
今年は、仏陀釈尊、すなわちお釈迦様が、覚りを開いて仏陀(覚者)となってから 2600年という記念すべき年にあたる。釈尊成道と書いて、しゃくそん・じょうどう と読む。
いまから2555年前、マガダ王国(・・現在のネパールに位置する)の王府ルンピニに、世継ぎの王子として生まれて裕福な生活を送っていたシッダールタ青年は、29歳のとき現世の縁を断ちきり、一切合切を捨て去って文字通り「出家」する。さまざまな試行錯誤の末、35歳のとき覚りを開いて仏陀(覚者)となったのであった。覚醒したのである。
わたしも一昨年から毎年参加しているウェーサーカ祭、いつもの誕生会(たんじょうえ)に加えて、今年は上記の理由で、特別に記念すべきものとなったわけだ。
そう考えると、シッッダールタ王子が仏陀(ブッダ)となって「釈尊成道」したということは、じつに奇跡にも近いことに思えてくる。仏教世界が存在していることによって、世の中すべてが一神教世界に覆われているわけではないということは、じつに奇跡に近い。
スマナサーラ長老による「記念法話」にもあったが、お釈迦様が人間であったこと、神ではなく人間であったことがいかに大きな意味をもっているか、あらためてそのことを深く考えてみ必要があるだろう。
ちょっと先を急ぎすぎたようだ。「釈尊成道2600年記念 ウェーサーカ法要 仏陀の徳を遍く」 の当日の概要以下に掲載しておこう。
●日時: 2011(仏歴2555)年5月14日(土)
開場 12:30
開演 13:15〜
終了 19:00(予定)
●会場: 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール4階(定員735名)
●参加費: 無料(お布施は歓迎)
●予約: 不要
●主催: 日本テーラワーダ仏教協会
なお、当日のプログラムは以下のとおりであった。
プログラム *予定は一部変更されることがございます。
12:30 開場 誕生仏への献花(自由にお花を1本お持ちください)書籍販売
13:15 スライドショー
13:30 開式 おねり・献花・献茶
記念式典:テーラワーダ&日本仏教の僧侶方
1. 仏讃法要
2. 震災犠牲者追悼法要
3. 早期復興祈願
-小休憩-
14:50 記念法話:スマナサーラ長老
-休憩-
16:30 特別対談:『無智の壁』養老孟司氏&スマナサーラ長老 司会:釈徹宗氏
18:20 祝福の読経・聖糸の授与
19:00 終了(予定)
いつものことだが、今年もまた大幅に時間を超過して終わった。終わったのは20時前、スローライフを推奨する仏教とはいえ、現代に生きる現代人が参加する以上、終了時間の公差(=トレランス)は前後20分以内には収めてほしいものである。
タイ王国公使の日本語によるあいさつ、モンゴル共和国公使、カンボジア王国公使からもそれぞれあいさつがあった。タイ王国公使は夫妻で出席、スリランカは公用のため残念ながら出席できず、と。スリランカ、タイ、カンボジア、モンゴルと、広い意味での仏教国の縁である。
式典の内容は、例年と同じなので割愛させていただく。詳しくは、一昨年のものと、昨年のものをご参照いただければ幸いである。
■スマナサーラ長老による「記念法話」
スマナサーラ長老による「記念法話」の話は、すでに書いたように、ブッダが人間であったこと、神ではなく人間であったことの意味は、なんど強調してもしすぎることにはならないほど重要なことだ。
それから2600年たって文明も進んだはずであるのに、ココロの科学である仏教の知見が圧倒的に深く透徹したものであることは、ブッダの覚りというものが、いかに人類史上において大きな意味をもつことかをあらためて知ることになる。
今回のウェーサーカ祭は、また、「3-11」という未曾有の大災害のあとに行われるものとなった。「震災犠牲者追悼法要」と「早期復興祈願」の1分間黙とうも行われた。
スマナサーラ長老は、大災害からの「復興」については、「復興は執着である」という趣旨の話もされていた。これにはわたしも大いに賛同するものである。
いずれ人間は死ぬのであるから、生き残った人間は「復興」ではなく、また新たに作り上げればいい。その際に重要なのはカネよりも、精神的なチカラ、めげないやる気がでてくればなんとかなる。生まれてきたときよりも、死ぬときに精神的に豊かであるならばそれでいい。そんな内容であった。いっけん、突き放したように聞こえるかもしれないが、仏教的世界観にたてば正し発言だといえるだろう。
■特別対談:『無智の壁』 養老孟司氏&スマナサーラ長老 司会:釈徹宗氏
今回のメインイベントは、なんといっても特別対談:『無智の壁』 養老孟司氏&スマナサーラ長老 司会:釈徹宗氏 であった。養老孟司氏のベストセラー『バカの壁』をもじったものか?
