから 40年来ずっと食べている「揖保の糸」(いぼのいと) CM をやっていたので、田中好子には好感をもっていた。余談であるが。

 まずは、田中好子のテープに録音されたメッセージを文字で再現しておこう。

 こんにちは。田中好子です。きょうは 3月29日、東日本大震災から 2週間経ちました。被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。

 私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でもそのときは、必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の勤めと思っています。

 キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。幸せな、幸せな人生でした(涙ぐむ)。特に蘭さん、美樹さん、ありがとう。2人が大好きでした。

 映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。お礼の言葉をいつまでもいつまでも伝えたいのですが、息苦しくなってきました。

 いつの日か、妹、夏目雅子のように、支えて下さったみなさまに、社会に、少しでも恩返しができるように復活したいと思います。かずさん、よろしくね。その日まで、さようなら。

(出所)スーちゃん肉声メッセージ全文 「幸せな、幸せな人生でした」(MSN産経ニュース 2011年4月25日)


 文字で読むよりも、音声で聞くと、何度聴いても泣けてくる。スーちゃん「最後の肉声」「被災者のお役に・・・」(11/04/25)(YouTube)。視覚よりも聴覚に訴えるもののほうが、はるかに根源的だ。

 田中好子の最後のメッセージは、大震災と大津波の犠牲者を悼み、被災者への思いを語ったものだった。「被災された方のお役にたちたい」、と。

 ダイアナ妃と同様、田中好子(スーちゃん)も伝説と化して生き続けることだろう。義妹の夏目雅子と同じく、死後に「復活」するという形で。


本日4月29日は、「3-11」から 四十九日にあたる-Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)

 そう、本日4月29日は、「3-11」から 四十九日にあたる日だ。四十九日である。

 人が死んでから 49日間(=7×7日間)は、仏教では「中陰」あるいは「中有」(ちゅうう)といわれる。死者が生と死の中間にとどまっている期間のことだ。だから四十九日の法要は、区切りをつけるために重要なのである。日本では、「死苦」と重なる。

 2011年3月11日の午後2時46分に発生した大地震と、その後間髪をおかずに押し寄せてきた大津波に飲み込まれて、わずかの時間のあいだに三万人近い人たちが一気に死んでしまったのだ。

 過去のどんな戦争でも、どんな自然災害でもなかったような「大量死」ではないだろうか?

 こんなときに思い出すのが、Memento mori(メメント・モリ)というラテン語の警句だ。「死ぬ事を忘れるな」という意味である。

 中世ヨーロパのカトリック社会では、当たり前だった警句。幼児死亡率が高く、そのため平均寿命が短く産出される中世は、つねに生と死は隣り合わせだった。また、黒死病とよばれたペストなどの疫病の大流行がたびたび発生して死者が大量にでている。

 近世以降の欧州でも、日本でも、それ以外の世界でも、あたりまえの真実であった。医療が進歩し、衛生状態が大幅に改善されてからは幼児死亡率が下がったが、それは20世紀に入ってからのことに過ぎない。

 今回の「東北関東大震災」の犠牲者は 3万人という大規模なものになっている。果たしてそのうちどれだけの人が、自分が死ぬことになると意識していただろうか。

 日常性なんてほんとうにあっけない日常を支えている基盤とはかくも脆いものかと思ったのは、私だけではないだろう。

 写真家・藤原新也の著書にも『メメント・モリ』というものがある。ガンジス川(ガンガー)のほとりで、野犬が人間の死体を食っている鮮烈な写真が掲載されていて、話題になった本だ。ちょうどバブルの末期のことだったろか。

 永井荷風のコトバを借りれば、「近年世間一般奢侈(しゃし)驕慢(きょうまん)、貪欲飽くことを知らざりし有様」(『断腸亭日常』)だったバブル期の日本人に突きつけられた「メメント・モリ」(死を忘れるな)。 

 生と死は隣り合わせ。日常のなかから死が、死体が隠されたバーチャルな世界から、一気にリアルの世界に呼び戻された日本人。

 いつ死ぬかわからない、だからこそ今日というかけがえのない一日を生きることが大事なのだとあらためて思ったのが、とくに震災発生後の一週間の日々であった。多くの日本人が、この重要性をカラダ全体で再認識したのではないだろか。

 いま「メメント・モリ」(Memento mori)とともに思い出すのは、同じく 「カルペー・ディエム」(Carpe diem)というラテン語の警句だ。ローマ初期の詩人オウィディウスの詩句からとられたもの。

 「いまを生きる」と日本語に訳されている。英語なら Seize the day、米国の作家サウル・ベローの小説のタイトルとしても使われた。『いまを生きる』という、ハリウッド映画のタイトルにもなっている。

 いつ死ぬかわからない、だからこそ今日というかけがえのない一日を生きることが大事なのだ。

 Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)、この2つのラテン語の警句を、あえて対句として取り上げた理由である。




<関連サイト>

スーちゃん「最後の肉声」「被災者のお役に・・・」(11/04/25)(YouTube)

養老孟司×隈研吾×廣瀬通孝 鼎談:日本人とキリスト教死生観(3) (日経ビジネスオンライン 2014年3月25日)
・・世界的建築家の隈研吾が、カトリック修道院の「黙想の家」で「黙想」という宗教行事に同級生10人と参加し、2泊3日の間まったく口をきいてはいけいない状態で神父から「メメント・モリ」を叩きこまれた体験について語っている

なお、上記の対談は『日本人はどう死ぬべきか?』というタイトルで日経BP社から単行本化されている(2014年11月28日 記す)




PS ハリウッド映画 Dead Poet's Society という男子校プレップスクールを舞台にした青春ドラマ(・・日本公開時のタイトル『いまを生きる』)で主役を演じたアメリカの俳優ロビン・ウィリアム氏が亡くなった。自殺だという。コメディアンで明るい素顔を見せていたが、じつは重度の鬱病だったらしい。『いまを生きる』(Carpe Diem = Seize the Day)というフレーズで思い出すのは、あの映画と・・・だったのだが。まだ63歳、じつに残念である。ご冥福を祈ります。合掌。

⇒ Dead Poets Society (1989) Original Trailer (YouTube)

(2014年8月13日 記す)





<ブログ内関連記事>

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む

大震災のあと余震がつづくいま 『方丈記』 を読むことの意味

書評 『マイ・ビジネス・ノート』(今北純一、文春文庫、2009)
・・文庫本表紙に印刷されている Carpe Diem(カルペー・ディエム)というラテン語の金言

スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」について
・・ダニエル・デフォーの知られざる作品『ペスト』とエドガー・アラン・ポーの『赤死病の仮面』について触れてある

書評 『身体巡礼-[ドイツ・オーストリア・チェコ編]-』(養老孟司、新潮社、2014)-「見えるもの」をつうじて、その向こう側にある「見えないもの」を理解しようとする解剖学者の旅の記録

(2014年7月21日 情報追加)



(2022年12月23日発売の拙著です)

(2022年6月24日発売の拙著です)

(2021年11月19日発売の拙著です)


(2021年10月22日発売の拙著です)

 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)

(2012年7月3日発売の拙著です)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end