釈徹宗氏の司会進行は、正直なところ、あまりうまくないなあという感じもした。列挙すると、司会なのに余計なことをしゃべりすぎ、うなづけばすむものを掛け合いしてしまう、声のトーンが高すぎる、会場が東京なのに関西弁のままなので耳で聞いただけでは聴き取れない恐れなど。司会は引き立て役に徹すべしというのがわたしのポリシーなので他意はない。悪しからずご了承いただきたく。

養老孟司氏とスマナサーラ長老という、ビッグな対談者の存在と発言そのものは、司会の巧拙とは関係なく、じつに内容深いものがあった。この二人の対談集『希望のしくみ』(宝島社、2004)はすでに読んだことがあるが、究極的には二人の意見が合致してしまうので、対談になると意見のぶつかり合いがなくなってしまう危険もある。
つまり、スマナサーラ長老の説く仏教と、科学者としての養老孟司氏の脳の話は、アプローチの出発点と発想が異なるはずにもかかわらず、同じ結論になってしまうということだ。これは、仏教が科学的であるということと同時に、科学もつきつめると仏教的になるということを意味している。
実際に、養老孟司氏の発言にたいして、スマナサーラ長老はとくに付け加えることがないという場面も何回かあった。
養老孟司氏の深くて低いトーンの語り口を心地よく聞いていた。脳死問題にかんして、日本で脳死議論が諸外国に比べて10年以上も遅れた理由を「世間」から解き明かしたのは実に明快であった。日本では死ねば「世間」から外に出される。一方、妊娠中絶がまったくといっていいほど問題にならないのは、「世間」に入っていない状態だから。この両者は裏腹の関係にある、と。
わが恩師・阿部謹也先生の提唱した「世間論」をこういうカタチで応用しているのを聞くのは、じつにうれしいことである。「世間」をあまりにも明快に説明されてしまうから。だが、「世間」というコトバが、もともとローカというサンスクリット語であったことに言及がないのは、このような性格の会場においては、すこし淋しいものがあったが。
■「聖糸の授与」
といったわけで、対談が終了したのは 19時前、このあと「祝福の読経」で終了。これまたえらく長いのですこし眠ってしまったような・・
19時半頃、すべてが終了。このあと、「聖糸の授与」があり、スリランカの僧侶(・・スマナサーラ長老ではない)に、右手首に「聖糸」を結んでもらった。

まあウイッシュ・リングのようなものだが、満願成就までは自分でほどいてはいけない。昨年はいきなり自然にほどけてしまったが、今年はまだまだほどける感じではない。ちょっとこそばゆい感じなのだが。
このあと、大乗仏教の僧侶から「聖水」をいただき、錫杖で肩をうって祈願してもらった。
会場に到着する時間が遅かったため、真ん中の席しか空いてなかったので、動くのが面倒で休憩時間もまったく席を立たなかった。ほぼ満員に近い入場者があったから。相撲ではないので、満員御礼の感謝も福袋もでないが(笑)。
トイレにもいかず、約7時間ぶっ続けで狭い席に座っていた。途中で水分補給はしていたが、成田バンコク間よりも長い時間である。そのためだろうか、なんだか「エコノミー症候群」(?)になってしまったようで、えらくくたびれてしまった一日であった。
<関連サイト>
「釈尊成道2600年記念 ウェーサーカ法要 仏陀の徳を遍く」
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書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)
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